ベルント・ジーフェルト氏



ドイツ製菓マイスターのベルント・ジーフェルト氏来日にあたり、“ドイツ菓子に触れる”をテーマに、ユーハイム主催のお茶会が催されました。会の主役となったのは、ドイツの銘菓「シュヴァルツベルダーキルシュトルテ」。まるで早口言葉のような名前のこのケーキ。日本では、フランス語名の「フォレノワール」が一般的ですが、元々はドイツで生まれたもの。シュヴァルツバルト地方の“黒い森”(シュヴァルツバルト/Schwarzwald)をイメージしたチョコレートと、国産品であるチェリーのコンビネーション。ドイツではケーキ屋にはなくてはならない伝統的且つ国民的ケーキ・・・いわば、日本でいうところのショートケーキのような存在なのです。

シュヴァルツバルト地方


ドイツで250年続く歴史あるコンディトライ一家「カフェ・ジーフェルト」の4代目である、ベルント・ジーフェルト氏。伝統的なものから革新的なものまで、彼の幅広いお菓子作りは国内外で注目されており、最新の著書「Sweet Gold 2」は発売後2週間で、約1,000冊の売り上げを記録。世界中で様々な会社のコンサルティングやセミナーを行う中、日本ではユーハイムと提携し、新ブランド「マイスターユーハイム」の製菓アドバイザーとして、商品開発に携わっています。
“派手さよりも内容”、“ドイツの文化と味の融合”・・・ジーフェルト氏が提唱するテーマに沿って、今回は、シュヴァルツベルダーキルシュトルテの過去・現在・未来形を提案します。

“過去”

“現在”

“未来”



ビール、ソーセージに次ぐドイツの名産品・・・といっても過言ではないほど、シュヴァルツベルダーキルシュトルテは、ドイツでは非常にポピュラーなケーキ。なんと、ドイツにはシュヴァルツベルダーキルシュトルテに関する法律まであるそうです。それは、「シュヴァルツバルト産」のキルシュヴァッサーを使うこと。チェリーブランデーではもちろん不可で、他の地方産のキルシュでもダメ。法律で守られているだなんて、ケーキも立派な文化遺産なのですね!


ドイツ・シュヴァルツバルト地方の「キルシュヴァッサー」



まずは、“過去”。つまり、伝統的なシュヴァルツベルダーキルシュトルテから。
基本は、チョコレート生地に、キルシュ、生クリーム、そしてたっぷりのサワーチェリーというシンプルな構成ですが、かつてはバタークリームを使っていたそう。生クリームをたっぷり使うようになったのは、保冷技術が生まれた第2次大戦後の話。生クリームには、たっぷりのキルシュを。そしてゼラチンを加えて保形性を与えます。



クリームを重ねたチョコレートスポンジの台に、まさに山のようなイメージでたっぷりと生クリームを塗っていきます。この時点では、まだ黒い森・・・ではなく、白い雪山の状態。ここに、チョコレートのコポーをこんもりと盛ります。薄く削ったコポーを使うのは、チョコレートが高価だった頃の名残りだそうです。
仕上げは、生のチェリーを飾って完成。ドイツには200種類ものチェリーがあるそうで、大きくサワーチェリーとスウィートチェリーに分けられます。旬は、日本と同じ6月〜7月にかけて。シュヴァルツベルダーキルシュトルテは年間で販売される商品ですが、旬の頃は生のチェリーを使ってデコレーションするそうです。




次は、“現在”。漆黒のグラッサージュで覆い、見た目からも「黒い森」を彷彿とさせる、シュヴァルツベルダーキルシュトルテに変身します。この漆黒のケーキの中には、どんな工夫が隠れているのでしょう?

「意識しているのは、“時代に合うテイスト”。例えば、チョコレートですが、昔はイギリスのキャドバリーなどといったミルクチョコレートが主流でしたが、今はフランスの酸味のあるチョコレートが人気。トレンドを強調するため、“現在”のシュヴァルツベルダーキルシュトルテ“はチョコレートが主役の濃厚な味わいにしています」




両者を食べ比べてみると、シンプルさゆえ“過去”はいささか単調な印象も。その分、35%の低脂肪の生クリームを使ったり、キルシュをふんだんに使ってキレを持たせるなど計算されています。また、クリームと生地の味わいがあっさりしている分、チェリーの甘みと香りをダイレクトに感じることができます。
“過去”はクリームが主役だったのに対し、“現在”はチョコレートが主役。間のサンドも、ホワイトチョコレートとミルクチョコレートと2種のムースに。食感にアクセントを求めるのも現代のトレンド。マジパン入りのしっとりとした生地にはカカオニブをしのばせ、噛んだ時に口の中に広がるカカオのアロマと渋みが、味わいに奥行きを持たせます。回りには、“果樹園の柵”をイメージした飾りをあしらい、トップにもリボン状のチョコレートをたっぷり。チョコレートを薄切りのコポーにしていた“過去”も、今は昔。“現在”は、かなり贅沢にチョコレートを盛り付けます。


試食は、ドイツサイズ?・・・かと思ったら、これでも控えめだそう。す・すごい・・・!



底に忍ばせたチェリーは、アメリカンチェリーで作ったスプレッドを。ドイツのスウィートチェリーは、アメリカンチェリーと味が近いのだそう。天然のペクチンと果糖を使い、甘さも控えめ。チェリーの自然な味わいと瑞々しい食感をそのまま残しています。
今回は、「カフェ・ジーフェルト」で販売しているジャムも紹介。ドイツで、ジャムは“マルメラーデ”といわれており、フランスのコンフィチュールにくらべて果肉感があり、糖分も規定で決められているそう。「カフェ・ジーフェルト」のマルメラーデは糖分が少ない為、規定上は“スプレッド”に属します。種類も“Himbeer-Paprika(フランボワーズとパプリカ)”や“Quitte(マルメロ)”などドイツならではの素材使いです。


「カフェ・ジーフェルト」自家製のマルメラーデ

“Quitte”とはマルメロ。カリンに似た形の実で、甘酸っぱく香気あふれる味わい




3品目は、いよいよ“未来”へ。シュヴァルツバルダーキルシュトルテは、グラスデザートに姿を変えます。基本の構成はそのままに、技法を駆使して、新しい食感や新しい味わいをプレゼンテーションします。
底には、アガー(寒天)を使ったチェリーのジュレ。ドイツでは、健康志向からゼラチンよりも寒天を好む人が増えているそう。
ここで出てくるのが新兵器「エスプーマ」。スペイン「エル・ブジ」から発信され、世界に広げられた最新の調理法。食材に気体を入れ込み、卵白や生クリームを使わずにムースを作ることができます。今回は、この道具を用いて作ったミルクチョコレートのムース、生クリームを重ねていきます。


「エスプーマ」にガナッシュを入れてセットすると、一瞬でムース状に




さらに、カカオのシュトロイゼル、アイスクリーム、トップにはキルシュワッサーのグラニテを。お馴染みの組み合わせでありながら、アラミニッツで供するデセールで、温度差も味わいのひとつに取り入れます。シュトロイゼルは、フェルクリンのカカオパウダーを使用。パンチのある苦みと酸味を備えた、カカオの力強い味わいが特徴的。チェリーの酸味、カカオの苦み、アイスの甘みを、キルシュをキリリと効かせたグラニテが爽やかに締めくくる大人のデザートです。





「伝統的なケーキが、博物館入りしてしまうことのないようにと、常に思っています」
と、力強く語るジーフェルト氏。

―――伝統は守りつつ、フォルムやテイストを再構築する。

それは、単なる芸術作品を作ることでも、流行を発信することでもなく、ドイツ菓子の伝統を未来につなげていく実践的な作業。法律は、伝統を“守る”ことはできても、今に“活かす”ことはできません。職人をもってしか出来ない、この「味覚の継承」は、ドイツコンディトライのフラッグシップであるベルント・ジーフェルト氏にとって、大きな使命なのかもしれません。それは、日本でドイツ菓子文化を伝えるユーハイムの精神とも重なるように思えます。この両者が手を組み、これからの時代にどのような形でドイツ菓子を提示していくのか。今回のイベントを通し、伝統を携えて未来に進むドイツ菓子に、さらなる可能性を感じました。(2008.7)






【マイスターユーハイム】
大丸東京店 03-6895-2832
伊勢丹新宿店03-3352-3906
日本橋三越本店 03-3231-1461
URL http://www.juchheim.co.jp/mj/



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