焼き菓子って、普段は地味な存在。たくさんのパーツを重ねたり華やかにデコレートする生菓子に比べると、脇役的なイメージが強いのかも。でも、そんな焼き菓子だって、作り方次第、食べ方次第でとびきりの逸品になるって聞いたら気になりませんか?他にも、ティラミスやパフェなどの作りたてデセールや、体がリラックスするようなディッシュ、希少な飲みものなど、大人のための楽しみがいっぱい詰まった「サロン ド ルボン」。パティスリー「グリオット」の葛西由利シェフの監修と聞けば、何やら特別なこだわりがありそうです。それでは早速、甘美な大人の世界を覗いてみましょう!

“気持ちにも体にもやさしいスイーツ”を展開する葛西由利シェフ


サロンがあるのは、麻布十番商店街から一歩入ったところ。小さなビルの2階で目立つ看板もないから、ひっそりとした隠れ家的な魅力に包まれています。エレベーターで上がって扉が開くと、そこはもうサロン ド ルボンの世界。ダークブラウンとホワイトでまとめられた静かな空間は、まるで知り合いのお宅にお邪魔しているかのよう。初めてなのに寛いでしまうから不思議です。

「ようこそいらっしゃいました!」

とびきりの明るい笑顔で迎えてくれた葛西さん。普段はグリオットで腕をふるっていますが、この日はオープニング準備のため、サロンで作業の真っ最中。その合い間を縫ってお話を聞かせていただくことになりました。パッと目の覚めるような黄色いトップスに黒のパンツを颯爽と履きこなす姿がおしゃれです!葛西さんといえば、女性パティシエの草分け的存在。20年以上前に国立に「グリオット」をオープンし、同店で教室を主宰する他、フードスタイリストとして講演や新商品の開発を手がけるなど幅広く活躍しています。とにかく“パワフル”とか“情熱的”といった言葉がぴったりの方。出会った瞬間から、独特のオーラが伝わってきます。

「コンフォート(心地よい、やさしい)スイーツていうコンセプトでね、生菓子のような焼き菓子を提案したいと思っているんです。焼き菓子って、普通、ひとつひとつ袋に入っているでしょう。私ね、あれがとっても嫌なんです。そうではなくて、上に、ジャムやチョコレートを綺麗にかけてお出ししたらどうかなって。他にもパウンドケーキに生クリームをそえたりとか。こういう新しいスタイルもあるんですよって言いたいですね」

というわけで、ルボンの焼き菓子は、ショーケースの中に美しく納められています。そう、まるで生菓子のように!早速、そのうちのいくつかをいただいてみました。

シトロン。スポンジ生地に染み込ませるレモンソースはレモンと卵と砂糖のみ。余計なものはそぎ落としてよりシンプルに。“私のお菓子は引き算なんです”と葛西さん


1品目は、レモンのタルト「シトロン」。見た目はとてもシンプル。サイズも小さめで手のひらにすっぽり収まってしまうほど。でも、食べてびっくり!口中で、絞りたてレモンのような酸味が爽やかに広がります。サクサクタルトの中のしっとりやわらかな生地も魅力的。まるで、チーズケーキのようですが・・・?

「これはね、タルト生地の中にスポンジ生地が入っていて、そこにたっぷりレモンソースを染み込ませているからなの。スポンジなんだけどスポンジを感じさせないようにしっとりさせたくて。でも、普通のスポンジ生地だと水分を含むとお団子状になっちゃうから、つまらないでしょ。そこで、配合をあれこれ考えました」

ポンヌフ。パイ生地にアーモンドクリームを入れて焼き上げ、仕上げに特製ジャムを



なるほど・・・と思っていたら、本当の秘密はここからでした。

「レモンソースは、とってもシンプル。レモンと卵と砂糖だけですから。ソースを作って30分くらい置いておくと、上に膜が張ってくるんです。捨てちゃう人も多いかもしれないけれど、実はこの膜が、一番味が濃い部分なの。だから私は膜だけを取り出して、レモンの皮の摩り下ろしと合わせて、タルト生地を敷いた上に乗せてあげるんです。そうするとすごくレモンが引き立つでしょう」

そして仕上げのナパージュにもひと一工夫。

「表面にはフランス産で糖度の低いアプリコットジャムを塗っています。これもね、普通はジャムを温めて熱々のものを塗るとうまくいくんですが、私は、それが嫌で(笑)。だって、熱を入れてしまうと、せっかくの香りが飛んでしまうんですもの。濾す道具も普通の網じゃ駄目。あるものを使って3回裏漉して、とてもなめらかになったものにトリプルセックを加えています。こうすると全然口溶けが違うんですよ」

風味は強いのに口あたりは驚くほど優しく、すっと体に入っていく・・・。葛西さんが作るお菓子の魅力は、丁寧な作業の積み重ねにあるようです。

ルボンロール。夏は軽く、冬は強めにと、カラメルの炊き方にもひと工夫


次にいただいた「ルボンロール」も、いたって個性的。

「これはグリオットのオープン当初から置いているお菓子。生クリームやフルーツを巻いたよくあるタイプではなくて、シンプルなんだけれど、印象に残る味、っていうものを作りたかったの」

黄色味が鮮やかな生地に黒っぽいこげ茶色のクリーム。これって、もしかして餡子巻き?!

「よく言われます(笑)。一見ね、和風にみえるでしょ。実はカスタードクリームと焦がしたカラメルを合わせたもの。普通は卵が多いものにわざわざ苦いカラメルを合わせないのかもしれないけれど、私はこれがいいと思うんです」

ぽってりとしたカラメルカスタードクリームは、キリッと効いた苦みと卵の優しさの調和がとれた味わい。味は濃いのに余韻はあくまでも優しい仕上がりです。そして、ロール生地のコクとしっとり感といったら!こちらもかなりのインパクトです。

「ロール生地を焼くタイミングとクリームを巻くタイミングが大切なんです。生地を焼いたら、冷めてしまう前に、熱々のクリームをぱーっと流しちゃう。そうやって作れば、時間が経っても硬くならないというわけ。もちろん、生地の配合もありますよ。やわらかくしたかったらシロップを打てばいいって考えもあるけれど、私にとってはシロップって邪魔なのね。それよりも、やわらかい生地を焼けばいいってことよね。この生地もそうだし、ショートケーキだって同じ。焼けたらほんの少しお酒をかけるだけなんです」

小ぶりでシンプルな姿からは想像がつかないほどの存在感。グリオットオープン時からのファンが多いとの話にも、思わず納得してしまいます。

リコッタチーズと松の実のケーキ。たっぷり入ったナッツはひとつずつ手で刻む。フードプロセッサーのような機械だとこの食感は出せないのだそう

カラメル・サレ。薄焼きのバター生地と塩味のカラメルソースを層に



それにしても、葛西さんならではのこうした発想はいったいどこから生まれてくるのか、きっと気になっている人も多いはず。早速、そのことについて伺ってみると・・・?

「私ね、今まで製菓学校で習ったこともなければ、お店で働いた経験もないんです。でも、小さいときからとにかくお菓子を作ることが大好きで。それから、料理も含めて食べることも大好き!もう、稼いだお金を全部つぎ込んじゃうくらい(笑)。そのせいなのか、食べる側の視点しか考えてないんです。こういう味でこういう食感や香りのものが食べたい!っていうはっきりした完成形の姿があって、それ目掛けてひたすら作る。もちろん、素材を吟味することも大切ですよ。でも、もっと大切なのは作るプロセスや思い入れなんではないかしら」

一般的ではない手法を取り入れたり、タブーとされる味の組合せにチャレンジしたり。葛西さんが個性的だと言われるのは、作り手の効率などは一切考えていないからなのかもしれません。そこにあるのは食べ手の思いだけ。そのしなやかさが全ての原動力になっているようです。

野菜の旨みをたっぷり味わいたい、季節野菜のミネストローネ

彩りも鮮やかな、野菜フリットのタルティーヌ


「グリオットには、作り置きっていう発想は一切ないんです。だから、生地を冷凍することも、もちろん、無し。ルボンには出来立てのお菓子を頻繁にお届けしようと思っています。私ね、どうも要領よくっていうのが苦手みたいで(笑)。そうした発想がこの世界で通用するのかどうかはわからないけれど、とにかくやってみたい。だって、今って、どこに行っても似たようなお菓子ばかりですよね。物や情報が溢れたこの時代に、ちょっと違うスタイルのお菓子があってもいいのでは?」

それが、葛西さんの目指す“コンフォートスイーツ”ということ。他にも、「季節野菜のミネストローネ」や「タルティーヌ」などの軽食も、もちろんコンフォート。例えばミネストローネなら、野菜を丁寧にじっくり時間をかけて炒めてあげれば、野菜の旨みが活きた深い味わいのものに。余計な味を加えることなく、旨みだけをぎゅっと閉じ込めるのは、葛西さんの得意技のようです。

「丸山珈琲」のル・ボン・ブレンドコーヒー。“いいコーヒー豆こそ、コーヒープレスを使って入れるのが一番”というのが丸山流


そして、スイーツから軽食までのディッシュを引き立てる飲み物も厳選しています。
「『ル・ボン・ブレンドコーヒー』をお薦めしたいんですが、これは、軽井沢で人気の『丸山珈琲』にお願いしたもの。オーナーの丸山健太郎さんは、普段から親しくお付き合いさせていただいている方。私の料理やスイーツをイメージしてオリジナルコーヒーを用意してくれたんです。口にすると優しい香りがふわーっと広がるでしょう」

フレッシュな豆を使っているからこそ、焙煎は大胆に、シンプルに。まるでワインのように繊細な香りを楽しめるタイプです。また、希少なシャンパンやワインなどもいただけるというのも魅力。これらのドリンクと、スイーツや軽食などのディッシュを、好きな時間にどうぞと薦める葛西さん。

「朝からワイン飲んだっていいし、夜遅い時間にスイーツっていうのもいいじゃない?昼食とか夕食とか、そういう決まりごとなしに、自由に楽しんでもらえればなって思うんです。私、パリの『ラデュレ』が大好きで。あんな風に、大人がくつろげる世界を発信できたら嬉しいですね」

塩系のケーク・オ・サレ(トマト&バジル)は、朝食に軽食にと活躍しそう


夜11時までオープンというのも嬉しい限り。ひとりで、または友人と一緒でも、カップルでも。思い思いのスタイルで自由に、“大人な時間”を過ごしてみてはいかがですか?(2008.04)




サロン ド ルボン
住所 東京都港区麻布十番2-8-10-2F
TEL03-6436-0980
営業時間11:30〜23:00(22:00L.O.)
定休日 火曜
アクセス南北線・大江戸線 麻布十番駅7番出口より徒歩3分




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