東京では、桜が満開を迎えた3月のある週末。大岡山のドイツパン店「ショーマッカー」は、一際賑わっていました。それもそのはず。シェフの清水信孝さんがドイツで修業し、のれん分けを受けたドイツ本国「ショーマッカー」より、アンドレアス・ショーマッカー氏が来店していたのです!前もって店頭に告知をしてあった為、開店早々お客様がひっきりなし。
ショーマッカー氏の一日店長(?)で賑わう店内に、通りがかりの人もいつもと違った様子に「あら?」と立ち止まり、人が人を呼んで、小さな店はあっという間に満員御礼となりました。
清水さんが立ち上げた日本第一号店の「ショーマッカー」、そして日本のパン市場は、ドイツでBIOのパン作りに取り組むショーマッカーさんの目にどう映ったのでしょう?インタビューしてきました!

ショーマッカー氏の13歳の愛息ティル君を挟んで、3ショット!


ショーマッカー氏が日本に来るのは、今回が初めてだそう。インタビューを行ったのは、まだ到着した翌日だったので、視察や観光もままならず。それでも、道すがら、空港や駅にあるチェーン店のパン屋を見つけては、興味津々だったとか!

「どんな材料を使っているか?という説明が、全く書いていないんですね。材料を明示することは、作り手の誇り。日本のショーマッカーはそれをきちんとやっていて良かったと思いました」

来日中、清水さんが以前働いていた、都内某ベーカリーの厨房を視察。その時も、窯の奥行きの狭さ、また人数に対する工房の小ささに驚いていたそう。工房の様子やパンの生産量は、日本と随分違いそうです。

「セントラルキッチンでは、1日5,000個のパンをたった8人で作り上げます。それも、労働法が厳しい為、8時間以上の勤務は違法となってしまう。効率を考え、機械設備も非常に発達しています。それでも、種起こしや成形など、必要部分は手作業。作業工程は確立されているので、何より良い人材を探すのが大変。ノブタカは働き者で、仕事が早い。とても助かりました」

また、日本で売っているパンは、ショーマッカー氏の目にどのように映ったのでしょう?

「駅や空港のパン屋では、まるでお菓子のようなパンが多いように思いました。それから、サイズがとても小さい。向こうではバウアーンブロートなど1kg〜2kgのサイズのパンが、食事パンとして一般的です」

ドイツ版カンパーニュ「バウアーンブロート」。このサイズを1週間で食べるのかな・・・?と思いきや、ドイツの家庭では平均1日1kgものパンを消費するのだとか!


ドイツ・・・というと、ライ麦パンを想像してしまいますが、朝・昼・晩とライ麦パンを食べるのでしょうか?

「いえ、朝は黒いライ麦系のパンは食べず、デニッシュや、フルーツなどが入った小麦粉の白いパンを食べることが多いです。薄く切ったブドウパンの上に、チーズをのせ、てんさい糖のシロップをかけて食べるオープンサンドイッチがポピュラー。これは、日本では珍しいかもしれませんね。ショーマッカ−では、BIOのスペルト小麦を使ったパンを作っています。昼は簡単に、スープと少しパンを齧る程度。ドイツ人は夜にしっかり食事を摂るので、料理と一緒に5キレ〜6キレほどのライ麦パンを食べます」

朝食にはフランス風のパン・オ・ショコラや、ドライフルーツを使ったパンを

ディンケル(スペルト小麦)を使った白いパン。説明書きを読むと・・・なんと濃縮アロエジュース入り。どんな味なのか気になります



ドイツから、缶詰になった「シュヴァルツブロート」を持参したショーマッカー氏。日本で「パンの缶詰」というと、どうもパサパサの非常食用の缶詰パンを想像しがちですが・・・

「これは、おみやげ用や、アフリカ・ニューヨークなどの諸外国からの注文の対応に使っています。最近では、ニューヨークで結婚したドイツ人カップルが、この缶詰のシュヴァルツブロートを大量に注文したんです。プレゼント(引き出物)にするのかと思ったら、たくさん積みあげてマジパンで飾り、ウェディングケーキに見立てたと聞いてびっくりでした(笑)」


ホールのライ麦をプレスしたものがたっぷり入っているので、プチプチの食感がまるで麦ごはんを食べているよう


シュヴァルツブロートの缶詰は、なんと常温で2年も日持ちするそう。ショーマッカー氏来店にかけつけたパナデリア会員N夫妻も思わず・・・「我が家の非常食に欲しい!」
1時間かけてゆっくり捏ね上げ、3時間じっくりと焼きあげたシュヴァルツブロート。噛むごとに広がる優しい甘みが何ともおいしい。ライ麦100%でも酸味が柔らかいのは、やはり1日3回の種継ぎのため。酢酸菌の繁殖を抑えられることにより、とがった酸味が出ず、粉の甘みが生きるようだ。

「ドイツでは、ライサワーの強い酸味を好む人も多いので、種継ぎを1回で酸っぱく仕上げたものと、種継ぎ3回のまろやかなタイプと、2種類を出しています」

「ショーマッカー」は、お父様が開業した1軒の小さなパン屋からスタート。当時まだ10代だったショーマッカーさんは、製菓マイスターの資格を取り、菓子屋を志していた。しかし、修業先でオーガニックの材料と出会い、衝撃を受け1984年にビオ・ベッカライ(ビオの製パン技術師)のマイスターを取得。店を継ぎ、屋号も「ベッカライ」から「“ビオ”ベッカライ」に変え、以来、自社工場で製粉から手がけるなど、無農薬の材料にこだわり、高品質のパン作りに努めた。結果、店は発展を遂げ、今やドイツ北西部の5都市に6店舗を構える繁盛店に。

清水さんは栃木県産の無農薬のライ麦を使用。日本の粉とドイツの粉では給水率が違う為、配合を調整して味を近づけているという。そうして出来たパンは「とてもおいしい。これこそ私が求めているパンです」と、ショーマッカー氏も絶賛


「ドイツでも、まだビオ・ベッカライは完全に浸透していません。一部の商品だけ、オーガニックの材料を使用しているパン屋は、ドイツ全土で12%程度。100%オーガニックのビオ・ベッカライは3%にも満たない。それでも、確実に増加傾向にあります。ヨーロッパには、いくつか農法団体があるのですが、demeter(デメター)は、バイオダイナミック農法を推奨するドイツの有機農法団体『デメター協会』が認定した商品のみに付与されるオーガニックマーク。EUの基準よりもはるかに厳格なものとされています。ショーマッカーでも、デメター協会のガイドラインの認可を得て、デメターマークがついているパンを提供しています」

オレンジ色に白のデメターマークが、正真正銘のオーガニックのしるしだ


日本のオーガニックの基準は、ヨーロッパよりもさらに厳しい為、日本の「ショーマッカー」では、まだ“ビオ”ベッカライの称号を挙げることができません。でも、清水さんは「ビオベッカライ・ショーマッカー」の看板をいつか掲げたい!と意欲を燃やしていました。清水さんは、ショーマッカーさんに言われたこの言葉が印象的だったのだそう。

「パン屋が繁盛する為に必要なのは、良いパン、良い立地、そしてマーケティング」

清水さんのパンの断面、香りを念入りにチェックするショーマッカー氏


店に立ち、笑顔でお客様を迎えるショーマッカー氏。奥の厨房では、清水さんが黙々とパンを焼き、ショーマッカー氏の息子ティル君がTシャツ姿でお手伝い。その姿は、まるで兄弟のようでした。焼きあがったパンを眺め、ショーマッカー氏はとても満足そうでした。満員御礼となった店内に、「ショーマッカー」が大岡山の街に愛されていることも、きっと肌で感じ取れたはずです。


後日談になりますが、来日中、ショーマッカーさんご一行は、横浜、京都、鎌倉、そして清水さんの実家がある長野を観光して回ったそうです。鎌倉の「パティスリー雪ノ下」のマカロンのディスプレーや、「レ・ザンジュ」の竹を使った和風のインテリアなどに興味津々だったとか。長野では、師範の免許を持つ清水さんの御祖母様に茶道を習って、「抹茶の渋味と和菓子の甘みがとても合う」と絶賛。(長時間の正座と、おじぎの回数にはいささか閉口していたようですが・・・)小豆や金時、ウグイス豆などの豆類が、日本のパンの材料として非常に良く使われていることに、興味を持ったショーマッカー氏。ナチュラルハウスで、無農薬の豆類や、オーガニックの小豆あん等を買ったそうです。 また、日本食でショーマッカーさんの一番のお気に入りだったのが穴子のお寿司。京料理など、薄味のものは口に合わなかったようですが、穴子寿司の濃厚な甘い味わいがストライク!・・・そして、もうひとつのお気に入りはバッティングセンター。息子のティル君、清水さんと3人で汗を流して、こちらは見事ホームラン!だったようです(笑)
(2008.4)





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