チョコレートの可能性をとことん追究したり、新商品や新型の道具を開発したり。常に新たな試みでパティシエたちを刺激するヴァローナの講習会が、今年も開催されました。会場は、千代田区・九段にある、エコール・ヴァローナ東京。2007年にオープンして話題を呼んだプロ向けの製菓学校で、ショコラのための最新の器材や設備が迎えてくれます。



パスィフロール用のクレムーには、シェフお気に入りのトンカ豆で香りづけ。
ナツメグのようにすりおろして使用






「皆さん、はじめまして。今日はヴァローナの数種類のチョコレートを使って、アントルメやプティガトー、グラスタイプのものなど、いろいろなスタイルでお見せしたいと思っています。新商品のチョコレートもご紹介しますので、楽しみにしていてください!」
と、シェフパティシエのフィリップ・ジヴル氏。知的な表情を漂わすフィリップ氏は、洗練されたセンスと確かな技術の持ち主。実は、フランス・ロアンヌの「トロワグロ」、パリの「フォション」などの名店で腕を磨き、フォション時代にはアジアや中近東でのブランディングを任され、その後はアメリカ・アトランタのレストランパティスリー「ジョエル」で活躍し・・・といった、世界各地の様々なニーズに対応する応用力を備えています。そんなシェフだから、来日12回目を迎えた今回も大人気。募集をかけると瞬く間に定員に達してしまったというから、期待のほどが伺えます。



ガナッシュを作る時には、チョコレートを溶かして
おくのがポイント。その方が乳化しやすくなるため




「では、早速はじめましょう。まずはアントルメの『パスィフロール』から。これはフルーツの味が心地よいケーキ。ブラウニー生地を土台に、『タイノリ』のムースを合わせます。センターにはパッションフルーツとマンゴー風味の『ジヴァラ・ラクテ』のクレムーを。ということで、2種類のチョコレートを使っていきます」
ドミニカ共和国産カカオの「タイノリ」を使ったムース・アレジェに、ジヴァラ・ラクテを使ったクレムー。どちらのパーツを作る上でも欠かせないのが、乳化の作業です。例えばムースのほうを例に取ると、
「沸騰した牛乳の中に戻したゼラチンを溶かし入れ、それを、溶かしたチョコレートに少しずつ加えていきます。つまり、乳化とは液体とチョコレートを混ぜる作業。マヨネーズと同じですね」。



ボソボソとしてしまったのが嘘のように、最後は艶々の状態に。更にスティックミキサーをかければ、乳化は完璧です



というと・・・?
「マヨネーズの主な材料は卵黄と植物油。卵黄1個に対して1?もの油が入っていますが、一気に全てを合わせようとすると分離してしまいます。ところが、卵黄に少しずつ油を足していけば滑らかに混ぜることができる。水と油という、本来つながらないものを1つに合わせて安定させることができるんです」
溶かしたチョコレートの中に牛乳を少し入れ、ゴムベラで混ぜ合わせる、という作業を繰り返すフィリップ氏。なるほど、こうすれば分離することなく綺麗につながって・・・いない!それどころか、見る見るうちにボソボソの状態に。どう考えても分離しているようですが・・・?
「大丈夫。これは失敗ではなくて、正常なこと。油の量に対して水分があまりにも少ない時には分離するんです。ですから、乳化の最初の段階では必ずこうなります。慌てずに、そのまま混ぜる作業を続けてください」。



パスィフロール用のクレムーは、1日寝かせて結晶化させてから使用。
ブラウニー生地の上に不規則に絞り出し、動きをつけます




フィリップ氏は全く動じることなく、少し牛乳を加えては混ぜる、という作業を繰り返します。すると、分離状態から一転、ある時点から滑らかになってきました。これこそが乳化のはじまり。更に牛乳を加えていくと艶々としていかにも“つながっている”状態に。この時、実は混ぜ方にも秘訣がありました。
「できるだけ強く、激しく。真ん中からぐるぐると混ぜていってください」 そういわれてみると、やけに力を込めてスピーディーに手を動かしています。それにしても、ちょっと激しすぎるような・・・?
「これは摩擦で油と水の分子を切り刻むため。分子が小さいほうがつながりやすくなって、食感も滑らかになるからです」
なんと、目に見えないミクロの世界で、そんな現象が起きているとは驚きです。更に最後のひと手間で、完璧なものになるとのこと。



乳化の作業中は常に温度をチェック


「全ての牛乳を入れ終えて滑らかにつながったら、最後にスティックミキサーを使って攪拌します。これでより分子が細かくなりました。この手間をかけるのとかけないのとでは全然滑らかさが違います。是非、やってみてください」
違いはこれだけではありません。水の分子が細かくなる→水分がより安定する、というわけで冷凍耐性も良くなるのです。つまり、解凍しても離水しにくくなるということ。これは冷凍をかけることが多いパティスリーの世界では、大きなポイントになりそうです。
更に、乳化の作業中には、温度にも細心の注意を払います。



クールアンスタンス用、ムースタイプのガナッシュには、アクセントとしてパールクラッカン(シリアルをチョコレートコーティングしたもの)を



「チョコレートの作業は、必ず35℃以上をキープしてください。というのも、カカオバターの融点は34.6℃。ですからこれより高ければリキッド状になり、水分と綺麗に合わせることができるからです。今、このボウルの中は42℃。とてもいい状態です」
温度に混ぜ方に・・・と決まりごとの多いチョコレートの乳化作業。でも、逆に、それさえ守れば成功は約束されたようなもの。チョコレートのお菓子作りでは頻繁に乳化作業が登場しますが、基本は同じ。それほど難しいことではありません。



グラスに仕込むため、ビスキュイとムースタイプの
ガナッシュを重ねたものを3cmのキューブ状にカット




「さて、2品目は『クール・アンタンス』です。これはベリーヌ(グラスデザート)仕立てのお菓子で、ふわふわのビスキュイとムースタイプのガナッシュに、ムース・ショコラという構成。実は、ムースタイプのガナッシュに秘密があるんです」
そう言われてレシピに目を移すと、「P125」なる、見慣れぬ商品名が。これはいったい?!
「例えば、クレーム・パティシエール・ショコラやショコラのアイスを作る時。味を強くしようとしてチョコレートの量を増やすと、硬くて重いものになってしまいませんか?これは、チョコレートに含まれる油脂分(カカオバター)が原因。しかも、油脂分は無味・無臭だから、チョコレートの量を増やしても、意外とカカオの風味は強くなりません。かといって、カカオパウダーを使うと粉っぽくなってしまう。そんな時に威力を発揮してくれるのが、このP125 なんです」



上から流すムース・ショコラは少しかために調整し、
先に仕込んだキューブが見えるような仕上がりに




なんとなくわかるようなわからないような・・・。結局、普通のチョコレートと何が変わるのでしょう?
「P125を使えば、カカオの風味を強くしつつ、食感の柔らかさや滑らかさを出すこともできます。つまり、これまでかなわなかったことが可能になったということ。これは革命的と言えますよ!」



ユニック用には細長い形に仕込めるシリコン製の型が登場。穴が開いているため冷気が入り、より早く冷やすことが可能

型の中にケークシトロン+クレムーを冷凍して細長くカットしたものを置き、上からムース・アレジェを流し込みます



なんと、商品化までに6年もの歳月を費やしたというから、かなりの気合が感じられます。では、何がそんなにすごいのかというと、
「カカオそのものの組成を変えてしまったんです」。 カカオは2つのパーツからできています。その内わけは、54%の油脂分と46%の固形分。この比率を、ヴァローナが開発した新しいテクノロジーによって、逆転させることに成功。その結果、34%の油脂分と46%の固形分という、これまでにない配合のカカオ「P125」が完成しました。



フィリップ氏が自作した抜き型でチョコレートの器を作成。見事です!


長さ8cmのプティ・ガトーにかけるため、グラサージュの温度は31−32℃と通常より高め。サラサラとしているので薄くかけることが可能



「油が少ない=軽くなるわけです。その分、カカオのパワーも効率よく発揮できるようになりました。といっても、油を絞っただけじゃないですよ。製法は・・・秘密です(笑)」
ところで、「P125」という、チョコレートらしからぬネーミングはどこからきているのでしょう?
「油脂分と固形分が逆転した結果、カカオの風味(味・香・色)に影響する固形分工率が、従来のもの(カカオマス)に比べて25%増しになりました。というわけで、カカオ分125%ともいえるほどカカオのインパクトが強い商品なんです。濃縮チョコレートといったイメージでしょうか」。



温めた天板にクーゲルの開口部をつけて口を広げ、周囲に色付けした砂糖をまぶします。クーゲルを器にしてしまおうという発想がユニーク!



普通なら、“カカオの油脂分は変えられない”とあきらめてしまいがち。ところが、そこで終わらないのがヴァローナのすごいところ。素材が持つ限界を超えることはできないかとチョコレートをゼロから見直し、果敢にチャレンジ。パティシエが希望を伝えてエンジニアがそれを形にして・・・という具合に開発を進めていき、食品の世界にはなかった技術を編み出しました。完成までに関わったスタッフは、延べ5〜60人!その並々ならぬ情熱は、脱帽ものです。そうした革命的なチョコレート「P125」の登場も含め、味わいもフォルムも斬新な5品が紹介されました。



パスィフロール


パスィフロールとは、パッションフルーツの花(トケイソウ、パッションフラワー)の意味。ブラジルを旅した時に良く耳にした名前で、印象深かったとのこと。そんな想いが込められたアントルメは、熱帯フルーツの爽やかさが活かされた一品です。パッションフルーツとマンゴーを使い、トンカ豆で香り付けしたクレーム・アングレーズに「ジヴァラ・ラクテ」を合わせたクレムーは、驚くほど滑らかな質感。そのまわりのムース・アレジェ・タイノリも、ショコラのムースとは思えない喉越しの良さ。そして、軽やかなクレムーとムースに、どっしりと食べ応えのあるブラウニー生地を合わせてコントラストをつけています。中には粗めに砕いたアーモンドも入り、いいアクセントに。



クール・アンタンス


小さなグラスに、ビスキュイショコラとムースタイプのガナッシュを5層に重ねたものを入れ、上からムース・ショコラ・グアナラ・カフェを流しいれ、表面をナパージュ・ショコラ・アプソリュで覆ったお菓子。ひと口食べた瞬間に、カカオのインパクトに衝撃を受けます。それでいて、脂っぽさや重さを全く感じさせないところがポイント。ムースタイプのガナッシュの中には「パール・クラッカン」が忍ばせてあり、プチプチと弾ける食感も楽しめます。チョコレート菓子の概念をガラッと変えてしまうほどの、清々しい後味で、食後のデザートにもぴったり。



ユニック


薄〜く伸ばしたホワイトチョコレートの器は、職人芸ともいえるほどの美しさ。まさに、ユニック(唯一の)な作品です。真っ白なグラサージュの下は、厚くカットしたケーク・シトロン、バターたっぷりのクレムー・カシス、「イボワール」を使ったムース・アレジェ・イボワール・シトロンの構成。ホワイトチョコレートにありがちなもったりとした感じはなく、スッと繊細な口あたりが新鮮です。これは、乳化が完璧にできている証拠。レモンやカシスの香りが心地よく口中に広がります。



タルトレット・ショコラ・キャラメル


“タルトレット”といっても、普通のタルト型は使いません。四角くカットしたサブレに、トンカ豆で香り付けした「カライブ」のガナッシュを乗せ、トップには、キャラメル・エピセ(キャラメルバニラクリーム)を流し込んだクーゲル(トリュフ用チョコレート)を。とろ〜りと流れ出すキャラメルに滑らかなガナッシュ、ザクザクのサブレと、リズミカルな味わいや食感が魅力。見ても食べても楽しい一品です。



マカロン・ノスタルジ


モダンなお菓子たちから一転、最後はノスタルジックなマカロンが登場。赤いグラニュー糖をまぶしたキッチュなデザインや、イチゴシロップを思わせるイチゴのコンフィチュールとミルクチョコレートを合わせたクリームに、思わず “懐かしい!”“昔っぽい!”と嬉しくなってしまいます。珍しいのは、クリームの香りづけに使われたココリコ(ヒナゲシ)。実はイチゴ+ココリコはフランスでは定番の組合わせで、バーバパパ(綿菓子)やマシュマロなどのフレーバーとして使われているのだそう。「今では、マカロンは様々なものが紹介されています。そこで、敢えて昔食べていた"普通においしい味"に注目しました」とフィリップ氏。あまりにもたくさんの新しい味が氾濫している今だからこそ、こうした懐かし系の味が新鮮に映るから不思議です。 







マカロン生地を絞ったら、赤く色づけしたグラニュー糖を
パラパラとまぶします。色と食感のアクセントになって楽しい




様々な舞台で活躍してきたフィリップ氏だからこそ、パティスリーのお菓子もレストランのデセールもお手のもの。自由な感性を目の当たりにし、刺激的な講習会となりました。完璧な理論やテクニックを披露してくれましたが、それよりもっと大切なのは、
「素材の味を知り、素材の特性を知ること。そして、それをどう活かせばいいのかを知っていること。例えば、チョコレートのデザートは“重いから食後にはちょっと・・・”と敬遠されることが多いのですが、それは、作り手の問題。今日のお菓子のようにきちんと乳化していれば、食後でも楽しくおいしく食べられるはず。決して重くはならないですから」
斬新なアイデアが飛び出すのも、素材の役割を理解しているからこそ。改めて基本に立ち返ってみると、素材の持つ新たな面が見えてくるかもしれません。  (2009.08)









※今回の講習会で使用した
ヴァローナ社の製品は以下の通り



タイノリ
ジヴァラ・ラクテ
P125
グアナラ
イボワール
カライブ
アプソリュ・ショコラ
アプソリュ・クリスタル
パール・クラッカン
カカオパウダー
カカオバター






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