「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」での日本チーム優勝という興奮から覚めやらぬまま、次はお菓子のワールドカップです。今回の「クープ・デュ・モンド」は熱い!というのも、来年度は1989年に第1回大会が開催されてから20年、第10回目の大会なのです。その節目となる大会は、2007年1月、フランスでも“美食の街”と名高いリヨン市で開催されます。チョコレートケーキ部門(アントルメショコラと飴を主体としたピエスモンテ)、皿盛りデザート部門(皿盛りデザートとチョコレートのピエスモンテ)、氷菓部門(アントルメグラッセと氷彫刻)における各1名の代表選手3名が1組となって競技するこの大会。今回、この「クープ・デュ・モンド」の日本代表選手を目指しての応募総数は56名。この中から書類選考を通過した29名が、実技選考である決勝大会に進みました。3月21日、23日に決勝の会場となったのは日本製菓学校。そして24日、フランス大使館にて表彰式が行われました。
今回の作品のテーマは「大自然」。私たちの目の前に、一体どんな「大自然」の風景が広がるのでしょうか?



2006年3月21日(火)

決勝大会初日、この日行われたのはチョコレートケーキ部門の選考。25名の応募者数のうち、決勝へ進んだのは12名。競技に支障をきたさないようにとの配慮から、プレス関係者の取材時間が制限されていたため、会場に到着すると既に選手たちは飴細工を作成中でした。部屋に入ろうとしてまず感じられたのが、中に流れているピンと張り詰めた空気。そして、静寂の中にあったのは、いくつもの真剣な眼差しでした。


綺麗なブルー。見ている私たちにも緊張感が走ります。


1部屋4名ずつ、3部屋に分かれていたのですが、どの部屋に行っても耳に入ってくるのは、ガスバーナーの音やエアダスターを吹き付ける音のみ。ガラス細工のように透き通る色とりどりの美しい飴のオブジェは、これまたガラスのように繊細で壊れやすいもの。しかしそこには無機質さはなく、熱で自在に姿を変えるその様子は、まるで生き物のようにさえ思えます。


今にも羽ばたきそうな鳥は、飴で作られているのを忘れてしまうほど。


そして、その周りで厳しい表情で採点をしているのは、審査委員長である「オークウッド」の横田シェフ、「パティシエ・シマ」の島田シェフ、「マルメゾン」大山シェフ、「タダシ・ヤナギ」の柳シェフ、「エーグルドゥース」の寺井シェフ…。他にもそうそうたるシェフの姿が行き来していました。横田シェフにこの日の見どころをお聞きしたところ、

「選手によっていろんな作品があって面白いでしょう?評価については、出来上がってみないと分からないですよ。でも、やはり味も大事ですから、アントルメショコラでの評価の方が採点に占める割合は大きいですね」

とのことでした。


2006年3月23日(木)

決勝大会二日目は、皿盛りデザート部門と氷菓部門の競技が行われました。皿盛りデザート部門16名、氷菓部門15名の応募者数のうち、決勝に進んだのはそれぞれ11名と6名。そしてこの日はなんと、審査員の中に「オ・グルニエ・ドール」西原シェフの姿も!
少しひんやりとした会場内はチョコレートの甘い香りで満たされ、心地よいエピスの香りも感じられます。しかし、顔にチョコレートを付けながらも、構わず作業に集中する選手は真剣そのもの。



この躍動感もチョコレートで表現されるのだから凄い!


そして、別の部屋には大きな氷の塊が次々と運ばれていきました。チェンソーの音が鳴り響き、氷のかけらが飛び散ります。どこからどうやって手を付けていけばいいんだろう?と思ってしまうようなただの氷の塊ですが、選手たちの手は決して休まることなく、作品を作り上げていきます。


氷の温度は−5℃だそう


またこの日は、「クープ・デュ・モンド」創設者でありMOF協会会長でもあるガブリエル・パイヤソン氏によるプレスカンファレンスが行われました。そして、「クープ・デュ・モンド」創設の目的について、次のように語ってくれました。

「もともとは、MOF資格を持つパティシエ、グラシエの集まりがボランティアで始めたものです。フランスにおいて、一般的にパティシエ、グラシエが広く認知されるようになることが目的でしたが、さらに全世界の人々にも我々の存在を広めようとの想いで活動しています。今では世界中に知名度が高まり、現在20ヶ国の参加があります。フランス菓子において発展途上の国も参加するようになってきたのは嬉しいことです。そして、個人店や専門店のみならずホテルなど幅広い参加も目指しています。どの人、どの国にも開かれた大会であることが最大の目的なのです。さらには、参加国の交流や友情を育む場にもなっており、国際的な友好の場であると考えています」


創設者のガブリエル・パイヤソン氏


そして、採点の基準についても説明がありました。

「この大会の競技は、例えるならばアイススケートの既定演技と同じ。しかし、自分たちで考えて作品を作り上げていくという、一部フリーの要素も持ち合わせています。そこで、アーティスティックな点を見ます。第二に作業性です。作業の進め方はもちろん衛生面や後片付け、そして本戦では3人のコンビネーションも採点の基準となります。最後に、採点においてやはり一番大きな比重を占めるのは試食です。お菓子というのは食べてもらわなければ意味がありませんから、おいしくなければなりません。ですから、味の評価に重きを置いています」

また、昨年に続き審査委員長である横田シェフは

「毎年、回を重ねるごとに選手たちが成長しているのを実感しています。特にピエスモンテのレベルアップが目立っているようです。本当に壊れやすいものなのに、構造計画もしっかり出来ており、作品のサイズも大きくなってきています。みなさんとても頑張っていますね」

と、年々選手たちのレベルが高くなっていることを強く感じている様子。


審査委員長・横田秀夫氏


約30分のカンファレンス終了後、再び競技会場に戻ってみると、最初は作品の全体像が見えず「どんな作品なんだろう?」と首をひねっていたものも、徐々に姿を現し始めていました。特に氷彫刻!大きな氷の塊でしかなかったものが、勇ましいライオンや鮭を狙う熊に姿を変えていたのです。冷たい氷に、短時間にして命が吹き込まれた瞬間を見た気がしました。



2006年3月24日(金)

二日間に渡って行われた国内予選大会。その表彰式がフランス大使公邸にて行われました。広間にずらーっと向かい合って並んだ選手と審査員の姿は圧巻!


厳粛な雰囲気の中、緊張感のある面持ちで並んでいる選手を目の前にし、こちらも鼓動が高鳴ります。ジルダ・ル・リデック駐日フランス大使閣下による開会の言葉で幕開けした表彰式。冒頭の日本語での挨拶の後、

「本選において日本は過去に一度、優勝経験があります。作る人、食べる人みんなに支えられながら、日本においてフランス菓子が発展してきていることを、大変うれしく思います」

とのフランス語での挨拶が続き、最後は日本語でこう締めくくりました。

「すでに多くの分野で存在している日本とフランスの友好関係が、製菓の分野でも発展するために、このイベントが役立つことを祈っています。どうもありがとうございました」


そして、農林水産省総合食料局局長・岡島氏のフランス語で始まった挨拶の後は、創設者パイヤソン氏の挨拶です。

「今回、決勝大会の審査に参加しましたが、みなさんの作品には味も含め、心打つものがありました。フランスが持っている食文化が日本に伝わり、このようにしっかりと結実していることは喜ばしいことです。私が初来日した20年前にはパティシエの数も少なかったのが、今、このように多くのパティシエが育ってきていることをうれしく思います」

そして、日本が本選で優勝することを祈る、と結びました。
続く横田シェフによって、審査員と選手の紹介が行われた後、審査講評が行われました。

「今回は審査員によって評価が変わってしまうほど、どれも素晴らしい作品ばかりでした。上位の作品は微妙な点差でしたが、やはり最終的には味の部分が影響しました。選ばれた3人は、次はぜひ世界一を目指してください」

とこれから発表される優勝者に激励の言葉を送りました。


発表を待つ選手たちの表情には緊張の色が


そして、いよいよ受賞者の発表です。3位、2位と各部門の受賞者が発表されるにつれ、会場はさらに張り詰めた空気が流れます。ついに呼ばれる優勝者の名前!!


チョコレートケーキ部門:藤本 智美(としみ)さん(グランドハイアット東京)
皿盛りデザート部門:市川 幸雄さん(帝国ホテル)
氷菓部門:長田 和也さん(名古屋マリオットアソシアホテル)



拍手に包まれながら壇上に上がる優勝者たち。その表情にはまだ少し緊張が残るものの、喜びとほっとした安堵感が伺えます。

「今回優勝した3名は、たったひと山を越えたに過ぎません。まだまだやることはあります。さあ、今リングに上がったばかりです!力の限り頑張ってください!!」

パイヤソン氏の力のこもったメッセージを受け、優勝者たちの顔は、すでに次なる舞台へ向けてやる気がみなぎっているようでした。


リデック大使からのメダルの授与


左から優勝者の、市川幸雄さん、藤本智美さん、長田和也さん



表彰式を終え、達成感に満ち溢れた笑顔の優勝者たちにお話を伺いました。


チョコレートケーキ部門:藤本 智美さん(グランドハイアット東京)


「一番欲しいタイトルだったので、うれしいの一言です。優勝する自信はなかったのですが、力は出し切ったので結果はどうあれ満足していました。今回のテーマは「大自然」だったので、他の作品にない大自然の楽しみを表現したかったんです。メインを一つ大きく持ってくることはせず、たくさんの動物を盛り込みました。一番苦労したのはパスティヤージュですね。完成形になるまで3ヶ月かかりました」

確かに、競技中から他の作品とは違う印象を受けていた藤本さんの作品。動物一つ一つの形を飴で再現するのではなく、それぞれの動物の特徴をうまく取り入れたその作品は、見る者の想像力を掻き立てるもの。もう一つのアントルメショコラについては、

「2年前の前大会で、バナナを使ったアントルメで失敗しているんです。ですから、今回はリベンジのつもりで再度バナナを使いました。今回で4回目の出場なのですが、6年越しの想いなので、所要時間は一番かかっています(笑)」

本選への意気込みについては、

「優勝というよりも、まずは歴代日本チームの作品で一番良いものを作りたいです。それにはチームワークが必要。また、みなさんが楽しんでもらえるような作品を目指しているので、せっかくなら楽しんでやりたいですね。きっとそれが結果に繋がるはずだと思っています」


皿盛りデザート部門:市川 幸雄さん(帝国ホテル)




「本番は練習通りいかなかったので、優勝できるとは思わずとてもびっくりしています。前日は緊張していたのですが、当日は全く緊張せずにリラックスして出来たので、それが良い結果に繋がったのかなと思います。時間内にしっかり組み立てることができたのも勝因かもしれません」

競技中、丁寧な手つきで一つ一つチョコレートのパーツを組み立てていた市川さん。ホワイトチョコレートで作ったオレンジ色の2輪の花がパッと目を引く作品でした。

「『大自然』と聞いて真っ先に頭に思い浮かぶのはアフリカのサファリでした。作品に高さを出したかったのでキリンを作ることにしたのですが、練り物でオブジェを作るのは不得意なんです。反対に、精密にパーツをとって組み立てていくのが得意なので、こういう形のキリンになりました。また、全体的なイメージが『ジャックと豆の木』なんです。ですから、キリンの角も豆をイメージして作りました」

角ばったキリンの姿と、螺旋を描くどっしりとした木の幹。直線と曲線の対比が面白い市川さんの作品ですが、双方が反発しあうことなく上手く一つの作品としてまとまっています。作品にスタイリッシュなシャープさと優しさの両方をもたらせ、見る人にどこか不思議な印象を与えます。


氷菓部門:長田 和也さん(名古屋マリオットアソシアホテル)
「美しい!」見る人全てを魅了してしまう長田さんの作品。体を反らせた、しなやかな女性の体のラインは、溜め息が出るような美しさ。透き通った氷の女性は、儚くどこか悲しい印象。しかし天を仰ぐそのポーズからは、力強い生命力も感じられます。展示している最中も、氷が解けてポタポタと雫が垂れているのが残念でならず、ガラス細工であって欲しいと思わずにはいられません。

「自信はありませんでした。名前を呼ばれた瞬間は『えっ、本当!?』という感じ。やはり女性的なラインを出すのが一番難しかったです。思い通りのラインを出すことは難しかったのですが、優勝できて本当によかったです。職場のみんなに感謝の気持ちでいっぱいです」

と長田さん本人はいたって謙虚。しかし、常に明るいの笑顔を浮かべながら、最後は

「いつもファイターであり続けたいです。本選では優勝します!」

と心強い言葉で締めくくってくれました。



この大会のみならず、日本洋菓子界全体のレベルは目に見えて高くなっています。その中にあって日本代表の座を獲得したことは、優勝者の3人にとって大きな自信となったはずです。でも、本当の闘いは今始まったばかり。2007年1月に行われる本選でも、私たちに壮大な「大自然」を見せてくれることを期待します。