そもそもジャムは大好きで、2,3年前だろうか、
「アルザスに、“ジャムといえばこの人”というパティシエールがいる」
とフェルベール氏のことを知り、食べて以来、フルーツの風味が存分に活かされた
その味には惚れ込んでいた。飽きのこない味は、ひと瓶買えばあっという間に空になる。
朝食のアイテムには欠かせないと、旅行に持参したこともあるほどだ。

その氏が、伊勢丹で開催される「サロン・ド・ショコラ」のために来日するという。
さらには特別にジャムおよびお菓子の講習をやるというではないか。

講習の前日、「サロン・ド・ショコラ」の氏のブースを訪れると、ジャムの棚の横に
ふっくらとした白衣姿の女性が見えた。近寄ると、胸のところにアルファベットで名前が書いてある。
言うまでもなくフェルベール氏自身だ。やわらかい瞳と落着いた物腰、母性そのものと言いたい、
誰もが安心してもたれかかりたくなるような空気をまとった女性。
わたしは、作るジャムだけではなく、その人物にも一発でファンになってしまったのである。

翌日の講習会は、ほとんどファンの集いのようだった。
人数も10数名とアットホーム、フランス語で書かれたフェルベール氏の本を持参し、サインをもらっていたのも一人や2人ではない。わたしを含め、参加者全員にとって、火にかけた鍋から中身が飛びそうなほどの超至近距離で氏のジャム作りが見られたことは、幸福以外のなにものでもなかったと思う。

 

この日作ってくれたのは、「フランボワーズとチョコレートのジャム」、「バナナとオレンジとチョコレートのジャム」、それから「リンゴとシナモン風味のストリューゼルのタルト」、おまけに「ヴァンショー」と、2時間にぎっしりと詰め込んでくれた。

たとえばサブレ生地を作るとき、レシピはヘーゼルナッツのプードルだったが、
「アーモンドでもクルミでも大丈夫。世の中には“奥さん”や“旦那さん”のように変えてはいけないものもあるけれど、お菓子はいろいろ代用していいもの。特に、家庭ではなんでもあるものでつくっていいのよ」
というように、冗談を交えつつ(とてもお話上手な人だ)、
お菓子作りやジャム作りが身近に感じられるような内容でありつつ、
「ジャムに2種類の素材を入れるときは、ペクチンの多いものと少ないものを組み合わせるといい。今日は冷凍のフランボワーズを使うけれど、アルザスではまわりにフルーツがいっぱいあるから、必ずフレッシュを使っています。フレッシュを使うときは、フルーツにしっかり味をしみさせるためにも、2日間かけて作るといいわね」
とか、
「ジャムは保存のできるもの。だから62〜65%の糖度が必要だけれど、きちんと殺菌した瓶を使うなら、58%くらいでもいいわ。強火でたいている鍋の中が、細かい泡から大きな泡にかわったら出来上がり。この見極めが作る上でとても大事なこと」
など、なるほどと思わせる言葉も多かった。


さて、お楽しみの試食である。
残念ながら、リンゴのケーキの焼き上がりを待つ間に、来日中でスケジュールぎっしりの氏は退散してしまったけれど、私たちにはまず先ほど作ったヴァンショーが振る舞われ(しかし、うっかり講習の感想など話しているうちに、なんてことだろう、わたしはこれを飲みそこなってしまった!)、そのあと焼き立てのケーキが。
千切りのリンゴが甘酸っぱく、ヘーゼルナッツの香りが豊か。ホクホクとして寒い夜に嬉しい味は、口に入れるとじんわりじゅわりとその味を広げる。ジャム2種類は小さい瓶に入れてお持ち帰り。
早速翌朝食べてみたが、バナナとオレンジのジャムはラム酒がしっかりきいていて、それだけお皿に盛ってフレンチのデザートになりそうだ。個人的にとても好きな味で、小さい瓶は明日にも空になるだろう。フランボワーズのほうは、酸っぱい果実にチョコレートがうまい具合にコクを出し、当然だけれど美味である。こちらの瓶も明後日くらいには空になるだろう。



伊勢丹で購入した数個のジャムもあって(サイン入り)、今我が家の冷蔵庫はフェルベール氏でいっぱいだ。講習に参加していたファン方々も、きっとこんな状態なんだろうなあ、なんて思う。そして一度アルザスのお店に行ってみたい、あるいはまたアルザスの店に行きたいと想いを馳せているじゃないか。

そう思わせるほど、魅力的な人と味だったのだから。

 

2004.1.30 取材・文:浅妻千映子