今年の「ピエール・エルメ」は今までの「コレクション」に終わりを告げ、完全に自由な発想でスイーツを創造している。その中には過去に発表したシリーズにアレンジを加えるだけでなく、その味覚を再構築したものもあり、とても興味深い作品が登場する。 去る、9月5日、ホテルニューオータニ「PALAZZO OTANI」で行われた、2006年秋冬の新作発表会「FETISH」フレンチナイトパーティを取材した。

入り口から、フレンチポップスの軽いサウンドでの迎え入れられる。今日のドレスコードは「ピンク」。参加者は思い思いのちょっとしたピンクを身に着けての入場となった。最初にナイトパーティということで、仮装用の面とシャンパングラスが手渡された。このグラス、最近よく目にするシャンパングラス。グラスの底が細くなっていてテーブルに置けないもの、すべて飲み干すまで手が空かないという厄介な?もの、うっかり取材が出来なくなってしまうので要注意と気を引き締める。しかし実は会場内にはこのグラスを立てる特別な受け皿が用意されていて、これも斬新なアイデアの幕開けのひとつということなのかと納得。

招待状にはドレスコードが。さて、皆どんなピンクを身に着けて参加するのか?

入口のディスプレイは、桑沢デザイン研究所の生徒の作品

変形型のグラスには、ちゃんとこんな特製のグラスたてが用意されていた



会場に入るとすぐに目に飛び込んでくる数々のオブジェ。これはエルメ氏の今年発表のケーキにインスパイヤされた作品で、東京の桑沢デザイン研究所とのコラボで製作されたもの。中には本物の舞妓さんも作品として登場、フレンチ趣味を意識して面白い。その作品はエルメのケーキを見て食べて、その味覚、構成を理解したうえで製作するということで、今までにない斬新な試みであった。この展示はデザインコンペティションの形式をとっており、作品を創作した若きデザイナー達の中からグランプリ受賞者にはパリへのチケットをプレゼントというサプライズも用意されていた。

手前:ショコラとキャラメルのプレニチュードをイメージした作品
奥:ヴァニーユのエクレアをイメージした作品


手前:PH3プレニチュードをイメージし、硬質感を表現した作品
奥:赤いセロファンに包まれたシュルプリーズをイメージした作品




ややあって、エルメ氏から

「今回は特に“チーズケーキ”、“チョコレートとカラメル”にアプローチし、その味わいを22種類のレシピとして新たに創作。期間限定のスイーツを心ゆくまで堪能していただきたい」

というご挨拶があった。

昨年から引き続きスリムな姿のエルメ氏からのご挨拶。
もちろん胸にはピンクのポケットチーフが




早速、試食を開始。どこから食べていいかわからないほど並べられたたくさんのケーキに圧倒される。姿形はどこかで遭遇しているものがほとんどであるが、その構成、味わいが変わっているとのことで、楽しみである。

まず手始めは「サティネ」のコーナーから。ここでは「チーズとオレンジ」のコンビネーションが中心となる。タルト、シュープリーズ、キャレ、エモーション、PH、ミルフィーユとこれでもかと並ぶ。すべてが軽く、柑橘系の香りのなかでクリームチーズを表現している。

チーズとオレンジの組み合わせが絶妙な“サティネ”は
14種類ものラインナップが。
残念ながらこのシリーズは9月末までで販売を終了




次は「プレニチュード」のコーナーへ。珍しいパリブレストを発見。できたての美味しさに圧倒される。さらにマカロン、ミルフィーユ、キャレ、タルトとこれもあきれるほどの種類のケーキがならび、すべて賞味していくと気が遠くなってきそうである。

チョコレートとカラメルの組み合わせの“プレニチュード”。
今回のFetishのラインナップは11種類。
10月27日〜11月5日までの販売




次は「セレスト」。イチゴとパッションフルーツの組み合わせ。これにも、マカロン、エモーション、タルトと色合いも美しい逸品が並ぶ。

さらに、会場奥にある「グラス」アイスクリームのコーナーではそれぞれのコレクションにあった作品をグラスに仕立てたものがあり、味の構成、食感に改めて驚いた次第である。

“セレスト”の巡行と名付けられた今回のシリーズは
「イチゴとパッションフルーツを深く調和させ、
これをしゃきっとしたルバーブで際立たせたもの。
新作5作を含む計10種類のセレストシリーズは
12月13日〜25日まで楽しめる




もうひとつ今回見逃せないものとして隠れた逸品があった。それは「ヴァニーユ」シリーズである。これもエクレア、ミルフィーユ、タルトが並ぶ。そのどれもが本当にすばらしいもので、まさにヴァニーユを知り尽くしたエルメ氏がたどり着いた新境地と言っても過言ではないものであった。エレガントな香り、シルキーな口どけ、何度も何度も食べてしまった逸品であった。


会場でエルメ氏にインタビューした。

「今回のシリーズで一番苦労したものはどれでしたか」

「一番難しく、さらに私がお奨めしたいのは「ヴァニーユ」です。」
「特に、バニラはブルボンを中心にいくつかをアレンジして香りを出しました。ミルク、クレーム、それをつなげる生地などすべてにシンプルなだけにごまかしのできないものです」「エクレアは召し上がりました?」「マカロンも美味しいですよ」


エルメ氏の朴訥とした口ぶりで、直前までこの味の構成に手をかけたことなどが語られた。

「パリでのラボの活動はいかがですか」

「もう、既に何人ものパティシエが来ています。私のラボでは講習を含め、パティスリー に関するすべてのことをここで行っています。ぜひ、取材にお越しください」

一も二もなく、「はい、伺います」との約束をしてミニインタビューを終えた。

パナデリアの今回いちおし“ヴァニーユ”シリーズ。
エルメ氏もお気に入りのラインナップだ


会場にはもちろん「パティスリー SATSUKI」の中島眞介シェフの姿も



会場には、まだまだたくさんの食べていない種類のケーキが並んでいる。「イスパハン」シリーズも見える。クリスマスケーキ、さらには「ガレット・デ・ロワ」まで。ああ、何個も胃袋がほしい!とため息をつきながらのパーティであった。



最後に、今回の「BEST FETISH DESIGN」の発表があり、「Celeste」セレストを舞妓さんが縛られて見ているだけという作品で表現した川上早苗さんが優勝し、パリ行きチケットを手にした。

セレステをイメージし、今回グランプリをとった川上さんの作品。
このケーキの持つ艶やかさを縛られた舞妓さんで表現したという。実物にびっくり


エルメ氏から賞品のパリ行き航空券を渡される川上さん



今回は、本当に多くのエルメ氏の新作ケーキに囲まれ幸せな時間を過ごさせていただいた。さらに、とてもたくさんのことを学んだ気がする。複雑な構成の味わいを極めていくと最後に本物が現れる。それはまさに「Simple is best」であった。小さいころ食べた、バニラクリームだけのエクレアの記憶。単純な構成のババロアクレームだけのタルト。しかし、本物だけに決してごまかしのきかない究極のケーキが現れる。エルメ氏が表現したい本質を垣間見た気がした。



〜 2006年 クリスマスケーキ 〜



〜 2007年 ガレット・デ・ロワ 〜