去る4月8日、パナデリアはホシノ天然酵母の秦野工場を見学させていただきました。ここは5年前に町田工場の一部が移転したものですが、現在ここで全てのパン種の元種を作っています。とてもシンプルかつ清潔な工場で、パナデリアの勝手な想像(!?)とはかけ離れたものでした。

まずはホシノ天然酵母とはどういうものなのか、ということについて星野益男社長と秦野工場長清水さんにお話を伺ってみました。




ホシノ天然酵母
(以下ホシノ)

「ホシノ天然酵母には、従来のものに加え、この工場へ移転してきてから培養した丹沢酵母があります。この酵母は比較的強く、パンを膨らませる力が従来のものより優れています。 
ほかにはぶどうから培養したぶどう種、フランスパンを作るのに適したフランスパン用種など他にも何種かあります。
今日はぜひこの工場をご覧いただき、パナデリアの会員の方にホシノ天然酵母のよさを説明させていただければと思います。」

パナデリア 
(以下パナ)

「パン屋さんをいろいろ取材していると、レーズンで起こしたパン種を使っているところも多いですが、それについてはどう思われますか?」

ホシノ
「もちろんそれはオーガニックレーズンのことだと思いますが、うちでもブドウ種には使っています。ただ、必ず埃や土壌菌・雑菌がいるので、バイオテクノロジー技術で酵母菌を取り出したらレーズンは全部処分するんですよ。
よくビンの中にレーズンを入れて置いてあるお店がありますけど、とても怖くてそんなことはできないですね。 うちではぶどう種の場合、選び取った酵母菌だけを国産小麦粉で培養するんです。そうやって小麦と馴染ませておくから、パン生地の中に入れたとき膨らみがよく、素直な味になるんです。
ただぶどう種だけだと淡白な味なので、ホシノの生種や丹沢酵母と合わせて使ってもいいですよ。」


パナ

ホシノ

「丹沢酵母というのは?」  

「丹沢に有名な水場があるんですよ。そこの上流の谷川のほとりに培地を設置して春先の上昇気流にのった菌を採取するんです。これは空気中の菌です。 土壌中の腐葉土に住みつく酵母もあるのですが、土壌中には5万種類以上もの菌がいるので、抗生物質で菌を殺して酵母と真菌類のみを残すという方法を取らなければなりません。私たちは抗生物質を使いたくないので土中からは採取していません。」


パナ

ホシノ

「ではホシノさんでは薬品類は一切使っていらっしゃらないということですね?」

「そうです。薬品は一切使用していません。酵母菌だけでなく麹菌も薬品を使用せず自然食材だけで純粋培養しています。企業秘密の部分があるので全部をお見せすることはできませんが。

「買ってはいけない」で有名な三好基晴先生からいろいろと質問をされたので、最重要機密工程を一切第三者に伝えないことを条件に書類で全て公開しました。変に誤解はされたくないので。感心されていましたよ。
ただ三好さんは「不要な菌が混ざっていてもいいんじゃないか、パンは高温で焼くのだから問題ない」と言われますが、それでは商品として安定性がないので、その点だけは私どもとは多少意見の相違があります。

私どもとしては、雑菌が混入しているとパンが生焼けの時が心配なんです。食パンだと中心温度が90℃以上になるように40分以上焼かなければ菌は死滅しないので、充分注意してほしいんです。」

パナ

ホシノ


「そういう、お客様の手元に渡ってからのことまではなかなかコントロールできないですよね。」

「ええ。夏場は特に出荷時に暑さで酵母菌が死なないようにクール宅急便を使うなどして気をつけています。高温で酵母が死んで麹菌だけが残り、甘酒になってしまうなんてことのないように。問屋にもうるさく言っていますよ。」

パナ

ホシノ

「どうしてパンの酵母をつくるのに麹菌が必要なんですか?」

「うまみを出すためには、酵素がでんぷんとたんぱく質を分解してグルタミン酸、イノシン酸、グリアニン酸やりんご酸などを出す必要があるのです。その働きというのは麹菌と酵母菌が一緒になって初めて行われるものなんです。これがつまり「醸造」ということです。
さらに乳酸菌も必要なんですよ。0.2%乳酸が入ると他のいらない菌が繁殖できまくなるんです。また酵母菌と相性がよく、適性なphも保ってくれます。この乳酸菌は私どもの工場に住みついているものなので、あえて加えることなく入ります。
酵母菌、麹菌、乳酸菌の3つが合わさって初めて安定し、味に深みが出るんです。
ちなみに麹には「大地を守る会」の北海道のお米を使っています。」

パナ

ホシノ
「麹というと味噌や醤油、日本酒のイメージでした。」

「そうですね。この3つが一体となった味は和食のベースの味でもあるんです。うちでは3種類の麹菌と4種類の酵母菌を組み合わせて商品を作っています。 後で知ったことですが、味噌のメーカーもこの3種の菌という、やはり私達と同じところに着眼していたんですよ。」

オートクレーベ・・・高温高圧殺菌装置
パナ

ホシノ
「じゃあ丹沢酵母で味噌を作れるんですか?」

「ええ。おいしい味噌ができますよ。ただ、普通の味噌と違い菌が生きたままなので、冷蔵庫で保存しないといけません。
食品はふつう最後に殺菌という過程が入りますが、酵母は「菌」が商品なわけですから殺菌ができません。ですから品質管理が大変なんです。
だからといってタンクの中で閉鎖式培養を行うにはどうしても化学物質を使うことになるので、できないんですよ。」 


パナ
「品質管理といえば、酵母菌は培養していくうちに変化したりなくなったりして、品質も変わってしまうのではないかと思うのですが。」

ホシノ
「いつもゼロからとった菌を使用するわけではなく、一度採取した菌は急速冷凍してマイナス60〜80℃のところで万が一の事故に備えて保存してあります。日常の生産に使用する酵母は、自然食材で作った無菌培地に植付けて保存しているものを使っています。パン種は初期段階で培養した発酵液(元種)から作りますが、ひとつの元種で一ヶ月分のパン種の生産を行います。」

パナ なるほど・・・。「菌」というのは目には見えず、殺菌もできない、ゼロから勝手に作り出すこともできない。扱いが難しいですね。 今度は、酵母ができるまでを教えて頂けますか?」

ホシノ
「では工場へ案内しましょう。」

いよいよ工場を見せて頂くことになりました。履物を変え、帽子もかぶっていざ出発!

ホシノ
「まず酵母の培地となる国産小麦ですが、これは生のままは使いません。ミキサーで水と混ぜ、トレイに移した後ボイラーに入れて蒸します。蒸し終わった小麦はトレイから出して機械でほぐします。午前中はここまでの作業で、午後は使った機械やトレイを洗います。」

パナ
「午後中ずっとですか!?」

ホシノ
「そうです。雑菌が繁殖しないように水で洗ったあと、強力かつ無害な食塩水電気分解殺菌水を使用して、床・器具・機械・道具類すべてを洗浄します。」
パナ
「掃除が仕事の大半なんですね。それを毎日やるなんて、すごい!」



蒸す機械と小麦を並べるトレイ


蒸した小麦をほぐす機械

ホシノ
「蒸してほぐした小麦は一定温度に管理された部屋に入れて乾燥させます。これに米麹、酵母菌、乳酸菌、水を加えて発酵させ、再度乾燥させます。」

パナ
「かなりの温度のところに入れても菌は死なないんですか?」
ホシノ
「人間が110℃のお湯にはつかれないけれど110℃のサウナには入れるように、空気温は高くても乾燥する間は酵母は死なないんですよ。もともと水分のある状態で生きた酵母が入り、それを乾燥させるので、使うときにまた水分を加えると、もとに戻るんです。」

パナ
「では麹菌はどうやって培養されるんですか?」
ホシノ
「麹菌は完全に密閉式の機械内で培養します。日本酒を作るときのように麹ムロの中で培養すると空気中の雑菌がたくさん入ってしまいますからね。」

パナ
「じゃあ袋の中身は小麦と米だけで、これに酵母菌・麹菌・乳酸菌がついているというわけですね。ところで、ドライイーストは何の粉末なんですか?」

ホシノ
「あれは珪藻土といって、錠剤に使われるものと同じものです。栄養分もなく化学反応を起こさないもので、その中にイースト菌を混ぜ込んであるんです。 では最後に袋詰めの様子をお見せしましょう。」

パナ
「いよいよ最終段階ですね。」

ホシノ
「はい。こうやってできたものを袋詰めしていきますが、袋詰めは手作業で行います。機械の方がいいように思えますが、人間の目による異物検査を最終段階で行うことも兼ねているんです(小袋はさすがに機械で詰めますが)。」

パナ
「酵母のできるまでがよくわかりました。お忙しいところどうもありがとうございました。」




袋詰め作業風景



取材を終えて

ホシノ天然酵母では、窓は完全閉鎖・完全空調、職員の衛生管理も厳しく、できあがったパン種は実際にパンを焼いてチェックし、食品分析センターでも定期的に検査を受けているとの徹底ぶり!!
ここまで気を遣って作られた酵母のお話しを聞くと、なんだか「自家製天然酵母」という表示のパンは大丈夫かなあという気がしてしまいます
衛生に気をつけて自然酵母を起こしているパン屋さんもたくさんあります。ぜひ、興味のある方はお店で聞いてみるといいと思います。

パナデリアではホシノ天然酵母の使用を推薦するわけではありません。しかし、本当に基礎研究に資本投下し、衛生にも気を使って、正直に作っておられることを確信しました。

いつもお世話になっている、西荻窪のリスドオル・ミツの廣瀬満雄社長いわく、「天然酵母」「自然酵母」と謳っていてもイーストが混入していたり、粉や油脂、ミルクに酵素剤や知らず知らずのうちに発酵促進剤が混入しているパン屋さんも多いのだとか!!
みなさん、これからは天然酵母、自然酵母、野生酵母といった表示はお店にその内容を問い合わせて見てください
http://www2s.biglobe.ne.jp/~mutenkap/03tigen.htm
それからパンの生焼けには十分注意しましょう!!