子供達にとって、長い夏休みの一日一日はかけがえのないもの。
スイカの味、プールの匂い、セミの声・・・あの頃の記憶は、いくつになっても鮮やかに五感を呼び覚まします。
7月30日。夏休みがはじまったばかりの、とある一日。大田区の雪谷文化センターにて「夏休み子どもデザートづくり教室」が開催されました。テーマは、「ババロワを作ろう」。講師を務めるのは、ラ・スプランドゥールのシェフ、藤川浩史さんです。

ラ・スプランドゥールより、左から槇田えりさん、シェフ藤川浩史さん、山口善弘さん。子ども向けの講習は、今日が初めてとのこと


ご自身も小学生と幼稚園に通う二児のパパである藤川さん、今回のデザート教室を引き受けるには、ある想いがあったようです。

「地元の地域主催の、夏休みの子ども向けのイベントということで依頼を受けたのですが、単に作り方を教える、という風にはしたくなかったんです。ひとつひとつの食材が、どこからどうやってできるのかを知りながら、実際で目で見て、香りをかぎ、手で触り、じっくり味わうことで、食べ物を通していろんなことを感じて欲しい。そこから、何か可能性が広がって、子どもたちの夢のきっかけになれば、と考えています」

藤川さんの想い・・・、子どもたちに届きますように!

手描きのルセットは、牛や豚(ゼラチン)、卵、牛乳など、今回使う材料が描かれています。

用意された様々な種類のフルーツ。カットしたものではなく、まるごとを子ども達に触れてほしいという願いから


集まった子どもたちは、小学校低学年が中心の総勢19名。エプロン姿で、ちょっぴり不安と緊張の面持ち・・・。

「こんにちは!今日はありがとう。みんなが怪我しないように、今日のために3人で準備をしてきました。紙に書いてあるのが、今日使う材料です。卵はニワトリから、牛乳は牛から出来ますね。そしてババロワを固めるのが、ゼラチン。これは実は豚からできるもの。ゼラチンは見たことがあるかな?」

板ゼラチンやバニラのさやなど、材料を回し、子どもたちに直に触れてもらいます。神妙な面持ちで、バニラのさやをじっと見つめ、香りをかいで・・・。



「では早速作り始めましょう。では、卵が割れる人?」
「はーい!」


元気にたくさんの手があがったものの、実際に卵を割り、白身と黄身を分けるのは大苦戦・・・。


うまく割れるかな・・・?「あちゃー!!」


黄身に砂糖を加えホイッパーで混ぜ、牛乳は鍋に入れ火にかけて温め、バニラビーンズを加えます。バニラのさやに包丁を入れると、中からビーンズが出てきて子どもたちはびっくり。





そして、バニラビーンズを牛乳に加えると、鍋の中から甘〜い香りが!顔を寄せ合い、子どもたちは鍋の中に鼻を近づけます。

「アイスクリームのにおいがする!」

普段食べているバニラアイスクリームは、真っ黒のさやの中に入ったバニラから出来ていること。そして、ほんの少し加えただけで、牛乳がとても甘い香りに変わること。ひとつひとつが驚きの連続です。それまで、引っ込み思案で作業を見ていただけの子どももだんだん身を乗り出してきました。

「汚れてもいいから、どんどん手で触ってごらん!」

藤川シェフの言葉に、女の子も男の子もいっせいに手を伸ばしました。さっきまで固かったゼラチンが、水の中でやわらかく変わっていることに目を輝かせます。





バニラで香りを付けた牛乳は、砂糖と卵を合わせたものを加えて火にかけ、アングレーズソースを作ります。子どもには難しい作業なので、デモンストレーションで。鍋の中でみるみる変化するソースと、鮮やかな手さばきに子どもたちは興味深々。出来上がったソースにはゼラチンを加え、漉してから冷まします。





次は、生クリームをホイップする作業。子どもたちは、「僕がやる!」「次は私!」と積極的。それでも、子どもの力ではなかなか泡立ちません。


「あ・・・、少しトロッとしてきたね!」


ホイップしたクリームは、アングレーズソースと混ぜ合わせ、いよいよ型へ流し込みます。ここで、プロの機械登場!種落としに使う“チャッキリ”の初体験。大きな器具に生地を流すと、相当の重み。小さな型に標的をあわせ、適量を流し込んでいくという繊細な作業。子どもたちにできるのでしょうか?





少々はみ出してしまってもご愛嬌。失敗しても、自分でやってみることに価値があるのです。
出来上がったババロワは氷を張ったバットで冷やし固め、その間にフルーツをカットします。

「みんな、これはなんだかわかるかな?」

と、藤川さん。子ども達の目の前でカットします。

「そう、パッションフルーツ!見た目は真っ黒だけど、中はこんなにキレイな黄色なんだ。香りをかいでごらん。食べてみてもいいよ」





本物のパッションフルーツを見たという子どもがほとんど。爽やかな香りと、鮮やかな酸味に肩をすくめます。

「酸っぱーい!でもおいしい!」

子どもには強すぎる酸味なのでは・・・と思いましたが、先入観無しに感じる味覚が一番大切。それをどう感じるかは個人に任せて、まずは体験させてみるというのが藤川さん流。

「パイナップルは、どうやってなるのか知っているかな?これは、高い木になるのではなくて、土から生えた株の上にできる。実のお尻の部分でつながっているんだよ」





大人でも知らない知識もあり、見学していた親御さんからも思わず「へえ〜!」という声も。中にはパイナップルに初めて触ったという子もいて、とげとげした葉とずっしりとした重さを実感していました。
ナイフを手に取り、「自分でやりたい」という子どもの声に、周囲の大人はハラハラ・・・。しかし、一度基本を教えると、スイスイと剥いていき想像以上の出来栄えにびっくり。これは将来有望ですね!





いよいよ盛り付け作業に移ります。冷えて固まったババロワを型から取り外し、フルーツやゼリー、そして藤川さん特製のチョコレート、苺、トロピック、アングレーズの4種のソースなどを自由に飾り付けます。はじめは、シェフ自らお手本を。絵を描くようにあっという間にお皿の上には4種のデザートが完成!





「仕上げるのは、ひとり2皿。フルーツとソースをどうやって組み合わせ、どうやって盛り付けるかはみんなの自由。ソースを混ぜちゃっても構いません。どんな味になるか想像しながらデザートを完成させてください」

さあ、どうなるか?子どもたちは、思い思いにソースやフルーツをお皿に盛って飾りつけを楽しみます。やっぱりチョコレートは人気の様子。ババロワが見えないほどフルーツを大盛りにしてしまう子、大好きな“黄色”で色をそろえる子・・・。そして、大人もびっくりするような思いもよらぬハイセンスな作品が出来たりと、驚きの連続。





お待ちかねの試食の時間。・・・いただきま〜す!!

「食べる前に、今日はどんな材料で作ったか思い出してみよう。そして今、目の前にあるデザートは、どんな香りがして、どんな色かな?色々なことをまず想像して、それから、口の中に入れて食べてごらん」

「柔らかくておいしい!」「甘い!チョコレート入れすぎた〜」


など、様々な感想がテーブルを賑わせます。藤川シェフは、ミントの葉を持って、各テーブルをまわると・・・

「これと一緒に、デザートを食べると面白いよ。味わうコツは、まずは口の中に入れて、鼻から息を抜くこと。さあ、やってごらん」





ミントの味わいは、子どもには難しいのでは?なんて心配していると、素直にミントを口にし、鼻からス〜ッ!!

「なんだか、すっきりする!」
「一緒にババロアを食べると違う味になった!」


一度味を覚えると、2枚、3枚と手を伸ばす子も。子どもの頃、ミントといえば大人が食べる辛いガムのイメージしかなかったもの。ファーストインプレッションって大切なんだ、と実感してしまいました。

「ミクニの時にも、“味覚の授業”という食育の授業に何度か協力したことがあるんです。子どもたちに教えたいのは、作り方よりも、食べ方。単純に舌で味わうだけじゃなくて、手で触って、香りをかいで、噛んだ時の音に耳を澄ませて・・・五感を使って食べ物を感じることを教えたい。食べ物に対する感覚は、一回ですぐに理解できるものではなく、毎日の繰り返しの中で身に付いていくもの。今回、何人か親御さんに見てもらっていたのも、何か気付くきっかけになればと思います」

と、今日の講習を終え、すがすがしい表情の藤川シェフ。子どもたちが食べ終えたお皿を洗いながら、アシスタントのお二人も笑顔でうなずきます。
夏休みの一日、たくさんの果物や食材に触れ、自分の手でデザートを作った子どもたち。次におやつを食べる時、いままでと違う何かを感じてくれるでしょうか?
初めてかじったミントの香り、フワフワに泡立ったホイップクリーム・・・。体験した出来事のひとかけらが、夏休みが終わり何年か経った後も、鮮やかに子どもたちの“五感”を呼び覚ましてくれることを願います。












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