去る9月8日、日本製粉が開催するパン講習会に参加してきました!
「もっと楽しく、もっと健やかに。パンが作る豊かな毎日。」というテーマを掲げ、スローフードならぬスローブレッドの提案をしているNIPPN。今回はそのスローフードの本場フランスから、フレデリック・ラロ氏を講師に招聘、スローなパン作りとそのエスプリを感じようという訳なのです。
日本ではまだ知る人ぞ知る存在ですが、フレデック・ラロ氏は、なんと、1997年に26歳という若さで最年少MOF取得者の栄光に輝いた人物。2000年には共同経営者のピエール・マリ・ガーニュ氏と共に「ル・カルティエ・ドゥ・パン」を設立し、2005年のガイドでは2つ星(最高は3つ星)を取得。現在はピエール・エルメの2号店があることでも知られる、閑静な住宅地パリ15区に2店舗を構える名実ともに今注目のブーランジェなのです。



軽く200人は収容できそうな会場は、開始1時間前というのにすでに満席状態。プロの方を対象にした会だけに、周りを見回すと あの「ユーハイム・ディ・マイスター 丸ビル店」志賀勝栄シェフや、天然酵母パンの師としてファンも多い「ピッコリーノ」の伊藤幹雄さんなど、そうそうたる職人の姿が。若くしてMOFを取得したシェフに、いったどんな秘密があるのか期待が高まります。



そして、いよいよ講習会がスタート。
登場したラロ氏は、年齢に比べて落ちついた印象。長身にショートヘア、カメラを向けるとすかさずポーズをとってくれるノリの良さと、やさしそうな目に会場の雰囲気が和らぎます。


今回紹介していただいたパンは、製法や酵母を変えた3種のバゲット(カンレミ風味のバゲット・トラディッション、ポーリッシュ方式のバゲット・トラディッション、昔ながらのバゲット)や、ラロ氏オリジナルの酵母を使ったパン、そして2種のクロワッサンなど合計8種。講習会というと、新しい素材を使ったパンやアレンジを期待しがちですが、あえてそうしないのはさすがMOFの貫禄。粉、塩、水だけのパン、一体どんな風に違いが出るものなのでしょうか。




講習は、低温長時間発酵のパンも多いため、すでに前日から仕込んである生地との並行作業。ここで感動したのは、なんといってもラロ氏の手つき!ふっくらとやわらかそうな手が、マシュマロのような生地をふんわりと包み込む様子は、見ていてうっとりするほど。このバゲット生地の場合は、生地の空気をあまり抜かないように成形するそうなのですが、まるで魔法がかかったように、パン生地がフワッと丸く整えられていく様子に目が釘付けに。パンを作ることが大好き、というシェフの想いが伝わってくるようなシーンでした。


そして、バゲットの成形では、強力な助っ人として志賀シェフを始めとしたブーランジェ達が大活躍。志賀シェフは「手につかず、成形しやすい生地ですね」とコメントしていました。


さて、3種のバゲットですが、特徴は、ポーリッシュ方式や前日の生地(発酵生地)を使用し、できるだけイーストなど添加物を加えず、粉の旨みを引き出すようにと配慮されていること。発酵生地を入れることで、生地が強くなり、酸味がグルテンを強くする、そして味が良くなるという利点があるのだそう。また、粉や酵母の旨みとバランスをとるためか、塩の量は2%強とやや多めになっています。講習会では、粉はNIPPNのフランスパン用粉「Fナポレオン(灰分0.41、たん白11.8)」と北海道産小麦100%を使用した「ジャパネスク(灰分0.45%、たん白10.6%)」を使用していました。 日本の粉について伺うと、

「フランスの粉とは全く違うという印象。100%で使うには弱いのですが、グルテンが強すぎるものよりは扱いやすいので、1次発酵を長くとったり、他の粉と合わせるなどして手を加えればとてもおいしいと思います。自分の店で使う粉は、品質にブレがなく、生地がなめらかに仕上がるものを選ぶようにしています。最初から弾力性のありすぎるものは避けるようにしていますね」

とのこと。カンレミを始め、多くの品種を組み合わせているのだそうです。


全体を通して感じるのが、とにかくキビキビ動いて、よく気が付くということ。口では説明をし、手は成形をしているのに、「あ、今ミキサーの音が変わったのに気がつきましたか?これがミキシング終了の合図です」と、後ろの様子もきちんと把握。あらゆる作業に目を光らせているラロ氏の姿が印象的でした。

そして、ミキシングの工程では、ラロさんのミキシング哲学を披露。 「私がミキシングをする際に大切にしているのは、まず1速の状態で完全になめらかな生地にしておくということ。時間の長い短いはあまり重要ではなく、これがパンの質を決める重要な工程だと思います。そして塩を入れるタイミングは、遅ければ遅いほど良いと思っています。ただ、1速が長い場合には先に入れます」 また、フランスのスパイラルミキサーは日本のものよりも遅いのだそうで、ルセットの表示よりも実際は短くした方が良いとのことでした。


生地の配合での発見は、液体酵母の存在。カンレミやブレドーなど、粉の香りを添加するためのもので、発酵というよりは香りつけの役割をします。ポリタンクにドロっとした液体が入っているのですが、これを10%程度入れるだけで、かなり特徴のある風味を出すことが可能に。特に、酸味のあるブレドーの液体酵母を使用したクロワッサンは、深いコクと独特の酸味がバターの風味と良く合い、初めて味わうおいしさでした。


発酵工程ですが、ここでもラロ氏の技が明らかに。
例えばバゲット・ア・ランシエンヌは、成形をしてから布に並べたまま12℃で16時間発酵を行うのですが、ラロ氏のお店では、11℃で発酵をさせたものを朝焼き、9℃で発酵させたものは午後焼くといように温度で焼成のタイミングをコントロール。そのため、常に焼き立てを出すことができるのだそうです。この方法には場所と温度管理ができる環境が必要になりますが、「ル・カルティエ・ドゥ・パン」ではこの方法で常に焼き立てを並べるようにしているそうです。さらに、買う人の好みで選べるよう焼き加減も何タイプか用意されているとのこと。さすが、バゲットが主食のフランスですね。


次々と焼きあがるパンに目を奪われているうちに、気が付けば終了時間もまもなく。 試食では、ご飯とお漬物=パンとチーズ、に例え、千枚付けとタクワンを乗せたカナッペも登場。お漬物の酸味とパンの風味が良く合って、意外な驚きがありました。

では、今回いただいたパンをご紹介しましょう。


Baguette tradition Camp Rémy
バゲット・トラディッション・カンレミ
(カンレミ風味のバゲット・トラディッション)

深くて厚みのある独特の香りが印象的!カンレミの液体酵母の威力か、長時間発酵ではないのに非常に香り豊か。カリッとしたクラストのチーズを思わせるコクは、他にはない味わい。

La baguette de tradition sur poolish
ラ・バゲット・ドゥトラディッション・シュープーリッシュ
(ポーリッシュ方式のバゲット・トラディッション)

香ばしくカリっとしたクラストと、弾力のあるもちっとしたクラム。塩気はかなり強いですが、甘みのある爽やかな味わい。

Baguette a’ l’ancienne
バゲット・ア・ランシエンヌ
(昔ながらのバゲット)

フランスのバゲットから想像するよりも、軽くてやわらかい生地。特徴付けのために加えた2番粉(ブラウンエース)が、ひと味違った表情を演出しています。

(ブラウンエース)


Le pain au levain naturel
ル・パンオゥ・ルヴァン・ナチュレル
(ラロ氏オリジナル酵母のパン)

ラロ氏がフランスから持ち込み、毎日、粉と水でリフレッシュし続けたオリジナル酵母を使用。酸味、塩味ともにかなり強く、濃厚な味わい。

Le pain aux céréales en pousse lente
ル・パンオゥ・セレアル・アンプッスラント
(ゆっくり発酵させた穀物入りパン)

ふんわりやわらかい生地に発芽小麦のフレークと、ローストアマニがプチプチとはじけます。シリアルが香ばしく、食べやすい味わい。サンドイッチなどにも合いそうです。

Le croissant avec blé d’or
ル・クロワッサン・アヴェックブレ・ドー
(ブレ・ドーを使ったクロワッサン)

今までに味わったことのないコクとおいしさ!ブレ・ドーの液体酵母を使用しているためか、旨みが強く、ほのかな酸味が特徴的。力強く存在感のある生地をかみしめると、バターがジュワッと口の中に広がり、まさに至福のひととき。液体酵母が日本にあれば・・・と切に願います!

Les variations des sandwiches
レ・ヴァリアッション・デ・サンドウィッチ
(サンドウィッチのバリエーション)

最近フランスでは、パンを使ったパーティが多いのだとか。立体的に飾ったサンドウィッチは目にも楽しい演出です。ル・パンオゥ・セレアル・アンプッスラントの上に千枚付けとたくわんを乗せたカナッペは食感も良く、2つの酸味がとても良く合っていました。



注目素材
1.液体酵母

フランスで1年程前から発売されているという液体酵母。ラロ氏のお墨付きということで、パッケージにはしっかりラロさんの顔写真が・・!カンレミ、ブレ・ドー、ポートルと3種類あり、それぞれに特徴のある香り。実はこれ、液体酵母という名前ですが、目的はあくまで香り付け。短時間で作る場合でも、風味と香りを与えてくれるという優れものです。なお、発酵すると香りが飛んでしまうので、4℃帯で保存するのだそう。日本での販売については、流通が難しい商品なので現在検討中とのこと、早く許可が下りると良いですね。

2.ローストアマニ


今、大注目の食材がこれ!シリアルの中でも学術的に評価されているシードとして、フランスではすでに大ブームなのだそう。ローストしたアマニは、プチプチとして非常に香ばしく、ゴマと良く似たもの。クセが全くないので、非常に食べやすいのが特徴です。ちなみに、栄養的特徴は@多価不飽和脂肪酸の中でもα-リノレン酸の含有量が多い。Aリグナンを多く含んでいる。B非可溶性および可溶性の繊維が多いの3つ。美味しいだけでなく、動脈硬化やガンの予防効果も期待される期待の食材なのです!



ラロさんの著作


世界的なブックアワードの料理本部門で2位にランクイン!
装丁も素敵です。