元祖無添加パンを謳うリスドォル・ミツの廣瀬満雄氏は「パンは安心・安全・健康という大前提のもと、おいしいものでなければならない」という考えをお持ちの方です。

酵母も、パンによって色々な種類を使い分けていらっしゃいますが、最近新しくビール酵母と冷凍保存可能な自然酵母(デッセム)を開発されたとのこと。詳しくお話しを伺ってきました。


ビール酵母はビール(非加熱・無濾過・無添加)・全粒粉・ライ麦(細粒粉)・きび糖で元種を起こし、それに全粒粉・国内産小麦・濾過水を加えていってつくった酵母。「昔、ドイツ北部キールという町でこのビール酵母に出会い、それから研究を重ねてやっと納得できるパンができました。ビール酵母には胃腸の調子を整え、血液をサラサラにする働きがあるようです。当店では更にライ麦、全粒粉を加えることにより、その働きを高めました。麦の発芽部分を引き伸ばした酵母といっていいでしょう。焼き上がってすぐは酸味を強く感じますが、3日目くらいたつと酸味がマイルドになり食べやすくなります。日持ちもよく、ビール酵母で作ったあんぱんは3週間もったんですよ。もちろん中の餡はだめになっていましたが。現在、イルフォルノ・ミツにこのビール酵母をつくる機械(Fermentolevain/Pavailler社)を設置しています。」とのことです。

早速イルフォルノ・ミツに出かけて、実際にビール酵母を舐めさせてもらいました。ほのかな酸味と弱い炭酸のようなピリピリ感を舌に感じました。使用しているビールは「飛騨高山麦酒」という地ビール。苦みが少なくコクのあるビールです。なんと熟成するまでに11日間(264時間)もかかるという、手間のかかった酵母です。


ビール酵母をつくる機械
(Fermentolevain/Pavailler社)

「飛騨高山麦酒」




不可能と言われてきた「自然酵母の冷凍」ですが、廣瀬さんが開発したデッセムはこれを可能にしたもの。結果として、デッセムを使えば144時間もかかっていた元種作りの時間が短縮でき、生イーストと併用すれば「醗酵促進剤・乳化剤・小麦粉改良剤・酸化防止剤・品種改良剤・防腐剤・膨張剤」としての役目も果たすという2つの大きな利点があります。しかし何といっても最大の特徴はこれが化学合成物質ではないということ。材料となるのは、ぶどう糖の果実(醗酵液用)、国内産小麦粉、水、自然農作物の中にある酵素のみ。水は山の湧き水、粉は麦の種類の違いによる「酵素活性」を活かすため国産小麦粉と国産ライ麦粉数種類を混ぜて使用しています。
また、「天然酵母」という言葉についても廣瀬さんの考えを伺ってみました。「天然という言葉は私は使いません。私の店のパンについては「自然酵母」と言っていますが、これは「自然素材を自家培養した酵母」という言葉の始めと終わりをつなげて作った言葉です。「天然酵母」と謳っている商品もありますが、これについてはちょっと疑問を持っています。土壌菌から培養したものは危険極まりなく論外ですが、そうでなくて米や小麦を培地としたものについても、38.5℃以上の温度で蒸してしまうのでは粉が本来持つ自然酵素は死んでしまいます。「酵素剤」とは言えるかもしれないけれど、小麦の酵素を培養していなければ「パン用酵母」とはいえない。発酵学的にいえば、酵母菌が持つ4つの酵素*1と小麦粉が持つ4つの酵素*2が全て含まれていなければ、「酵母菌」とは言えないのではないかと思います。」とのことでした。

廣瀬さんの自然酵母パンとデッセムの製造工程を図に示しましたが、元種起こしまでが短縮されると、長時間労働だったパンづくりの負担がいかに軽減されるかがわかると思います。またそれが化学合成物質の添加物によるものではなく自然酵母なのですから、消費者にとっても嬉しい方向性といえます。
マインツブロート ¥600/
カシューナッツ、へーゼルナッツ、アーモンド、カレンツがたっぷりと入ったパン。ナッツとカレンツの自然の甘みと生地のバランスがよく、ナッツのコリコリとした食感も楽しい。

*1
チマーゼ(ブドウ糖と合わさるとアルコール、炭酸ガスになる)
インバターゼ(砂糖と合わさるとブドウ糖、果糖になる)
マルターゼ(麦芽糖と合わさるとブドウ糖になる)
プロテアーゼ(蛋白分解酵素)


*2
澱粉分解酵素αアミラーゼ(澱粉をデキストリンに分解)   
澱粉分解酵素βアミラーゼ(澱粉を麦芽糖に分解)   
蛋白分解酵素パパイナーゼ(蛋白質をアミノ酸に分解)   
蛋白分解酵素ぺプチターゼ(ペプチドをアミノ酸に分解)