昭和26年に岩手県奨励品種となって以来、今年で56年目を迎えるナンブ小麦。その寿命の長さは品種のよさと作りやすさによるという。食糧庁の全国品種別作付面積の統計では、平成12年になってやっと上位10位以内(9位)に入ったが、平成13年には7位、さらに翌年には6位と作付面積は増える一方で、平成14年現在では全国のシェアの1.8%を数えるようになった。独特の風味とポストハーベストなしという安全性から、こだわりのパンを作る店には特に人気があるという。(国産小麦の人気が高まっていることからか、本来はうどん用の農林61号をパン用として使う店もでてきたとのこと。) ナンブ小麦に早くから注目し、パンを作ってきたのがピッコリーノの伊藤幹雄氏。もともとはうどん用だったこの粉の味と性質を知り、今後伸びてくるに違いない品種だと確信されて使われていたのだそうだ。

昨年雪が降るのが早かった関係で今年は例年に比べて刈り入れが遅れており、梅雨の影響が心配されるとのことだったが、7月4日に確認したところ、梅雨の影響はさほどなく平年並みかそれ以上の収穫が望めるだろうとのことである。 岩手県では減反政策のため、米のかわりに水田で小麦を栽培する。そのため一面が茶色い麦畑というところはなく、車から見えるのもそのほとんどが稲穂の緑と小麦の茶色が混在している景色である


始めに訪れたのは、この見学会でいつもお世話になっている(有)西部開発農産。ここは高齢等の理由で農作業ができない農家から農作業の受託注文を受けたり、農作物を加工して付加価値をつけた商品を開発するなど、会社組織というメリットを活かした一歩進んだ農業を行う会社である。極力、低農薬で生産するという経営方針から、契約栽培も多い。また社員には、農業初心者というIターンの人も少なくない。 低農薬の代表作物であるキャベツ畑を見せてもらった。これは除草剤は1回のみで、朝採りで関東のスーパーへ出荷されるとのことだった。


次に訪れたのが岩手県農業試験センター。平成9年に設立された県立の機関で、農業・園芸・畜産についての試験研究を行っている。
麦類に関する現在の主な研究は、下記の通り。

県奨励品種の調査・決定・・・平成13年「ネバリゴシ」(文字通り粘りともちもちとしたコシがある。パンにはあまり向かないが、蒸しパンやピザにするとおいしい)、15年「ゆきちから」(農林214号。パン用として単独でも使える品種として、期待されている)、「ファイバースノウ」(大麦で主にご飯に混ぜて食べる)を奨励品に編入

冬播性小麦の栽培技術開発・・・根雪直前播種により、稲作と重ならず秋冬の悪天候を避けられる栽培技術の向上をめざす。冬期播種は生育期間が短いためにたんぱく含有量が高くパンに向く。倒れにくく、麦踏の必要もない。播種量を増やすことで収量が暫増し収量が秋播よりも上回る。「ゆきちから」の場合、冬期播種のものは肥料も1回のみに抑えられ、その分地質肥料(堆肥)を多めに与えることで地力窒素を高められる。また、秋播きに比べ連作障害も起こりにくい可能性も出てきているとのこと。

パン用小麦品種「ゆきちから」の栽培技術開発・・・来年から販売を開始する品種だが、ナンブ小麦よりもたんぱく含有量が高く、膨らみがよく、安定している。ピッコリーノの伊藤氏も「ハード系のパンによく合う、ナンブとはまた違ったおいしさ」と、この品種には大いに期待を寄せている。

ナンブ小麦に関しては、開発当初から代々このセンターで元種を保存してある。収穫した種は消費者センターに持っていかれ、そこで栽培された種を農家が買う。通常、農家では50%以上は購入した種を使用すれば原種の性質が変わることはないので、2年に1度購入していれば大丈夫ということになる。

また、実際に小麦を植えてある試験場では、手で播いたもの、機械播きのもの、播く間隔を変えたもの、播く時期をずらしたものなど、様々な条件で小麦が栽培されている。こうした研究の結果、よりおいしく生産しやすい小麦が開発されるわけだが、相手は作物、植えてすぐに結果が現れるものではなく、気象条件にも左右される。そんな中からいいものを作り出していくのは、相当な年月と労力を要する仕事なのだ。

条件を変えて小麦を
育てる試験場

試験センター内にある
農業科学博物館





麦畑からの景色 
奥に見えるのが東日本産業
最後に訪れたのが、製粉会社である東日本産業株式会社。
昭和22年創立で小麦の製粉、大麦の加工などを行っており、ナンブ小麦の製粉については、その多くを請け負っている。
「ただ製粉するだけではなく農業試験センターから顧問を迎えて小麦の作付・生産・栽培指導も行っています。製粉会社がここまでするのは全国的にも珍しいことですが、そういう積み重ねがナンブ小麦を広めることにもなったと思っています。地元で生産されたものを地元で消費しようという動きも最近ようやく見直されてきて、ナンブ小麦の人気もじわりじわりと広がってきています。」
と語るのは大森慎社長。
何年も前からそうやって地道な活動を進めてきたナンブ小麦。この日は日本各地からの見学者を前にし、説明にも熱が入っているようだった。





営業部長の佐々木徹氏に伺ったところ、一般的に小麦は、胚乳の中心部と外側では「特等」「1等」といったように等級を分けて製粉されるものだが、ナンブ小麦の場合は粉そのものの風味を味わってもらうため、そしてたんぱくの多い部分を残すために、敢えて等級分けをせずに挽いているという。この製法というのは、ただ粗く挽けばいいというものではなく、ロールをかけるときにつめすぎず、あけすぎず、とても技術を要するものとのこと。さらに、外麦はガラス質の小麦だが、ナンブの場合は大変しっとりしているのでパイプもつまりやすく、苦労の耐えない粉なのだそうだ。にもかかわらずこの小麦に積極的に取り組み、広めようとしているのは、やはり地元で採れた小麦への愛着、そしてそれを求めるパン屋との顔の見えるつきあいから生まれるものなのではないだろうか。

この日見学した人の多くがパン屋を営む人、もしくはこれからパン屋になろうとしている人だった。実際に原料となる小麦を見て、触れて、味わってみると、作る上での気持ちも相当変わってくるものだろう。薄茶色の小麦の皮を剥いて丸々とした実をプチッと噛んだとき、口に広がるとうもろこしのような甘さ!この感動を作り手も、そして私たち食べ手も忘れないでパンを味わいたいと思った。

(取材日2003年6月21日)