「今度、東京でトルコ・ヘーゼルナッツ協会の講習会をするんですよ」。以前、スタッフが京都のパティスリー「オ・グルニエ・ドール」を訪れた際に、西原シェフから聞いていた情報。パナデリアの会報24号の素材研究でナッツを取り上げたこともあり、その魅力を改めて感じていた私たちにとってはとても興味深い講習会です。また、東京にいてはなかなかお目にかかることができない西原シェフとあっては、こんな貴重な機会を逃すわけにはいきません。


場所はドーバー洋酒貿易株式会社。今回の講習会は、「菓子製品開発講習会」ということで、製菓・食品及び外食産業全般の関係者の方を対象としたもの。まず、トルコ共和国大使館商務官でもありトルコ・ヘーゼルナッツ協会日本代表のエルカン・チャクルオール氏による挨拶の後、今回のゲストである菓子・料理ジャーナリストの並木麻輝子さんによるプレゼンテーションが行われました。



エルカン・チャクルオール氏並木麻輝子さん


スクリーンに映し出されるグラフやお菓子の写真。並木さんによると

「ヘーゼルナッツの世界の総生産量の7〜8割はトルコです。そして、日本に輸入されているうちの95%はトルコのものなんです」

とのこと。そして、味の特性や相性の良い素材との組み合わせなどについても説明が。ヘーゼルナッツを使ったヨーロッパの様々なお菓子もスクリーンに映し出されます。日本に比べドイツやイタリア、フランスといったヨーロッパ諸国では、流通菓子においてもアーモンドよりも多いのでは?というくらいヘーゼルナッツを使ったお菓子をよく見かけますが、トルコではそれに加え伝統菓子も多くあるようです。

「これは紀元前8世紀にまで遡るんですよ」

と言うのは「バクラヴァ」という、一見揚げ餃子のようにも見える甘いお菓子。こうやって説明を聞いていると、日本におけるヘーゼルナッツのシェアはまだまだ少ないことを実感します。

皮やローストの有無による数種類のサンプルもヨーロッパの流通菓子もこんなにたくさん


そして、いよいよ西原シェフの登場です。始めにヘーゼルナッツについてシェフから説明がありました。

「ナッツ類の中でも特にヘーゼルナッツは、しっかりとした香りや旨みといったものが特徴だと思います。ですから、生地にナッツの香りを付けたい時にアーモンドに対してヘーゼルナッツヘーゼルナッツを何パーセント入れるか、というような使い方をすることが多いですね」

気になる本日の講習内容については、プロ・業者向けということもあり、

「商品開発ということを考えると、今の季節にはもう秋の商品を考えなければなりません。ですから今日は秋をイメージしたものを中心に、4種のお菓子を作ります」

「秋」という名そのものの「オトーヌ」はいわゆるダックワーズ。「ボンブ・ショコラ・ノワゼット」、「タルト・オ・フリュイ・セック」に、残りの1品とは…

「だんだん食欲も増してくる秋に食べるお菓子なので、この3品はちょっとヘビーかもしれませんね。もう1品は、『ビールの香り ヴァシュラン・グラセ ヘーゼルナッツオイル添え』。ヴァシュランとはメレンゲのこと。メレンゲ菓子で挟んだビールの香りのアイスクリームです。このお菓子はどちらかと言うと今の季節向きですね」

ビールとアイスクリーム、さらにはヘーゼルナッツという新鮮な組み合わせに心惹かれます。盛りだくさんの内容は、更なるヘーゼルナッツのおいしさに出会えることを期待できそう。



「作業内容はトラディショナルなものなので理解しやすいかもしれませんが、あちこち作業もとびますしスピードも上げて進んでいきますので、分かりずらいかもしれません。その時は何でも並木さんに質問してください(笑)」

と講習会中は並木さんが強力なサポートにまわります。まずは「ボンブ・ショコラ・ノワゼット」と「ヴァシュラン・グラセ」に使うムランゲット(乾燥メレンゲ)を作ります。

「一般的に乾燥メレンゲを作る時には、卵白にグラニュー糖をそのまま加えていって作ることが多いのですが、こうやってイタリアンメレンゲにすることによってソフトでコシもあるものに仕上がります。また、TPT・ノワゼットに使うプードルは粗めのものを使っています」

とここで並木さんが受講者の知りたい事を察知したかのように西原シェフに質問。

−− 粗めのものと細かいものとではどういう違いがあるんですか?

「食感と後味の余韻を楽しみたい時には粗めのもの、口に入れてすぐに風味を楽しみたい時は細かいものを使うといいと思いますよ」

メレンゲ生地を120℃のオーブンに入れた後は、「オトーヌ」のシュクセに取り掛かります。レシピを見ると、薄力粉や卵白、グラニュー糖などに続いて乾燥卵白の文字が。

「夏には鶏も水分をたくさん摂りますから、その分卵の水分が多いんです。そのため泡立ちが弱くコシが切れやすいので、タンパク質を増やしてコシのあるしっかりしたものにするんです」

卓上ミキサーを手で混ぜながら「人間ミキサー」と、緊張した会場を和ませる一面も

そして「タルト・オ・フリュイ・セック」のパートシュクレ、再びシュクセ、パートシュクレ、と2種類の作業が同時進行。その間、

「作業があちこち飛んでますけど、みなさん大丈夫ですか?」

といつも受講者を気遣ってくれる西原シェフ。そして、物腰柔らかく穏やかな口調で作業上のコツやポイント、更にはその理由まで丁寧に教えてくれます。ムランゲットとシュクセについては、

「火の通りが悪くなりますので、ヘーゼルナッツは生地の中に入れず後乗せです。上に乗せることでローストも兼ねているんですよ。生地に混ぜるならローストしたものを入れてくださいね」

また、時には科学的に。

「乳化させるためには適度な温度が必要ですが、簡単に言うと水と油をどのようにうまく合わせるか、ということです。卵黄に含まれる脂質の一種であるレシチンの持つ、水分を取り込む性質と油分を取り込む性質によって乳化が促進されるんですね」



手際よく進められていく作業

途中、時間の関係で前日に用意されていたものに差し替えられながらも4種類のお菓子の作業が同時に進められていきました。

「お菓子屋さんはいくつも同じ作業を繰り返すわけですから、いかに早くいかに綺麗に作れるかを考えるんです。また、シェフの作ったものと他のスタッフが作ったものとが同じ仕上がりでないといけませんから、全員が同じクオリティーのものを作れるということも重要視しています」

熱のこもった口調で語る西原シェフ。



「まさにボンブですね、爆弾みたい(笑)」

とシェフが「ボンブ・ショコラ・ノワゼット」の仕上げを終えた頃、受講者には試食がまわってきました。3種類のお菓子が乗ったボリュームのある一皿に続いて「バシュラン・グラセ」が配られます。

ヘーゼルナッツがいろんな形で楽しめる一皿

初めて食べる味わいのバシュラン・グラセに感激

並木さんも「すごい発想だと思った!」というビールとヘーゼルナッツの組み合わせ、これは西原シェフの経歴に拠るところが大きいようです。

「私はレストランでデザートを担当することが多かったんです。ですから、私のこういう発想は、料理から生まれることが多々あります。特にアラン・シャペル氏には非常に大きな影響を受け、料理・調理に関してベースとなるものを学びました。それまでは決められた配合と決められた作り方を再現することを重視していましたが、シャペル氏と知り合ってからは味を創造することに切り替わっていったんです。
『金蔵、今回私はこういう料理を作るんだけど、これにはどんなデザートを合わせてくれる?』
と言われ、即答できない場合には、氏が
『いつ、どこで、誰に、こんなお菓子を食べさせてもらった』
と体験談を話してくれるんです。そこにはレシピなど無いので、その話を聞いて想像して再現することが多かったんですよ」


口に入れると広がるビールの香りと苦み。そこに加わる、まるで上品なゴマ油のような香りのヘーゼルナッツオイルに、ムランゲットの優しい甘み。講習会場でありながら、まるでレストランのデザートをいただいているような贅沢な気分に…。

短時間でこんなに素敵に飾り付ける西原シェフのセンスに脱帽

ボンブ・ショコラ・ノワゼット

かわいらしくラッピングされたオトーヌは贈り物にしたいくらい

タルト・オ・フリュイ・セックにはなんと6種類のナッツがふんだんに使われています


そしてデモンストレーション台の上にも優雅な世界が広がっていました。西原シェフの手によって、出来上がったばかりの4品が美しくディスプレイ。「オ・グルニエ・ドール」を訪れたことがある人ならお分かりだと思いますが、西原シェフは“見せる”部分のセンスも抜群。ケーキと共にショーケースに飾られた新鮮な旬の果物、もともとのきっかけはこんな意外なところに…。

「開店当初、妻と二人でお店を切り盛りしていたものですから、お菓子も十分な数を用意できなかったんです。そこで、お菓子が売り切れてショーケースが寂しくならないようにフルーツを飾ることにしたんです。これもちゃんと翌日にはお店で使っているんですよ」

とこんな秘密も教えてくれました。

西原シェフの魅力の一つはこの笑顔


悪玉コレステロールを下げるというオレイン酸に、老化防止作用のあるビタミンEなどを多く含むヘーゼルナッツは、日常的に摂取したいもの。今後ケーキ屋さんに行ったらヘーゼルナッツを使ったお菓子をチェックしてみては?おいしく健康になれるなんて願ってもないことですよね。ヘーゼルナッツの新たな魅力に加え、西原シェフの人柄にも触れることができた今回の講習会、6月28日には大阪で「パリセヴェイユ」の金子シェフが講師を務めるということなので、こちらも楽しみですね!

お土産にはかわいらしいBOXに入ったオ・グルニエ・ドールの焼き菓子が

この日の講習会のために作られたというヘーゼルナッツの糖衣がけ