去る10月24日、タカナシ乳業が主催する洋菓子講習会がドーバー洋酒貿易にて開かれました。今回の講師はフランス・アルザス地方に店を構えるティエリー・ミュロプト氏。豊潤な土地に恵まれ、郷土意識が色濃く残るフランス・アルザス地方は食文化がとても豊か。お菓子好きにとってもとびきり魅力的なこの地域で注目のパティシエ、それがミュロプト氏なのです。
パリ「ダロワイヨ」「トゥールダルジャン」、ストラスブール「ジャック」などで経験を重ね、これまでに数々の賞を受賞、2003年にはルレデセールに選ばれるなど、その実力は今やフランス中が認めるところ。そんなミュロプト氏の講習を間近に体験できるのですから、参加者たちも興味津々のようす。中には「パティスリー・ドゥ・シェフ・フジウ」の藤生シェフや「サロン・ド・シェフ・タケエ」の武江シェフなど、パナデリアがお世話になっているパティシエの方々の姿も見られます。

会場は参加者たちの熱気で包まれます



まずは、今回の講習会で披露された7種のスイーツをご覧下さい。

1.シックアゴ
その昔、シカゴ周辺へ移住したアルザス人への想いを込めて作られたというアントルメは、アメリカ生まれのブラウニー・ア・ラ・ピスターシュとフランス生まれのババロワーズ・オ・フロマージュブランの組み合わせ。ザックリ焼き上げたブラウニー生地とほんのりスパイシーなアプリコットのジュレ(チャツネ・アブリコ)をふんわり口どけの良いババロワが包み込みます。
アドバイス:アルザスワインGewurztraminer Selection de Grains Noblesと一緒の提供がお薦め



2.フォレノワール
ジェノワーズショコラ、クレームシャンティ・オ・ショコラ、グリオットとキルシュ風味のクレームシャンティを重ねたもの。一番上に木の模様をつけたビスキュイジョコンドをのせてグラサージュをかければ、伝統菓子がスタイリッシュに生まれ変わります。
アドバイス:アルザス産キルシュ酒を味わいながらがお薦め



3.タルト・ポワール・ア・ラ・クレーム・ダマンド・オ・プラリネ
大ぶりにカットした皮付きの洋梨をたっぷり載せて焼き上げたタルト。シュクシュクと軽快な食感のブリゼ生地にコクのあるプラリネ入りのクレーム・ダマンド、そしてねっとりジューシーな洋梨にカリカリのアーモンド・・・様々な食感や香り、味わいが口の中で豊かに広がります。
アドバイス:JOSMEYERの白ワインPino Grisと一緒の提供がお薦め



4.ブリオッシュ・ア・ラ・カネル
5.ブリオッシュ・ア・ラ・クレーム


ブリオッシュ生地にシナモン風味のアパレイユをまんべんなく注入してシナモンシュガーをまぶしたブリオッシュ・ア・ラ・カネルと、ブリオッシュ生地の上面にクレームドゥーブルを絞り出してバニラシュガーをまぶしたブリオッシュ・ア・ラ・クレーム。さっくりと焼き上げた風味の良い生地に、シナモンの香りやクリーミーな味わいがプラスされたおいしさ。他にもいろいろとアレンジできそうです。



6.クグロフ・オ・マール・ド・ゲヴォツトラミネール

クグロフ型をしたボンボン・オ・ショコラは、アルザス産の蒸留酒、マール・ド・ゲヴォツトラミネールに24時間漬け込んだレーズン入り。なめらかなガナッシュと共に、マールのフルーティーでエレガントな芳香が口いっぱいに広がります。



7.パンデピス
卵と蜂蜜(ミエル・ド・フルール)をしっかりと攪拌し、炭酸ナトリウムを加えてじっくり焼き上げた生地はふんわりとした口当たりの良さが魅力。仕上げにたっぷりの白ワイン、ゲヴォツトラミネールを打ち(1台につき50ml以上!)、ナパージュで仕上げます。
アドバイス:Jossmeyerのアルザス白ワインGewurztraminer Vendange Tardiveがお薦め




地方色豊かで伝統的、そんな従来のイメージを一新させるミュロプト氏のスイーツ類。初めての方はモダンなデザインや軽い味わいにきっと衝撃を受けるはず。絵画に詳しいというミュロプト氏は、パリの修業時代に芸術学校にも通っていたほど。無駄を省いたシンプルで美しいデコレーションや独特の色合いにアーティスティックなセンスがきらりと光ります。もちろん、魅力はデザインだけではありません。それでは今回の講習会で印象に残ったシーンをご紹介していきましょう。



-- クリエイティブな感性から生まれる芸術的な味わい --

斬新とも見てとれるシンプルでモダンなデザインの中にも、伝統が息づいているのがミュロプト氏のスイーツ。ベースの部分では伝統をふまえつつも、食感を軽くしたり口どけの良さやキレを出すことによって創造的で革新的な味わいを作り出していきます。例えばフランスとドイツの間にある黒い森を意味するフォレノワール。クレームシャンティ、ジェノワーズショコラ、クレーム・シャンティ・オ・ショコラ、グリオットという構成はほぼ伝統にならったものですが、ふんわり空気を含んだ生地やすっと喉越しの良いクリームにアルザス産キルシュをキリリと効かせたその味わいは、伝統菓子とは思えないほど。また、何種類ものスパイスと蜂蜜からなるパン・デピスも、驚くほどふんわりとしてしっとりしています。これなら、どっしりと重厚でぱさつきがちだからなんて敬遠していた人もすんなり受け入れられそう。

作業はとても丁寧。あせることなくゆっくり正確に進めていきます

パンデピスに使用した型

「シナモン、ジンジャー、ナツメグ、カルダモン、グローブ・・・。アルザス人とスパイスは切っても切れない仲。何故こんなに使うのかというと、昔はアルザスとドイツの国境沿いを流れるライン川で、スパイスが輸送されていたからなんです。今回ご紹介したパンデピスの他にも、クリスマスの時期にはエトワール・ド・キャネル(星型クッキー)やベラヴェッカ(小麦粉、ドライフルーツ、スパイスなどを棒状にして焼いた菓子)などのスパイスを使ったものがたくさん作られます。また、正月のプレッツェルやガレット・デ・ロワ、2月のカーニバルの時期に作るベニエ、イースターのアニョーパスカルなど、地方色や季節感を大切にしているのがアルザスのお菓子の特徴ですね」

タルト生地を型に敷くところ。
丁寧な作業の積み重ねがおいしさにつながります




土地の産物や伝統をしっかりと受け継いでいくことと、時代に合った表現をしていくこと。その両者がバランス良く調和したミュロプト氏のスイーツは、アルザス菓子の新しい楽しみ方を教えてくれます。


-- スイーツ&ワインを愉しむ --

“ルセットや製法を教えるだけではなく、スイーツの愉しみ方も伝えたい”そんな想いが感じられたのが、スイーツとワインのマリアージュ。実はミュロプト氏、ワイン鑑定士の資格の持ち主なのです。今回は3種のスイーツに、それぞれ異なるアルザスの甘口ワインがサーブされました。甘口といっても、酸度が高いためしつこさがなく、コクはあるのにさらりとしているのが特徴。

「これはゲヴュルツトラミネール・グランクリュ・ヘングスト ヴァンダンジュ・タルディーヴという2001年のワイン。初めにローズやライチのような香りが広がって、熟成していくと共に香辛料の香りやオレンジコンフィのようなアロマを感じられるのではないでしょうか。白ワインといっても長熟型のものになるのでとても深みのある味わいに仕上がっています。お菓子に使われている香辛料にとてもマッチしていると思いますよ」


さて、このワイン、いったいどのスイーツに合わせていたかおわかりですか?答えは「パン・デピス」。もちろんこれだけでも充分おいしいものなのですが、ワインのフルーティーな口当たりとスパイシーな余韻が、パン・デピスの更なるおいしさを引き出してくれるようです。他にも「シックアゴ」には2001年のリースリング・グランクリュを、「タルト・オ・ポワール」には1999年のピノ・グリ・グランクリュを合わせるなど、甘美でエレガントな愉しみ方を教えていただきました。ちなみに、今回試飲した素晴らしいワインはアルザスで名高いジョスメイヤー醸造所のもの。日本にはまだ輸入されていない銘柄だそうですが、希望する方には予約を受け付けてくれるとのことなので是非。
(問い合わせ先:有限会社シミズ 0749-62-7373)


-- デモンストレーション以外にも・・・ --

デモンストレーションはアルザスの食文化や自身のお店の話などを交えながら楽しく進められました。

「私の店では「タルト・ボール(頭の狂った、という意味!)」という意味の変わったタルトを毎週焼いています。例えばリンゴ、洋梨、ミラベルなどの定番のものからバニラでコンフィしたジャガイモのタルト、クレームピスターシュとオリーブオイルをかけたルッコラサラダのタルト、トリュフを使ったチョコレートのタルトなどのユニークなものまでさまざま。毎週違ったものを作っているのでその数は全部で50種!こうすれば、毎週来てくれているお客様にも楽しんでもらえるでしょう?」

50種類ものタルトを考え出すとは、さすがはタルト好きのアルザス人です。毎週新作タルトが焼きあがるなんて、聞いているだけでも羨ましい!
アルザスといえば、クグロフ!
デモンストレーションはありませんでしたが、ディスプレイされていました


こんな風に楽しんでもらう工夫を忘れないミュロプト氏。今回の講習会時にも予定にはなかったあるものが登場しました。

「さて、これでデモンストレーションは終了しましたが、質問などはありませんか?なければ最後にちょっとお見せしたいものがあります」

マジパンの塊を手に、かなり熱中しています

そういっておもむろにとりだしたのは色とりどりのマジパンの塊。どうやらこれで何か作ってくれるようです。

「これからサンタクロースを作ります。すごく簡単だから3分でできちゃいます」

頭、胴体、足、手、帽子、マフラー・・・小さくちぎった塊をくるくるっと手でまるめてちょいちぃいと形作ると、まるでマジックにかかったかのようにあっという間に各パーツが出来上がります。そして、枕にごろんと横たわったサンタの完成!なんとも愛らしい姿に、会場から拍手が沸きあがります。マジパンを手にしたとたん、まるで子供のように目を輝かせながら作業していたミュロプト氏。その気持ちがサンタにも、そして会場の参加者たちにも伝わったに違いありません。こんな遊び心がミュロプト氏のスイーツをより魅力的にしてくれているのでしょう。

どこかミュロプト氏に似ているような気が・・・

いかがでしたか?ミュロプト氏によって進化を遂げたアルザススイーツを楽しむことが出来た今回の講習会。最後になりましたがこの会を企画してくださったタカナシ乳業さん、どうもありがとうございました!

タカナシ乳業の商品ラインナップ



さて、最後の最後にちょっとご報告。

なんと、パナデリアが来月アルザス行きを決行!ストラスブールにあるミュロプト氏のパティスリーを始め、他のお店やクリスマス市を取材してきます。来月にはそのようすをご紹介できると思いますので、お楽しみに!