2009年のバレンタイン。今年も、各国から有名ショコラティエが集まり、各地でチョコレートにまつわるイベントが催されました。バレンタインのテンションが最高潮を迎える、1月31日〜2月14日の2週間、東京ミッドタウンでは「La joie du chocolat 〜ショコラと恋する媚薬たち〜」が開催。「ジャン=ポール・エヴァン」や「パティスリー サダハル・アオキ パリ」などミッドタウン既存店他、「フレデリック・カッセル」など人気ショコラティエを招聘し、計7店が出店。会場は、バレンタインチョコレートを求める女性達の熱気に溢れていました。

各ブースでは、新作ショコラがずらり。試食もできるので、テイスティングしながら本命チョコをじっくり厳選・・・


今イベントのテーマは、「ショコラとアルコールのマリアージュ」。会期中には、ショコラ研究家の小椋三嘉さんによるトークイベントが行われました。世界屈指の人気ショコラティエ7名が、小椋三嘉さんと繰り広げるトークは、各ショコラティエの紹介や新作チョコレートができるまでのストーリーはもちろん、テーマに合わせてアルコールとのマリアージュの提案や、普段は聞けないとっておきの秘話まで・・・。甘く蕩けるようなショコラとお酒の香りと共に、会場を沸かせたトークイベントの一部をご紹介します。

小椋三嘉さんプロデュース“東京ミッドタウン オリジナル ショコラアソート”は、「パレ ド オール」三枝俊介シェフとのコラボレーション。パッケージは、文豪スタンダールの「赤と黒」からイメージして


【フレデリック・カッセル フレデリック・カッセル氏】


「こんにちは!」 小椋三嘉さんと共に白いコックコートで登場したのは、フランス・フォンテーヌブローのパティスリー「Frédéric Cassel」のフレデリック・カッセル氏。昨年、京都に初の海外ブティックを出したことでも話題になりましたが、カッセル氏は、かのルレ・デセール会長としても知られる人物。といっても、実は名前しか知らなくて・・・なんて人も多いはず。どんなふうに素晴らしい人物なのか、ぜひとも伺ってみたいところです。小椋さん、よろしくお願いします!
「では、まずルレ・デセールについて紹介していただきましょう」
「ルレ・デセールとは、ショコラティエ、パティシエの集まりのこと。定員は100名で、現在20ヶ国、87名のメンバーがいます。日本でもお馴染みのジャン=ポール・エヴァン氏や、ピエール・エルメ氏、デルレイのショコラティエなどもメンバーで、日本人パティシエも4名いるんですよ」
とカッセル氏。栄誉あるこの会に名を連ねているのは、「イデミスギノ」杉野英実氏、「オリジンーヌ・カカオ」川口行彦氏、「エーグルドゥース」寺井則彦氏、「ジャック」大塚良成氏の4名。毎年発行されるルレ・デセールのガイドブックにはメンバーの情報が掲載され、世界中に紹介されます。

「ルレ・デセールには3つの価値というのがあります。それは、“クオリティ(商品だけでない店、サービス、原料すべての質)”、“情報の公開(新しい作り方やラッピングなど)”、“友情(分かち合い深める)”の3つ。例えば、私は3年前までは“ゴマ”を知らなかったのですが、日本人のパティシエに教えてもらい、新しい素材として使えるようになりました。かつては自分だけの秘密にしていた部分を、皆で共有するという姿勢を大切にしています」
という現会長の言葉に、「寛大で懐の深い、フランスのエスプリを感じますね」と小椋三嘉さんも頷きます。


世界的な権威を持つルレ・デセールを通じて、パティスリー界を牽引するカッセル氏。そのルーツはどこにあるのでしょう。
「私のうちは、祖父の代から続くシャルキュトリ。そのお陰で、子供の頃から質の高いものには慣れていました。しかも、祖父は大のお菓子好き。私が小さな頃から、色々なものを作って味覚を育ててくれたんです」
家族の影響を受け、カッセル氏はパティシエの道へと進むことに。
「パリで2年間修業をし、その後フォションに入りました。そこで出会ったのが、まだ若いパティシエだったピエール・エルメ氏。そこで、6年間一緒に仕事をしましたが、とても幸運なことだと思っています」


ところで、カッセル氏のお店があるフォンテーヌブローとはどんな場所なのでしょうか?
「パリの南60kmの場所にある、大変美しい街です。ナポレオンが住んでいたことでも有名なところなんですよ。私は北の方の出身なのですが、ぜひこの場所でと思い1993年にオープンしました」
美しいものが大好きというカッセル氏。どうやらそのこだわりは、今回の試食にも現れているようです。
「今回はショコラにグランマルニエを合わせていただきますが、カッセルさんからの要望で特別に専用のグラスを用意していただいたんですよ」
と小椋さん。おいしいものを最高の状態で・・・。そんな、カッセル氏の心遣いが伝わってくるようです。

カライブ
カッセル氏が2店舗目のショコラトリーを開くきっかけとなったのが、カリブ海トリニダードトバゴ島でのカカオとの出会い。ドライフルーツを思わせるな華やかな酸味が特徴のタブレットは、天使のイラストも素敵


はちみつのガナッシュ
フォンテーヌブローの栗の木からとったハチミツのガナッシュ。力強く広がるハチミツの風味を、ミルクチョコレートがやさしく包みこみます。表面には本物の花粉があしらわれ、独特の味わいを添えています



「今回はチョコレートだけですが、フォンテーヌブローの店では、パティスリーやヴィエノワズリー、デリまでと色々なものを作っています。そして、もうひとつ大切にしているのがパッケージの美しさ。というのも、妻が美しいもの、きれいなものが大好だからなんです。そう、だから僕と結婚したんですよ(笑)」
と、のろけてみせるカッセル氏は、意外にお茶目な人柄のよう。

パレ カフェ
24時間かけてコーヒーの香りを生クリームに移して作ったというガナッシュは、非常になめらかな口どけ。コーヒーの香りはしっかりと主張しますが、次第にまろやかで丸みのある味わいに。心地よい余韻が続きます。



そして、小椋さんからもうひとつ質問が。
「では、最後に。自分をひとことで表すと、どんな言葉になりますか?」
「私は、例えるなら“喜び”。作る喜び、そして、食べてもらう喜び。それが私のすべてです」
イベントのテーマ「La joie du chocolat(ショコラの喜び)」の「喜び」にかけてセミナーを締めくくったカッセルさん。“何よりも作ることが好き”、そんなカッセル氏の愛情が伝わってくるセミナーとなりました。




【デルレイ ベルナール・プロート氏】


「デルレイ」からは、ベルナール・プロート氏が登場。チョコレート大国、ベルギー・アントワープに誕生したデルレイ。創業以来60年の伝統を受け継ぎ、本店より空輸にて運ばれる手作りのプラリーヌ(※ベルギーでいう“ボンボンショコラ”)。特に印象的なのは、“ダイヤモンド”や“手”をモチーフとした独特のデザイン。世界のダイヤモンド産業の中心地であることと、“手”にはアントワープに伝わる物語から構想を得ているのだそう。ここで小椋さんから、ベルギーチョコレートの特徴について説明が。
「ベルギーチョコレートの特徴は、“ムラージュ”という型入れの製法。型に流したチョコレートのカップに、中身を詰めます。対してフランスは、中身を先に作ってからエンロービング(チョコレートコーティング)するという製法になります」
なるほど、ベルギーチョコレートを食べた時に感じる、厚めのシェルと柔らかなガナッシュの食感のコントラストは、この製法の違いからなのですね。ちなみにデルレイでは、ムラージュは40%、エンロービングは60%と、両方のテクニックが用いられているそうです。

さて、オリジナリティ溢れる、デルレイのチョコレート。今回は、“カルヴァドス・エキストラ「イサドラ」”と共にマリアージュを楽しみます。
共に味わうのは、20世紀モダンダンスの祖、イサベル・ダンカンから名づけた格調高いカルヴァドス。長時間の熟成による深い味わいと、香りと果実味のバランスが絶妙です。プルート氏もお気に入りの一本なのだそう。

ロンデピンク
フルーツペッパー入りガナッシュとカヴェルネソーヴィニヨンのジェリー。ワインとカルヴァドスとのフルーティーなコンビネーション。ミルクチョコレートがまろやかに全体を包みます


レッドハート
2009年バレンタイン新作コレクションのひとつ。マダガスカル産のクーベルチュールに、パッションフルーツのアクセント。カルヴァドスの爽やかなリンゴ香と、パッションの酸味が好相性



その他、ペルー産の単一カカオを用いたアルト・エル・ソルもテイスティング。クーベルチュールそのものが持つカカオの果実味とカルヴァドスとのマリアージュは、ショコラの愉しみをさらに拡げるものでした。産地別カカオは、ワインのように毎年異なる味わいをテイスティングするのも愉しみのひとつなのだとか。このように、シングルビーンズからフルーツやアルコールとの組み合わせまで、アイディア豊かな味わいの世界が楽しめます。そのアイディアの源泉はどこから湧き出るものなのでしょうか?
「新しいプラリーヌを創る時は、まず元々のクーベルチュールの味をじっくり診ます。そしてどんな味と合わせたら良いかイマジネーションを拡げ、何度もテストを重ねます」
 カヴェルネソーヴィニヨンのジェリーを忍ばせた“ロンデピンク”。赤ワインをショコラに活かすことは高度なテクニックが必要だそうです。試行錯誤の上に完成した作品は、ワインの味わいと、テクスチャーの両方を楽しめる一粒に。
デルレイのオーナーでありながら、自身も厨房に立つプルート氏。技術的なことはもちろん、ショコラに対する情熱も、次世代へ受け継いでいくべきと考えています。伝統を守りながら、新しいクリエーションに挑むプルート氏の“ショコラの喜び”とは・・・? 「ひとつは、厨房でプラリーヌを作っている時。そしてもうひとつは、皆さんに食べていただいて、喜んでいる顔を見たときです」 それに対し、
「まさに、ショコラは人と人との間に介在して喜びや幸せを与えるものなのですね」
と、小椋さん。
チョコレートとカルヴァドスの味わいに笑顔を綻ばせつつ、その言葉に誰もが大きく頷いていました。




【パティスリー サダハル・アオキ 青木定治氏】


今や、日本人にしてパリを代表するパティシエの1人となった青木定治氏。モードを意識した洗練されたデザインと、抹茶や柚子など和の素材との斬新なコラボレーション。「パリの味をそのままに」というフランス菓子の礎のもと、常に新しいパティスリーを発信し、国内外の注目を浴びています。
この日は、なんと台北から直行。トランクを持ってミッドタウンに駆けつけて来たのだとか。
「2009年の夏にブティックがオープンするので、その準備で。皆さん、今度から台湾に行くときには、足裏マッサージと、ディンタイフォンと・・・、そしてパティスリー サダハル・アオキをよろしく!(笑)」
冒頭から会場は笑いの渦に包まれつつ、早速話題はチョコレートに。パティスリー サダハル・アオキでは、チョコレート商品を始めてから、パリ店の売り上げがなんと二倍になったそう。青木さんにとって、チョコレートは商材としてだけでなく、クリエーションを刺激するに魅力十分な素材だったそう。

「衝撃的だったのは、イタリアのDOMORIとの出会い。ガナッシュにするとき、生クリームを足すことを躊躇するほどのクリーミーな味わいに驚きました。それまでの産地別ショコラには感じなかった魅力に惹かれました」
 以来、使用するクーベルチュールはDOMORIに一新。青木さんも惚れ込んだというショコラを、早く味わってみたい!と気持ちが高ぶったところで、テイスティングショコラと共にマリアージュ用のお酒の紹介です。
ショコラと組み合わせるのは、「ピノー・デ・シャラント7年 コニャック・レロー」。コニャックを加えて、樽熟成させた極甘口ワインは、どこか味醂を思わせるような穀物風のコクのある甘さが印象的。このワインに合うのはどんなショコラなのでしょう・・・

ボンボンショコラ(バランシア)
化粧品のコンパクトのイメージから生まれたという、コフレのようなボンボンショコラ。昨年レシピをリニューアルし、さらにブラッシュアップしての登場。ガナッシュに忍ばせたスペイン産オレンジの鮮やかな香りとコニャックが、甘口ワインと蕩けるように絡み合う


塩キャラメルのトリュフ
青木氏が“世界一はまっている素材”と言う、「エシレバター」を使用。融点の低さと低温殺菌によるフレッシュな乳風味はエシレならでは。フワッとした食感と滑らかな口どけのトリュフが、ワインと共に心地よく溶け合います


ショコロン フランボワーズ
2009年バレンタインコレクションの新作は、スペシャリテのマカロンとショコラのコンビネーション。フランボワーズの酸味と、ワインの濃厚なブドウの甘みが好相性。チョコレートを纏いながらも、果実味を際立たせた素材使いは、パティスリーならでは



女性好みのオシャレなプレゼンテーションだけではなく、鮮やかな印象に刻まれる味作りに、甘いアルコールが加味してか、会場はグッと熱気を帯びます。第一線にありながら、尚も弛むことのない青木氏のパッション。そのパティスリー人生を紐解けば、ルシアン・ペルティエの門を叩くべく単身で渡仏した20歳が原点に。ほぼゼロからのスタートで、苦労を重ねてやっとたどり着いた今日の成功は、全て下積み時代に体当たりで学んだ事の積み重ねなのだそう。
「とにかく、食べることが好き!ペルティエやエルメには、顔を覚えられる程通い詰めて、片っ端から食べましたから」
自分自身、食べることを思いっきり楽しんでいるからこそ、味覚の構成には特に重きを置く。例えば、プティガトー。ショウケースという、全て同じ温度帯に入れて販売しなければならないとき、クリームやガルニチュール、フルーツ、生地という構成要素の硬さ、香り、口どけを楽しむにはどうしたらいいか・・・ということを徹底的に考える。また、食べる際にも、口にしたときに一番最初に感じる「舌先」に近い層の味わいを意識するなど、精巧な味作りを行っているのだそう。

活き活きとパティスリーを語るその姿は、まるでライヴを見ているかのよう。まだまだやりたいことがある!と目を輝かせる青木氏。最後に、小椋さんより「青木さんの夢は・・・?」という質問が。
「フランス料理、フランス菓子の歴史はガストン・ルノートル氏の貢献にあるもの。受け継がれる伝統に敬意を払いつつ、自分も新しい歴史を刻んでいきたい。僕の夢は、ラ・ルースの料理辞典にパティシエとして名を刻むこと。夢が叶い、いつか殿堂入りできたら・・・我が家の家宝にします!」
いつまでも残るショコラとワインの余韻に酔いしれつつ、尽きる事の無い情熱でパティスリーを語る青木氏の姿を見ながら、その夢はいつか現実になるかもしれないと、思わざるを得ませんでした。


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「ショコラは、励まされたり、元気をもらったり、悦びを与えてくれる、人生における頼もしい存在」
と語る小椋さん。イベントのタイトルを「La joie du chocolat(ショコラの悦び)」としたのも、ショコラとお酒を結びつけることによって、多くの人が新たなショコラの魅力を発見し、そこから生まれる喜びを感じることができるように・・・という想いがこめられているようです。
一粒のチョコレートに込められた幾重にも重なる想いと、おいしさを数倍にも膨らませてくれる、飲みものとのマリアージュ。食べ手と作り手が一体となり、たくさんの「La joie du chocolat」を感じることができた今イベント。これからますます、ショコラを食べる愉しみが増えそうです。







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