夏本番を迎えた7月25日、トレコと東京めいらく主催の講習会がドーバー洋酒貿易にて開催されました。講師は、パリでショコラティエとして腕を振るうジャン=シャルル・ロシュー氏。「ギー・サヴォワ」でパティシエとして、その後「ミッシェル・ショーダン」でシェフ・ショコラティエを務めた後、2004年11月にショコラティエ「ジャン=シャルル・ロシュー」をオープン。宝石のように美しく香り高いショコラは瞬く間に話題の的になりました。

まずはカオカのチョコレートのレクチャーから。あまり馴染みのない有機チョコレートについて、参加者もじっくり聞き入ります。


そのロシュー氏が緊急来日!チョコレートを使ったスイーツを披露してくれるというのだから見逃せません。パティシエやショコラティエ、そしてスイーツファンの人々など、会場となったドーバー洋酒貿易にはたくさんの参加者が集まりました。中には「ミュゼ ドゥ ショコラ テオブロマ」の土屋シェフや「ル スリール ダンジュ」の木村シェフ、「ラ スプランドゥール」の藤川シェフなど、パナデリアがお世話になっているシェフの方々の姿も。更に、「ベルアメール」の小杉シェフ、元「オリジンーヌ・カカオ」の佐藤さんをアシスタントとして迎えるという豪華な顔ぶれに会場は活気付きます。そんな期待が高まる中、早速講習会がスタート。まずは今回のテーマ「有機チョコレートKAOKAの味わい」についての説明から。ロシュー氏にとって、カオカの魅力とはなんでしょう?

「カオカのチョコレートは有機栽培であると同時に、徹底的な品質管理のもとで作られているというのが特徴。例えば、プランテーションでは苗木と苗木の間隔をきちんととったり、カカオの木が直射日光を避けつつ必要な太陽光線が当たるような日よけ方法をとるなど、良いカカオ豆を作るための工夫を欠かしません。また、取引価格を一定にすることで生産者の生活を守っているというのも大切なこと。もちろん、パティシエにとって一番気になる味の面でも、優れていますよ」

今回使用するチョコレートは全部で4種類。ロシュー氏によると、カオカのチョコレートの印象は次のとおり。

「61% 3大陸」
木の香りが漂い繊細でまろやか


「70% エクアドル」
フローラルな香りで口溶け良く、余韻が長い


「80% ラ・ペパ・デ・オロ」
荒々しい風味でとても個性的


「32% ショコラ・オ・レ」
まろやかでやわらかい味



特に80%についてはインパクトが強いため、単独で使うよりも、他のものに少量加えることでカカオの味を強調してあげるのがお薦めとのこと。そうしてできあがったお菓子がこちら。





ル・リシュリュー

使用チョコレート:61%3大陸80%、 70%エクアドル、80%ラ・ペパ・デ・オロ

3種をブレンドしたムースショコラは、苦味や酸味が主張しすぎることなくやわらかな味わい。滑らかで程よい酸味のクレームシトロン、更にホールのフランボワーズがショコラの風味を引き立ててくれます。土台はビスキュイ・ダコワーズ・ショコラ・シトロン。ヘーゼルナッツのダコワーズ生地に、刻みチョコレートとレモンの皮入りというのがアクセント。厚めにかけられたグラッサージュがどこか懐かしい印象です。



アサス

使用チョコレート:61%3大陸80%、 70%エクアドル、80%ラ・ペパ・デ・オロ、32%ショコラ・オ・レ

なんと人参入りというこのケーク、見た目にもはっきりと人参の姿が!けれども全く野菜臭さを感じさせないところはさすがです。生のまま細かく刻んだ人参、ローストしないヘーゼルナッツ、キューブ状のオレンジコンフィがたっぷりと入り、食感も味わいも楽しめます。全量バターではなく一部をサラダ油にすることで、食べやすく、そして軽やかに。これらの素材に、カオカのチョコレートのピュアな風味がしっくりと馴染みます。



ビュッシュ・ルイーズ

使用チョコレート:61%3大陸80%、 70%エクアドル、80%ラ・ペパ・デ・オロ、32%ショコラ・オ・レ

ル・リシュリュー同様に3種のチョコレートをブレンドしていますが、こちらは80%の配合が多め。比較的濃厚なムースショコラのセンターにはショウガのクレーム・ブリュレを。卵とバニラの風味が主体のまろやかさの中で、ショウガがピリリと爽やかに香ります。土台のビスキュイ・ブラウニーはヘーゼルナッツと胡桃を入れて焼き上げ、厚めにカット。素朴で優しい味わいの中で、80%の力強さが余韻となって現れます。

レンヌ

使用チョコレート:61%3大陸80%

生地にシナモンとコリアンダーを忍ばせ、焼成後にたっぷりとラム酒をしみこませたチョコレートのケーク。空気を含んだ生地はほろほろと崩れるような独特の食感。まろやかなカカオの風味をスパイスとラム酒の余韻が引き締めます。仕込みの際、型にはたく粉を小麦粉ではなくカカオパウダーにしているところがポイント。仕上がりが黒く美しくなるそうです。



ラスパイユ

使用チョコレート:61%3大陸80%

センターのガナッシュは驚くほどなめらかでやわらか!口の中で瞬く間にすーっと溶けていきます。後から広がる酸味と華やかな香り。主張しすぎることのない、ピュアでバランスのとれた味わいが魅力です。



セーヴル

使用チョコレート:70%エクアドル

ラスパイユよりもシャープな味わいで、やわらかい酸味と徐々に強まる苦みが印象的。エクアドル産特有のエレガントな香りが、心地よい余韻を残します。クリーミーでなめらかなガナッシュがおいしい!



シェルシュ・ミディ

使用チョコレート:32%ショコラ・オ・レ

今回カオカを初めて使用したこともあり、乳化に失敗してしまったというボンボン・オ・ショコラ。その実態を知ってもらうため、あえてそのまま試食に出されました。なるほど、口にすると上のショコラとは全く違ってざらざらとした食感!ちなみに、分離した時にはトレモリンを加えれば綺麗につながるそうです。



今回いただいた7種類のお菓子は、お店では味わえない限定品ばかり。ロシュー氏らしい優しく穏やかな味わいが心に響きます。デモンストレーション中には特別な道具や新しい素材、斬新なテクニックが披露されて・・・といった派手さはありませんでしたが、ショコラティエらしい繊細な仕事振りや日本とフランスの価値観の違いなどをしみじみ実感できた講習会となりました。





「ショコラの作業は常にマヨネーズ作りと同じ。しっかりと乳化させてあげることがポイントです」

とロシュー氏。お菓子作り、特にチョコレートを扱う上でよく耳にする“乳化”という言葉。例えば、ボウルの中で刻んだチョコレートに沸かした生クリームを注いでガナッシュを作るとき。ボウルのちょうど真ん中に生クリームを徐々に垂らしながら、ホイッパーで中心部分を小刻みに動かして合わせていきます。ロシュー氏の場合、空気が入らないようにこの作業は慎重に少しずつ少しずつ。こうすると油脂分と水分が綺麗に馴染むため、出来上がった生地は驚くほど艶々になるのです!  


ムースを作るときなど、2種の生地を合わせるときにも乳化を意識。口あたりがなめらかになります。


さて、ひと口に乳化といっても方法はさまざま。最近では一旦分離させてから乳化させるといった作り方もあるようですが・・・。

「もちろん、やり方は職人しだい。混ぜるときにロボクープを使う人もいればステファンのミキサー、レゴミキサーを使う人もいます。でも、私はどれも使いません。できるだけ素材を傷めることなく、シンプルな方法で均質化させたいと思っていますから」

空気を含んだ軽いタイプのものや、脂肪を感じる濃厚なものなど、混ぜ方によっても味わいや食感が変わってくるのだそう。いずれにしても、乳化の大切さについては、ロシュー氏のスイーツが実証済み。ムースもガナッシュもとても口当たり良く、なめらかな喉越しが印象的でした。





チョコレート、といえば欠かせないのがテンパリング(温度調節)作業。50〜55℃まで温めたチョコレートを一旦28〜29℃まで下げ、その後31℃に上げることで、カカオバターの結晶を安定した状態にしてあげます。まずは溶かしたチョコレートをマーブル台の上に流したら、三角パレットを絶えず動かしながらエルパレットで三角パレットについたチョコレートを落として・・・と、とにかく大変なイメージがありますが、

「私はエルパレットは使いません。テンパリング時には、できるだけ空気が入らないようにしてあげるのがコツ。エルパレットでチョコレートを落とそうとすると、どうしても空気が入ってしまうでしょう。それよりも、三角パレットを常に台に直角に付けた状態で浮かせないように動かすといいですよ」

右手に三角パレット、左手にはカードで作業

“木目”の状態をしっかり目で判断

この艶々感が、テンパリング成功の証!


動かすときも波型にゆっくりやさしく。しばらくするとゆるゆるだったチョコレートにとろみがついてきて、木目のような流れができてきます。これが、適温まで下がった合図。その後カードでボウルの中にチョコレートを集め、火にかけて31℃になるまで温めます。このときも慎重に。

「ボウルをガス台の横に置いて縁から温め、最後に少しだけ底に火をあてます。くれぐれもボウルが熱々にならないように。中のチョコレートが焦げてしまいますから。チョコレートは自分の手の平だと思ってくださいね!」






例えばバニラの種を取り出すときには、サヤの繊維質が入らないようにサヤの縁の片側だけをカットする、またガナッシュ作りでは牛乳と生クリームを3回沸かすことで安定した味になるようにするなど、ロシュー氏の作業はひとつひとつが本当に丁寧で美しいもの。まるで素材と対話しているかのような独特の空気に包まれています。その最たるものが、4日がかりで作られるボンボン・オ・ショコラ。

今回は手作業でコーティング。少し厚めのカバーが素朴な印象です


これがギッター。ガナッシュやキャラメルを鋼線で四角くカット。ゆで卵のスライサーを大きくしたような感じです

“ミキサーを使うよりもいいものができる”からと、ビスキュイ用のメレンゲは手作業で


「1日目にガナッシュを作ってカードル(型枠)に流し、18−19℃のラボで乾かします。翌日カードルから外して3時間ほど冷蔵庫で冷やしたら、上面に下塗り(クーヴェルチュールを薄く塗りつける作業)をして再び冷蔵庫へ。3日目には下面にもクーヴェルチュールを塗ってギッターでカット(または型で抜く)した後、常温で乾かし、4日目にテンパリングしたチョコレートでコーティングして出来上がりです」

ゆっくりと時間をかけるのは、おいしいショコラのためには欠かせないこと。何故なら熟成させることで、チョコレート、生クリーム、バターなどの素材が自然につながり均質化されるからなのです。手間隙かけて作られたロシュー氏のショコラは、驚くほどなめらかでふくよか。もちろん、こうしたおいしいタイミングを逃さないためにも、買いたてをすぐに味わうことをお薦めします!






旨みのある粉に風味の強いバター、コクがありつつ軽やかな生クリーム・・・。フランスのお菓子を食べるたびに、“やっぱり素材が違うなあ”と感じる人は多いはず。講習会の中でも、素材についての話題があがりました。今回用意された材料はレスキュールの「シャラント産AOCバター」、フランス産の準強力粉、東京めいらくの「九州産純生クリーム35%」など。ロシュー氏自身は、日仏の素材の違いについてどのように感じたのでしょうか。

「日本ではフランス産のものがいいと評価されているようです。でも、日本にもいいものがあることを忘れないで下さい。今回使用した生クリームも、とてもおいしいものでした。できれば自国のものを積極的に活用してほしいですね」

東京めいらくで扱っているレスキュールのバター(シート状)。低水分で発酵臭も強くないため、ガナッシュにもお薦め


ロシュー氏の場合、ナッツについてはイタリア・ピエモンテ産のヘーゼルナッツやスペイン・マルコナ産のアーモンドを使用していますが、これは、フランス産の品質が良くなかったり収穫量が少なかったりするから。

「ノワゼットは10月が、アーモンドは10月末から11月が旬。この時期のナッツは味わい深く、脂肪分もあっておいしいですよ。収穫したてのナッツで作るプラリネは格別です」

日本でナッツといえば、袋詰めされた輸入物がほとんど。ナッツの旬については意識していない人がほとんどなのでは?けれども、素材の旬を知りそのおいしさを活かすことは、素材選びと同様に大切なことなのかもしれません。






今回、初来日というロシュー氏の頭を悩ませたのが、日仏の気候の違い。日本の湿度の高さは予想以上だったようです。もちろん、チョコレートにとって湿度は大敵。ボンボン・ショコラの仕込みの際にも、室内をキンキンに冷やしたり、ガナッシュを固めたらすぐにOPPシート(セロファンシート)で表面を密着したりと細心の注意を払っていました。また、アントルメの仕上げにかけるグラサージュについてもひと工夫。

「『ル・リシュリュー』と『ビュッシュ・ルイーズ』にかけるグラサージュは、オペラのように薄くてカリッとするタイプのものが理想。ただ、日本ではカリッとはいかないので、気候に合わせて違う配合にしました」

チョコレートに少量のサラダ油とナパージュで仕上げる予定だったグラサージュを、チョコレートに多めの生クリームとグルコースという配合に急遽変更。こうしてクリーミーでやわらかい食感になりました。


凍らせたアントルメの上から素早くグラサージュをかけて仕上げます

人参はチーズ卸し器で卸した後、更に細かく刻んで使用


さて、初来日のロシュー氏、気候以外にも様々な日仏間の違いを感じていることと思います。近ごろ日本でブームになっている野菜スイーツについてはどうでしょう?

「フランスで野菜スイーツが話題になったことはないですね。『アサス』で人参を使ったのは、ただ、私が好きだったから(笑)。最近ではバジル、カンゾウ(甘草)、八角、カモミール、バラなどのハーブを使ったショコラが人気です。とはいえ、フランス人はクラシックなもの好き。好奇心はあって新製品に反応はするけれど、結局はお気に入りのものも外せないといった傾向があります」

保守的なイメージの強いフランスとブームができやすい日本。こんなところにもお国柄が表れているから面白いですね。





「最初に私たちがあるのではなく、まず初めにチョコレートがある、そう思っています。いつでもカカオの話す言葉に耳を傾けるようにしたいですね」

ロシュー氏のショコラ作りに抱く想い、そして温かみの溢れる深い味わいは、参加者の胸にしっかりと刻まれたに違いありません。