4月にもご紹介したヴァローナ マスタークラスの第2回に行ってきました。
今回講師を務めるThenシェフは、現在シンガポール ラッフルズホテル内のショコラエティエ「THOS SB RAFFLES」でシェフ・ショコラティエールとして活躍中。
小柄でかわいらしい外見からは想像もつかないほどの、豊富な経験と実力の持ち主です。



両親が大衆向けの料理屋を営む家庭に生まれたThenさんは、小さい頃からお料理が大好き。7歳の頃には自分で料理をし、9歳では屋台でビーフンやチャーハンを作っては売っていました。


そんなThenさんが高校を卒業し、料理学校に入学したのはごく自然な選択。それから13年に渡って携わってきた菓子業ですが、チョコレートの面白さに目覚めたのはヒルトンホテルで働き始めてから。ただ、それまでにチョコレートについての知識があまりなかったので、試行錯誤を繰り返す日々でした。その時使っていたチョコレートがヴァローナだったのと、たまたまヴァローナの人にチョコレートがいかに繊細な素材なのかという話しを聞いたのをきっかけに、その後フランスのレコールへ勉強しに行くことになります。


フランスへ渡ったのを皮切りに、フランス国内はもちろん、ベルギー、イギリスの名店で修行を重ね、ノルウェーやカナダのコンテストにも出品。7回出場中1位を5回、2位を2回獲得しているというのですから、その実力の凄さを伺い知ることができます。
そういった経験を積む中でもいろいろなメーカーのチョコレートを食べ、使い、自分の作るお菓子にはヴァローナが合うと実感。ヴァローナは味のヴァリエーションがとても豊富なので、それを使いこなすことがスキルアップにもつながりました。

現在の職場であるTHOS SBは、ショコラティエには珍しいオープンキッチン。 「ガラス張りのキッチンで働くのは緊張するし、とても恥ずかしい。でも、今まで見えなかったお客様の顔や反応が見られて、直接コミュニケーションをとれることが何よりも嬉しいんです。」と語るThenさんは、高い技術力を持ちながらもあくまでもお客様と接する喜びを忘れない、親しみやすい人柄の方でした。

*フランス、エルミタージュにあるヴァローナの学校


<チョコレートとボンボンについて>

Thenさんの作るボンボンはひと言でいうと「繊細で柔らか」。甘さは強すぎず、フレーバーもほのか、そして口に入れるとスルリと溶けてしまうのです。 「レモン・バジル」「バナナ・タイム」「パンダン・カヤ」という名前を見たとき、いかにもエキゾチックさが売りの、クセのあるボンボンのように思えたのですが、食べるとハーブ類の香りはごくごく優しいもので、まるでハーブティーを飲んでいるように身体にスーッと入ってくるのです。

確かにこれらはフランスやベルギーには有り得ない味の組み合わせ。なのに懐かしいほどに違和感なくおいしいと感じられるのは、まったく嬉しい驚きでした。特に「パンダン・カヤ」は、ガナッシュ部分は生クリームではなくココナッツミルクが使われ、パンダンから抽出した緑色をしているのです。香りは中国米やタイ米に特有の香りですが、チョコレートと合わせてもおいしいのですから、不思議な発見でした。


*パンダンは、緑色の葉でちまきの皮に使われる。
カヤはココナッツミルクでできたジャム。

シェフといろいろ話しをするうちに、やはりこの味と食感はシンガポールという暑い国だからこそ生み出されたものだろうという結論に達しました。

生クリームの濃厚さよりも、さらりとした口溶けになるカカオバターを多く含み、甘さだけではなく香りで爽やかさを演出する。

もちろんThenさん自身が意識的にそうした工夫をしているわけですが、シンポール人でもヨーロピアンでもない日本人の私たちだからこそ、そういったことをより敏感に、新鮮に感じたのかもしれません。

指の腹を使って形作るのも、
Thenさんならではの新しい発想



<シンガポールという国について>

ジャスミンティーのボンボン。
「茶」の文字がかわいらしいデザイン
まだまだTHOS SBでもボンボンを買っていくのは6割が外国人観光客。気候のせいもあり、チョコレートの浸透度は日本よりまだまだ低いそうです。ホテル内ではケーキといえばフランス風ですが、シェフはフランス人が多く、ホテル以外ではまだシンガポールに古くからあるノニヤケーキやインド風のケーキの店が一般的とのこと。

シンガポールではチョコレートはまだまだこれから。もっとチョコレートのおいしさを知ってもらい、シンガポールでの市場を広げていきたい。そして将来は自分の店でケーキもチョコレートも売りたい、とThenさんは意気込みを語ってくれました。

Thenさんが2002年に賞をとったボンボンは、「レモン・タイム」と「ガーリック・オニオン」。オニオンとガーリックなんて普通は考えられませんが、Thenさんの作るボンボンのこと、きっとまた、新しく衝撃的、それでいて上品な味わいが楽しめるに違いありません。
お菓子を食べに行きたくなる国がまたひとつ、増えてしまったようです。



川口行彦さんからのコメント
(元:和光ルショワチョコレートショップのシェフ、当日Thenさんを手伝っていらっしゃいました)

Thenさんはお国柄か、酸の使い方がとても上手ですね。
酸を使うとキレがよくなるのですが、すっぱいだけでないのはミルクで上手く和らげているから。
そういうところは、まるでいい料理人を見ているような感じでした。味の出し方も非常にセンシティブです。
素晴らしいショコラティエになると思います。



(2003年6月4日取材)