北海道の農業を支えるのが、ここ北海道農業研究センター。

山内 宏昭さんは、ここで小麦を始めとした北海道の農作物の新用途開発と付加価値化を研究されています。

山内さんは、品種の育成から病害、品質、特性など全プロセスを知り尽くした、農作物の達人。全てをわかっているからこそできる大胆な発想と提案で、北海道の小麦は今大きく変ろうとしています!
山内さんの研究のおかげで、おいしい国産小麦パンが手軽に食べられる日も近いかもしれませんね。


日本の小麦の現状は?
日本では昔から、小麦を作るのは"うどん"のためでした。"うどん"用に適するのは、いわゆる中力粉です。そのため、パンを作るのに適した強力粉は必要なかったのです。ところが、時代は変り、現在の小麦の消費を見てみると、うどん用としては約60万トンなのに対して、パンや中華麺に使われる強力小麦はなんとその5倍の約300万トンにもなります。
その約300万トンの強力小麦のうち、実質の自給率は1%にも満たない1万トンちょっとしかないというのが現状です。
この現状をどうするか、この重要課題を民間企業の江別製粉や大学などと組んで研究しています。


道内産 第一弾の強力粉は『キタノカオリ』
道内産の本格的な秋播強力小麦 第一弾『キタノカオリ』※1。この開発が始まったのは、今から15年も前になります。現在、カナダ、アメリカ、オーストラリアのパン用小麦が入ってきています。一番品質がよいのがカナダ産ですが、『キタノカオリ』はアメリカの秋播小麦『ハードレットウインター』くらいのレベルに来ており、国産の秋播小麦としては画期的なパン用小麦の品質です。

※1:国産のパン用小麦として有名な『ハルユタカ』は準強力粉です。


新品種ができるまでの長〜い道のり
一般的に小麦は自家受粉といって、自分の花粉を受粉して実をつける性質があります。新しい品種を開発する際には、花粉を全部取ってしまい 他の花粉を人工的につけます。これで次にできるものが新品種かというと、そう簡単ではありません。約10年自家受粉を繰り返すと遺伝的特性が安定すると言わる小麦は、10年経ってやっと品種育成のための評価が始るのです。つまりやっと評価してみたはいいが、利用できない特性だった・・という不運もあるわけです。 現在のテクノロジーでは、半分くらいに時間短縮することも可能ですが それ以上はまず無理ですね。
こうやって長い(さらに評価に3年位かかる)時間をかけて品種になった『キタノカオリ』は、外麦に負けない給水率※2があります。製造したパンにパサツキ感がなく、かつ 外麦と同じレシピのパンが作れるという利点があります。
また秋播の小麦の品種(パナデリアが行く"初冬蒔き小麦勉強会"のページ参照)は、収量が多いと言う有利な特性を持っていますので、今後はさらに良い品種の育成に力を入れていこうと考えています。 第一弾の『キタノカオリ』は、農業特性的にはまだ少し問題が残っていますので、北海道全土で作るのはちょっと無理ですね。岩見沢や江別など、夏の雨が少なく、涼しい地域では、病気や雨による災害を受けにくいので、その地域を中心に普及を進めていく予定です。

※ 2 :外国産は68%と言われる。従来の国産で56〜58%だが、キタノカオリは同程度の高い給水率を持つ。


パンに向く小麦の種類について
外麦の強力粉も色々な小麦粉をブレンドして製造されます。理由はその方が、安定した小麦粉を供給できるという利点があるからです。
国内産小麦でもブレンドできるように、色々な特性の品種を開発することが重要です。『ホクシン』(中力粉)という品種は農業特性が安定しているので、栽培する農家も多く収量もあり、北海道において多量生産されています。これに『キタノカオリ』をブレンドするなどして、パンに向く国内産小麦のブレンドを作れれば、安定供給が可能になりメリットがあります。
小麦のグルテンにも実は色々あって、弾力性の強い蛋白を持っていないと、いくら蛋白量が多くてもパンには向きません。遺伝的に小麦の蛋白の特性は決まっているため、うどん用小麦ばかりだった日本には、パン適性の高い弾力性のある蛋白を持つ品種育成に使用できる小麦の母本があまりありません。海外の品種を導入した場合、今度は気候や土壌条件の違いで農業特性が悪く、伸びすぎてばったり倒れてしまったりと予想できない事態が起こり、日本では栽培ができません。
そのため、 日本の気候風土でも安定して作れ、かつ外国産と同じようにパンに向くような小麦の開発が必要とされています。


国内産小麦のおいしさについて
幻の小麦ともいわれて引っ張りだこの『ハルユタカ』ですが、実際は風味についてはわかっていません。パン用もうどん用も、日本のものが旨みがあるとよく言われていますが、実際には理由はよくわかっていません。ただ、食べてみると、わかる人にはその味の違いがわかります。科学的評価するためには数値化する必要がありますが、風味についての研究は数値化が難しく、実際には研究はあまり進んでいません。
ただ、国産小麦の方が外麦に比べ、乾燥や流通過程で過酷な条件にさらされることが少ないと考えられるため、小麦本来の風味が強く残っている可能性は高いと思います。ちなみに、風味の基準の厳しい“そば”では低温での乾燥、流通等 色々の工夫が行われています。


国産小麦の救世主!
徐々に生産量の伸びている国内産小麦ですが、現状を見ると、農家にとってリスクが少なく作りやすい、また作りなれているうどん用の中力小麦が大半です。
そこで、この多量に生産されている中力小麦を有効活用するため、超強力小麦という、非常に強靭な弾力性のある蛋白を持つ小麦の開発を進めています。
これを使うと、
・ 余剰のうどん用粉にちょっと混ぜると、強度が上がりパンがふくらむ小麦粉を製造できます。
・ 準強力粉のハルユタカにちょっとブレンドして、蛋白を強化できます。
・ パン適正のない雑穀粉を使ってふっくらとしたパンを作ることができます。

この超強力粉は現在研究段階で、まだ少し時間がかかるのですが、開発されれば中華麺や即席麺にも使え、かなりの消費をまかなえる夢の小麦粉となります。またブレンド次第で色々な用途の粉ができるので、商品をバラエティ化するためにも戦略上強みがあります。今までは作りやすい、日本だからうどん・・という安易な考えが主流だったのですが、これを打ち砕くことで新しい国内産小麦の世界が広がります。
北海道の 秋播小麦は、北海道の気候等の条件に適するように育成されていますので、北海道以外の本州での栽培は無理です。でも、北海道には減反政策で余っている水田がたくさんあり、これを利用すれば国内産でかなりの量の小麦がまかなえると思います。

『キタノカオリ』は現在、道内のパン屋さん『マスヤ』などで使われているそうです。 早く東京で食べられる日が来るといいですね。