第1回
基本の生地作り
(2008年5月)




土曜クラスの講師は、「ブーランジェリー ラ・テール」の栄徳 剛シェフ。まだ30代前半という若さですが、お爺様の代からパン屋を営んでいる生粋のパン職人。なんと、お店では20種類以上もの粉を使い分けているという、粉のスペシャリストなのです。そんなシェフに、今回は3種類の粉を使って、4種類のパン生地を教えていただくことに。
「一般的で扱いやすい外国産の「ヨット」を使って、角食パンと牛乳パンを。それから北海道で収穫される「キタノカオリ」の食パンと、岩手産の「ゆきちから」のハードトーストを作ります」
とシェフ。早速レシピに目を通すと、同じ食パン系でも卵や油脂、生クリームが入っているものと入っていないものがあったり、砂糖やイーストの種類が違っていたりと様々ですが・・・?




「まず、自分がどんな味のパンを作りたいのか、イメージしてみることが大切なんです。例えば、角食パンはミルクの味を感じるようにスキムミルクを多めに配合し、サク味を出したいのでフィエールノルマンディ(フランス発酵バター入りのマーガリン)をプラスしています。他にも、キタノカオリの粉には甘みがあうのでハチミツや生クリームを入れてリッチに仕上げたり。もちろんレシピだけではなく、ミキシングや成形など全ての工程につていも言えること。混ぜ方や力の加減一つで、味も食感もがらりと変わりますよ」
なるほど。・・・と納得はしてみたものの、初回からして随分ハードルが高そう。生徒さんもどことなく不安な表情ですが、果たして大丈夫?
「お店で販売しているパンと同じレシピで作りましょう。うそ偽りなく全てをお伝えしますから安心してください(笑)」
笑顔が優しいシェフの言葉を信じて、いざ、トライ!




沖縄産天然塩「シママース」や、臭みのない「ネッカリッチ卵」、オーガニックシュガー、ドイツ産のホワイトサワーなど、シェフならではのこだわり素材が続々と登場。例えばシママースなら、“マイルドな塩味が、他の素材と違和感なく馴染んでくれる”ところが食パンに向いているのだとか。逆に、塩味を強調させたいバゲットにはゲランド産の塩などがお勧め、とも。塩使いひとつとっても奥が深いのです!いろいろな塩で試してみるのも面白そう。


国産小麦(内麦)=硬い、重い・・・というのは過去の話。最近の内麦は品種改良が進んで、製パン性も上がり、外麦に近づいてきているのだとか。天然酵母を使わずに、イーストを使ってふっくらふんわりさせることも可能なのです。これは出来上がりが楽しみです。(写真は江別製粉のキタノカオリ)


「ミキシングは何が正しいというのはありません」とシェフ。例えば食パン生地なら、まず低速でグルテンが出ないようにしつつ小麦の中まで水分を浸透させ、次に2速でグルテンを出し、最後に3速で伸展性を出してあげるのがシェフ流。自分の作りたいパンをイメージして、速度と時間を決めているのです。
写真左:生地温が高くなりそうだなと思ったら、冷水の入ったボウルをミキサーの下に当てて調節 
写真右:キタノカオリの食パン生地の捏ね上がり



ミキサーはプロならではのビッグサイズ。特に、スパイラル状のドラゴンフックは必見です。普通のフックで捏ねると生地が徐々に持ち上がってきてしまうけれど、ドラゴンフックならそんな心配も無用。また、摩擦による生地温の上昇も抑えられる、生地の艶が違う、などといった利点も。家庭用機材との違いを実感です。


ひと口に内麦といっても、その性質は様々。例えば、ゆきちからは膨らみにくいため、ボリュームが出やすいポーリッシュ法(液種法)で仕込む、キタノカオリは甘く仕上げた方が粉の旨みが活きるため、砂糖やハチミツをプラスしてあげる等々。粉の気持ちがわかるようになれば一人前です。
写真:ゆきちからのハードトーストに使用するポーリッシュ種



捏ね上がった生地をバンジュウへ。何気ない作業に見えますが、ただ移せばいいわけではありません。この後ストレスなく膨らんでくれるように、綺麗な丸みのある形に整えるのがポイント。生地の気持ちになって大切に大切に。


パンの材料に時々登場する、モルト。使用するのはほんの少しですが、いったい、何の意味があるのでしょう?「モルトを入れると酵素が働くのでボリュームが出るんです。特にゆきちからの様に膨らみにくい粉には入れた方がいいですね」とシェフ。試しに入れたものと入れないものとで比べたところ、入れないものは焼成前の段階でボリュームダウン。また、焼成後の味わいも違うという面白い結果に。
写真左:ボウルの中に水とモルトを合わせておきます 
写真右:モルトを入れたものなら、型の9分くらいまで膨らむのですが・・・




成形するときの力加減でパンの食感は変わります。力を入れすぎると硬くしまったものになってしまうとのこと。また、豆などの具入りのものは、表面に出ると焦げてしまうので要注意。出ないようにするコツは?「手の感触でわかりますよ。“あ、豆が出てきそうだな”と感じたら、それ以上は動かさないんです」うーん、難しそう!
写真上:豆パンはまるで豆大福そのもの! 
写真下:張らせるようにまとめるのがコツ



牛乳パンは焼成前にクープを。シェフを見ていると何気ない作業に見えますが、スッと綺麗に線を描くのはかなりの難関!また、あまり端まで切り込みを入れすぎると、ラグビー状にならず、四角い形になってしまうとのこと。でもそれ以前に、成形の時点で張らせるように丸めないとクープを入れにくいなんて言われて・・・。綺麗なパンを作るのは本当に大変です!


ランチにはラ・テールで人気の「北海道産キャベツのメンチカツバーガー 有機野菜特選ソース」やサンドイッチを堪能。といっても、食事時間は午後3時。パンの仕込み優先だから、お腹がすいてもキリがいいところまで我慢しなければ。これぞ職人魂です!


豆パンは窯に入れたらすぐに蒸気を注入。こうすると乾燥が遅れて水のバリアができるため、内側はふんわり皮はパリッと仕上がるのだそう。また色もくすまずに艶が出る、とも。たまにパン屋さんで見かける艶々のバゲット、あれも、蒸気のお陰なのです。


遠赤外線効果により内部から温めることができるため、焼き時間が少なく済むのが石窯のいいところ。クラストはパリッと薄く、クラムはしっとりふんわり焼き上がるという優れものなのです。なんと、生徒さんの中には小さいサイズの石窯を購入した人もいるというから驚きです!


ついに完成!内麦を使ったものは特に焼き色がしっかり。吸水が高い内麦は、長めに焼かないとダンゴっぽい食感になってしまうからなのです。





【今回作ったパン】


パンはたまに作る程度という方から、かなり作りこんでいる人、また、前回から引き続き参加している方など、様々な生徒さんが集まった今回の授業。業務用の器材を使ったり、家庭ではありえない大量の仕込みや果てしなく続く分割、成形には、まだまだ慣れないようすでした。とはいえ、オーブンからいい香りが漂ってくると、途端に疲れも吹き飛んでしまうから不思議。出来立てほわほわのパンをかじることができるのも手作りならではの醍醐味なのです。シェフにも「なかなかいい出来ですよ」と合格点をいただき、生徒さんもほっと一安心。それでは、10名の生徒さんが力を合わせて焼き上げたパンを紹介しましょう!


角食パン
アメリカ・カナダ産の「ヨット」(日本製粉)を使用。スキムミルクや卵、油脂を配合した少しリッチなタイプです。ふわっとやわらかく、キメ細かい口当たりも魅力的。トーストするとサクサクサクっと繊細な食感を楽しめます。


丸パン
角食パンの生地を使って丸く成形。同じ生地でも、こちらは更に軽くてふんわり。ラ・テールではバンズとして使用しています。半分にカットして好きな具を挟めば、バーガーの出来上がり!


キタノカオリの食パン
国産小麦とは思えないほど軽くて優しいイメージ。でも、粉の旨みはしっかりと伝わってきて、そのままでも充分おいしい。砂糖とハチミツのダブル使いで、上品かつコクのある甘みに仕上がりました。


豆パン
キタノカオリの食パン生地に、大納言小豆をプラス。しっとりとした優しい甘みの生地の中から、ふっくら大粒の小豆が顔を出します。


ゆきちからのハードトースト
生産量の少ない岩手産「ゆきちから」を100%使用。油脂、糖分ゼロで、今回の食パンの中では最もリーンな配合です。もっちりと力強い食感で旨みも強いのが特徴。トーストした時の香ばしさも格別です。細長くした2本の生地を編んで型に入れたものと、型に入れずに焼いたものと2種類完成。


牛乳パン
「ヨット」をベースに牛乳をたっぷり配合。更にコンデンスミルクもプラスすることで乳風味が強調された味わいに。自然な甘みとふっくらふわふわの食感は誰からも好まれそう。甘みはあっても菓子パン生地とは違う、セミハードでリッチなタイプです。成形を変えて2つの表情で。


コーンパン
牛乳パン生地にコーンをプラス。ミルキーな風味はコーンの甘みともぴったり。この他、乳風味と相性の良いチョコチップなどもお薦めです。