第4回
バラエティパン
(2008年9月)



8月の夏休みを挟んで2ヶ月ぶりに再会した生徒さんたち。真夏の暑さもひと段落して、爽やかな秋の気配と共に笑顔で挨拶を交わします。さすがに4回目ともなると余裕が感じられるようす。でも、現実はそんなに甘くない!というのが、この教室のいいところ。開始時間を待ちきれないかのように、山本シェフが声をかけます。
「皆さん、今日は忙しいですよ。時間がないので、早速始めましょう!」
最終回となる4回目の講師は、山本敬三さん。パンステージ・プロローグとパンステージ・エピソードを切り盛りしているシェフとして、パナデリアではもうすっかりお馴染みですね。どちらの店も、お客が絶えることのないほどの人気店。その魅力の一つに、パンのバラエティの多さがあげられます。なんと、その数、250種類近くというからすごい!いわゆる“パンの百貨店”を目指す山本シェフは、見た目も心も体育会系。教室だからといってのんびり構えてはいられません。
「仕込む生地は、バゲット生地、ルヴァン生地、クロワッサン生地、ベーグル生地、ブリオッシュ生地、バターロール生地の6種類。それぞれの生地のアレンジ系も紹介したいので、パンの種類は全部で30種類近くになります。それから、ケーク・サレとクッキーと、パン屋で欠かせないカスタードクリームも作りますよ」
「・・・?!」
そ、そんなに?たった7〜8時間で?しかも、仕込む量も1種類の生地につき7kg(バゲット生地にいたっては13kgも!)と、半端ではないのに大丈夫?業務用のパン作りに慣れてきた生徒さんたちの頭にも、さすがに不安がよぎります。
「皆でやれば大丈夫ですよ。せっかくだからいっぱい作りましょう!」
と、気合満々の山本シェフ。これは負けられませんよ!




「まずは○○から始めましょう・・・」と、手元の紙を見ながら説明を始める山本シェフ。覗き込んでみると、そこには、今日のスケジュールがびっしり!“ルヴァン種”“ベーグル仕込み”“ロール焼成”など、30分単位で作業が羅列されています。例えば、ベーグル生地をミキシングしている間にルヴァン生地の分割をしたり、ロール生地を分割しながらバゲットを焼く、なんていう並行作業も当たり前。限られた時間内で仕上げるために、まずはきちんと計画を立てること。これが完璧なら、お店も夢じゃない!後は、どこまで予定通りにこなせるか、にかかっています。さあ、頑張って!




まずはベーグル生地の仕込みからスタート。「ベーグル生地って、普通は焼成前にお湯に通しますよね?でも、うちの店では、粉の段階でα化させてしまうんです。このやり方でも、もっちりするんですよ」ポイントは、始めにフランスパン専用粉と熱湯を混ぜ合わせてしまうこと。これをひと晩寝かせてから中種として利用すれば、OK。中種に残りの粉やイースト、水などの材料を加えてミキシングが完了した時点で、すでに生地はもっちりしています。これならお湯に通す手間も省けて簡単!
「中種を作るときに、お湯の温度が低いとベーグルらしい生地にならないので気をつけて!」
ミキシングを終えた後の生地が硬めにできていれば、成功です。




ミキシングの段階では、完全な生地にしないのが山本流。捏ねる時間が短いため、捏ね上がりの生地は表面がまだ滑らかにはなっていないようですが・・・?
「ミキシングは、まず1速でまわし始めて、生地がまとまったらすぐ2速へ。後はミキサーから生地が離れるようになるまでまわせばいい。この時に、いわゆる“薄くて伸びの良い状態”にならなくていいんです。置いておけば大丈夫ですから」
発酵を長くとっていく過程で生地を完成させるというのがシェフのやり方。ミキシングひとつとっても、いろいろな方法があることがわかります。




「パン作りで大切なのは、計量と時間と温度。充分気をつけてください」材料を正確に量ることや時間をチェックすることはもちろんですが、一番難しいのが生地の温度管理。理想の捏ね上がり温度にするため、夏は冷やした水を、冬はぬるま湯を使うなどの工夫が必要です。この日は室温が30℃近くあり、まだまだ暑さが厳しいから冷やした水を・・・なんて思っていたら、なんと、氷が用意されていました!
「このブリオッシュ生地は、ミキシング時間が少し長め。夏はどんどん温度が上がってしまうから、氷にするくらいでちょうどいいんです。ほら、こんな風にフードプロセッサーで細かくしておけば、他の材料とも馴染みますよ」
そのことば通り、氷を使った生地の捏ね上がりは、理想の27℃に。もっと暑い時には、粉や卵なども冷やしておくとのこと。ちょっとした温度の変化で生地の状態はどんどん変わってしまいます。毎回メモをとるなど、室温と仕込み水の関係を把握しておけば、失敗が少なくなりそうです。




香りづけに欠かせない天然酵母作りでは、粉と水からできるルヴァン種が登場。これは、始めにライ麦とモルト、お湯を混ぜて元種を作り、24時間後に元種と同量の粉とお湯を足し、更に12時間後に同じ作業で足し・・・というように種を継いでいくもの。なんと、山本シェフは店を始めてから9年間、毎日種を継いでいるそうです。このルヴァン種を少量加えるだけで、パンの風味がぐんと良くなるため、ほとんどのパンに隠し味的に使用しているとのこと。こんなさりげない使い方に、お店の特徴が出ているのかもしれません。




パナデリアから是非にとお願いしたのが、お店で人気のクロワッサン。完成までに4日間も要する力作です。それにしても、何故、そんなにかかるのでしょうか?
「うちのクロワッサンは、イーストが2%と少なめ。折込みの力でパイのように浮かすタイプです。そして軽さをだすため、フランス粉に、高タンパクのスーパーキングを加えているのがポイント。強くて硬い生地なのでとても暴れやすく、そのため、休ませ休ませしながら作っているんです」
具体的には、初日に生地を仕込み、2日目に折り込んで成形をすませ、3日目は冷凍庫で休ませ、4日目にホイロで発酵させてから焼く、というやり方。
「普通のクロワッサンとは食感が全然違いますよ!」とシェフ。手間隙をかけた自慢のクロワッサン、いったいどんなパンになるのか楽しみです。




クロワッサンのイースト量もそうですが、ショウヘイバゲットにいたっては、なんと0.1%という少なさ。その分、時間をかけて生地を作っていきます。
「これは昨日の夜9時に仕込んだ生地だから、今、13、4時間ほど経ったところ。ミキサーがなければ手捏ねでも充分です。簡単なので是非作ってみてください」
とはいえ、長時間発酵させるタイプは難しそうなイメージが・・・。
「成形する時の生地温が20℃以上あれば失敗はしません。でも、温度が高すぎると酸っぱくなってしまうので気をつけてください。ちなみに、今日の生地は23℃。昨日生地を捏ね上げた時は22℃だったから、1℃しか上がっていないんですよ」
普通の生地は1時間に1℃位のペースで上がっていくそうですが、この生地はイースト量が少ないお陰で温度が高くなる心配もありません。しかも常温発酵でOK、というのも心強いですね。




“イースト量は少なめに”というのは、実は全てのパンにいえること。
「うちのパンは、2%以上は入れませんよ」
とシェフ。イーストはなるべく控えてルヴァン種で風味をプラスし、ゆっくり発酵時間をとって作ったパンは、香りも良くて劣化もしにくいといいことづくめ。でも、250種類ものパンを次々と焼いていくことを考えると、非効率なのでは?
「いえいえ。逆にやりやすいんですよ。大量のパンを焼いていく場合、ちょっと予定がずれると、どうしても窯待ち状態のパンが出てきてしまいます。そんな時、イーストが多いと発酵が進んでしまうけれど、少ないものなら融通がきくんです」
なるほど、低イーストが意外なところでひと役買っていたとは!他にも、匂いや味の薄いものからミキシングすることで、ボウルを洗う回数を軽減するなど、大量に作るための様々な工夫が凝らされているのです。




「パン屋で欠かせないカスタードクリームは、もちろん手作りです。たぶん、皆さんが見たことないような作り方だと思いますよ!」
と、何やら自慢げの山本シェフ。卵、砂糖、粉の順に混ぜ合わせたものに沸かした牛乳を加えて混ぜ、再び鍋に戻して炊き始め・・・とここまではよく見る光景。でも、ここからが違います。
「初めはホイッパーでぐるぐる混ぜ、底からフツフツしてきたら、木べらに変えて鍋肌にたたきつけるように炊きます。普通はこの辺で終わりですが、まだまだ。じっくり時間をかけてあげると、すごくコクが出ておいしいクリームになりますよ」
仕込む量が多いこともありますが、沸いてからも10分近くは経ったでしょうか?しばらくすると艶々として黄色味の濃いクリームが完成しました。一晩寝かせると更に旨みが増すとのこと。基本のカスタードクリームこそ手を抜かない、これも山本流。それにしても、カスタード作りがこんなにも力仕事だったとは!2kgも仕込んだ後は、汗だくで腕もパンパンです。




お待ちかねのランチタイムは、ショウヘイバゲットを使ったサンドイッチ、クロワッサン、パン・オ・レザン、ケーク・オ・サレなどをスープとともに。“バリンバリン”“サクサクッ”など、どれも出来立てならではの食感です。たくさんのパンを囲んで皆で食べるランチは本当においしい!




全ての生地のミキシングを終えた後には、大量の分割&成形作業が待っていました。例えばブリオッシュ生地の場合。この生地を使って5種類のパンを50個位ずつ作る予定・・・ということは、それだけでも250個!他にも全部で6種類の生地を仕上げていかなければなりません。量の多さに慣れてきたとはいえ、さすがにやってもやっても終わらない!
「分割した生地をまるめる時には、両手でやると早いですよ。特に苦手な方を意識して多く使うようにして鍛えてくださいね」
なるほど・・・と思ってシェフの手を見ると、は、早い!これは急いでチャチャッと成形しなくては!
「あ、成形の段階では気がつかなくても、ホイロから出てくるといい成形と悪い成形は一目瞭然ですよ。それに、クープを入れる時にも差が出ます。成形がうまくできているとサーッと切れるんです」
つまり、ごまかしは一切きかないというわけですね。上達するコツは“生地に触ること”とのこと。とにかく数をこなしていくしかなさそうです。




「皆さん、お疲れ様でした。今日は、“教室”というよりも“仕事”でしたね(笑)。でも、たくさん扱ったから、大分慣れたのでは?」
とシェフ。本当に、仕込む量といい種類といい、パン屋の1日を体験したかのような充実度。大量の生地を前に、生徒さんも自然とテキパキ体が動いていたようです。また、効率よく仕事を進めるための工夫や、個性的なパンの演出方法なども目の当たりにでき、とてもいい経験になったはず。
「例えばひとつのいい素材があったからといって、パンが劇的においしくなるものではありません。それよりも、素材同士のバランスや使い方、製法や発酵方法などが大切。そういう細かいことの積み重ねでおいしくなるんです」
普通のパンをいかにおいしく作ることができるか―それが山本シェフの信条。手間と愛情をたっぷり注いだパンは、誰からも愛される優しい味わいでした。



加藤先生に始まり、栄徳シェフ、山本シェフと、個性豊かな3人の先生をお招きした今回の講習会。様々なパン作りを体験していただき、生徒さんたちが目指すスタイルも見えてきたのでは?応用コースに進む方、職人として働く方、そして教室を始める方など、きっとたくさんの可能性が広がっているに違いありません。どうかまた、パンを通して皆さんとお会いできますように!





【今回作ったパン】



【 ショウヘイフランス生地 】
材料は小麦粉、塩、水、モルトにわずか0.1%のイーストとごくシンプル。でも、それだけとは思えない甘みがあります。秘密は風味豊かな国産小麦「北杜小麦」をブレンドして、長時間発酵で旨みを引き出しているから。バリバリッと力強いクラストに対して、内側は大小の気泡がたくさんあって軽やかです。合わせる素材を選ばないので、サンドイッチにしたり形を変えてトッピングを乗せたりと様々なバリエーションが可能です。


ショウヘイバゲット

バタール

チーズバタール

ベーコンエピ

ダッチブレッド

タラモフランス

コンビーフハッシュ





【 ベーグル生地 】
中種を作る時点で粉をα化させて作るベーグル生地は、もっちりしっとり感がありながら硬すぎないのが魅力。ソフトな口当たりなので、誰からも好まれそうです。ライ麦を1割入れて旨みをプラスしているのがポイント。ブルーベリーやリンゴなど、フルーツとの相性も抜群です。


プレーン

アップルシナモン

ブルーベリー





【 ブリオッシュ生地 】
パサパサしたイメージが強いブリオッシュですが、シェフが作るものはしっとりやわらか。発酵時間も長くとっているため、口溶けが優しいのも特徴です。クリームや餡を包めばとてもリッチな菓子パンに。丸ごとリンゴのコンポートとカスタードクリームを包んだ「アップルカスタード」は、見た目も味わいもインパクト大!


アップルカスタード

クリームパン

美しが丘あんぱん

パンオレ





【 バターロール 】
粉は一般的な強力粉に、高タンパクの強力粉をプラスしてボリュームを、更に薄力粉をプラスしてソフト感を。パン屋さんでは必ず扱う基本の生地こそこだわります。風味が良いのでそのままでも楽しめますが、お菓子系にも惣菜系にもアレンジしやすいのが嬉しい。食パン型に仕込めば、また違った食感が楽しめます。


バターロール

バタートップ

オニオンブレッド

ポンム





【 ルヴァン生地 】
レーズン種とサワー種を併用した生地は、酸味を押さえてあるのでとても食べやすいタイプ。軽い口当たりの中にも、全粒粉とライ麦の旨みがじんわりとひろがります。フィセルはクラストがカリッと香ばしく、カンパーニュは生地がふんわりしっとり。ハード系はあんまり・・・という方にもお薦めです。


プチ

ナッツ

チーズルヴァン

チョリソー

フィセル

カンパーニュ





【 クロワッサン生地 】
層が綺麗なクロワッサンは、驚くほどサクサク、ハラハラ!バターの風味も濃厚で、まるでパイを食べているかのよう。風味づけの発酵バターは欠かせませんが、デトランプにはショートニングを使用することでより軽やかに。また、高タンパクの強力粉で浮きが良くなります。


クロワッサン

パン・オ・ショコラ

パン・オ・レザン

ベーコンクロワッサン






プロバンス風ケークサレ


材料を次々混ぜていくだけと、とても簡単なのにおいしいのが嬉しい。適度な弾力があってさっくりと歯切れの良い生地は、バターがたっぷり入ったリッチな塩味のケーク。チーズ、ベーコン、ソーセージ、ドライトマト、オリーブに、ニンニクや胡椒を効かせた味わい深いケークは、ワインにもぴったり。塩気と旨みでついつい食べ進んでしまいます。







クラムクッキー


プロローグやエピソードでも人気のクッキーは、なんと、パンクラム入り。バターたっぷりの生地に、乾燥焼きして細かく砕いたクラムを入れて香ばしさをUP。食感もサクサクです。作り方も成形も簡単なので、おやつにぴったり。