第3回
食事パン
(2008年7月)

※今回は、火曜日・土曜日ともに栄徳先生の講習となります




ムシムシとした暑い日は人間にとっては地獄ですが、パンにとっては気持ちのいい温度。
じりじりと太陽が照りつけ、朝10時の段階で外気温が30℃を越えるという厳しい環境で迎えた7月の講習。きっと、今まで以上においしいパンができるはず!・・・ですよね?



5、6月は基本の生地とリッチな生地という、比較的基本的な生地を勉強しました。そこで、今回教えていただくのは、プロの職人になるためには欠かせない“粉使い”です。
実は、栄徳シェフの最も得意とするのが、この“粉使い”。「ブーランジェリー ラ・テール」では20種類以上の粉を揃え、パンによって使い分けているのだそうです。




パン用として使える国産小麦の種類も増えていますが、その粉それぞれに個性があり、パンにしたときの食感や味が変わってきます。今回使うのは、熊本県産のチクゴイズミ、有機栽培の春よ恋、そして「Type-ER(江別製粉)」、「F(昭和産業)」、そしてフランス産の「T-110(BIO)」の5種類。さて、どんな使い分けを教えてくれるのでしょうか?

「では、パン・コンプレを作ります。使うのは、熊本の農家の方が作ってくれている無農薬のチクゴイズミの全粒粉。これは、小麦の中心部を挽いたものに後から皮の部分を加えているので、使いやすいのも特徴です。ただ、これだけではどうしても膨らませる力が弱いので、北海道『江別製粉』のType-ERという粉をあわせます。このType-ERはハルユタカのブレンド粉なのですが、酵素が入っているのでパン生地を上に浮かす力が強いんですよ」
自他共に認める粉好きなだけに、話題が粉のことになるといつも以上に話しにも熱が入ります。
「このチクゴイズミは、全粒粉では、今、日本で一番おいしいと思っている粉なんです!熊本県の東さんという方が無農薬で栽培しているのを直接取り寄せているのですが、ミキシングの時から本当にいい香りがするんですよね」
と、説明しながら、なんだか幸せそうな栄徳さん。正真正銘の粉好きです!




「それから、レシピにある蜂蜜は全粒粉特有の食べにくさを解消するため。それから、サクミを出すためにラードを加えています」
主役になるチクゴイズミを、よりおいしいパンにするにはどうしたら良いか・・?こういうレシピの組み立て方法も、熟練したプロの職人だからわかること。味、食感、そして形。売り物のパンにするためには、そのすべてが必要なことがよく分かります。




では、さっそく生地の仕込みから。ミキサーに粉を入れて・・・。あれ?
「ミキサーボウルには水から入れて下さいね。これはボウルに生地がこびりつくのを防ぐため。パンの国家試験でも、この順序を間違うと減点の対象になるんですよ」
なるほど!そんな工夫があったとは。確かに、少しもボウルの回りにこびりつくことなく、生地がきれいにまとまっています。




そして工夫といえば、今回作るカントリーブレッドはちょっと珍しい技法を使ったもの。
「今回はパシナージュという作り方をします。これは、水を加えてグルテンを切るという作り方。国産小麦は弾力が強くモチッとした食感になりがちですが、この方法で適度にグルテンを切れば、外麦のように軽い食感のパンが作れるんです」
パシナージュ??はじめて聞く言葉ですが、フランスでは結構ポピュラーなのだそう。ロウ10分、ミディアム3分で生地を作ったら、さらに水を入れてミキサーを回します。
へー、こんな方法があったとは。しかも、作業的には手間もかからなそうです。ただ、ここで難しいのが見極め。
「ほら、こうやって水がちょっと浮いている状態がいいんです」
水が全部馴染んでしまっては、せっかくのパシナージュの意味がないので、まだ表面に水が浮いているくらいの感じでストップします。




今回はプレーンの他に、イヨカンピールやシナモンとレーズンを加えた甘めの生地も作りました。
あっ!まだシナモンの粉末が生地と混ざっていないようですが・・・。
「シナモンの場合は、これくらいに止めておくのがポイントなんですよ」
もう少し馴染むまで混ぜたいところですが、そうすると味のメリハリが出ないのだとか。さて、どんな食感のパンができあがるのか楽しみです。




次は、BIOバゲット生地。前日仕込んでおいた生地を分割し、成形していきます。前日仕込みというと、普通より繊細なイメージがありますが・・・。
「長時間発酵のものは、水分さえ合っていれば基本的に大丈夫なんですよ。ちなみに、これは昨日の夜仕込んで電車で家に持ち帰り、クーラーを効かせた部屋に置いておいたもの。実は、ここにはバイクで持ってきたんです(笑)。でも、ほら、大丈夫でしょう?」
確かに、生地には何の問題もないようす。
「これは、春よ恋をいう品種の小麦粉を使っています。ハルユタカだったら一本で大丈夫なのですが、春よ恋は、甘みはあるのですがコクがない。ですから、力強い味のフランス産小麦T-110を15%加えてバランスを整えています。フランス産の粉を使う場合の注意は、日本の天然水(軟水)では生地がだれてしまうこと。今回も硬度の高い天然水『コントレックス』を加えて作りました」
春よ恋=コクがない。ではなく、足りない味や力を他の粉で補うのが、栄徳さんのやり方。




思ったよりも丈夫な生地とはいえ、水分量が多いのでかなり生地はゆるめ。コントレックスで引き締めたとはいえ、生地はペタペタしてやわらかく、扱いにくそう・・・。
「キレイな面を見つけてください。ほら、こうやってクルッと」
シェフの手が素早く動き、見る間にキレイな形が出来上がってきます。発酵中にダレないよう、キャンバス地の幅を狭めにとっておくのもポイントです。




焼き上がったBIOバゲットを半分にカットすると、見事な気泡ができあがっていました!
「わー、おいしそう!」
まるで売り物のような出来に、テンションも上がります。生地作りはもちろんですが、やはり窯の威力は偉大!家庭用のオーブンではなかなかこうは行きません。




お腹も空いたところで、ランチタイム。お料理もさることながら、焼き立てのバゲットはおいしい!しかも、自分で作ったものだからおいしさもひとしおです。




午後はまずパン・コンプレの焼成から。「ブーランジェリー ラ・テール」では小さなパウンド型に入れて焼いているそうですが、今回はパニムールという木の入れ物を利用。見た目にも、お洒落ですよね。




続いて、カントリーブレッドの成形と焼成。パシナージュの水を含めると、水分量はなんと95%。かなりユルユルでやわらかい生地なので、扱いも慎重に。そっと、でも力強くクープナイフを動かすのがポイントです。




窯の中でふっくら膨らみ、クープも見事に立ち上がりました。
「うん。いい感じにできましたね!」
と栄徳シェフも太鼓判の出来栄えです。

国産小麦や使い慣れない粉は難しそう・・・と、敬遠しがちですが、粉の特徴をしっかりつかんでいれば、こんなにおいしそうなパンができることがわかりました。そして何より、粉の風味がしっかりと感じられるパンはやっぱりおいしい!
ちなみに、栄徳シェフの頭には、粉の性質や味がインプットされているので、どうすればどんなパンができるのかは大体分かっているのだそうです。
「僕のパンは粉に助けられていますから」
と笑っていた栄徳シェフ。そこまでの域に達するのはなかなか難しそうですが、粉の特徴を活かしたパン作りの面白さがよくわかった今回の講習。今までのパン作りの幅が広がったことは間違いありません。





【今回作ったパン】
東さんの無農薬チクゴイズミのパンコンプレ
甘く香ばしい風味が際立つパンコンプレ。チクゴイズミの全粒粉が70%入っていますが、いわゆる“ふすま”のクセがなく、粉のType-ERの効果もあって膨らみも充分。しっとりやわらかな食感なので食べやすいのも特徴です。さすが栄徳シェフが惚れ込むチクゴイズミ!と納得のおいしさ。




カントリーブレッド
(写真上はプレーン、写真下左はシナモンとレーズン入り、写真下右はいよかんピール入り)

みずみずしくもっちりとした生地は、リュスティックを軽くしたような食感で、新鮮な驚きがあります。大きな気泡がたくさんあって軽いので、食べやすいのも魅力です。粉の風味が楽しめる「F(昭和産業)」を使っているので、軽いながら、味の満足度は充分。いよかんのピール入り、レーズンとシナモン入りなど、甘いフィリングとの相性もよく、色々なバリエーションも楽しめそう。



BIOバゲット
「春よ恋でも、長時間発酵だと皮がバリッとしますよ」というシェフの言葉通り、バリッと香ばしいクラストが完成。国産小麦(春よ恋)85%とは思えないほど、ボリュームもしっかり出て、見た目にも美しいパンになりました。やや透明感のある生地は、不揃いな気泡がたくさん。噛みしめるほどに甘みとコクが広がります。サンドイッチにしてしまうにはもったいない・・・と思わせるほど存在感のあるバゲット。