第1回
(2008年10月)




金曜日コースの記念すべき第1回目の講師は、ルヴァンの甲田幹夫さんです。甲田さんといえば、言わずと知れた天然酵母パンの草分け的存在。フランス人よりマクロビオテックにのっとったヨーロッパの伝統的なパン作りを学び、東京・調布の地で開業したのが今から24年前。以来、自家製酵母と国産小麦を使った滋味深いパンを焼き続けています。そんな大師匠にお越しいただくとあって、生徒さんたちは少々緊張気味。しかもマクロビを実践しているということは、ストイックな方?真面目で厳しそうなイメージもありますが・・・?

「皆さん、こんにちは。今日はうちのスタッフを3名連れてきました。タルさんとボブと マコちゃんです」


タルさん

ボブさん

マコちゃん


頭に手ぬぐいを巻いたTシャツ姿で優しく微笑む3人。ちなみに、甲田さんは“甲ちゃん”。ん?ちょっと想像とは違うような気が・・・。
「うちではまず、乾杯をする時に皆で回し飲みして口をつけるんですが、とりあえず、今日は全員と握手しましょうか?」
というわけで、まず初めの仕事?は、生徒さんとルヴァンのスタッフ、そしてパナデリアのスタッフ全員が、それぞれに握手し合うこと。甲田さんは一人一人の名前をゆっくりと確認していきます。「あ、○○さんですか。宜しくお願いします。・・・といっても、私、すぐ名前を忘れちゃうんですが(笑)」




皆が握手を終えた頃にはすっかり気分もほぐれ、和やかなムードに。こんな感じでルヴァン流の授業がスタートしました!




まずはカンパーニュ317の生地作りから。小麦粉、全粒粉、塩をミキサーボウルに入れて混ぜ、その後、水と酵母を混ぜ合わせたものを加えます。低速で混ぜて全てが馴染んだら、中速に上げてしばらくミキシング・・・と、いたってシンプル。ところで何分くらいミキシングすればいいのでしょうか?
「大まかな時間の目安はありますが、あまり当てにしない方がいいです。というのも、その日の温度や仕込む量によって変わってしまうものなので。特に、今日はいつもと全然環境が違うので少しずつ様子を見ていかないと」とタルさん。こねあがりの目安は、生地が薄くのびるくらい。その状態を確認するため、何度も何度も生地を手にとっては確認しています。もちろん、今日の室温は何度かな・・・と思っても、温度計に頼ることはありません。「暑い寒い、湿度が高い低いなどは、肌で感じるようにしています」とのこと。そうすることで生地の気持ちがわかるのかもしれません。




カンパーニュ317の生地を機械で仕込んだ後は、同じ生地を手捏ねでトライ。「店では機械でやっていますが、皆さんは手捏ねでも大丈夫。充分おいしいものができますよ」と甲田さん。一番のポイントは、「愛情を込めて作って、楽しく食べること。良くプロのパンと同じようにやりたがる人がいますね。でも、設備も全然違うし、毎日毎日作っているプロとは比較にならない。それよりも、家庭ならではの素朴な味わいを楽しんでください」。そう話しながら、水の中に塩を入れて手で混ぜ始めます。不思議なことに、ただ塩を溶かすという簡単な作業も、甲田さんがやると何かが違う。この時点で、パンのおいしさが約束されているような、目に見えない力が働いているようです。やはりこれこそが、愛情?!




普通の強力粉にインスタントドライイーストを使った生地と、国産小麦に天然酵母を使った生地とでは、こね方にも違いがあります。「イーストパンは、できるだけ力を使ってこねることで弾力を出しますが、天然酵母には強い発酵力も安定感もありません。また、国産小麦の場合、あまりひっぱったりすると組織が壊れてしまうので、あまり激しくこねない方がいいですね」上からたたいて落としたり、または生地を回転させながら手の平で押したりと、動き自体は普通のこね方と同じ。でも、決して力任せではありません。あくまでも優しく、丁寧に、暫くして張りや透明感が出てきて、伸びが良くなれば出来上がりです。こね上がりは26℃が理想。その後28℃〜30℃のホイロに入れて、ゆっくり発酵させていきます。




ルヴァンと言えば、国産小麦。そもそも何故、国産にこだわるのでしょうか?
「私たちが使いたいのは、自分たちの土地で作られた、生産者の顔が見える小麦なんです。そして味が良くて、コクがあるもの。普通は膨らみやすい高タンパクの小麦が好まれますが、うちでは長野産と北海道産をブレンドした、中力粉にあたる粉を使っています」
タンパク質含有量が少ない分、膨らみは悪くてどっしりとした仕上がりになるけれど、味は格別。また、小麦全粒粉とライ麦は生産者から粒の状態で仕入れたものを、そのつど自家製粉しているとのこと。挽き立てだから、香りが抜群です。(写真は長野産と北海道産をブレンドした「豊作21」)




天然酵母パンの最初の難関は酵母作り、という方も多いのでは?ルヴァンでは、まず、レーズンを水に浸して発酵させて発酵エキスを作るところから始まりますが、生徒さんからは、様々な疑問が寄せられました。「水とレーズンを合わせて置いておくと、カビのようなものが生えてしまうんですが・・・?」との質問には、「ああ、それはカビですね(笑)。でも、あまり気にしなくても大丈夫。人間からしたら大きな違いがありますが、カビも酵母も菌という意味では同じですから。ふればいいんです」
 また、「酸味が強く出てしまうのですが・・・?」との質問には、「実際にその酵母を見ていないのではっきりした答えはわかりませんが、発酵が進めば進むほど酸味が出るので、手前でやめたり、酵母の量を少し減らしてみては?でも、ハード系のパンなら酸味が出ていてもおいしい。むしろその酸味を活かした食べ方をするといいですよ」
どうやらあまり堅苦しく考えなくても良さそう。酵母は生き物なので、ちょっとした環境の変化で風味は変わってしまいますが、大切なのは、発酵エキス自体がおいしいこと。5日程経ったエキスを飲んでみると、香り良くフルーティーでとても爽やか!逆に、シンナー臭いものは、雑菌が多い印なので要注意。




“発酵エキスを飲む”と言われた時にはちょっとドキドキしてしまいましたが、ルヴァンでは毎回、酵母は食べてチェックしているとのこと。発酵エキスに全粒粉+水を毎日継ぎ足し、ようやく5日目に酵母が完成。そして実際に使えるものかどうかの判断は、舌と鼻で確かめるのが一番なのです。匂いも味もすっぱいけれど、決してまずくはないのがポイント。もしも不快な匂いや味がしていたら、残念ながら初めからやり直し。また、パンを作っていく過程でも、常に五感を働かせています。例えば1次発酵や2次発酵が完了したかどうかの目安は、見た目と香りと触り心地で判断。そのつど、“パンは生き物”だと実感させられるシーンがありました。




「最近、地粉(国産小麦粉)の面白い食べ方を考案しまして・・・」と甲田さん。その名も、パンさしみ。え、パンのさしみ?!名前からは全く想像がつかないこの食べ物、いったいどんなものなのでしょう?「まあ、いわゆる“うどん”みたいなものですね。粉の味を知りたかったら、シンプルに作るのが一番」。水と塩を混ぜ合わせたところに粉類を加え、軽くこねたら出来上がり。普通のうどんのように足踏みしたりしなくても良いのでとても簡単。しばらく寝かせてから、薄く伸して細くカットし、熱湯でゆでた後、水に浸して締めてからいただきます。甲田さんのお気に入りの食べ方ということで、試食が楽しみです。実はこのパンさしみ、ひょんなきっかけから生まれたものなのだとか。「仕込んでから5〜6日間、冷蔵庫に忘れたままのカンパーニュ生地を見つけて、何かにできないかなと。試しにゆでてみたらおいしかったんです」物を大切にと考えるルヴァンのポリシーが、こんなところからも伝わってきます。 




「そろそろランチにしましょうか」とマコさん。作業台の上にリネンのクロスを敷いて直にパンを並べ、つけあわせの惣菜や瓶、茹でたてのパンさしみを置いたら、あっという間にルヴァンスタイルに。パンのおいしさはもちろんですが、脇役たちにも注目。切干大根とトマトソースを合わせた「切干大根のアラビアータ」や、お店で定番のオリジナルごまみそペースト、巨峰ジャムや杏ジャム、蜂蜜、オリーブオイルなど、多彩なお供が登場しました。他にも、フレッシュでコクのあるリンゴジュースや、“これがなくちゃ1日が始まらない!”と甲田さんが絶賛する水車村の紅茶など、厳選された飲み物も、ルヴァンのパンにぴったり。どれも素材の味がしっかりと感じられ旨みもたっぷりなので、ついつい食べ進んでしまいます。




「天然酵母パンはあまり激しく扱わないようにしてくださいね」イースト生地のような弾力や強さがないため、1次発酵後のガス抜きは不要。むしろ、できるだけダメージを与えないことが大切で、とにかく優しく優しく。成形するときもせっかく膨らんだ生地がつぶれてしまわない様に気をつけます。ボブさんやタルさんに習って、生徒さんたちも早速トライ。応用コースというだけあって、手つきもさまになっています。成形が済んだら、番号をつけてバヌトンの中へ。「皆さん、お上手ですね。特に○番と○番がいい。丸みがあって立体感があるのが理想なんですが、○番は表面が切れてしまっていますね。成形するときに触りすぎると、切れてしまってガスが出てきちゃうから気をつけて」成形した時点では大差ないように見えますが、2次発酵後に再び見ると、いいものと悪いものとでは一目瞭然。 張りが全然違います。


酒屋さんの古屋を改造したという信州上田店。土間を残した趣ある造り


環境の変化を受けやすいのが、天然酵母パンの難しくて面白いところ。2年程前に上田店をオープンした時の苦労談を聞いてみると・・・?「酵母を作るには、そこにどれだけいい菌が住んでいるのか、というのがポイントになります。新しい環境で始める時には、だいたい半年くらいは経たないと菌が充満してくれない。だから、初めは富ヶ谷から持ってきた酵母を壁につけたりとかしてました。すると、保健所の方に『これは何ですか?』って聞かれちゃう。暫くは保健所との戦いでしたね(笑)」
目には見えなくても、古いパン屋にはいい菌がたくさん。




最後は、ルヴァン恒例のじゃんけん大会に。
「レーズン酵母エキスに、パンさしみの生地、胡麻ペーストに巨峰ジャムに・・・。どれも今日使った残りのものですが、全員分ありますので、勝った方から好きなものを選んでくださいね!」もちろん、一番人気はレーズン酵母エキス。これさえあれば、ルヴァンと同じパンが作れるかも?!生徒さんだけでなく、パナデリアのスタッフも参加させていただき、大いに盛り上がりました。




「カンパーニュは機械でミキシングしたものと、手でこねたものと、2種類作りましたので、比べてみてください」 「そう、違いのわかる女にならないとね(笑)」
「うちではギャグも仕事のうちですから」
常に笑いが絶えないルヴァンのスタッフたち。テキパキと作業を進めている間も、厨房内は優しい空気に包まれていました。きっとこの笑いはパンにも伝わっているはず。
「私が天然酵母パンを作り始めた頃には、参考書などはほとんどなくて。とにかく夢中でやってきました。その時から考えていたのは、パンを食べることで皆が平和な気持ちになってくれればということ。ルヴァンのパンを介して、平和な世の中になって欲しいなんて、大それたことを思いながら作っています(笑)」
パンの作り方も千差万別で、どんな方法でも良いと甲田さんは言います。
「作り続けていくうちに、段々と自分に合った方法ができていきますから」
初めはフランス人から製法を学んだとはいえ、その後はほとんど手探り状態。実感のこもった言葉です。

五感を頼りに作る熟練した技術を目の当たりにできたことはもちろん、握手し合ったり、残りのものを分け合ったり、お互いの故郷の話で盛り上がったり・・・。ルヴァンのパンを通して、皆の心がつながったひとときとなりました。





【今回作ったパン】
カンパーニュ317
ルヴァンを代表するカンパーニュは、国産小麦全粒粉を25%配合したもの。クラストはお醤油のような香ばしさがあってバリバリッと力強く、クラムはしっとり。ずっしりと重量感があって、噛むほどに心地よい酸味と素朴な粉の旨みが広がります。和素材にも合わせやすく、ルヴァン特製のごまみそペースト+ゆで野菜といった組合せもぴったり。いつでも飽きずに食べられる、バランスの取れた味わいです。


メランジェ
バゲットタイプの生地にたっぷりのカランツとくるみ入り。クラムは、カランツから出る果汁でほんのりブドウ色に染まります。クラストはこんがりと焼き上がり、生地とフィリングが醸し出す香りは何ともふくよか。コクがあるのでそのままでも充分おいしくいただけますが、クリームチーズを塗ったり蜂蜜をつけたりするのもお薦め。




パンさしみ
ルヴァンのスタッフも初体験というパンさしみは、ワサビ醤油と一緒に。つるるんと喉越し良く驚くほど旨みが濃厚で、粉と塩と水だけとは思えない滋味があります。同じ生地をゆでずにオーブンで焼けばクラッカーに、また、丸く伸ばしてフライパン→直火の順で焼けばピタパンに変身。粉の味わいが良くわかるので、いろいろな種類で試してみるのも面白そうです。