第2回
(2008年11月)


デリアン・エマニュエル氏


第2回目の講師を務めるのは、「ブーランジェリー・ボヌール」のシェフ、デリアン・エマニュエル氏。パリの名店「ポワラーヌ」で10年修業を積み、パリでのパン職人の経験は15年を超える熟練の技。そして、フランス人らしい気さくで大らかな人柄も魅力です。今回は、“トラディショナル”の生地で作る各種ハードパン、たっぷりの穀物がヘルシーな“セレアル”、ライ麦の滋味あふれる“セーグル”など、本格フランスパンを学びます。来日して4年、日本語が上達したエマニュエル先生ですが、パンの専門用語となるとちょっと大変。そんなわけで、今回はボヌールのオーナー箕輪さん、スタッフの竹田さんにもお手伝いに来ていただきました。


箕輪さん

竹田さん



それでは早速、“トラディショナル”の生地から。
粉はレジャンデールを使用。国産小麦で作る場合は、ERでも代用可能だそう。ここに小麦の外皮である「ふすま」、ゲランド塩、生イースト。そして発酵生地を加え、水に合わせます。この「発酵生地」を使用するのが、エマニュエル流フランスパンの大きな特徴。当日の朝に仕込んでおいた発酵生地(パートフェルメントシェフ)を、本捏ねの時に入れることで低イーストでもボリュームのある柔らかなパンになります。




「トラディショナルのミキシングは、材料を混ぜる程度。その後のパンチの作業でグルテンを作ります。ミキシングを少なくすることによって、生地温度が上がらないのでハードな食感に仕上がります」
捏ねあがった生地は、指先で伸ばすと細く粘るような状態。これらの生地を室温で発酵させます。この一次発酵の間に生地の状態を見ながら、パンチを4回行います。




1次発酵を終えた生地は、手で持ち上げられない程柔らかい状態。グルテンの組織を痛めないように、番重を斜めにし、生地を落とすようにして作業台に移します。同じ生地から練り込みの具材や成形を変えて、バゲット、プチバゲット、ベーコンエピ、フーガス、プチパン、ミッシュと6種類のハードパンを作ります。その数なんと100個以上!全員で、一気に分割に取り掛かりましょう!


* *




分割したトラディショナルのベンチタイムの間に、セレアルの生地を仕込みます。使用するシリアルミックスは、オーツ麦、アマニ、ヒマワリ、ゴマなどの栄養たっぷり。これを、オーブンでローストして水分を飛ばします。うーん、いい香り!食べてみると、サクサクと香ばしく、穀物の優しい甘味が広がります。
粉(レジャンデール)には、グルテンを添加して安定性と粘性をアップ。材料をミキシングしたあと、発酵生地を入れ、さらに強めにミキシングをかけます。


捏ねあがりは手で触ってチェック。トラディショナルより温度も高めで、しっかりグルテンが出ていることがわかります。



「セレアルは、グルテンを出すため、しっかりミキシングして、温度は少し高めに持っていきます。生地温が高いので、一次発酵は短めに。パンチもトラディショナルより少なくして生地へのダメージを少なくします」
トラディショナルの4回のパンチに、セレアルの2回のパンチ。同時で進めるので、さあ大変。あっちこっちで鳴り続けるストップウォッチに、エマニュエル先生も「え?何回目だっけ?」と混乱してしまうほど(笑)


パンチは「アン・ドゥ・トロワ」の3つ折で!みなさん、とても上手です。



* *

ここでちょっとお勉強タイム。まずは、フランス流配合の計算法から。
「フランスでは、粉の重量を100%として、そのほかの材料を割合で表すベーカーズパーセントではなく、仕込み水の量から計算します。店では、『10kgで仕込んで!』ではなく、『7リットルで仕込んで!』という感じで指示されるので、その場合は62%の水分量にしたい場合は、逆算して粉量を割り出します」




そしてもうひとつのレクチャーは、“余ったフランスパンの活用法”。日にちが経って硬くなったフランスパン、捨ててしまってはもったいない!
「オーブンで乾燥焼きして、オープンサンドやピザトースト、またオニオングラタンスープにしても美味しいですよ。焼いたものをさらに砕いてクルトンにしたり、パン粉にしても。お勧めはやっぱり、バゲットで作るフレンチトースト!」




取り出したのはたっぷりの卵液が入った大ビン“フレンチトーストの素”。アーモンドプードルやコンデンスミルク、生クリーム、バニラもたっぷりというリッチな内容。バニラの代わりにオレンジフラワーウォーターにしてもいいそうです。これは、おいしそう!お味の程は、ランチのお楽しみ。


* *


一次発酵後のトラディショナル。柔らかな生地の中にしっかりグルテンが形成されていることがわかります


さて、一次発酵を経たトラディショナルは、分割してさらにベンチタイムへ。セレアルは、ベンチタイムを短めに取り、早めに成形に持って行きます。難しいのはこれから。トラディショナルに至っては、種類によって全て成形を変えなくてはいけません。まずは、エマニュエル先生のお手本を見て・・・




先生の手の平で、丸められた生地はあっと言う間にバゲット型に。きちんと綴じ目を押さえ、真ん中から外に向かって均等に伸ばし、綴じ目は下に。デリケートな生地なので、あくまで優しく。生地の中に気泡がしっかり残っていることも確認できます。




エピに使うベーコンは、生地に負けないように噛み応えのある厚めのものがベター。沖縄産「しまうたベーコン」を使用しています。その他、スモークサーモンで作ってもおいしいのだそう。隅っこからはみ出ると焦げてしまうので、ベーコンを隠すように、きっちり巻いて成形します。




セレアルはグルテンの力が強いので、しっかりめに成形してもOK。まわりを張らせるようにして折りたたみ、手の平の付け根でふちを押さえつけるようにしてしっかり綴じます。軽く水にぬらして、トップにもシリアルをたっぷりまぶします。




大一番は、2.2kgの大型パン“ミッシュ”の成形。綴じ目をきちんと閉じて、内層の気泡を閉じ込め、全身を使ってパンを自分の方に引き寄せるようにしながら丸めていきます。重いわ、大きいわで、全員女性の生徒の皆さんは生地を持ち上げるのだけでも一苦労。最後は綴じ目を上にして、布を敷いたボウルへ入れて、ホイロへ・・・。


* *


トラディショナルとセレアルのホイロの合間に、セーグルの仕込みへ。
「フランスには、たくさんのライ麦パンのレシピがあります。ライ麦パンが難しいとされているのは“吸水”。水が入りにくいので、生地がベタベタになってしまいます。ミキシングしながら少しづつ加水して、水和させていきます」


生地の様子を見ながら少しづつ水を加える。初めはドロドロですが、次第に水和して、柔らかくもしっかりとグルテンが繋がった生地になります



粉は、日清製粉のライ麦粉「アーレファイン」を使用。ここに、トラディショナルの発酵生地が同量入ります。今回は、基本のセーグルの生地にフィグ、カレンツを各々混ぜ、プレーンと合わせて3種類のパンを作ります。


カードで切るようにして、生地の中のフィグを細かく砕きながら一気に混ぜ込みます。・・・エマニュエル先生、顔が真っ赤です・・・


生地自体の力が強いので、一次発酵の間にするパンチは一回のみ。発酵状態が速いので、分割後はすぐに成形します。発酵が進みすぎると、グルテンが切れやすくなり、焼き上がりにヒビが入ってしまうのだそうです。成形後は、型に入れて、二次発酵へ。さて、いよいよ次は焼成です!!


* *




エピはハサミで深めに切って左右交互に拡げ、穂の形に。フーガスはカードで切り込みを入れ両端を引っ張るようにして葉っぱ型にします。




ミッシュは、型から逆さまに落とすようにして、生地を置きます。こうすることによって、綴じ目は下に。そしてお待ちかねは、「ボヌール」でも名物のサイン入れです。
「せっかくだから、自分で成形したミッシュに、自分のイニシャルを入れましょう!」
“M”、“K”、“J”・・・スリップベルトの上には、様々なイニシャルのパンが並びました。ハードパンは250℃の高温で一気に焼きあげます。大型のミッシュは1時間たっぷり焼いて、じっくりと火を通します。




セレアルは、焼成する前と、焼成した後に霧吹きをかけるのがポイント。こうすることによって表面が乾燥せず、充分なボリュームと、おいしそうなツヤが出ます。エマニュエル先生いわく「パンのマニキュア!」だそうです。
次々と窯から焼きあがるパンは、その数なんと180個以上!その場でパン屋さんが開けそう。 
・・・と、夢中でここまで来ましたが、気がつくと時計は16時を指そうとしていました。もう、お腹もペコペコです。おや?振り返るといい香りが。アシスタントの竹田さんがおいしいオニオングラタンスープを作ってくれているではありませんか。




遅くなってしまいましたが、ランチにしましょう!!ワインやチーズも出てきて、もはや打ち上げモード。焼きたてのエピやフーガスをほおばると、疲れもふっとんでしまいます。


フレンチトーストは、焼いた後、さらにたっぷりとグラニュー糖をまぶします。カリッと香ばしく、まるでラスクのような食感。疲れたカラダに、甘いものが染みる〜。


* *


エマニュエル先生のパンは、ハードパンでも、軽さがあり、しっとりもっちりとして食べやすいもの。最近、品川の梅屋敷にオープンした「ブーランジェリー・ボヌール」2号店では、下町ながらバゲットなどの本格ハードパンも飛ぶように売れているのだそう。おいしさと親しみやすさが同居する、どこか懐かしい味わいのフランスパンが受けているのかもしれませんね。
今回のポイントは、一次発酵の時に何回かパンチを入れ、ボリュームを出すハードパン。低イーストでも、前日の発酵生地を使うことにより、短めの発酵時間でふっくらボリュームのあるパンを焼くという、効率的な作業法を学びました。ミキシングや仕込み温度とバランスを取りながら調整し、生地を見極めつつグルテンを繋げていく作業は、経験が物を言うプロならではの技術。次回はどんな技を学べるのでしょう。楽しみですね!





【今回作ったパン】
〜トラディショナルの生地で〜


ミッシュ“Panaderiaバージョン”

フーガス

バゲット(プレーン、セサミ、ケシ)

ベーコンエピ

同じ生地でも、成形の違いや、大きさによって気泡の詰まり方や、風味も変わります。大型のミッシュはゆっくりと時間をかけて焼きあげるので、クラストがガチッと厚めで香ばしく、クラムは日が経ってもしっとりもっちりの食感が続きます。粉の味わいや香りの広がりも、小さいパンより深みのあるものに。エピ、フーガスなどのように具材の味わいを引き立てる、あっさりとシンプルな味わいが魅力です。




セレアル
ふんわりと軽い生地には、プチプチの雑穀がトップにも中にもたっぷり。スルスルと滑らかな口どけが心地よく、噛むたびに雑穀が香ばしくはじけます。ハムや野菜などをはさんで、ヘルシーなサンドイッチにしてもおいしい。


セーグル
しっとりとした食感の中に濃厚な旨みがギュッと閉じ込められたパン。ライ麦の爽やかな酸味と、フィグやレーズンの甘味とも好相性。薄くスライスして、チーズをのせたり、ワインにもとてもよく合います。