第1回
(2008年10月)


10月よりスタートした、パナデリア石窯パン教室応用コース。土曜コースは、全3回とも前期に続いて「ブーランジェリー ラ・テール」の栄徳剛シェフを迎えます。
第1回のテーマは“天然酵母パン”。ラ・テールでも人気の自家製酵母パン「パン・ビオロジック」と、「パン・ド・カンパーニュ」を教わります。天然酵母と聞いてまず頭をめぐるのは、種起こしや発酵が難しそうという不安。そして、イーストのパンに比べて重くて硬いというイメージもありますが・・・。
「“店で売れるパン”となると、天然酵母を使ったBIOのパンでも、クセが無くてどんな食事にでも合うものをいかに作るかがテーマ。それには、少々型破りなやり方が必要です。従来、天然酵母のパンには作り方の鉄則がありますが、セオリー通りに作っても、セオリー通りのパンしかできませんからね!」
と栄徳シェフ。さすが応用コース!これは面白い講習になりそうです。


土曜コースの講師 栄徳剛シェフ


さて、天然酵母とひとことでいっても、様々な種類があります。同じ配合でも種が異なれば、発酵の仕方や出来上がったパンの風味が変わってくるはず。今回は種のおこし方を学ぶと共に、それぞれ2種類の種でパンを仕込んで発酵の過程や出来上がりを比較します。



【パン・ビオロジック】
 「パリよりも美味しいBIOのパンを作りたい!」と、種継ぎから水までこだわった自家製の天然酵母を使用し、素材のみならず製法やパンのサイズまで一切の妥協をせずに作り上げたという渾身の力作。リピートするファンも数多く、ラ・テールの看板商品のひとつです。こちらを、レーズン種とライ麦種の2種類のルヴァンリキッドで比較します。


レーズン種のルヴァンリキッドライ麦種のルヴァンリキッド


「店では、4台の機械でルヴァンリキッドを作っています。温度管理ができるし、水分が多くても分離しないので機械は失敗が無いですね。ライ麦種は、室温で出来るので機械が無くても大丈夫。家庭でやるにはおすすめです」
 栄徳シェフのおすすめは“ホップ種”。無濾過ビールを温めて、3日間ほどで簡単に作れるのだそう。ビール酵母は発酵力が強いので製パンに向いているとのことです。

「一度継ぎ方を覚えれば、自家製天然酵母は難しくありません。ただし、種継ぎの際に気をつけたい“粉の種類”。元種の“親”と、継いで行く“子”は同じ国の粉にした方がいい。フランス小麦で作ったルヴァンリキッドに、途中から国産小麦を加えたりすると、途端に痛んでしまうことがあるんです。日本は湿度が高く、腐敗菌の発生リスクもあるので、国産の粉は種継ぎが難しいといえますね」


ミキシング初期段階ミキシング終了


短時間でも少ししっかりめにミキシングをかけてグルテンを出し、ボリュームのあるパンを目標にします。捏ね上がりのイメージは、ミキサーボウルの底から生地が離れる程度。ミキシング初期の段階から離れているのでは水分不足なので、加水する必要があります。粉は、無農薬のスペルト小麦と、フランス産の有機小麦を使用。フランス産有機小麦は灰分が高い為、水の種類と塩を加えるタイミングに注意が必要です。

「高灰分、低たんぱくの粉を使う場合、コントレックスのような硬水を使用することで、硬度を上げて生地を締めます。ただし、入れ過ぎると生地がパサついてしまうので、量には加減が必要。基本的には軟水の方がしっとりあがるので、硬水は硬度調整の時にのみ使います。また、ゲランド塩のような粗塩は、グルテンを切ってしまうので、ミキシングである程度グルテンを出してから途中で塩を加えると、生地を痛めることがありません」

天然酵母一本で、ボリュームのある軽い食感のパンにするためには、イーストの発酵力に少しでも近づける工夫が必要になります。そのひとつが、生地温度。捏ね上げの温度を30℃まで持っていき、一次発酵でしっかり発酵させて、分割〜二次発酵〜成形〜窯入れまでなるべく生地温度を下げないように作業を運ぶのがポイントになります。


コントレックスは湯せんにかけて、温度を上げてから使います捏ね上がりの温度は、狙い通り。職人の勘の正確さに思わず拍手!


一次発酵は30℃で120分、しっかりと酵母の力を引き出します。天然酵母のみで作る場合は、特に一次発酵はきっちり取ることがポイント。二次発酵で後から膨らまそうと思っても、十分なボリュームは出ません。種の段階だと、特にライ麦種はヨーグルトのような酸味のある香りが際立っていましたが、発酵を経ることで、生地の醸す香りは甘みのあるものに変化。これにはどのような理由があるのでしょうか?

「ライ麦は乳酸を多く含むので、種の状態だと直に酸味を感じますが、粉と合わせて高い温度にもっていくことで、甘みが出てきます。ビオロジックはイーストを使わないので、発酵段階で小麦のデンプン質が十分に引き出されて、きっちりと糖分が出るんですね」




分割して、ベンチタイムは取らずにこのまま成形に進みます。ビオロジックは、強めにパンチをかけてボリュームを出した生地を、高温をキープしたまま手早く作業するという特殊なやり方。ベンチタイムを置く事も生地を痛めることになってしまうのです。生地は若干べたつきがあり、成型は難しそう・・・と思いきや、さすが応用コース。手早くまとめられた生地はキャンバスにどんどん並べられていきます。


クープの入れ方は個性いろいろ!(レーズン種)狙い通りのボリュームが出ず、ちょっと残念・・・(ライ麦種)


二次発酵で60分間ホイロを取り、クープ入れの作業を経ていよいよ焼成へ。230℃に熱した石窯でしっかりと火を通します。ライ麦種は酵母の力が弱かったようで、少しレーズン種のものに比べてボリュームにかけてしまったようですが、クープがピンッ!と立ち上がり、粉の甘い香りが立ち上っていました。


左:レーズン種 右:ライ麦種 レーズン種断面


大きな気泡が入った内装は、新米のご飯を思わせるようなむっちりとした弾力が。粉の甘みと旨みが噛むごとにじんわりと口の中に広がっていきます。クラムはカリッとクリスピーな香ばしさと適度な厚みがあり、塩気も十分。ナッツのような香ばしさとコクのあるスペルト小麦の味わいと、フランス産小麦特有の香りの高さが、天然酵母によって十分に引き出されているようです。レーズン種は、ボリュームが出て食感もしっとりとソフトに。フルーティーな酸味とまろやかな甘みのバランスが取れています。ライ麦種は、若干生地がしまって重くなってしまったものの、噛む毎に優しい甘みが溢れ、伸びやかな滋味のあるおいしさ。2〜3日経つと、熟成して旨みが増します。





【パン・ド・カンパーニュ】
石臼挽き粉を使った素朴な田舎パン「パン・ド・カンパーニュ」もまた、ラ・テールの人気商品。こちらは、レーズン種のルヴァンリキッドと老麺の2種類で仕込みます。このパンのいいところは、とにかく短時間で出来るところだそう。

「いかに短い時間でいいものを作るかということも、パン屋としては大切なテーマのひとつ。その意味では、このカンパーニュは効率がいいので非常に嬉しい商品です。イーストの力を借りますが、なるべく低イーストにしたいので、短時間でもグルテンをしっかり形成させる工夫をすることで、天然酵母の力をしっかり引き出します」


レーズン種(ルヴァンリキッド) 老麺


レーズン種は、パン・ビオロジックで使ったものと同じ。ラ・テール仕込みのルヴァンリキッドで、オーガニックレーズンと軟水を機械にかけ、有機小麦で継いでいったもの。有機の天然酵母は発酵力が強いので、低イーストでも可能です。レーズン種は水種なので、最初から粉・水と合わせてミキシングしますが、老麺生地は固いので、ミキシングの途中から加えていきます。粉はフランス産石臼挽き小麦と、石臼挽きのライ麦全粒粉を使用。


ドライイーストとシママース 


「粉の土臭さを中和させるためにハチミツを使います。カンパーニュは全体的に綺麗に味をまとめたいので、塩には、粒子が細かくてまろやかな甘みがあるシママースを使います。塩感をアピールしたい時や、BIOを強調したい時はゲランドを使うなど、パンによって塩を使い分けています」 加水が60%強で、さらにルヴァンリキッドの場合は半量の水分を含むので、全体としては75%近くという水分量。ミキシング初期の段階では、かなりネットリとしていて、これが本当にまとまるのか・・・と心配になるほど。こちらも、ビオロジックと同様、少し強めで短時間のミキシングをかけ、しっかりグルテンの力を出していきます。




全粒粉が入っているため、少しグレーがかった生地色とほんのり甘い香りが特徴。表面に水が浮いてきてテカリが出た感じが、捏ね上げ終了のサインです。天然酵母一本で発酵させるビオロジックは、30℃という高めの捏ね上げ温度でしたが、こちらはイーストを含むので最低でも24℃以上、目安は26℃くらい。


一次発酵後(レーズン種)一次発酵後(老麺)


一次発酵も40分と、とにかく短め。発酵を終えた生地は若干固めな印象も。こんなに短時間でボリュームのあるパンができるのかな、と不安になってしまいますが・・・?

「きっちり中で酵母が動いていればOK。逆に、過発酵で柔らかくしてしまうと、色も味もつかずおいしくできないんです。触った感じは、老麺のほうがしっかりとした弾力がありますね。発酵力の強さが良く判ります」




分割してベンチタイムへ。栄徳シェフは2kgの丸型で、講習生は250gのなまこ型。同じ生地でも、大きさが変わることでパンの味わいにどんな違いが出るか?試食の時に試して見ましょう。 ベンチタイムも成型も、とにかく“短め、早目”がこのカンパーニュのポイント。長く熟成させると、パサつきが出て色も浅くなってしまうそうです。




二次発酵も40分と、やはり短め。クープの前に手粉をかけますが、粉のスペシャリスト栄徳シェフ。手粉にもこだわりがあるそうです。

「BIOのパンにはBIOの手粉を使うようにしています。今回使っているのは“むぎぞう”という粉。真っ白ではないので、たっぷりかけてもわざとらしくないんです。手粉は作業のしやすさだけでなく、火の通りを柔らかくするという役割があります。長い時間をかけてしっかり火を入れる大型パンの場合は、焦げないようにするためにもしっかり粉をかけることが必要です」




クープは、見た目をよくするだけでなく、焼成時のボリュームの出方にも影響を与える大切な要素。クープを入れることによって生地は膨らみやすくなりますが、膨らむ力が強いパンにクープを深く入れ過ぎると、ぱっくりと割れてしまいます。焼き上がりを想定しながら、計算してクープを入れるには経験が必要そうですね・・・!


レーズン種(250g成形)レーズン種(2kg成形)
老麺(2kg成形)


クープがふっくらと割れ、香ばしく焼きあがったカンパーニュ。ボリュームがあって実においしそうです。気泡が細かく、しっとりとした内層。レーズン種の方はすっきりとした酸味が感じられ、バランスのいいおいしさ。無塩バターやハムなど肉類にもあいそう!・・・と、そんなわけでランチに出来たてのカンパーニュを使ったサンドイッチを作っていただきました。




一方、老麺の方は、まろやかな甘みが優しく広がる、まろやかな味わいの中に、粉のうまみもしっかり感じられます。さて、2kg成形と250g成形。味わいにはどのような変化がでるのでしょうか?食べ比べてみました。




大きく焼いたものの方が、じっくり長い時間をかけて火を通しているので、しっとりと程よい水分を含み、粉の甘みを感じるようです。日数が経過するとさらに熟成が進んで旨みが増します。一方、小さく焼いた方は、生地のしまりが早く、日数がたつと劣化が早く感じました。酵母による違いも、サイズが大きい方がはっきりと個性が出るようです。大きさも、パンのおいしさの一部なんだ!と実感しました。



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さて、天然酵母だけで作るパン・ビオロジック、短時間で焼きあげるカンパーニュ。種による味わいの違い等々、様々なことを学べた第一回目。応用コースらしい、一歩踏み込んだ内容だったと思います。粉や酵母、水といった材料へのこだわりはもちろんのこと、ミキシングや発酵過程のひとつひとつにたくさんの方法が登場します。答えはひとつではなく、さらに、相手となるパンが生き物であるというのが面白いところ。まだまだ続く、深遠なるパンの世界。次ぎはどんな技を教えていただけるのでしょうか?楽しみですね!