第2回
(2008年11月)


応用コース、第2回目。土曜日コースの講師は引き続き「ラ・テール」栄徳剛シェフです。
今回のポイントは、北海道産小麦“Type-ER”と天然酵母“白神こだま酵母”の使い方。ご存知の方も多いと思いますが、“白神こだま酵母”は世界遺産にも登録されている秋田の白神山地の腐葉土から培養した野生酵母のこと。発酵の力がやや弱く、また独特の香りがすることから、“難しい!”、“うまく出来なかった”という声を耳にすることもしばしば・・・。
そんな上級者向けの酵母と粉を使い、3種類を作る講習。いったい、どんなパンが出来上がるのでしょうか!?


「ラ・テール・メゾン」がオープンし、ますます大忙しの栄徳剛シェフ




【もちもちぱん】
まずは、“もちもちぱん”の仕込みから。あれ?ずいぶんたくさんのボウルが並んでいますが・・・。
「今日は一人ずつ仕込んでいきましょう。この生地は手で仕込んでいきますが、結構扱いにくいんです。成形するときの感じが、なんとも気持ち悪いんですよねぇ・・・」
と、本当に気持ち悪そうな表情を浮かべる栄徳シェフ。実はこの生地の成型は、「ラ・テール」の職人さんでも苦戦する方が多いのだとか・・・。


いったいどんな生地になるのか、かえって楽しみなような気がしてきます


ところで、この“もちもちぱん”はラテールの看板メニューのひとつ。
「もちもちの食感は、フランス風だとリュスティック、イタリア風だとチャバタになるんでしょうか。これは和風なので、“もちもちぱん”という名前にしています。和素材との相性が良く、特に栗の甘露煮と大納言を入れたものが人気なんですよ」
と栄徳シェフ。
今日は、特別メニューとしてレンコン、ごぼう、ニンジンの“根菜入りもちもちぱん”を作ります。


「ラ・テール」スタッフの川端さんが、大きめにカットしたニンジン、レンコン、ごぼうを下茹で中。う〜ん、いい香り!


では、仕込み開始。ボウルに生イーストタイプの白神こだま酵母をちぎり入れ、そこにルヴァンリキッドと水を加えてダマがないよう混ぜておきます。
「白神こだま酵母は力がそれほど強くないので、ルヴァンリキッドで補います。この方法が一番安定すると思いますよ」
今回教えていただく3種類の生地すべてに共通するのが、この酵母使い。力の弱い“白神こだま酵母”だけで軽い生地を作るためには、たくさんの酵母を入れなくてはいけないので、ルヴァンリキッドを併用するそうです。
「今日はルヴァンリキッドが冷たかったので、ぬるま湯を入れました。捏ね上げ温度は26℃なので、それを考えて調整してください」
そして、粉と塩を入れておいたボウルに投入します。


生イーストタイプの“白神こだま酵母”なので、しっかり溶かしておくことがポイントです


今回のもうひとつのテーマが“Type-ER”。
“Type-ER”は、北海道産の小麦に米麹の酵素を加えたもの。米麹の酵素の働きで縦に伸びる力が強いため、力の弱い生地にはぴったりという訳なのです。
さらに、Type-ERは味わいの良さも特徴。焼成すると、まるでお煎餅のような香ばしさが生まれるのですが、白神こだま酵母と合わせると、不思議と甘みにキレのあるすっきりとした味わいに変身。北海道と秋田という同じ北国同士、何か通じるものがあるのかもしれません。
今回は、Type-ER80%に“北斗の小麦”を20%合わせます。

「粉気がなくなればいいですよ」


混ぜ始め混ぜ終わり


捏ねるのではなく、本当に混ぜるだけ。かなりベトベトとくっつくので、木ベラなどを使っても良いそうです。
でも、ミキシングもしないで、ただ混ぜるだけで本当に大丈夫なのでしょうか?


初めての生地に戸惑い気味のようす


「この生地は、パンチでグルテンをつないでいくので大丈夫なんです」
なんと、パンチは30分、30分、60分、30分の合計4回!簡単なようで、手間がかかる生地なんですね。
「そうなんです。他の作業をしていると、ついパンチを忘れちゃいそうになるんですよね。でも、回数さえ合っていれば、時間は多少前後しても大丈夫ですよ」



パンチ1回目


カードを使い、下から上に返すようにしていきます。すでに生地につながりが生まれているのがわかります。
この段階で具材を投入します。なお、糖度の高い栗など、劣化する心配がない素材なら、最初から入れても大丈夫だそうです。


パンチ2回目


カードで下から上へ。生地にまとまりが出て、しっかりとしてきました。


パンチ3回目


ホイロから出した生地は、なにやらお好み焼きの生地のよう。プルプルとなめらかな状態です。ボリュームが出てくると返しにくいので、大き目のボウルを使うようにしましょう。


パンチ4回目


ほとんど力を加えていませんが、かなり生地がしっかりとまとまってきました。ボリュームも出ています。

最後の発酵を終えると、ボリュームもアップしてプルプルの状態。成形はせず、分割し、粉を全体にまぶすだけでOKです。


発酵を終えた生地はこんな状態。成形どころか、分割さえ難しそうです!


「ポーリッシュ種のような感じですね」


分割のみなので、なるべく短い回数で目的の150gにするのがポイント。四角く形を整えます


皆さん、手際よく進めていますが、かなり扱いにくい生地のよう。ベンチタイムを30〜40分取って、焼き上げます。




● 根菜入り もちもちぱん




名前の通り、本当に“もっちもち”の食感でお餅のよう。リュスティックにも似ていますが、やはり和風の味わいなので和素材に合うようです。シャキシャキとしたレンコンの食感と、力強いごぼうの味わいなど、ゴロリと入った根菜が魅力です。




【バゲット】
「今日は粉10kgで仕込みます!」
えっ?!10kgと言うことは他の材料も入れると・・・、一人約2kg?
“水”と“ルヴァンリキッド”、“白神こだま酵母”がなみなみと入ったボウルに大量の粉を入れ、ミキシングを開始。


仕込み量は合計19kg!


「今日は生地が多かったので、ミキシングをもう1分追加します。ボソボソ感がなくなり、グルテンがしっかりとつながっている状態まで回してください」
出来上がった生地は、ツルツルとなめらかに見えますが、指にベトベトとくっつきます。これも、ちょっと扱いづらそうな予感。みんな、がんばって!


大量の生地なのでボウルから取り上げるのも一苦労!2つの番重に分けて入れます


「このバゲットは“Type-ER”100%で作ります。“Type-ER”は、たんぱく質量が11くらいと高いので、“リスドオル”と同じ感覚で使うことが出来るんですよ」
以前、「ラ・テール」では、他の粉とブレンドして使っていたこともあるそうですが、栄徳シェフ曰く、「個人的には“Type-ER100%”の方がおいしいと思います!」とのこと。“Type-ER”は、フランスで言うとタイプ65クラス。灰分も高く、力強い風味があるのが特徴です。
「“Type-ER”に入っている米麹の酵素は、生地を上に持ち上げる力が強いので、結構しっかりと生地が持ち上がるんですよ」 なるほど。米麹の力って、すごいんですね。


パンチも一苦労!


さて、25〜26℃に捏ね上げた生地は、そのまま常温で発酵。パンチ後に分割をしますが、今日はここが違います。
「では、今日は一人一番重のスタイルでやりましょうか。責任を持って頑張ってくださいね!」
さすが応用コース。どんなバゲットが完成するか楽しみです。


マイ番重を作り、しっかり管理します


ベンチタイムを置いて、バゲット型に成形。これまでも何度かやっていますが、なかなか難しいのがこの成形。この生地も扱いにくそうですが・・・。
「大丈夫。今日の生地はかなり扱いやすいですよ」
もしかして、みんなの腕が良いから??
「実はお店では、“雲上水”を使っているんです。かなり軟水なので、生地がだれてしまうんですよね」
「ラ・テール」で使っている富士山の天然水“雲上水”は、硬度27で軟水の中でも低い数値の水。一方、神奈川県の水道水の硬度は52〜73とかなり高めなので、この違いが生地にもかなり影響していたようです。お店によっては、硬度が1468という“コントレックス”を水道水と混ぜて使っているところもあり、改めて水選びの大切さを実感する一幕でした。
ちなみに、一般に、硬度100以下は「軟水」、硬度101〜300までは「中硬水」、硬度301以上は「硬水」と分類されています。

「生地をこうして・・・。はい、こんな感じです」
栄徳シェフの手にかかると、グニャグニャの生地にプリッと張りが生まれ、瞬く間に美しいバゲット型が完成。生地に触れている時間はほんのわずかで、いかに生地を痛めずに成形をするかが大切なポイントのようです。


「見ていると簡単そうなのに!」と首をかしげる生徒さんたち。でも、大丈夫!皆さんかなり上達してきています


「二次発酵は、“ちょっと早いかな”というタイミングで大丈夫です。あまり待つと、クープが開かなくなってしまうので注意してくださいね」
と栄徳シェフ。窯の中で、Type-ERの酵素が生地を浮かせてくれるのだそうです。


クープ入れや焼成も、今回は各自で行ないました。そのせいか、いつになく表情も真剣味を増しているような・・・


● バゲット




しっかり窯伸びした形のいいバゲットが出来上がりました!みずみずしいクラムは、しっとりとした食感。“白神こだま酵母”の力か、Type-ER特有の香りがすっきりと抑えられ、上品な味わいです。




【胚芽トースト】
「ローマジパンを入れたちょっと面白いパンを作ります。ちょっと甘めでアーモンドの風味が楽しめるんですよ」
アーモンドと砂糖をペースト状にしたローマジパンは、主に製菓向けでパン生地に使うことはほとんどありません。いったいどんな味になるのか、期待が膨らみます。
他の2つ同様、白神こだま酵母とルヴァンリキッドを使った生地ですが、“Type-ER”は35%と少な目。“リスドオル”を35%と、“有機ライ麦粉(粒子の細かいタイプ)”を10%、そして“ジャーミーイーグル(細かい胚芽入りの小麦粉)”を20%ブレンドした配合です。さらに、健康面でも注目されている“アマニ”を加えているのもこの生地のポイント。


倍量の熱湯で2時間ほど戻しておいたアマニ(フラックスシード)。ヌルヌル、ヌメヌメした独特の質感です


味もさることながら、この生地の最大の特徴は冷凍できること。
「これは便利な生地なんですよ。白神こだま酵母は冷凍耐性が良いのも特徴。ちなみに、お店でこのパンを作るときは必ず一度生地を冷凍しているんです」
普通、生地を冷凍するのはマイナスのイメージですが、この生地に限っては違うのだとか。
「このレシピは前任のシェフが考えたものなんです。僕も始めは、“なんで冷凍するんだろう?”と思ったんですけど、作ってみてその理由がわかりました」

ボウルにバター以外の材料をすべて入れ、ミキシング開始。
「この生地はかなりしっかり混ぜます。浮かす力が少ないので、最後だけはミキシングを強くかけます」
6分半後、常温に戻しておいたバターを加えたら、さらに6分間。最後の1分間は高速で回します。
「ファイナルといわれる状態まで回してください。“パチ、パチ”だった音が“ネト、ネト”に戻ったら伸展性が出た証拠。これが合図です」
ミキシングしていると、いつもとは違うナッツのコクのある香りがただよい始めます。配合するローマジパンの量はわずか5%ほどですが、かなり効果がありそうです。


プチプチと見えるのがアマニ。いつもとは違うリッチな香りがただよいます


「アマニも入っているので、複合的な要素があると思うんですけど、これも扱いにくい生地なんですよね」
約40分の一次発酵を終えた生地は、ネトネトした触り心地。独特の手に付いて伸びるような感覚があります。


ビヨーンと伸びる生地。栄徳シェフの表情が、気のせいか気持ち悪そうです


そして、250gに分割して、丸め。なかなか扱いにくそうですが・・・
「クルッ、クルッ、クルッくらいで良いです。それ以上触っていると、危ないです。粉をしっかり使って丸めてください」
あまり長くいじると、ベトベトになり収集がつかなくなりそうな気配。両手を使いそっと丸めていきます。


触りすぎは厳禁。生地がくっつかないうちに手早く丸めます


「お店では夜冷蔵庫に移し、翌朝、成形して使っています。量のコントロールもできて、便利な生地なんですよ」
通常はここで冷凍しますが、今回は冷蔵。冷やすことで作業性が良くなるのだそうです。


冷凍する場合はビニールに並べ、包んでおきます


冷蔵庫から出した生地は、かなりひんやりした状態。このまま成形して金型に入れ、二次発酵を取ります。そして、しっかり山型に膨らんだところで窯へ。


きっちり型にいれたら、ホイロへ移します


「窯伸びしないので100%までしっかり発酵させてくださいね」
型ものの窯入れは、奥からしっかりと並べないといけないため、栄徳シェフがサポート。


ここまでしっかり発酵させてから窯にいれるのがポイント


ふっくら膨らんだ山の部分が、香ばしく色付いたら焼き上がり。ちなみに、山と山の間の部分が白くならないのがうまくできた証拠だそう。
型から出すと、重量感があり、やわからそうなさわり心地。とってもおいしそうです!




●胚芽トースト




ほんのり甘い味わいとナッティなコクがフワッと口に広がります。みずみずしくもっちりとした食感で、トーストすると表面がサクッと軽く、中はやわらかに。アマニのプチプチ感も楽しく、毎朝が楽しみになりそうなトーストです。




【ランチ】




ランチは焼き立てのバゲットで作るカスクルートです。責任実習だった今回は、それぞれが作ったものの中からミニサイズのバゲットを供出していただきました。具材はグリュイエールチーズとハムという王道の組合。どうです、洒落たブーランジェリーのものみたいでしょう?


待ちにまったランチタイムは、なんと3時半過ぎ!パン職人には忍耐力も必要なんですね


さらに、「ラ・テール」スタッフ川端さん特製の、玉ねぎとベーコンのスープが並びました。


前月に教わったリヴァンリキッドを応用した“白神こだま酵母”使いに、扱いが難しいと言われる“Type-ER”を併せた今回の授業内容。なかなか高度な内容だったのですが、さすがは応用コース!皆さん手早く順調に作業を進める姿が印象的でした。 粉を使い分け、それに併せて酵母を変えるのはプロの職人でも難しいこと。皆さんの今後がますます楽しみです!