第3回
(2008年12月)


10月から始まった応用コースも、いよいよ最終回。講師は引き続き栄徳シェフが担当します。
「最後を飾るために、今日はとっておきのものを用意しました」
と誇らしげに語るシェフ。天然酵母を使ったり、国産やフランス産の粉を使ってハード系のパンを仕込んだりした前回とはがらりと趣向を変え、今回は“お菓子系”のパン。クリスマスの時期に欠かせない「シュトーレン」と、揚げパン「ベニエ」、そしてティータイムに食べたい「スコーン」を学びます。もちろん、どれもお店のレシピとほぼ同じというから楽しみ。栄徳シェフならではのこだわり満載のメニューでお届けします!






【濃厚なチョコレートのシュトーレン】
レシピを見てまず驚かされたのが、ずらりと並ぶ“有機”の文字。ドイツ産有機小麦、有機牛乳、有機ココア、有機シュガー、有機チョコレート、有機チェリー・・・と果てしなく有機の材料が続きます。ついにはスパイスに至るまで!ラ・テールではもともと有機素材が頻繁に使われていますが、ここまで有機で揃えるのは相当大変だったはず。


タカナシの有機牛乳や、自社で栽培から加工までを担う、ヴォークストレーディングのオーガニックスパイスなど、あまり見慣れない素材が並びます


「・・・はい。でも、本当はここまで有機にこだわる必要があるのかなって。ちょっと疑問に思っています(笑)」
そもそも嗜好品的な要素が強いシュトーレンに、体に優しい有機素材を使う意味があるのか・・・?あれこれ追求していくうちに改めて有機の概念について考えさせられたというシェフ。確かに、有機小麦にしても有機チョコレートにしても、体に馴染む味わいで素直においしい。スパイスだって香り方が繊細です。いい素材を使えば、やっぱりおいしくできそう。
「そうなんです、全然違いますよ。ただ手間と費用がかかるので、気持ちと時間に余裕のある時に作るといいですね」


ドライの有機チェリー。この日はグリオットチェリーの瓶詰めの残りの液体を再利用。液体に砂糖とレモン汁を足したものにチェリーを入れて温め、しばらく置くとおいしくやわらかく戻ります。


まずは中種作りから。本来、お店では有機のビオバゲットの酵母で中種を作り、長時間発酵させていますが、授業ではその時間がないため生イーストで代用。気になる粉はといえば、ドイツ産の有機小麦が登場しました。
「これは灰分が少ないタイプ。フランス産だとタイプ45に相当します。ちなみに日本の粉なら、カメリアの灰分が0.4%くらい。それよりは少し雑味がありますね」
やはりこの粉だからこその味が出せるのでしょうか?
「うーん、というより、今回はどんな粉でも大丈夫。というのも、副材料が多いので、粉の味はそれほどわからなくなってしまうんです。ただ、蛋白はあまり多すぎないほうがいいですね。リスドォルなどの準強力粉あたりがいいかな」
確かに、チョコにナッツにスパイスに・・・と加える材料がたくさん。粉の灰分が高かったりすると、かえって邪魔をしてしまうかもしれません。ときには引き算的な発想が必要なのでしょう。
「中種は、牛乳とイーストを混ぜたところに粉を入れて、ほぼ滑らかになるまで攪拌すればOK。少しダマになっていても本捏ねで混ざるので大丈夫です。暫くホイロに入れておきます」


ミキシングを終えた中種。少しざらついていても大丈夫


中種の発酵をとった後は、本捏ねに。まず、バターと砂糖、蜂蜜を攪拌して、白っぽくなるまでクリーミングします。これって、まるでお菓子作りのような感じですが・・・。
「はい。今日作るシュトーレンは、ガトーショコラのようなタイプ。先にクリーミングした油脂に粉を合わせると、グルテンが出にくいのでほろっとするんです。もしパンのようにしたければ、後からバターを加えてグルテンを出して下さいね」
ガトーショコラのようなリッチなシュトーレン・・・これは楽しみです!そしてもうひとつのポイントが、
「チョコレートは細かく刻んでおいたものを入れます。くれぐれも溶かさないように」
ということ。これは味と食感のアクセント。捏ね上げ温度も22〜24℃と低めの設定で、チョコレートが溶けてしまわないように気をつけます。他にも、ドライチェリーを蒸したり胡桃を水に浸しておくなどの細かい配慮が。こうした丁寧な作業がおいしさにひと役買っているようです。


クリーミングして空気を含んだ生地(左)。出来上がりの生地はまるでチョコレートアイスのよう(右)


 生地が完成したら専用の型につめて二次発酵。型の9割くらいまで膨らんだら、蓋をして焼成します。
「蓋をするから少し詰まった感じになります。また水分が抜けにくいのでしっとり。角食と同じですね。あと、ナッツやフルーツが焦げにくいのも利点」
小さめの型なので、焼成時間は30分程度。暫くすると、厨房内はチョコレートの香りで満たされます。
「う〜ん、たまらない〜」


蓋つきの型があると形も揃って綺麗な仕上がりに


さあ、いよいよです。今回のメインイベント?がやってきました!
「皆さん、焼けましたので用意はいいですか?染み込みやすいようにフォークで何箇所かピケをしたら、バターのおふろにまるごと漬けて下さい。くれぐれも熱いうちにやってくださいね。大変だけど頑張って!」
な、なんと、大きな鍋に並々と入っているのは溶かしバターではありませんか!“こんな大量の油の中に漬けちゃっていいの・・・?”と生徒さんもちょっぴり及び腰。でも、驚くのはまだまだ早かった!



あんなに大量にあったバターが、全てを漬け終えた後にはほとんどなくなって・・・。その分、シュトーレンがバターを吸ってくれています


「全部漬け終わったら、2巡め、行きまーす(笑)」
ええ〜?!もう1回あのおふろの中に???いったいどれだけのバターが染み込んでしまうのか、考えただけでも恐ろしい・・・。
「大丈夫、大丈夫。ある程度染み込んでいるから、2回目はそれほどでもないですよ」
とはいえ、12cm程度の小さなシュトーレン1個につき、染み込んだバターの量は80gも!いったい何カロリー・・・なんてつい計算してしまいそうですが、これがおいしさの秘訣。バターのおかげでしっとりして風味も増すし、日持ちもするのだから、これは腹をくくるしかありません。
「最後は粉糖をたっぷりまぶして、その後にココアをかけて仕上げます。このまま暫く置くと、砂糖とココアが馴染んで表面がチョコレートのようになるんです」
チョコレートでコーティングされたシュトーレン・・・考えただけでも期待が高まります。


バターに漬けて暫くしたら、上から粉糖を。この後ココアをまぶして仕上げます


ところで、チョコレートのシュトーレンっていうのはちょっぴり珍しいかも。お店では他にどんな種類を作っているのでしょうか?
「ブーランジェリー ラ・テールでは「紅茶とリンゴ」と「塩キャラメル」を、それからアルティザン・テラではこのチョコレートのシュトーレンを。テラは黒がテーマカラーなので、チョコレートがいいかなあ、と思って。実は、うちにはプレーンがないんですよ」
プレーンを置かないなんて、お店にとっては勇気がいりそう。探究心の強い栄徳シェフなだけに、何か理由がありそうですが・・・。
「うーん、本当においしいプレーンのシュトーレンに出会えていないんですよね。ドイツのものを取り寄せたり、自分であれこれ試作したりはしているんですが・・・。自分が納得できる“プレーンの味”が完成するまでは出せないような気がします。
確かに、期待してあれこれ試してみるものの、意外とおいしいプレーンのシュトーレンがないのも事実。それならば、アレンジしたタイプで個性を出すのもひとつの方法なのかもしれません。


濃厚なチョコレートのシュトーレン
黒々とした色合いが見るからに濃厚そうなシュトーレン!外側はさっくりとして内側は目が詰まってしっとり。クッキーとケークの中間くらいの食感です。カカオのほろ苦さの中から、シナモンやカルダモンなどのエキゾチックな香りがふわ〜。オーガニックスパイスならではの柔らかくて深い香りが印象的です。胡桃の苦みやダークチェリーの濃厚な味わいも欠かせないポイント。薄くスライスしてコーヒーと一緒にいただきたい。




【ベニエ】
「ベニエとは、果物にやわらかい生地をつけて揚げたり、パン生地やシュー生地を揚げたりした揚げもののこと。フランスのパン屋さんに行くと、ジャムやクリームを入れたベニエ(丸い揚げパン)を良く見かけます。日本ではちょっと珍しいかもしれませんね。でも、オーブンがなくても作れるのでお薦めですよ」
初めに生イーストと水を合わせてから強力粉を入れて中種を作ります。ミキサーで滑らかになるまで混ぜたら、常温で1時間ほど発酵。2倍くらいに膨らむまで待ちます。この日は室温が低いため、ホイロの中へ。


ミキシングを終えた中種(左)と、膨らんだ中種(右)


「中種を前日に仕込んでおきたいなら、30℃くらいに捏ね上げてから冷蔵庫でひと晩寝かせてください。翌日ちょうどいい具合になると思います。あ、でも、ドライイーストを使っている人はちょっと気をつけて。生イーストと違って初期発酵が弱いので、捏ねた後30分くらい室温においてから冷蔵するように」
なるほど。同じイーストでも性質に合わせて使い分ける必要がありそうです。


本捏ねを終えた生地はとても滑らか。生地温は24.3℃


さて、中種ができたら、本捏ね作業へ。
「中種の時点でしっかりと発酵をとっておくのがポイント。薄力粉が多い生地なのでつながりにくいからです」
レシピを見ると、粉はスーパーカメリア(強力粉)とオルガン(薄力粉)が約半々。“今回はどんなマニアックな粉が登場するんだろう?”と思っていたところ、どちらもごく一般的な粉。というのも、
「灰分が高いような難しい粉を使うと、上がりが悪くなるんですよ。この“普通の粉”が一番安定しているんです」
粉の知識が出てくると、ついどんなものにも“おいしい粉を”と思ってしまいがち。でも、今回の目的はふっくらふんわりとした食感。粉の特徴を活かした粉選び・・・これこそプロの技と言えそうです。


成形は丸めるだけとシンプルです


本捏ねが終わった生地は、1次発酵→分割→2次発酵と進んだ後、いよいよ揚げの作業へ。“さあ、始めるぞ〜”意気込む生徒さんを前に、ある人から怖〜いアドバイスが。
「実は○○先生の教室で揚げ物をやったときに、油が生徒さんの顔にはねて大変だったことがあるらしいですよ。気をつけてくださいね」
・・・。それを聞いた生徒さんたちはすっかり引き気味のようす。でも、慌てず慎重に作業をすれば大丈夫!中温の油に入れて暫くすると、こんがりといい色になってきました。


なんと、お店では油も有機と聞いてびっくり!


「揚がったらすぐにグラニュー糖をまぶして、その後、ラズベリージャムを注入します」
え?!でも、1個につき20gものジャムをどうやって入れるんでしょう?
「横に口金を差し込んで押し出せば大丈夫。ほら、こんな風に」
ポイントは生地が熱くてやわらかいうちに入れること。たくさんのジャムもするすると入ってしまうから不思議です。


たっぷりの砂糖、たっぷりのジャムもおいしさの秘訣


このベニエ生地、ジャム以外のアレンジも可能なのが嬉しいところ。
「お店では、この生地を使ったカレーパンも出しています。初めから包み込むやり方ではなく、後から絞りいれる方法ならゆるいカレーでも大丈夫。それに、僕の嫌いな包餡作業もしなくて済むし(笑)」
確かに、この方法なら効率もよさそう。甘い生地と辛いカレーの組合せも魅力的。他にも餡子やカスタード、チョコレートなど、いろいろ試してみたくなります。


ベニエ
ふっくらとしてたっぷりの砂糖をまとった姿がおいしそう!揚げたての香ばしさもたまりません。空気を含んだ生地は、見た目どおりにふわふわ〜。適度にもっちり感もあります。中には溢れんばかりのラズベリージャム入り。揚げたてを口いっぱいにほおばれるのも、手作りならではの醍醐味です!




【スコーン】
「パーティーシーズンなので焼き菓子もあると嬉しいですよね。というわけで、ラ・テールでも人気のスコーンを作ります」



クリーミングした後、次々と材料を混ぜていくだけ。発酵も必要ないのですぐに作れます


材料はリスドォル、塩、砂糖、ベーキングパウダー、卵、生クリーム、バター。まずはバターと砂糖を白っぽくなるまで充分攪拌しふんわりと。そこへ卵を入れ、粉類を入れ、最後に生クリーム入れて合わせます。ずばり、混ぜ方のコツは何でしょう?
「ありません(笑)。というのは嘘ですが、粉気がなくなればOK。それよりも、実は配合にポイントがあるんです」


成形は軽く丸めるだけ。このラフさがかえっていい感じに


特徴的なのは、生クリームの多さ。粉量の1/3以上も入ります。こうすることでサクサク感としっとり感が出せるとのこと。
また、生地を作ったら冷凍しておくことも可能。いつでも焼き立ての味が楽しめるところも魅力です。


スコーン
まるめただけの素朴な形が愛らしいスコーン。生クリーム効果で驚くほどさっくりほろほろ!ソフトクッキーに近い食感です。ミルキーな味わいと優しい甘さも好印象。コンフィチュールやクリームなど、いろいろつけて楽しめそうです。伊予かんピール入りはほろ苦さが効いています。




【ランチ】





ランチはトマトとズッキーニのキッシュ。なんと、パリのジェラール・ミュロさんに教えていただいたレシピというから気になります。
「普通はパータ・ブリゼとかで作ることが多いと思いますが、ミュロさんは専用のパータ・キッシュで。コーンスターチが入っているのであっさりするんです。それに対して、アパレイユは牛乳を入れずに生クリームだけで仕込んでいます。オーム乳業の九州産の35%クリームを使うとすっきりとしておいしいですよ」


キッシュの他、アシスタントの方が用意してくれたトマトのスープも


確かに、さっくりとした生地はとても軽やか。生地が軽い分、アパレイユの味わいが引き立ちます。それに、小さくて高さのあるセルクルで仕込んでいるから、形もおしゃれ!
「キッシュっていうと大きい型で焼いて切り分けるのが一般的。でも、冷めないと切れないから焼き立てを出せないでしょう。その点、小さく仕込めばそのまま出すことができます。それに、この形、見た目ほどアパレイユは入らないんです。お店にとってはコストがかからないのも嬉しい(笑)」
・・・ということは、お客さんにとってもお店にとってもプラスになるから一石二鳥?!




粉や酵母の違いを学んだり、イベント用の華やかなパンを作ったりと、一歩踏み込んだ内容でお送りした応用コース。特にシェフから現場の生の声を聞けたことは、生徒さんたちにとって何よりも励みになったのでは?是非これからのパン作りに活かしてもらえればと 願っています!