気がつけば、秋の味覚もそろそろ食べおさめ。応用コース2回目となった10月の授業では、今の季節にぴったりの、あるフルーツが登場しました。それは、葡萄の王様“巨峰”です。巨峰を材料として天然酵母を作り、その酵母を使ってパン・ド・カンパーニュを作ろうというのが、今回の一番の目玉。更に、アルチザン・フランスとヨーロピアンスティック、全部で3種類のパンを作って行きます。さすがは応用コース、今回も難易度が高そうですが果たしてどうなる?!


これが巨峰酵母。いかにもパンがおいしくなりそうな香りです

手始めに加藤先生がとりだしたのは、巨峰酵母が入った瓶。巨峰と砂糖、温水を入れて30時間ほどが経過したもので、これが一番発酵液種と呼ばれるもの。瓶の蓋を開けると、フルーティーで爽やかな香りが漂います。うん、この状態でも充分おいしそう!

「いい香りでしょう?こんな風にフルーティーな香りになっていれば、発酵が成功している証拠。一般的にはレーズンで作ることが多いけれど、今日はちょっとリッチにね。この種は冷蔵してあげると引き締まっていい状態に仕上がるんですよ。寒いところだと頑張って活動しようとするのは人間も同じでしょ」

一番発酵液種が成功していれば、第一段階はクリア。そして、ここから酵母の餌となる粉を足して行きます(種継ぎ)。種継ぎの回数が少なければ発酵液種に使用した素材の風味は活かされますが、種継ぎを増やしたほうが酵母の活動が活発になって発酵力が安定してきます。また温度によっても酵母の風味は変わってくるもの。こうした種の特徴を理解した上で、どんなパンを作りたいのか考えられるようになればプロになるのも夢ではありません。今回は計3回の種継ぎをした4番種を使用することに。まずは2番種を作成するため、巨峰の一番発酵液種と強力粉をミキサーボウルに入れて攪拌します。

「これで2番種の出来上がり。何分攪拌するかの目安はあるけれど、必ず生地の状態をチェックするように。あまり柔らかすぎると発酵しすぎちゃうし、かといって固すぎると発酵してくれないから。季節によって、また粉の種類によっても調節してくださいね」

とにかく見て、触って、香りを嗅いで、自分で感じることが大切なのです。

巨峰酵母から絞った液種はとても綺麗なワインレッド色


本来ならば3番種、4番種と種継ぎしていきたいところですが、とても時間が足りません。そこで、当日中に仕上げることができるようにと、加藤先生が4番種を用意してくれていました。続けて、パン・ド・カンパーニュ用の材料を計量・・・と思ったら、レシピにグラム数が記載されてない!?いったいどうして?

「今日は、皆さんに材料のパーセンテージを考えてもらおうと思って。一応目安の配合表があるから参考にしてもいいですよ。もう、応用なんだから大丈夫でしょう(笑)」

うーん、これはまいった!・・・と思っていたのはパナデリアだけ?生徒さんたちは意外と落ち着いていて、皆で楽しそうに相談しています。

「ライ麦と全粒粉合わせて○%くらいでどう?」
「塩は2.3%だと多すぎるか2.2%くらいでいきましょう」
「蜂蜜は入れたほうがいいかしら?」

打合せの結果、ライ麦と全粒粉合わせて35%のあまり重過ぎないレシピが決定。早速材料を合わせて攪拌し、室温でしばらく発酵させます。

アルチザンフランスのミキシング時間は90秒と短めに


発酵を待つ間に、今度はアルチザン・フランスの生地作りをスタート。

「アルチザンっていうのは、フランス語で職人っていう意味。つまり、このバゲットは職人がこだわりを持って作ったパンということになるかな。今日は私のオリジナルレシピを教えちゃうからね」

毎回いろいろなアイデアで楽しませてくれる加藤先生ですが、今回も何かありそうですよ。

「アルチザン・フランスの材料は強力粉、ドライイースト、粗塩、モルトエキス、水の5種類。これをミキサーで捏ねていきます」

材料を見る限りはごく普通のバゲットのようです。これをミキサーで90秒攪拌して取り出すと・・・以前作ったバゲットの生地よりもベタベタ、触ってみるとひんやり!

「ミキシング時間、捏ね上げ温度、そして発酵時間。全てが常識を覆すような製法なんです。きっと今まで食べたことのないような食感に驚くんじゃないかな?!」

この生地からいったいどんなバゲットが完成するのか、楽しみに待ちましょう!

ヨーロピアンスティックにはたくさんのカレンズとクルミが入ります


続けて、ヨーロピアンスティックの生地作りが始まります。

「これは粗引きのライ麦と強力粉で作る素朴な生地。カレンズとクルミを合わせると粉の75%も入っているからおいしいですよ。ゴツゴツとした固めの食感になるから、豪快にちぎって食べて欲しいパンですね」

説明を受けると、生徒さんたちは素早く作業にとりかかります。

「ちょっと水温が低いですね」
「生地の固さは、どう?」
「もう少し水を入れたほうがいいんじゃない?」


自分たちで判断しながらどんどん作業を進めていく姿は、もうパン屋さんそのもの?!というのは言いすぎかもしれませんが、着々とレベルが上がっていることは確かです。その証拠に、捏ね上がりの生地温は27.3℃とほぼ理想の仕上がりに。

「すごいじゃない」

と、加藤先生からも合格点をいただきました。すかさず、

「先生の指導の賜物です(笑)」

と答える生徒さん。返しもばっちり?!



3種類の生地の仕込みを無事に終えたところで、今度はランチ用の準備に取り掛かります。

「今日のランチはフレンチトーストとクロックムッシュとサンドイッチ。まずゆで卵を作りましょう。皆さん、作り方わかりますか?」

え、ゆで卵っていったら、卵入れた水を沸かして、10分ほど茹でればいいはず・・・。でも、何故か加藤先生は訳あり顔でにやにや。

「卵の凝固温度は約85℃。だから、たっぷりの水と卵を沸かしたら、火を止めて蓋をしておけば固まってくれるんです。半熟なら8分、完熟なら10分くらいかな。しかもこうして作れば、黄身も黒ずまないで綺麗な黄色に仕上がるんですよ」

なるほど。他にも、フレンチトースト用のアパレイユにアーモンドパウダーや練乳を加えてリッチな味わいにしたり、綺麗な黄色に仕上げるためにクチナシを加えたり、クロックムッシュのベシャメルソースにはシメジと玉ねぎのソテーをプラスしたり。本当にちょっとしたことですが、こうした工夫や気配りの積み重ねができるかどうかでお店のイメージが随分変わってくるのだそう。パン生地作り以外にも、おいしいパン屋さんになるためのヒントはたくさん転がっているようです。

この焼き色がたまりません!


黄色味が鮮やかなフレンチトーストに、ソースたっぷりのクロックムッシュ、具沢山のサンドイッチ・・・次々とランチ用のパンが完成していきます。ひと通り揃ったところで、そろそろランチタイム?

「ランチの前にやっておきたい作業があるから、もうちょっと我慢して頑張って」

そう、パン生地は待ってはくれません。お店では何よりもパンが優先。空腹感をぐっとこらえて作業を続けなければなりません。でも、おいしいパンを作るためと思えば大丈夫!

アルチザンフランスの生地は、
とにかく丁寧に優しく扱ってあげるのがポイント

一次発酵を終えたヨーロピアンスティックの生地。
固めでしっかり


早速仕込んでおいた生地をチェックしてみると、ヨーロピアンスティックの生地がいい感じに仕上がっています。これを分割してざっと細長くまとめたら、20分のベンチタイムをとるためタイマーをセット。次にアルチザンフランスの生地にパンチを入れます。パンチといっても、この生地は柔らかくて扱いにくいため、優しく折りたたんであげるようなイメージ。本当に効果があるの?と思ってしまいそうな作業ですが、これだけでもイーストが活性化されて生地がしっかりとするのだそう。繊細な作業に、つくづくパンは生き物なんだなと感じる瞬間です。

盛りだくさんのランチも講習会の楽しみの一つです


ここでひと段落、ようやくランチタイムがやってきました!加藤先生お手製のパンプキンスープも加わって、作業台も賑やかに。縦にカットした大きなフレンチトーストやリッチな味わいのクロックムッシュ、ボリューム満点のサンドイッチがあっという間に次から次へとお腹に入ってしまうから不思議です。というより、こんなにたくさんのおいしそうなパンを前にしたら我慢できない?!

ヨーロピアンブレッドの生地を成形。素朴なイメージに

パン・ド・カンパーニュはひとつ2kgに分割。すごい量です


お腹が満たされてほっとひと息・・・と思ったら休む間もなく次の作業が待っていました。ヨーロピアンブレッド生地を成形してホイロに入れ、発酵させている間に今度はアルチザンフランス生地を成形、パン・ド・カンパーニュ生地を分割してベンチタイムをとり、成形します。このカンパーニュ、ひとつが2kgもあるという大きいパン。こんな大きな塊をうまく丸めることができるのでしょうか?

「大きいパンも小さいパンと一緒。こうやって少しずつ巻き込んでいって均一にまるめてあげれば綺麗な形に膨らむんですよ。丸め込んでいく時に、大きい折りや小さい折りがあると変形したりいびつに膨らんだりするから気をつけて」

一緒とはいっても、やっぱり2kgの生地をまとめるのは大変!見るのと実際にやるのとでは大違いなのです。でも、こんな大きなパンを作れるなんて滅多にないチャンス。難しいといいつつも、皆、楽しそうに作業している姿が印象的でした。

コルプがなくても大丈夫。ボウルに麻布を敷いてパン・ド・カンパーニュの生地を発酵させます

クープを入れる作業は簡単そうに見えるのですが・・・

思い思いのクープが完成


そして楽しいといえば、焼く直前に行うクープを入れる作業もそのひとつ。

「力を入れないことと思い切りの良さ、この二つがポイント。ナイフを少し斜めに傾けて、上の皮を一枚切るような感じでやってみるといいですよ」

今回作成したパンの中でも一番気合が入るのは、やっぱりパン・ド・カンパーニュ!

「先生、私、こんな模様にしたいんですけれど・・・」

「どうなるか保証はしないけれど、好きなようにやってみて!」

格子模様の人、葉脈の模様の人、自分のイニシャルを入れる人など、思い思いにクープを入れたら石窯の中へ。さて、どんなふうに仕上がるのでしょうか。

バゲットは焼きたてを是非!


全てのパンが石窯に入り、暫くしてこんがりおいしそうな香りがしてきたら焼き上りの合図。次々と窯から出されたパンが並びます。粉を変えて2種類作成したアルチザンフランスは、大きなパン・ド・カンパーニュ、そしてごつごつとしたヨーロピアンスティック。人の顔より大きなパン・ド・カンパーニュが窯から出されると思わず歓声があがります。そして、焼き立てがお薦めのバゲットを早速いただいてみることに。

「すごく香ばしいでしょう。石窯の特性を活かせるようなバゲットを作りたい、そんな気持ちから何度も試行錯誤して出来上がった私のスペシャリテなんですよ」

バリンバリンと驚くほど軽快な食感のクラスト、しっかりとした弾力があって歯切れの良いクラムは、これまでにはない食感の良さと香ばしさで、ついつい食べ進めてしまいます。



理論も大事だけれど、何よりも長い経験にもとづく職人の“勘”が大切、と繰り返し強調する加藤先生。鋭い勘を働かせることが出来るのも、豊かな経験があるからこそ。一歩ずつ進んで行くその積み重ねが、自信につながっていくに違いありません。いつか生徒さんたちのスペシャリテが披露される日を、パナデリアも楽しみにしています!  

※パンの内容については、授業ごとに若干異なりますのでご了承ください





〜 今回作ったパンたち 〜


パン・ド・カンパーニュ

アルチザンフランス
(はるゆたかブレンドで作成)

アルチザンフランス
(リスドールで作成)


チーズフランス
ヨーロピアンスティック