3回目を迎えた応用コース。毎回、パン生地を大量に扱っているせいか、バゲットの成型やクープの入れ方にもすっかり余裕が感じられるようになってきました。 そこで、今回は特別にゲストをお招きし、新たなジャンル「ドイツパン」にチャレンジ。ドイツパンのことなら右に出るものはいないと言われる、あの「ベケライダンケ」の杉山大一さんがお忙しい合間を縫って、講師に来てくださることになりました。 同じパンといっても、酵母や粉の選び方、焼成方法などに違いのあるドイツパン。プロの教える極意をつかむことができるのでしょうか?

午前中は加藤先生による授業。前回も教えていただいたアルチザンシリーズの第3弾、”アルチザンバゲット”と、ランチにぴったりな”ピタ”を教わります。



「このバゲットはね、ライ麦粉を5%入れているんだけど、これがすごく重要。結構、生地の状態が変わります」

今回の生地は事前に加藤先生が仕込んでくださったもの。ライ麦でうっすらグレーを帯びた生地は、ちょうど発酵が終了した状態です。

「今回は少し固めにしたから扱いやすいはずです。成型とクープ、期待してますよ!この前以上のものができるはずですから。それから、300gに分割したら、この天板のサイズぴったりに成型してくださいね」

と、加藤先生からの愛のムチに、生徒さんたちの間に一瞬緊張が走ります。でも、そこは我らがパン教室生。先生の作るお手本にはまだまだ及びませんが、成型する手つきもバゲットの成型も様になっています。


ハリのある成型が理想

次はピタパンの生地を作ります。

「今日は午後からドイツパンだから忙しいよ。今日は責任を持って一人4枚ずつピタパンを焼いてもらうからね」

薄い生地がプクッと膨らんだピタパン。考えてみると、どうしてあんな風に膨らむのか不思議ですよね。

「うーん、それは作ってみてからのお楽しみ。注意は全部先に聞いてしまうとダメ。やってみてから最後にポイントを教えないとね」

となにやら企み顔。みんな、恐る恐る生地を手に取ります。丸い生地を麺棒で伸ばすだけの作業にどんな秘密があるのでしょう?

「あー、これは膨らまない人が随分出そうだぞ!」

との先生の指摘に、たまらず

「先生、教えてください!」

との声。

「うーん、しょうがないな。もっと、手粉を使わないと。こうやってたっぷりまぶさないと、生地が傷ついて膨らまないんです」

窯の中では、すでに平らなまま“お焼き”のように焼けたピタパンが続出。先生の言うとおり、失敗することでしっかりとピタパンのポイントがわかったようです。

右が成功。左は、片方だけ厚くなっています


そして、バゲットにクープを入れ窯へ。

「うん、これは今までで一番良いんじゃないの?」

と加藤先生も会心の笑みの出来栄え。勢いよく窯伸びし、クープがキリッと立ったバゲットは売り物にも負けないほどの美しい姿、しかも焼き立てが食べられるのですから、言うことなしです!
バゲットとピタパンにクリームチーズなどを塗り、野菜やハムをたっぷり挟んで、さぁランチタイムです。

ピタパンサンド2種に、ガーリックトーストやバゲットサンドの豪華なランチ!


そして午後からは、お待ちかねの「ベケライ ダンケ」杉山さんの登場です。
一足早く教室に到着していたのが、杉山さん曰く“棺桶セット”。日曜大工セットを入れるような大きな3つの箱の中には、55個ものコルプ、既に計量された粉、そしてドイツパンの命とも言えるサワー種などが入っていました。

「今日作るのは、ライ麦の配合量を変えた4つのドイツパン。ライ麦の量が30%の“Weizenmischbrot”、50%の“Mischbrot”、70%の”Roggenmischbrot”、そして100%の“Roggenschrotbrot”です。ドイツでは、パンの名前がライ麦のバロメーターになっているんですよ。例えば、“Roggen”はライ麦、“Weizen”は小麦粉の意味なので、例えば“Weizenmischbrot”だったら、“Weizen(小麦) misch(混合) brot(パン)ということなんです 」

とライ麦パンの名前の由来を説明。さすがはドイツ、合理的なネーミングですね。

赤いキャップがお似合いです!


「では、サワー種の計量をお願いします」

説明を受けると、生徒さんたちは素早く作業にとりかかります。
そういって渡されたのは、大きなビニール袋に入った大量のサワー種。この袋に小さな切り口を開け、ボウルの中にニュルニュルと搾り出すのですが、これがかなり大変な作業。3人がかりで必至に搾り出します。

かなり重さがあるので、持ち上げるのにもひと苦労


「ワッ、酸っぱい!」

ほんの少し指にとって舐めてみると、強烈な酸味、そしてエグミが口の中に広がります。かなり強い味わいなので、これだけ味見をするとドイツパンの酸味とはちょっと別物のように感じます。

サワー種に生イーストを加えて使用します


さて、計量が終わったら、ミキサーに水とサワー種を入れて混ぜ合わせます。
機械類に強く、ミキサーやそのフックなどの開発にも一役買っている杉山さん。実は講習を始める前に、熱心にミキサーとフックの調整をしていました。

「このミキサーはL(低速)が早いので、L5M2(低速5分、中速2分)のところをずっとLのまま5分回します」

種類や早さ、フックの形などによって、生地の状態が変わるミキサー。その役割の重要さを改めて実感します。

念入りにチェックします


「ライ麦が多い生地ほどミキシングはアンダー(少なめ)に。逆に、小麦粉が多い生地はミキシングを多めにします。ドイツパンの場合、あまりこねるとボリュームが出すぎてしまうので少なめにします。これはグル(グルテン)との関係。あ、グルって仲間のことじゃないですからね」

とさっそく、得意のギャグが飛び出します。

「講習中って必ず寝る人が出てくるんですよね。だから、寝かさないように、こうやってギャグを言うようにしているんですよ」

ドイツパン職人杉山さんのもうひとつの顔がこの話術。みんな、杉山さんワールドに瞬く間に引き込まれていきます。

ライ麦の少ない生地を並べています。
色の違いがわかるでしょうか?


ライ麦の少ない順から3つの生地を仕込み作業台に並べると、だんだんと色が濃くなっているのがわかります。生地に触ってみると、その感触にもかなり違いがありました。グルテンが少ないため、ライ麦70%の生地はかなりべた付いて扱いにくそう。さらに、ライ麦100%の生地は、まるでコンクリートを捏ねているようです。グル(テン)がないためほとんどつながりのない、まるで泥のようなグレーの固まりは、持ち上げるのにも一苦労です。

ベタベタと手につく感触はパン生地とは思えないほど


そして、生地の分割と丸めの作業です。
杉山さんが、やわらかい生地を手の腹でそっと向こう側に押しながら、生地を丸めるその手つきはまるで魔法。ボ−ルが生まれてくるようです。なめらかなその手つきを見ていると、自分でもいとも簡単に出来そうに見えるのですが・・・。

やわらかい手の動きに目が釘付け!


「あれ、こうかな?あれっ???」

と、すでに丸めは得意なはず生徒さんたちもかなり苦労していました。杉山さんの手元をしっかり観察し、指南を受けながらひたすら丸めます。

「お、いいセン行ってますねー」

だんだんと技を習得し、中には杉山さんからお褒めの言葉をいただく人も。

綴じ目を上にしてコルプへ


ベンチタイムを10分ほどとったら、成型した生地を、コルプ籠に入れて発酵をとります。

「籠はこうやって粉を隅までしっかり入れてくださいね」

と杉山さん。発酵した生地がくっつかないよう、たっぷりと粉をまぶします。

表面だけしか整えられていない成型は、発酵すると割れてしまいます(写真奥)

コルプから外し、ナイフで十字にクープを入れて焼成


ドイツパンの特徴はベンチタイムが長いこと。さらに、焼成の方法にも特徴があります。240℃の窯に入れたら、蒸気の摘みを全開にして、たっぷり注入します。

「スチームをたっぷり入れて、2分後に抜くのがポイント。ダンパーを開き、さらに窯の扉を少し開けてしっかりと蒸気を抜きます。そうしないと、火抜けの悪い生地になってしまうんです」

ブワーッと大きな音を立てて注入される蒸気は、他のパンではありえない量。家庭用のオーブンでは、温度があっという間に下がってしまうので、こういった作業はなかなか難しいもの。プロの窯ならではの迫力に圧倒されます。

型をはさみ、蒸気を逃がします


そして焼き上がりを待つ間は、講義タイムです。今回のレシピを見てみると、サワー種の材料として、ライ麦、水、そして初種とあります。サワー種を作るのにまた種が必要?一体どういうことなのでしょうか。

「初種は水とライ麦から作ります」

そう言って取り出したのは、6つの丸が階段になったようにつながった表。

「ボウルをきれいに消毒し、ライ麦100%と水100%を捏ねたものを入れてラップをします。この時、呼吸ができるようにラップに穴を開けておくこと。あまり温度が低くない状態で、一晩に1回混ぜると良いですよ」

これが1つ目の丸になっている1日目の工程の説明。初種を作るのには、まだまだ時間がかかります。

「2日目に、ライ麦100%、水100%、そして1日目の10%を捏ねます」

これが丸の2つ目。つまり、この作業を6日繰りかえすとやっと“初種”ができるのです。

「この種の作り方をDEF(デトモルト一段階法)と言います。ドイツには、さらにこの種からいくつかの工程を重ねる二段階法、三段階法などがあるのですが、非常にわかりにくいので私は一段階法を提案しています」

難しいサワー種はじっくり図解。勉強になります!


そして、サワー種の出来上がりの目安になるのが、pH(ペーハー)。これについては、

「サワー種に必要なpH(ペーハー)は3.8〜3.9程度。最初はpH6.5位なんですが、6日目になるとpH3.8くらいに落ち着きます。pHを測るには、リトマス試験紙のようなpH試験紙が便利ですよ」

試験紙と聞くと、まるで化学の実験かなにかのようですが、一番簡単で便利な方法なのだそうです。

「種起しは鮮度の良いライ麦ほど作りやすいですね。今回は江別製粉のライ麦粉を使いましたが、これに市販の戸倉商事さんやパシフィック洋行さんから出ているスターターを使用すれば、もっと簡単に作れますよ」

今までとは違う種の作り方に、興味津々な参加者たち。色々な質問が飛び交います。

「10%を使った残りの生地は、どうするんですか?」

「それは捨てます」

えー!たった10%しか使わないなんて、もったいない!とのブーイングに

「もったいないと言っても、皆さんの手粉の量より少ないくらいですよ」

と辛口のギャグが。

「いや、パン屋には焼いて使ったりと、実は色々方法があるんですよ」

と、本当は隠れた使い道があるよう。杉山さんは、1人秘密めいた笑みを浮かべていました。ちなみに、できあがった初種は、冷蔵庫で2,3日は保存可能。冷凍もできるそうです。

たくさんのドイツパンを前に、嬉しい悲鳴


そうこうするうちに、ライ麦パンが次々に焼き上がりました。部屋中に立ち込めるライ麦の香ばしい香りがたまりません。まだ温かいですが、さっそくカットして試食タイムになりました。 どちらかというと日持ちするイメージのあるドイツパンですが、焼き立てのおいしさは格別。ムチッとやわらかい生地からホカホカと湯気が立ち昇り、ほのかな酸味とライ麦の香りが鼻腔をくすぐります。

「わー、おいしい!」

ライ麦と小麦粉、種、塩、水だけとは思えない、深く濃い味わいには思わず言葉を失うほど。ライ麦の含有量によっても甘みや食感が全く違い、それぞれのおいしさが楽しめます。もちろん、それだけで充分おいしいのですが、ドイツパンの楽しみはやはり他の食材との組み合わせ。チーズやバター、ハムまで登場して、ひとしきりドイツパンを楽しみました。


今までとは一味違う、新たなドイツパンの世界に触れた今回の講習。バゲットにパン・ド・ミ、デニッシュに調理パンと回を重ね、パン作りにもかなり慣れてきましたが、まだまだ世界は広いようです。 おいしいパンをたくさん食べ、自分の目指す味に出会う・・・。いつかパナデリア石窯パン教室の生徒さんたちが自分の思い描くパンを作れるようになる日がくることを、パナデリアも楽しみにしています!

※パンの内容については、授業ごとに若干異なりますのでご了承ください




〜 今回作ったパンたち 〜


アルチザンバゲット

ピタ

Weizenmischbrot


Mischbrot

Roggenmischbrot

Roggenschrotbrot