フランス菓子16区
三嶋 隆夫さん
『若者へ』

   


[三嶋さん、厳しい」とはよく言われますよ。自分では"厳しい"という意味がよくわからないんだけどね。僕はただ、例えば、相手の顔を見て「おはようございます」と挨拶するとか、当たり前のことを当たり前に求めているだけ。できなければ怒りますし、それでもできない人は要らないと思っています。だって、ここは僕の店ですから。


店をやるためには、まずお菓子を作る技術が大事。これを伝えたり教えていくのは僕らにとってひとつの大事な役目です。それから人間面。ここで修業し、独立した弟子達の店をみると、多くは上手く行っているけれど、中には上手く行っていないところもある。その差は人間面なんだよね。人間的にちょっとなあというやつの店は、味に問題がなくてもなぜか客が集まらない。不思議なもんだよね。

僕は"就職"と思って、店に人を入れます。製造、接客、事務系とそれぞれ別で採用しているんですよ。まずは仕事ができないと困りますが、これは真剣にやれば誰でも覚えていくでしょう。

働く中で、僕という人間の良さも、そして悪さも分かっていくはずです。時には反発したくなることもあるかもしれない。でもここは会社なんです。「社員である以上、うちの役にたってくれ」、これは面接の時から僕が言うセリフ。働いている人にとって、ここにいる期間は結果的には"修業"となるだろうけれど、ここは会社、就職しているからにはりっぱな社員です。会社の利益を上げるために貢献してもらわないとね。この環境で働く中で、「自分は店の役にたっている」という気持ちを持てることが大事だと思うんですよ。それが自信になっていくはずです。存在感を得て働いていたか、それがなにより大事だと思うんです。



僕自身の若かったころの話をすると、フランスにいた時、技術とは別に「パティシエとはかくあるべき」と身をもって教えてくれた人がいます。

パリのある店に雇ってもらえたときのこと。当時言葉もできなかったし、自分が抜けたってあとには働きたい人がたくさん待っている。使えなかったらすぐクビにされるし、そうしたら与えられた小さな部屋もすぐ出て行かなければと、最低限の荷物しかほどくこともできずに日々過ごしていました。でもある日、僕が仕事中やったあることで、「おまえなかなかやるな」と、ムッシュが金歯を見せながらニーっと笑顔を向けてくれたんです。今でもその笑顔はすぐ思い出せますよ。あの笑顔を見たとき、ああこれでクビにならないと確信したんです。嬉しかったしほっとしましたね。部屋に帰って妻に、「絶対クビにはならないから、心配せず全部の荷物をほどいていい」と言ったんだけど、妻は信用しなかった。その後も1ヵ月、荷物をほどかなかったですからね。それから14ヵ月、僕はムッシュの姿をみて、色々学んだわけです。


技術を教わったことより、パティシエとしての姿を学ばせてくれ、"この人にはかなわない"とまで思わせてくれた人は、こうしていつまでも心に深く残っているもの。離れても、常に記憶に師がいるというのは心強いものです。

今の若い人も、どこかでこういう師に巡り会えますように! そして信念に沿って、力いっぱい仕事をせい!!





フランス菓子16区
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