(※講習会のようすから先に読んでいただくと、より楽しめます→http://www.panaderia.co.jp/members2/event_report/2008/seminar_koyama/index.html

小山 進シェフの取材のため、代々木上原にあるドーバー洋酒貿易を訪れたのは10月27日。
厨房ではスタッフが打ち合せをしたり、慌しく出入りしたりと、翌日の講習会準備の真っ最中。そして、作業台の前には、ショコラのデコレーション作りに取りかかるシェフの姿があった。厚さが1〜2mmほどしかなさそうなごく薄のショコラを前に、ただならぬ緊張感が張り詰めている。
「○○、後はこれをこうしといてな。あ、それはこうやで」
機敏に動き、即座に指示を出す。パワフルでスピーディーな仕草に圧倒されてしまう。

向こう側が透けて見えそうなほど、薄い葉っぱの飾り。「ラミチエ ド カカオ」の上に乗せる時も慎重に


「すいません、お待たせしました!・・・さて、何からお話ししましょうか?」
取材が始まると厳しい表情から一転。気さくに笑いながらも、まっすぐにこちらを見つめる。話す意欲も満々でサービス精神に溢れている感じだ。今回はチョコレートにまつわるあれこれを伺いたいと伝え、まずは、エクアドルでの体験談から伺うことに。
「とにかく、色々なことが“つながる”旅でしたね」
つながる・・・開始早々に飛び出した“キーワード”らしきもの。いったいどんな意味が込められているんだろう。
「エクアドルでは、KAOKAが手がけている農園を幾つかまわりました。そこではカカオの木を見たり実を食べたり、発酵過程をチェックしたり・・・。目と舌と頭に、カカオをインプットしてきたわけです。そして改めてKAOKAのチョコレートを食べたとき、全てがつながった。ああ、そういうことだったんだって。つまり根っこの部分を知ったことで、カカオとチョコレートがひとつになった。頭で理解していただけとは全然違うんですよ」

講習会の最後は、エクアドルでの体験談に。これは葉が生い茂るカカオ畑のようす


現地では誰よりもたくさんカカオの実を食べた。白い果肉の部分(パルプ)を口にした時のヌルッとした感触や、甘酸っぱい味わい、更には発酵過程の豆の香りなど、あらゆる角度からカカオを頭に叩き込んできた。そうした中で最も衝撃的だったのは、“カカオはフルーツなんだ”という事実。しかも、驚くほどおいしかった。“ライチに似た味ですよね”そうもちかけると、目をキラキラと輝かせながら、
「え?食べたことあるんですか?すごいでしょう!フルーツの甘み、旨みがあって、ピンときました。ああ、チョコレートっていうのはフルーツの味や香りが活きてるんやって。味はマンゴスチンとライチを合わせたような感じかなあ。で、帰国後いろいろ試したら、グアバとライチを合わせると結構似たものになったんです。その組み合わせでボンボンショコラ【ダニエル】を作ってみようかと」
そう言われて、グアバとライチ風味のガナッシュをコーティングしたボンボンを思い浮かべてしまった。だが、これは半分だけ正解。というのも、フルーツとしてのカカオを表現したい、シェフならではのこだわりがプラスされているからだ。


カカオ豆の発酵のようすをチェック。時間を追うごとに香りが変化していく※




「中は、ガナッシュとクリームの2層仕立てになっているんです。そして両方にグアバとライチのピューレを使っている。特にクリームがポイントで、これは、2種のピューレと生クリームを110℃くらいまで煮詰めたもの。ピューレの糖が煮詰まってフルーツキャラメルのような仕上がりになる。ゆっくりゆっくり火を入れて焦がしていくと、どこか発酵にも似た“旨み”みたいなものが生まれるんだと思います」
翌日の講習会でこのダニエルを口にしてハッとした。とろんと柔らかいクリームがサントメ66%のガナッシュと重なりあい、深いコクと複雑な旨みをもたらしている。まるで熟した熱帯フルーツを食べているかのような味わいが、カカオのパルプを思わせる。シェフが現地で受けた衝撃がそのまま伝わってくるような味わいだ。


木の幹に直接実がなるというのが、カカオの面白いところ※


他に、チョコレートとバナナを組合わせたケーキ「ラミチエ ド カカオ」も、つながりを意識した一品。
「KAOKAではナショナル種というカカオを有機栽培しています。これは直射日光に弱い品種。大量生産型の品種の木と違って、直射日光を遮るためのバナナの木(シェードツリー)がないとうまく育たない。バナナとカカオは共存していたんですよ。もちろん、昔からバナナとチョコはものすごく相性がいいって思っていました。けれど、それがこんなところでつながっていたなんて。早速、バナナとのコラボレートケーキの試作にとりかかりました」
バナナとチョコといっても、よくあるチョコバナナ味のムースではつまらない。カカオの味を知った今だからこそできるものはないだろうか・・・。そこで思いついたのが、カカオの豆を感じさせるパーツをメインにすること。
「牛乳にカカオニブを浸して香りだけをつけたものを使ってホワイトチョコレートのムースを作り、それをエクアトゥール70%のムースと、バナナのジュレ、バナナのクリームのまわりに配しました。外側がカカオのムースで、中にバナナが入っているものって、あまりないでしょう?」
こうしてシェフが作りたかった“フルーティーなバナナケーキ”が実現。カカオとバナナ、それぞれのフルーツの味が活き、ショコラのムースがそれを引き締める。いわゆる“チョコバナナ”のイメージで食べた人はびっくりするかもしれない。
「つまり、チョコレートを、カカオという目からと、フルーツという目からと、チョコレートっていう目からと、三方向から捕らえたことに・・・あ、今のええなあ。明日使いたいから覚えといて下さい(笑)」


カカオの実を割ると、真っ白い果肉が!中には何十粒もの種子(カカオ豆)が詰まっている


次々とテンポよく台詞が飛び出し、こんな調子で取材が進んでいくのだから面白い。「僕の話、後でまとめるの大変ですよ」との言葉通り、気がつけば、全く違う方向に話が及んでいたりする。
「僕ね、ミュージシャンとか写真家とか指揮者の方とか、いろいろな方面の方と親しくさせていただいています。そこで良く、“発想の原点って何?”って話をするんです。僕の場合は“路地遊び”ですね。実は、生まれが京都の五条。表通りは交通量が多くて出られないから、路地で楽しむしかなかったんです」
子供時代は、細くて狭い路地の中が全てだった。そこで昔からの遊びをしたり、時には自分なりのエッセンスを加えて新しい遊びを見つけたり。長方形の限られた面積の中でいろいろな可能性を考え、工夫したことが、今のお菓子作りに生きているという。
「丸いケーキの中にどんな素材を閉じ込めようか、どんなデコレーションをしようかって考えるのと同じですよね」
そして責任感が芽生えたのも路地の中。
「だって、例えば隣の家の盆栽を割ってしまったら、路地だから逃げようがない。腹くくって『すみませんでした!』って頭を下げて。もう、命がけでしたよ(笑)」
時に身を乗り出したり言葉に力を込めたり。関係ないと思っていた話題 も、実は根っこの部分でつながっていたようだ。あるものごとの中にどういう意味が 込められているのか、何故大切なことなのか・・・シェフはあらゆる角度から伝えよ うとしていたのだ。

木箱に果肉を入れ、上にバナナの葉で蓋をして4日ほど発酵させる。チョコレートらしい香りが生まれる大切な作業

発酵を終えたカカオ豆は、まず屋内乾燥場で乾燥させる。いきなり直射日光を浴びせると酸っぱくなってしまうのだそう※


やがて好奇心旺盛な少年はロックにはまり、学生時代には友人とロックバンドを結成。ライブハウスでの演奏活動を通じて“人を楽しませる”楽しみを知ることになる。“どんな曲目にしようか”“どうやって見せ場を作ろうか”日々そんなことを考えていた。
「今もあの頃と同じ感覚で創作活動をしています。どんな仕掛けにして、どうやってお客様に楽しんでもらおうか・・・その想いを菓子やパッケージや店に託すわけです。アーティストが歌詞に想いを乗せるようにのと同じように」
パティシエ エス コヤマの敷地内にキャトリエンムショコラ・進をオープンしたのも、そんなお客への想いが発端だった。
「コヤマをオープンしてから2年後にショコラトリーをオープンしたわけですが、きっかけはドラマチックなものではないんですよ。小山ロールを買うのにたくさんの列ができてしまうのが申し訳なくて。そんな時、“今日はちょっと時間がないから、ショコラのあれにしよ”ってパパッと買って帰れる店があれば嬉しいだろうなと。本来ならパティスリーが軌道に乗って、5年くらいしてから始められるといいんでしょうけれど」

KAOKAのアンドレ社長と小山シェフ※


パティシエ エス コヤマは、広大な敷地内に、パティスリー、ショコラトリー、ブーランジェリー、コンフィチュール&マカロン専門店、カフェにスクールなどが併設されている。たくさんのワクワクが詰まっているから、店に行くこと自体が楽しい。そんな小山ワールドの中でのショコラの位置づけはと言えば、
「誰もが好きな食べやすいものから通好みのマニアックなものまで、幅広く揃えたいですね。まあこれは全てのお菓子に言えることなんですが」
先の事情もあって早い段階でショコラトリーをオープンさせたため、ラインナップには気を使った。まずは食べやすさを考えて、優しい味わいのものを。カカオの苦みや渋みを抑えたチョコレートを選び、また、洋酒を使う場合も極力控えめにと考えた。とはいえ、風味付けやパッケージで充分個性をアピールすることはできる。宇治抹茶を使った「抹茶」や京番茶の香りを閉じ込めた「京番茶」などのボンボンショコラを考えたり、山中塗のギフトボックスを用意したりと、和を意識させる作りこみが目を惹く。
「せっかく京都に産まれたんだから、京都らしさを散りばめたい。小さい頃からチョコを食べる時は京番茶を飲んでいたから、その相性がいいことは知っていたし、抹茶の味も誰よりもわかっているという自負があります。仮にヨーロッパの人がやってきたとしても、“これが僕たちのショコラです”って自信を持って紹介できる。ヨーロッパそのままのショコラを広めるよりも、自分の得意なショコラを作って、“あの日本人は何なんだ?”と言ってもらえたら嬉しいですね」
事実、フランスパティシエ界の重鎮、イブ・チュリエス氏が来店した際に、大徳寺納豆やゆずなどの和素材を使ったボンボンショコラが彼の心を捉えたという。ルレ・デセール会長のフレデリック・カッセル氏や、リヨン近郊にショコラト リー&パティスリーを構えるリシャール・セヴ氏なども、小山シェフならではの店作 りに興味津々だったようだ。単なる物真似では終わらせない。京都人ならではの感性が評価されたのだろう。

今年のバレンタインに好評だった、キャトリエンムショコラ・進の「心粋」。山中塗を施した深紅の化粧箱に、シェフおすすめのショコラを詰め合わせた※


そして、ショコラトリーオープンから3年ほど経った今は、第2段階だという。料理的な発想を取り込んだ「パプリカ・サンギーヌ」や芳醇なウィスキーの香りが漂う「スプリングバンク(シングルモルト)」など、少しマニアックなものも登場するようになった。更に、カカオらしさを強調したいからと、コーティングチョコレートを変えることに。そこでKAOKAに目をつけたというわけだ。
「もちろん、KAOKAの存在は前から知っていました。でも、店を始めた頃は、まだ使える時期ではなかった。物事には順番があって、それを大切にしないといけないから。本当にやりたいと思っていたことが形に出来る時期に来ているんだと思います」

カカオ農園の息子、ダニエル少年と。※



さて、話をエクアドルに戻そう。
「KAOKAの農園をいくつかまわった中で、とても印象的な出会いがあったんです。ダニエルという少年が、僕にいろんなことを教えてくれました」
実は、先に紹介したボンボンショコラ【ダニエル】は、この少年にインスピレーションを受けた作品だ。9歳のやんちゃな坊やダニエルは、あるカカオ農家の長男。母親の目を盗んでカカオの実を割って見せてくれたり、馬に乗って何十頭もの牛を移動させたり。得意げになってあれこれ教えてくれたそうだ。
「ダニエルに将来何になりたいかって聞いたら、カカオ農家ではなくてサッカー選手って言うんですよ。残念だなあ。それは両親のしんどい仕事を見ているからかもしれない。でも、彼の口ぶりからは“俺はカカオ農園の息子だ”っていう自覚と誇りが確実にあったんです。僕も、ああ、こういう子が継ぐべきやって強く思いました」
仕事がつらいのは、祖父の代から受け継がれた仕事をそのままこなしているだけだから。

大きな麻袋をしょってコンテナの中に運ぶ作業を何度も繰り返す。もっと効率化できれば・・・




何十kgもある麻袋をコンテナに運ぶ作業も、いまだに人の手で行われていた。シェフが見た限り、それをベルトコンベアーに変えるだけでもかなり仕事は軽減されるはず。そうしたことを積み重ねていけば、きっと親の仕事を継ぐ気になるのではないだろうか・・・。そんなダニエルへのエールが、もうすぐ形になる。
「今度、『ダニエルのカカオの木』っていう板チョコを出すんです。もちろん、KAOKAのチョコレートを使ったもので。“僕とダニエルの旅”というイメージを知り合いのアートディレクターさんにお願いして、とても素敵なデザインに仕上がりました。僕としては、是非、ダニエルがお父さんの仕事を継げるような環境になったらええなあと思っています」
何も、初めから“オーガニック”とか“フェアトレード”とかいった、KAOKAの精神に賛同していたわけではない。実際に現地で見て聞いて、生産者とつながったことで得た素直な気持ちがあって、それを作品にしているだけなのだ。
「“つなげる”ためには、本の中だけではダメなんです。やっぱりいろんなところに行っとかないと、見とかないと。機会があったら、是非、エクアドルに行かれるといいですよ」
まっすぐで力強い眼差しは、妙に説得力がある。





「産地に行って現場を見たり、生産者の方と話をするのが面白くて。そこからたくさんアイデアをもらっています」
現地で得たインスピレーションがどんな風に花開くのか、自分自身でも見てみたいとシェフは笑う。コヤマのお菓子には、いつだって未知の可能性が秘められている。(2008.12)

※印の写真提供:パティシエ エス コヤマ






パティシエ エス コヤマ 
住所 兵庫県三田市ゆりのき台5-32-1 
Tel0120-086-489
Fax079-564-3197
営業時間10:00〜18:00
定休日水曜(詳細はウェブサイトをご覧ください)
アクセス 中央自動車道神戸三田ICから約10分
URL http://www.es-koyama.com/






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