江戸の情緒が息づく、歴史ある神社や老舗の料理店が並ぶ神楽坂。最近放映されたテレビドラマの影響か、休日には散策に訪れた人並みでにぎやかだ。
通りを一歩外れると、静かな住宅街が広がり、おだやかな暮らしの呼吸に引き戻される。赤城神社の朱色の鳥居を横目に急な坂道を下ると、小さなパティスリーの看板が姿を現す。

ガラス張りの明るい外観。店名の『A』とケーキをモチーフにした看板がキュート。



凛とした表情のフレジエに、しっかりと火の通ったタルトレット。焼き菓子も種類が多く、作り手の愛情が伝わるお菓子達。奥からあらわれたのは、パティシエールの三谷智恵さん。小柄で可愛らしい女性だが、ケーキに込められた想いは特別なものがあるはず。

「元々、フランスが大好きで。お菓子作りは以前から趣味でしたが、フランス菓子に目覚めたのは、渡仏してからですね。OL時代にお金を貯めて、2回フランスに渡りました。1回目の渡仏では1年間語学留学をして、最後の3ヶ月だけ、パリのコルドンブルーに通いました」

帰国後、結婚。これを機に退職し、当時住んでいた江戸川区のパティスリーで働き始めた。
2店舗で3年間修業。もう一度、学校でしっかり勉強しなおそうと、ご主人の承諾のもと、1年間パリに渡り、再度コルドンブルーに入学。スタージュを終え、2006年の8月に卒業した。

「お店を持てるなんて、最初は思っていなかったんです。教える側に立つとか、別の方向でお菓子とは関わって行こうと思っていたのですが・・・。『やってみたら』と、背中を押してくれたのは主人でした」

接客を担当するご主人と。
「開業が実現したのは彼のおかげです」



サラリーマンだったご主人も、今は接客担当として店に立っている。三谷シェフの人生の大きな支えとなっている、かけがえのない存在だ。シェフ自身も、店頭で接客に立つ。お客様に一番おすすめするのはフレジエだという。

「絶対にやりたかったのはフレジエだったんです。日本ではショートケーキが人気だけど、フランスでフレジエは、パン屋さんでも売られているようなポピュラーなもの。さっぱり、フワフワしたものが好まれる日本で、バターをしっかり使ったどっしりしたフレジエの美味しさを紹介したいと思いました」

フレジエ ¥480


フォークを入れるとジュワっと染み出るほどアンビベされたビスキュイ、コクのあるムースリーヌ・・・これほどまで本格的なフレジエは、他に類を見ない。三谷シェフの思い入れの強さを感じさせる代表的なケーキだ。

「でも、フランスのものを全くアレンジしないのではなくて、私が紹介したいなと思うフランスの味を、自分の舌を通して一番おいしいと思う形で売っていきたいのです。“エクレールルージュ”も、フランス人が大好きなフランボワーズのおいしさを伝えるために、あえてイチゴではなくフランボワーズにしたかった。酸っぱいのでは・・・と二の足を踏まれるお客様もいらっしゃいますが、実際に食べて少しずつ理解していただけたらと」

素材のひとつひとつも、三谷シェフは自分の目で、舌で確かめながら選択している。

「フランスに行って最も衝撃を受けたのはバターの美味しさです。日本で、一番フランスのものに近いなと思ったのは、明治の発酵バター。これを焼き菓子に使用しています。卵は、富山県の“セイアグリー健康卵”を仕入れて使っています。素材についてはまだ勉強中ですが、自分が食べておいしいと思ったものを使っていきたいです」

作り手の愛情が伝わる、丁寧な仕上げのケーキがショウケースを彩る。


厳選した素材を贅沢に使用したアミティエのケーキ。「材料の値段がはってしまうのが悩み・・・」というが、本物の味を提供しようというシェフの思いは、素材にも妥協を許さない。
焼き菓子への思い入れも人一倍強い。それは、語らずして食べた者をうならせる味わいが証明している。

「やはりこれも、バターの香りを活かすような焼き菓子を売っていきたいと思っているんです。ガレットブルトンヌやディアマンなどフランスの伝統的なものから、アミティエオリジナルのサブレ・メゾンがおすすめです。」

花形の可愛らしい「サブレ・メゾン」。ほんのり塩気と、パリッと軽快な歯ごたえが特徴的。一枚、また一枚・・・と手が伸びてしまいそうな、おやつクッキー。フランスのパン屋さんでざっくり袋入りで売っていたサブレがイメージ。おせんべいのように気軽に食べてほしいと、サロンでは、ドリンクのサービスとして提供している。


アミティエ自慢の焼き菓子。バターの旨みが活きている。




三谷シェフのセンスが光るフランス菓子の数々。店を開業するにあたり、神楽坂の地を選んだのには理由が?

「場所には、こだわりがありました。神楽坂周辺にはリセ(在日フランス人学校)があることから、フランス人が比較的多く住んでるんですね。それに伴ってレストランや本屋などフランスのものを扱うお店も多く、日本人のフランス好きが集まる地域でもあるんです。私自身、この近くの語学学校に通っていたこともあって、いつかお店を出すんだったら、神楽坂で・・・というのが夢だったのです。」

フランス好きの女性らしさが溢れる、可愛らしく飾られた店内。


神楽坂から徒歩4分という立地も手伝ってか、特に週末は人足が途絶えない。地元の人たちのみならず、遠方からのお客様も多い。

「実は、なかなかお店に足を運べないお客様の為にも、インターネットで焼き菓子を販売していきたいと思っているんです。焼き菓子は日持ちもするし、食べる場所を選ばないので、インターネットで売るのにマッチしていると思うんです」

OL時代に、IT関係の仕事をしていたという三谷シェフ。店のホームページも自ら手がけており、WEBの特性を利用して情報発信や販売をして行きたいと積極的だ。デジタルに強いという、いまどきの一面も合わせ持つ。

「日々、勉強しながら仕事をしています。私にとって、これからが修業。まだ納得できない部分もあるので、ちょっとずつマイナーチェンジして自分が本当においしいと思えるものを出して行きたいですね。昨日より今日、おいしいお菓子を作れるように」

控えめながらもまっすぐに語る三谷シェフの眼差しの先にあるのは、神楽坂のずっと向こう・・・。
アミティエの厨房から立ちのぼる甘いバターの薫りが、神楽坂とフランスの町を繋ぐ。フランスで感動したあの味を、この地で、この手で実現するために。(2007.5)





パティスリー・サロン・ドゥ・テ アミティエ 神楽坂
住所 東京都新宿区築地町8-10プリモ・レガーロ神楽坂1F
TEL&FAX03-5228-6285
営業時間10:00〜19:00
定休日火曜