昨年10月、川口市にアルカイクがオープンした。オーナーシェフの高野幸一さんはクレモンフェラン、オーボンヴュータンを経て渡仏、帰国後はオーベックファンでシェフパティシエとして名を知られてきた方。オーナーパティシエになり、これからどんなお店を作り上げていくのだろう。早速新しいお店のお菓子作りについて伺った。



「売れるためのお菓子ではなく自分が好きなものを作っていきたいという想いや、基本的なお菓子のラインナップはオーベックファンのときと同じです。もちろん、経験を重ねるごとに完成度は上がってきてますよ」

「シンプルで素朴なお菓子が一番」と話す高野さん。店内で目に付くのはバタークリームを使った重厚なケーキや伝統的地方菓子などクラシックなお菓子たち。店名のアルカイク(古典的な、クラシックな)という言葉がぴったりくる。その中でも、セック、ドゥミセック、ヴィエノワズリなどの焼き菓子が充実している。その数は70〜80種にもおよぶ。

 


「子供の頃から焼き菓子が好きでした。自然な焼き色を見ると、ああおいしそうだなって思えて」

オーベックファン時代から高野さんの焼き菓子は定評があった。聞くと、生ケーキ以上に作る面白みがあり奥が深いのだそうだ。どんなところに魅力を感じているのだろう。

「焼き菓子の工程はとてもシンプルです。シンプルゆえに作り方一つ、焼き方一つで表情ががらりと変わってしまう。そこが面白いんですよ。例えば、このショーソン・オ・ポンム。通常はバターを小麦粉の生地(小麦粉、水、塩を合わせたパイの基礎生地)で包んで折り込むフィユタージュ・ノーマル(以下ノーマル)を使うことが多いと思います。でも、僕が作るのはフィユタージュ・アンヴェルセ(以下アンヴェルセ)。この生地はノーマルの生地とは逆に、小麦粉の生地をバターで包んで折り込んでいくんです。すると、ノーマルの生地よりも繊細で柔らかい口当たりのフィユタージュができる。食べた時に、リンゴのコンポートと馴染んで一体感を感じてもらえると思います」

早速いただこうと手にすると焼き色が薄いことに気づいた。

「焼きこんだほうがおいしいものもありますが、アンヴェルセの場合は粉に火が入りやすいので、焦げて苦みが出てしまう。だからノーマルと違って焼ききらないほうがいいんです」

なるほど。その思いは口にしたときに一層強くなった。バターの風味が豊かな生地はノーマルに比べるとほろほろとしてもろい食感だ。その繊細さが織り成す生地とコンポートとの一体感がいい。

「今はアンヴェルセで作っていますが、次いらした時は変わっているかも知れません。僕はどんどんリニューアルしちゃうから(笑)」



このショーソンにもいえることだが、アルカイクのお菓子はフランス伝統菓子をベースにしている。そこには古くから語り継がれてきた素朴なおいしさがある。そのおいしさをお客様にわかってもらうにはどうしたらいいのか―。高野さんが出した答えはパーツにこだわるということだった。粉を変え製法を変え、よりよい生地やクリームができないかと試行錯誤する。だから、出来上がりの見た目は同じでも味はどんどん進化していくのである。

「おいしいものを作るためには素材選びが大切。でも、素材のクオリティにこだわっていくと、どんどん原価が高くなっちゃう。オーナーになったんだから、本当は原価のことも考えないと(笑)」



もちろん、生菓子についても同じことが言える。

「生菓子なら、繊細なものよりもビスキュイにバタークリームといった古典的なものが好きですね。バタークリームって聞くと、皆さんしつこいとか重いイメージがありませんか?でも、本当は生クリームに負けないくらいおいしいものなんですよ」

そして勧められたのがフランボワーズのバタークリームとビスキュイを層にしたケーキ、ガトーフランボワーズ。食べてみてまず感じたのがしつこくない!ということ。それまでのバタークリームのイメージとは明らかに違う。バタークリームっておいしかったんだ、と改めて驚かされる。

「バタークリームといっても口溶けが軽いでしょう?それはフランボワーズピューレがバターと同量入っているから。フルーツの酸味が後味をすっきりさせてくれるんです。こんなふうにフルーティーに作ればバタークリームが苦手な方にもおいしく食べてもらえるじゃないかな」

さらりと話すが、フランボワーズピューレとバターを混ぜる、これが実はなかなか難しいそうだ。そのため何度も試作を重ねてようやく完成したという。高野さんは全てのお菓子について、外見以上に中身にこだわる。見えない部分での工夫が施されているのだ。

 

「でも一番大切なことは」

高野さんはこう付け加えた。  

「作り手の、職人の愛情をお菓子に込めてあげること。どんなに良いレシピでも、機械的に作っていたら絶対においしくはならないから。そのことはスタッフにもしっかり伝えています」



高野さんがお菓子に込める想い、それはお菓子の話をするときの優しい目の表情に表れている。そしてその愛情はアルカイクで働くスタッフに対しても同じように注がれているようだ。

   
 

最後に厨房を覗かせてもらった。ゆったりと作られた厨房は都心では考えられないほど広い。真ん中には大きな作業台が2つ、ひとつはショコラ専用のものだそう。さらに効率よく仕事を進めるため惜しみなく機材が導入されている。男性2名、女性2名の計4名のスタッフがのびのびと仕事をしている様子が伝わってくる。

「今は女性のパティシエが珍しくない時代。そして男性もそうですが、パティシエという職業にあこがれてやってくる人がたくさんいます。現実的にはパティシエの仕事は低賃金で重労働。でも、せっかく抱いてきた夢を壊すようなことはしたくないんです。だからできる限り環境を整えてあげたい」

高野さんが師匠から受け継ぎ、育んできた伝統菓子への想い。必ずや次の世代に引き継がれるだろう、そう確信した。




アルカイク
住所 埼玉県川口市戸塚4105
TEL048-298-6727
営業時間9:30〜19:30
定休日木曜日
アクセス埼玉高速鉄道戸塚安行駅より徒歩7分