初めての店に入るには、ちょっと勇気がいる。ドアで閉ざされていて店内が見えなかったりするとなおさら、そう。“どんな商品が並んでいるんだろう?”“イメージしている店と違っていたらどうしよう?”などと勝手に想像ばかりがふくらんでしまう。そうして徐々に高まる不安と緊張感・・・。だから、扉の向こう側で店員さんの温かい笑顔が待っていてくれたりすると、もうそれだけで嬉しい。店内に並んでいるパンやお菓子もおいしそうに見えてくるから不思議だ。バンブーはまさに、そんな店。初めて訪れて、店員さんの笑顔に和んだ。カフェスペースでは温めたパンを提供してくれるなど、さりげないサービスを受けて心を動かされたのを思い出す。



「販売も製造も、どちらも同じくらい大切ですね」

と話すのは店長の葛岡 静さん。初対面の挨拶を交わしたとき、彼女の笑顔に同性ながらも惹かれた。接客だからと、とりあえず笑っているのとは違う。はっきりと意志のある笑顔は、相手が何を望んでいてそこで自分は何をすればよいのか見極めているようだ。きっとこの人に任せれば大丈夫、そう思わせる安心感が漂う。

「接客事務の仕事をしていましたから。その後入ったムッシュ・ソレイユでも、販売からスタートしたんです」

OLとして働いた後、外の世界を見てみたいと思い立ち、西荻窪のムッシュ・ソレイユへ。接客なら以前の仕事を活かせるだろうと、竹内 勉シェフの指導のもと、まずは店頭に立つことから始まった。予想通り、販売の仕事にはすんなりと溶け込んでいく。けれども、その一方で

「出来上がったパンやお菓子を最終的にお客さまに手渡すのが私たち販売スタッフの役目。お店のイメージの良し悪しも私たちしだいで変わってしまう。それってすごく重要な任務だなって思っていました」

と気を引き締める思いも。そうした責任感の強さが認められたのだろう。最終的には、販売スタッフを統括するリーダー的存在にまでいたった。その後、竹内シェフのあるひと言で新たな転機が訪れる。

“厨房に入ってみないか?”

パリパリに焼いたクラストを楽しめる基本の「バゲット」

ゴルゴンゾーラ、蜂蜜、胡桃を組み合わせた「ゴルゾー」はファンの多い逸品

カシューナッツ、チーズ、グリーンペッパー、パセリ入りの「CFPP」や、「キャベツとアンチョビ」など、フィリング使いも絶妙

ホワイトソース、ハムとチーズを挟んだ「クロックムッシュ」は、是非イートインで温かいものを


工作や編み物など、もともと“自分で作る”ことは大好き。バラバラの素材が、ひとつのまとまった製品として完成する、その過程が楽しいのだという。けれども、完璧さを求められるプロとなったら話は別。自信はない、でも興味は人一倍あった。結果的には、やり始めると没頭してしまう性格も手伝って、あっという間にのめりこんでいくことに。一からのスタートとはいえ製パンを間近に見てきた葛岡さんだから、スムーズに始めることができたのだろう。

「いいえ、見るのとやるのとでは大違い。パン作りにはすごく繊細な感性が必要なんです。しかも、自分の性格全てがパンに現れてしまうのがこわいところ。でも、ある種の共通点があるなって思うようになって。それが何かはうまく説明できないんですけれど」

共通点というのは、販売の仕事と製造の仕事においての話。一見むすびつかない両者だが、葛岡さんにはピピッと感じるものがあった。販売で得た知識や勘が功を奏し、“ああ、あの感じと一緒だな”と。パン作りが全く初めての気がしない部分もあったというから、これはもう彼女のセンスとしかいいようがない。

「何をするうえでも同じ。販売を一人前にこなせないようでは、製造だってできないと思うんです」

さっくり、ふわりと軽い食感が特徴の「クロワッサン」

「ガトーバスク」や「クロカン」「クイニーアマン」などの焼き菓子やヴィエノワズリも見逃せない

胡桃とレーズン入りの「スコーン」はあっさりとした上品な味わい


昨年11月、ムッシュ・ソレイユが姉妹店バンブーを開店するにあたり、葛岡さんは店長に抜擢された。竹内シェフからは、“おいしいものさえ出してくれれば好きなようにやっていい”と全面的に信用されているものの、あれもこれもと急いたりはしない。

「もちろん、いろいろ試したいことはあります。でも、今はまだ店のベースを作っている段階。まずはスタッフがプロとしての意識をきちんともって、モチベーションを高められるようにまとめていかないと」

店長としての責任が、葛岡さんの意識にある変化をもたらしたようだ。製造も販売もこなしつつ、統括することも忘れてはならない。皆がそれぞれに与えられた仕事をきちんとこなすことでスムーズに作業が流れていくようにと、常にアンテナを張り巡らせる。

「本音をいうと、最初から最後まで自分でやりたい性格なんです(笑)」


シュークリームやプリン、タルトなどの気軽なスイーツ類も魅力


オープンしてまだ半年という今は、ようやくスタート地点にたったばかり。だから無理をせず、やるべきことを確実にという彼女の姿勢は、パン作りにも現れている。

「今作っているパンは、基本的にムッシュ・ソレイユのものと同じ。とはいえ、レシピが同じでも作り手によって味わいは変わってくるもの。そこで自分らしさを出せればと思っています」

ムッシュ・ソレイユファンにはお馴染みのラインナップが揃う中、さりげなく肩を並べているのが葛岡さんオリジナルの「オニオン」だ。これはあめ色になるまでじっくりとローストした玉葱をカンパーニュ生地に練りこんだもの。オニオンスープを思わせるほど、玉葱がその存在を主張する個性的な味わい。温めていただくと玉葱の甘みと香ばしさが活かされ、また違った風味を楽しめる。


香ばしさとしっとり感が魅力の「オニオン」


「“変化のあるパン屋”というのが理想。これから徐々に品数を増やしていって、新しいパンも考えていきたい。そして何より、お客様にこの店でのひとときを気持ち良く過ごしてもらえれば。そのきっかけになるようにカフェスペースも充実させていきたいですね」



凛々しい笑顔の中にあるのは目標にむかう静かな覚悟。葛岡さんの想いが形になる日はそう遠くはないだろう、そんな気がした。(2007.05)








ブーランジュリー パティスリー フランセーズ バンブー
住所 東京都国立市中1-8-13
TEL042-577-5168
営業時間10:00〜19:00、カフェL.O.18:30
定休日月曜(祝日の場合は翌日)
アクセスJR国立駅南口より徒歩2分