甲州街道沿いの分かりやすい場所なのに、車に乗っていたら見過ごしてしまいそうな、間口の小さな店だ。でも、ガラスケースの中にも上にも、パンはぎっしり。来るお客さんのほとんどは地元の人で、同じ顔が、昼には総菜パン、夜は「明日の朝のために」と食パンを買っていくなんていうこともある。この9月、店はオープンして4年目に入った。
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小さな店の入り口には、手書きの可愛いボードが。「CACA」 (ササ)の店名は、店主笹島さんの
名前と場所の笹塚から
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朝の作業は7時から。夕方まで窯は動いてパンを焼き上げるというから、パン屋としては夜型といえる。「あまり朝早くからは働きたくないかなあ……」と笑うご主人の笹島さんは、大学時代、哲学を学んでいたそう。 「就職には何の役にも立たないです。ある程度、世の中の需要のある業界で、手に職をつけたいなと思いました」 学生時代に飲食店でアルバイトの経験はあった。サンドイッチを作るくらいのことは、やったこともある。 「パンを切ったり、具をはさんだりするだけなのですが、それなりにパンの奥深さは感じました。だって、同じパンでも日によって状態が違うんですよ。同じ配合で作っているはずなのに。作る人の差なのかなあ、なんて思いながら仕事をしていました」 それがきっかけというわけではないが、結果的に、パン屋に就職することになる。そこではじめて、パンそのものを作る経験をしたのだ。 |
入口をはいると正面の棚にはパンがぎっしり。 食事パン、菓子パンから総菜パンまで種類豊富に揃う |
「しょっちゅう食べてはいても、パンのことは何もわかっていなかったと思いましたね。切るとか焼くとかいう話ではなく、発酵という作業が入る。料理とは違うと思ったし、こりゃあ、やり込まないといいものはできないな、とも痛感しました。パンの技術をちゃんと身につけるには、思ったよりも時間がかかりそうだなあ、というのが正直な感想かな」
そして、いつかの独立に向け、 「人が“1”やるときに、自分は“2”やる、くらいの気持ちで頑張ったつもりです」 数年働いたのち、ほかの修業先を探していたところに、大好きだったバイク関係の雑誌の編集の仕事を手伝わないかという話が舞い込んで来たそうだ。ここで寄り道1年。しかし、これが縁で、パン屋として独立することになったというのだから面白い。 「知りあった編集者が、パン屋を作るまでのことを本にするから、独立しなよと。思わずのってしまいました」 開業までの3か月の様子が『「パン屋」はじめました。』という本になったと同時に、「ブーランジュリー ササ」は誕生したのである。 |
大好きなバイクの写真などが、小さな店内の中にさりげなく飾られている
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オープン当初は、修業時代の店のパンとほとんど同じだったというラインナップに、徐々にオリジナル商品を加えていった。 「開店当初も全力投球でやっていましたが、今思えば、まだまだパン作りは下手だった。当時からのお客様はきっと分かっていると思いますが、間違いなく今のほうが技術も味も上(笑)」 最初は資金がなかったため、ミキサーさえ置かずに、すべての生地を手ごねしていたというからすごい。3カ月して、やっと購入。オープン当初は考えもしなかった、小麦のこと、そして農業のことなども、この1年半、思いを巡らすようになった。 「店を始めたばかりの頃は、原価計算だなんだと、お金のことばかり考えていました。でも、ふと、せっかく自分の店なんだから、面白いこと、やってみたいことをやらないと、意味がないと思ったんです。ちょうど粉の面白さに気づいた頃で、フランス産の粉を入れて、しっかり香りを出したパンを作ったり、出来上がりのイメージに合わせて配合を変えてみたり。そしてなにより大きかったのは、自分の地元、茨城の小麦を使い始めたこと。今年は、自分で育てて収穫もしたんです。今倉庫に眠っていますが、これから使うのが楽しみです」 現在使う粉は約10種類。そのうち国産が4~5種類。農林61号や、ゆめしほうなどだ。 |
国産の小麦を積極的に使うが、食事パンの中にはフランス粉100%で作った力強い味わいのものもある
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「2年前に子供が生まれたこともあって、食の安全について考えることも増えました。生まれ故郷の農家に頑張ってほしいという気持ちも出てきたし、そこから何かを発信したいという気持ちもあります」 何か食のコミュニティーを作り、小麦や野菜といったものを媒体に、輪を広げていけたらと思っているそうだ。この3年で、じわじわと客は増えてきたそうだが、 「経営のほうも、うちの店らしさをもっと出してやっていきたい。今度、100円以下の、とびきりおいしい商品を出そうと思っているんです。集客と収益を両立させていけたらですが。そして、国産小麦をある程度の量使うためにも、もう一店舗、店を出したいというのが近いところで実現させたいことです」 |
何種類もあるラスクも安い!「初期のころのラスクは、今思うと、カリッと仕上がらずにあまりおいしくなかったかも。最近はコツをつかんで、いいものができていると思います」
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パン屋という職業を通して、いつの間にか、自分でも思いもよらない方向に視野が開けている。この先どんなことをやってくれるのだろう。 話しながら、生地をこね続け、次から次へと作業を続けていた手は、最後まで止まらなかった。必要なものは何から何まで手を伸ばせば届くところにある小さな店の中で、パンから始まった大きな夢がふくらんでいる。 (2009.09) |
夕方までほとんど休むことなく働き続ける。コンパクトにできた厨房の中で、手を止めることなく作業は続く。
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text:Chieko Asazuma
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ブーランジェリー ササ
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住所 |
東京都渋谷区笹塚2−7−10−1F
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Tel | 03−3375−5805 |
営業時間 | 10:00〜19:30 |
定休日 | 火曜 |
アクセス | 京王線笹塚駅より徒歩約5分 |
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