新しさと懐かしさ、静謐と喧騒…。さまざまな顔を合わせ持つ吉祥寺の街。多面性がこの街の魅力であるが、そこに流れる空気はどこかゆったりとしていて、入り組んだ路地に足を踏み入れると時計の振り子がゆるやかに減速していくような感覚に陥る。
吉祥寺駅からまっすぐに伸びる井の頭通り。前を歩いていたご年配の夫婦に足並みを揃えて、ゆったりと10分ほど歩みを進めた頃、通り沿いに小さな商店街が現れた。メインストリートとは対照的な、どこか懐かしい香りのする店が軒を並べている。
先ほどから私の前を歩いていた老夫婦が、ふと歩みを留めた。「オ・グルマン・カプリシュー」墨色に塗られたシックな外観は、この街並みにうまく溶け込んでいた。




2006年1月にオープンした、カフェ・パティスリー。綺麗に磨かれたガラスの窓越しには繊細なマジパン細工や行事菓子のディスプレーが並び、喫茶メニューはキッシュやサンドイッチまでと手広い。『お菓子教室の案内』も掲げられ、入る前からキャパシティーの広さに驚いてしまう。
店内では、丁寧に仕上げられたケーキがショウケースを飾り、ケース上には焼きたてのパンにキッシュ、飾り棚には、様々な種類の焼き菓子が美しく並べられている。




「お菓子の世界」への作り手の愛情がひしひしと伝わる店内。シェフパティシエールの杉本都香咲さんに、さっそくお話を伺ってみた。

「・・・もともとは、父がすごく洋菓子好きで。子供の頃、新宿の伊勢丹に連れていかれては、必ず食品フロアに寄って、ケーキを買う、というのがお決まりのコース。まさに伊勢丹にルコントが入った直後で、フランス菓子がまだ珍しい頃だったんですけど、洋菓子に触れる機会が多かったんですね」

お父様の影響で、小さい頃から洋菓子に親しんでいた杉本さん。おやつとして食べるケーキから、小学校低学年からは手作りをするようになったという。趣味のケーキ作りは、やがて職業として意識するようになる。そのきっかけとなったのはなんと、あのTV番組だった。

「高校生の頃、『料理天国』という番組がすごく好きだったんです。特にお菓子の回は必ず見ていました。その時、番組の料理監修を全面協力していたのが、辻調理師専門学校だったんです。“専門学校”という言葉さえ知らなかったのですが、そこで初めて、お料理やお菓子を専門的に学べる学校があるということが判って。当時、日大の付属高校に通っていたので、基本的にはそのまま進学するつもりでしたが、大学でやりたいことがなかったんです」

その頃、杉本さんのアルバイト先であったケーキ屋のシェフもまた、辻調理師専門学校を卒業していた。目的もなく大学にいってお金と時間を使うならば、専門学校に行って自分もケーキ屋で働きたい、という意思がどんどん強くなっていった。
行き先はもうすでに決まっていた。『大阪あべの辻調理師専門学校』だ。

「当時、辻はまだ大阪にしかなくて、父親に随分反対されました。でも、どうしても辻に行きたいという気持ちが強くて、必死で説得しました」

杉本さんの希望が実を結び、大阪での専門学校生活がスタートした。1年の学課終了後、見事試験に合格してフランス留学の切符を手に入れた。半年間はフランス校で学び、卒業後、ローヌ県ヌーヴィルの〈パティスリー・ソムリュー〉、リヨンの〈ベルナシオン〉にて研修を行った。

「当時、パリの空港から、5〜6時間かけてたどりついたリヨンの町は、驚くほどの田舎町。自分たちが宿泊するのは古城で、周囲は一面ボジョレーのブドウ畑。ああ、これは脱出不可能だな・・・と(笑)。でも、実際はそんな余裕もなくて、あっという間でした」

帰国後すぐ、辻から連絡が来た。国立で開校が決まった〈エコール 辻 東京〉で教師をしないか、という内容だった。

「教えるという仕事に魅力を感じていました。女性として、お菓子屋さんで働き続けるのは体力的にもきついので、教師のほうが長い期間仕事をできるだろうと。そして、何よりフランス校にまた戻りたいなという思いが強かったんです」

卒業した今、フランス校に戻る為には、教師として戻るしかない。かくして、杉本さんの教師生活がスタートした。7年間働いた後、やっとフランスへの転勤の声がかかった。希望のフランス校での教鞭を経て、1年半後に帰国した杉本さん。しかし、その頭に浮かんだのは、『退職』の2文字であった。

「希望がかなってしまったという達成感も若干あったのですが、フランスでパティスリーやレストランを食べ歩いて、シェフ達が、自分を表現する場所を持っているのがうらやまいと思ったんです。辻にいれば、辻のやり方に則って教えていかなくてはならない。自分のやりたい授業をやるためには、独立しかない」

その時、29歳になろうとしていていた。独立を決めるなら、30歳まで。大変になるのは目に見えていたが、自分のために決断するのであれば、このタイミングしかない。東京校で1年半の勤務の後、退職。2001年3月に、吉祥寺駅前のマンションの一室を借り、お菓子教室〈メ・ザンファン・カプリシュー〉を開いた。
“製菓学校”から“お菓子教室”へ。杉本さんの授業のやり方は、大きく変化した。

教室は、パンやフランス惣菜まで幅広い授業内容。のべ350名〜360名もの生徒数を抱える



「一般の生徒さんは自分のお子さんの為に少しでも綺麗なデコレーションができるようになりたいとか、目的がはっきりしています。学ぶ姿勢は真剣そのもので、仕事のためではなく、あくまで楽しむためのお菓子作りではあるけれど、とても教え甲斐があります」

お菓子教室〈メ・ザンファン・カプリシュー〉は、生徒のレベルにより5クラスに分けられ、フランス菓子のみならず、ヨーロッパ各国のお菓子、クリスマスなどの行事菓子、またパンやフランスの家庭料理から皿盛りのデザートまでと、授業の内容は非常に幅広い。教室は、今年で7年目を迎え、2006年からは店舗も営業を始めたのだから、杉本さんのパワーには脱帽してしまう。

「以前は1日3時間寝れればいいほうだったんですけれどね・・・でもやっぱり疲労が溜まってきてしまって。自宅は自転車で通える距離なので、日付が変わる前には帰るようにしています。周囲には『任せられることは任せなさい。そうしないと死んじゃうわよ』っていわれるんです(笑)。でも失敗されると今までの苦労が無駄になっちゃう・・・って思ってしまうので、肝心だと思うことは結局自分でやるようになってしまいますね」

もし時間があったら、何がしたいですか?

「・・・とりあえず、温泉に行きたい(笑)」

休業日の木曜日も、結局午後にはお店で仕込みをしてしまうそうだ。かなり忙しそうだが、その様子を語る杉本さんはなんだか楽しげでもある。 お教室と店舗を平行して営業するにあたって、杉本さん自身の菓子作りには何か変化はあったのだろうか。

「教室のケーキはあくまで生徒さんの楽しみの為のものだから、原価は気にしないんですが、お店はそうはいかない。味を追求しつつ、どれだけコストを抑えるかが、現時点の課題ですね。安価で味の良いカカオバリーとヴァローナをブレンドしたり、素材選びには、慎重になります。なるべくお教室で教えている味をそのまま、というのが理想です」

オ・グルマン・カプリシューのケーキはパーツの完成度の高さと、シンプルな味の構成に素材のフレッシュ感が際立つ。時間がたってもさっくりと香ばしいフィユタージュが特徴のピュイダムールは、削ぎ落とされた潔さを感じる、完結された一品。

ピュイダムール ¥470



「うちのケーキは、そんな複雑な組み合わせをしていないんです。私自身あまり難解なケーキは好きではないので。食べて疲れるケーキよりは、ダイレクトにおいしいと感じられる方がいいと思うのです。一時期、複雑な方向に走りかけた時期もあったんですけれど、足しすぎるとやっぱりよくない。最近は過剰なことはしないように心がけています」

なるほど、このシンプルさに至る迄には紆余曲折があったようだ。足して、引いて・・・またゼロに戻って。すっきりと髪を結んだ杉本さんの屈託の無い笑顔と凛とした語り口が全てを語っている気がした。彼女自身もきっと、何かにたどり着いたのだろう。

「飾りを落とせば落とすほど、腕と素材の真価が問われる。まずは、生地がおいしくなければ認めてもらえない、そういう意味では仕事は難しくなっていますね。自ずと技術面のハードルは高くなりますが、お客様についてきていただけるかというのも難しい問題です」

ケーキ激戦区といえる吉祥寺。いらっしゃるお客様の味覚水準も高そうだが?

「吉祥寺って、なかなか微妙な場所で。名前的にはブランド化しているけれど感覚的には多摩地区。ケーキの価格も、多摩地区では300円内は当たり前なので、300〜500円の価格帯のケーキは高いといわれてしまいます。でも都心のお客様には、逆に安いと驚かれたり。その感覚のちょうど境界線にあるのがこの場所なんです。でも、私は自分のケーキの値段はディスカウントしたくない。使っている素材と技術内容は妥当だし、譲れない。それを下げてしまったりすることは、吉祥寺の街自体の質を下げることにもなりかねないと思うんです」



週代わりのケーキも登場し、『旬』を感じさせるショウケース

シックな黒のショウケースに映える、シンプル且つ丁寧な仕上げのケーキ


ふと、コーヒーの香りが鼻をくすぐった。喫茶でお店を手伝う杉本さんのお母様から、おかわりのコーヒーをいただく。まろやかな後口の深煎りコーヒー。丁寧な味わいと穏やかな香りは何か懐かしささえ感じた。

「もともと父と母で30年ほど喫茶店をやっていまして。そこを閉めてこのお店をオープンしたので、絶対に喫茶コーナーは作ろうと。コーヒーだけ毎日飲みにくるお客様もいらっしゃるくらいですよ」

カウンターを見ると、ここに来た時に前を歩いていた年配のお客様がコーヒーを楽しんでいた。クラシカルでシックな内装に加え、お母様の存在も幅広いお客様を呼ぶ一因になっているに違いない。




インタビューを終え、杉本さん、販売も担うアシスタントの女性、そして、お母様に並んで写真を撮らせていただいた。ファインダーから覗いた、2人を横に微笑む杉本さんの笑顔は、ますます輝いて見えた。杉本さんは、これからもたくさんの人に支えられ、さらに強くしなやかな職人になっていくのだろう。
〈オ・グルマン・カプリシュー〉−フランス語で、【気まぐれな美食家たちの空間】−。
きょうも、気まぐれな美食家たちが、ガラス窓越しのケーキに目を細め、くゆるコーヒーの香りに誘われカウンターに腰掛ける。新しくて、どこか懐かしい吉祥寺の街が、多くの人から愛される理由。その答えが、この店にはたくさん詰まっている気がしてならない。



スタッフは皆、“お母さん”と呼ぶ。『娘がたくさんできたみたいで(笑)』




カフェ・パティスリー オ・グルマン・カプリシュー
住所 東京都武蔵野市吉祥寺南町3-7-2
TEL0422-72-4712
営業時間10:00〜20:00(カフェ19:30L.O.)
定休日木曜
アクセスJRまたは井の頭線吉祥寺駅より徒歩7分