フランス人シェフ、サントス・アントワーヌ氏が奥様の愛さんと共に菓子学校『エコール・クリオロ』を開校したのは2000年4月のこと。本場フランス仕込みの技術力と的確な指導力が高い評価を受け、教室は大盛況。2003年4月には現在の場所に移転すると同時に新たにパティスリーをオープン。1Fが店舗、2Fが教室、3Fが事務所になっている。

サントス氏が作り上げるお菓子の魅力はオリジナリティ溢れる素材の組み合わせ方。和の素材研究にも余念がない。日本人には到底真似できないような観点で私たちを楽しませてくれている。また、アメ細工や氷細工は彼のもっとも得意とするところだ。「シャルル・プルースト・コンクール」で優勝するなど数々の受賞歴を持つ。普段から常にアメ細工に生かせそうな素材が転がっていないかを考えているのが楽しいと話す。そんなサントス氏の気になる経歴を追ってみよう。

幼少期に母親の作るケーキに魅せられ菓子職人を目指したというサントス氏。弱冠16歳でアプランティ(見習い)としてフランスの『ナラン』でパティシエの第一歩を踏み出した。更にスイス『モジェニエ』やフランス『パティスコル』『レドレール』、イギリス『ホテルインターコンチネンタル』で修業をつみ、その間コンクールにも積極的に参加。手先が器用な父親の才能を受け継いだ彼はその才能を遺憾なく発揮することとなった。

来日したのは1993年。より繊細な技術を身につけるため、同僚の日本人パティシエに生け花を勧められたことがきっかけだった。京都の老舗洋菓子店『バイカル』に勤める傍ら、生け花の教室に通い始めるが、あまりの作法の多さに戸惑い断念することに。 その後東京の『ヴァローナ・ジャポン』に入社。日本全国のパティシエに技術指導を行うと共に、アンテナショップでの企画開発や製作支援などに携わった。同社に勤務していた奥様の愛さんと知り合ったのもこの時期だ。 愛さんと結婚後、2人は海外行きを計画していたが、サントス氏は交通事故で大怪我をしてしまう。結局渡欧を断念し、1999年にコンサルタント『クリオロ』を設立。製菓業務にかかわるコンサルタントや講習会などの活動を積極的に行った。続いて設立した菓子学校『エコール・クリオロ』では教室で作った菓子が評判を呼び、パティスリーを開店するにまで至った。サントス氏がケーキ作りに専念できる環境を作り、マーケティングや広報に徹したのは奥様の愛さん。彼女のバックアップなくしては今の店は語れないだろう。

教室から始まり、パティスリーをオープンするに至った点は日本では珍しい。そんな異色の経歴を持つシェフに近況を伺ってみた。


■独特のアイデアはどこから生まれるのでしょう。

旅行先で素敵な素材のマリアージュ(組み合わせ)に出会うことがあります。そんな時はアイデアが湧き出てきて、すぐに試してみたくなりますね。アトリエにこもっているだけではヒントを得ることもできません。なるべく外出する機会を作っています。 月の半分は授業があるので、そのためにも試作を繰り返しています。生徒さんの評判がよければお店に出していく。先に反応がわかるのでとても参考になります。


■ケーキを作る上でのポイントを教えて下さい。

フランスと日本の良い部分を合わせてオリジナルの味を作り出すことですね。フランスのようにしっかりした味わいと日本の繊細さを併せ持ったケーキ。日本人向けに甘さは控えめですが、糖分を減らしすぎるとおいしい味を引き出せなくなるのでその加減には気を使います。
来日したばかりの頃、自分の作るお菓子は甘い、濃いなどといわれていました。初めはショックでしたね。フランスにはないショートケーキやロールケーキは出したくなかった。でも、それはフランスのパティスリーで当たり前のように並んでいるエクレールやミルフィーユを作らないことと同じだと気づいたんです。その後は日本人の味覚に合うように、何度も何度も試作しました。妻がソムリエで舌が敏感だったので、彼女の意見を参考に日本人の好みを学んできました。
また、食感には特にこだわっています。ひとつのケーキにふんわり、カリカリ、クリーミーなど、いろいろな食感のパーツを合わせることで深みを持たせたい。テクスチュール(食感)という名前のケーキがあります。これはマンゴー+パッションのジュレとココナッツムースを組み合わせたもの。ジュレ、ムース、マシュマロ、ビスキュイ、ココナッツファインなど、各パーツの異なる食感を楽しんで欲しいと思って作りました。 食感はいろいろでも柱になる味はせいぜい2つか3つ。シンプルでわかりやすく、を心がけています。



■興味のある素材は何ですか?

スパイス類ですね。香りは大切な要素です。フランスにいたころからよく使用していました。ケーキ以外のものにも入れていますよ。バレンタインの時期にはアニス、ラベンダー、キャトルエピス風味のボンボンショコラを作りました。今は山椒のボンボンを試作中。
また、スパイス以外にも日本の素材にとても興味があります。今お店に並んでいるものは、蕨もち入りの抹茶ロールケーキやゆかりと煎餅を入れたヌガー、白餡入りの焼き菓子等々。今後も積極的に使用していきたいですね。

    

■夏向きのケーキがたくさん並んでいますね。

今はムースやジュレをカップで仕立てたものを多く出しています。日本の夏は暑いので普通のケーキはあまり食べる気がしないでしょう。その点ムースやジュレなら喉越しが良く食べやすい。またカップは暑さでだれる心配も無くてテイクアウトにも向いています。高さのあるスマートなカップに仕込んだものは3種類。中でも「ウィルキンソン」(辛口のジンジャーエールのゼリー)は人気があります。後からやってくるぴりぴり感が魅力のすがすがしいゼリーです。
他にも「ジュレ・ライチ・フランボワーズ」が好評です。これはフランボワーズムースにライチのジュレとアロエを合わせたもの。食感の変化をつける為にアロエを入れていますが、アロエ自体にはあまり味がないのでライチのジュレに一晩つけておきます。そうするとライチの香りがアロエに移って、ライチらしさが強調できるんです。
ジュレを作る上で大切なのは食感。理想の食感になるように凝固剤を使い分けています。作業の過程で冷凍しますが、解凍後の離水が一番の問題になります。例えば「マスカルポーネ・カフェ」。上にのっているコーヒーゼリーには、なんと蕨もちが入っているんですよ。コーヒーゼリーは水分が多いので、解凍するとどうしてもざらついてしまう。いろいろな凝固剤を使って何度も試作を重ね、あるとき蕨もちをほんの1%加えてみたところうまくいったんです。離水防止の目的ではトレハロースも度々登場します。
「クープアナナス」の上にのっているミントゼリー。トレハロースを加えることで離水の問題が解決しました。



■今後の展開は?

焼き菓子やコンフィズリーの新作を出しました。ドーム状の焼き菓子を2種類。ひとつはパイナップルのピュレとフレッシュを入れ、もうひとつはアールグレイとけしの実を合わせたもの。他には、自家製アールグレイジャムを挟んだマカロン、フランボワーズティーとフリーズドライのフランボワーズを使ったフィナンシェ、煎餅を入れた抹茶味や梅味のヌガー。「他のお店では見ないよね」と言われるようなお菓子が理想です。
冬に出すクリスマスケーキやボンボンショコラ、パンも試作中。カフェも出来たらいいですね。
伝統的で変化の少ないフランスに対し、日本は流れが早くて新しいことが渦巻いているところが魅力的。これからもどんどん新しいことにチャレンジしていきたいと思います。


パティスリーオープンから1年4ヶ月。店としての『エコール・クリオロ』の名も広く知られるようになった。新しい素材にチャレンジする探究心と高い技術が評価されてのことだろう。サントス氏のもとからどんなケーキが生み出されるのか、今後もますます目が離せない。(取材 2004年7月)


住所東京都豊島区要町3-9-7
TEL03-3958-7058
FAX03-3958-7458
営業時間10:00−19:00
定休日火・第3水
アクセス地下鉄有楽町線千川駅より徒歩1分