“キューピッドが放った矢に当たった人は一瞬にして恋に落ちてしまう…”そんな風にして何かに心を奪われてしまった経験はあるだろうか?それは人以外にも動物や物に対してでもいい、もちろん、スイーツやパンにも当てはまる。一目見て、一口食べてその虜になれば、それはもしかしたら自分の意思とは関係なく、キューピッドの仕業なのかもしれない…。

「クピド」と聞いてピンとこなくても「キューピッド」と言えばすぐ分かるはず。そんな名のブーランジュリーが2006年11月に誕生した。そこでシェフを務めるのが東川司さんだ。店頭に並ぶパンから勝手に想像していた「シェフ」像とは違い、自分を飾らない「職人」、それが東川さんの第一印象だった。




現在38歳である東川さんのパン職人としてのスタートは、決して早いとは言えない。大学は経済学部に進んだものの中退。

「なぜか違和感があったんですよ。その後はフリーターをしていました。それからワーキングホリデーでオーストラリアに行ったんです」

なぜオーストラリア?

「ちょうどその頃バンドを組んでいたので海外への憧れがあったんです。それに当時はオーストラリアが一番行きやすかったんですよ」

まるで少年のように屈託のない笑顔で話す東川さんだが、現地の日本食レストランで働きながら自分自身の中に再確認できたこともあった。“食”や“おいしいもの”への関心である。

「帰国後、就職した会社は1年で倒産してしまって、その後は住み込みでホテルのウェイターをしていました」

しかしそれでは飽き足らず、地元・三重のフレンチレストランにシェフ見習いとして就職。そう、東川さんの職人としてのスタートは料理人からだった。25歳で初めて厨房に入り、3年間勤務した頃、東川さんにある気持ちが芽生え始めた。

「やっぱりフランスに行きたくなったんです。あてもないのにいきなり飛び込んでいきました。しかも、フランス語は分からないし大変でしたね。でも感動することもあったんですよ」

そう、このパリでの経験が東川さんの今後を決定づけたのだ。「それまでまともにパン屋に行ったことがなかった」という東川さんは、その当時のことを鮮明に覚えている。

「パリ東駅の構内にあるなんでもないカフェなんですけど、そこでフランスに着いて初めてクロワッサンを食べたんです。ちゃんとバターで作られたクロワッサンを口にして、『こんなにおいしいものなのか!』と思いましたね」

それからはいろいろなお店のクロワッサンやバゲットを食べ歩いたという。目的のパン屋はなかったが、パリは数十メートル歩けばパン屋に行き着くような街である、目に入ったパン屋にはとりあえず入ってみた。ニースやリヨンまで足を延ばし、そうやって過ごした1ヶ月間。初めて食べた本場パリのクロワッサンが、東川さんをフランス料理ではなく、ぐっとパンの世界へと惹き付けた。

隣で焼き上がるパンの香ばしい香りに包まれながらイートインできる落ち着く空間。
シャンパンや軽食とともに楽しみたい。




パンへの想いを胸に、帰国後は三重県鈴鹿市の有名店「ドミニクドゥーセ」に就職。鈴鹿と言えばF1グランプリが開催される鈴鹿サーキットでご存知の方も多いだろう。オーナーシェフのドミニク氏は、1986年にHONDAから招致されて以来、日本に本場フランスの味を伝え続けてきたパン職人。そんなお店で働けることは、当時の東川さんにとっては願ってもないことだったに違いない。とは言え、パンに関しては全くの初心者。

「ドミニクドゥーセでは基礎から教えてもらいました。実は、入ってすぐに上司が辞めることになって、1週間で最低限のことを全て叩き込まれました。宅配のサービスもやっていましたし、F1の時期にはヨーロッパのほとんどのチームにケータリングしていたので、その時期は特に忙しかったですね。でも、自分もお祭り気分でしたし、自由にやらせてもらえていたのですごく楽しかったです」



2年間で一通りのことを身につけた東川さんに、早くも品川のホテル「ラフォーレ東京」内にある「コルドン・ブルー」のシェフにと声がかかる。

「30歳を目前にしてちょうど別の所に移りたいと思っていたので、ちょうどタイミングが合ったんです。運も良かったんですよ。そこでは、スタッフをまとめながら主となって働いていました。10年も働いているような人もいましたから、そこで負けてはいけないと頑張りましたね」



さらに2年半後。

「ある人に『お店を出さないか』と誘われて、自分の店を持つことになったんです」

そして東急田園都市線藤ヶ丘駅より徒歩15分の場所に「ムーラン ド レスト」をオープンさせた。きっと東川さんの人徳なのだろう、まわりの人に恵まれ、驚くほど順調に進んでいたパン職人としての人生。しかし…

「仕事のやり過ぎで体を壊しちゃいまして、1年ちょっとでお店を閉めることになってしまったんです。酵母も4種類のものを自分でおこしていましたし、1年間は睡眠時間1、2時間の日が続いていました。まわりは住宅街ですから、お客さんから求められるものと自分の作りたいものとの間に差も生じてきてしまったんです。でも、小手先で商品を増やすことはしたくなくて」

そんな理由もあり、居抜きで店舗を譲った。



半年の休養後、別のパン屋で働くも、体がついていかず2ヶ月しかもたなかった。

「自分の店では自分のやりたいようにできていたので、そういう点でも満足できなかったんです。それも職人のエゴなんでしょうけど…。やっぱり自分自身で納得できないと体も動かないんですよ」

その後もいろいろなお店を転々とするが、どこも数ヶ月間しか続かなかったという。時には、運送会社の倉庫で働くこともあったそうだ。

パンの表情をますます豊かにしているディスプレイ

ハード系のパンは量り売りもしてくれるのでいろいろ試したい

ヴィエノワズリーや菓子パンが豊富なのもうれしい



そして二度目のフランス。今度の2ヶ月間は前回とは違った。吉野建氏がパリで開いたフレンチレストラン「ステラ・マリス」でパティシエ見習いとして勤務することが決まっていたのだ。

「そこではパンとケーキを作っていました。最初にパリに行った時とは違って、毎日やる仕事があるというのはいい事でしたね。もちろんパン屋巡りもしましたよ。今度はパン職人としての視点でフランスのパンの味を再確認したかったんです」

そして東川さんが気付いたことは「素材そのものの味」。

「やっぱり日本とは全然粉が違うんですよ。まず素材がいいから、よりおいしいパンが出来る。日本にも入ってきていますけど、湿度なんかの条件が違いますからね」

同じ職人の目で見、舌で味わったフランスのパンたちは、変わらぬおいしさではあっただろうが、違う角度から見たことで、東川さんに新たな課題をもたらせてくれたに違いない。



帰国後はクピドの準備期間だった。とは言え、東川さんにとっては自らのお店を閉店してからの3年間全てが「クピド!」の準備期間だったという。実は、この時すでに東川さんは、現在お店のオーナ−である澤口氏と出会っていた。「ムーラン ド レスト」の時のお客さんが紹介してくれたのだ。飲食店のマネージメントをしていた澤口氏には、いつか自分で商売をやってみたいとの思いがあり、「いつか一緒にお店をやろう!」とすぐに意気投合した。 これまでの東川さんの話を聞いていると、あるターニングポイントで絶妙のタイミングで人との出会いがある。何か、自ら人を引き寄せる力が東川さんにはあると思わずにはいられない。 開店に向けて具体的に動き出したのは1年前、約半年かけて探し出したのが今の物件だ。

「それまで、天井が低いなどの理由で何軒もボツになったんですけど、ここは求める広さもちゃんとありましたし。実は売り場より厨房の方が広いくらいなんですよ」

広い厨房に、一通り揃えられた機材、そしてパン作りに関しては全て任せてもらえる…職人にとっては最高の環境である。時々、自らも店頭に立つ澤口氏だが、

「ここは彼が主役ですから」

と謙虚な姿勢で職人をたてることを忘れない。そんな姿からも、澤口氏が東川さんのパンに惚れ込み、深い信頼を置いていることが分かる。

オーナーの澤口洋明さん

その日買ったパンに合うチーズを選ぶのも楽しみの一つ

ドライイチジク、ワイン、オリーヴオイル…ショーケースの上に並ぶこれらの品も気になります

お店で使っている粉はなんと17種類、そのうち5〜6種類がフランス産である。

「パンによって個性がでるように、このパンにはこの粉、という風に使い分けています。フランスの灰分の高い粉がベースにあるので、私にはフランス産の粉が一番馴染みやすいんですよ」

とは言え、東川さんが目指しているのはフランスと同じ味ではなく、自分だけの味。それには、かつての料理人としての経験も大きく貢献しているようだ。

「料理はいわば感覚なんですよ。レシピはちゃんとあるけれど、味付けにしても季節やその時の素材の状態なんかで変わってきますから。だからパンを作る時に、自分の感覚で作れているのは大きいですね。レシピは、『こういうパンが作りたい』と大まかなアウトラインがあって、使う小麦粉の味を活かすためには?水分量は?と決めていきます」

東川さんの作るカンパーニュやパン オ セレアルを食べた時、その優しい酸味の味わいに素直に「おいしい」と思えた。食べる者を選ばない、誰からも愛されるようなパンだった。

「自家製の酵母はサワー種とレーズン種をレギュラーで使っています。酸の出方にはすごくこだわっているんですよ。食べた瞬間にガツンとくる酸っぱさは駄目、酢酸ではなく乳酸のマイルドさをうまく出していきたいんです。食べ終わった後に唾液がジュワ〜と出てくるような…。同時に、粉の風味や甘みも最大限に引き出したいですね。あとは、翌日でもしっとりしておいしく食べられるように、ギリギリまで吸水率を上げています」

東川さんの特出したセンスや技術、それを強く感じずにはいられない。しかし本人は、

「時間をかけて丁寧に作る、それだけですよ」

と繰り返す。テーマは“全て手作り”という東川さんは、もちろんジャムや餡も手作りにこだわる。


ハード系やドイツパンの種類に量り売りの充実、そして併設のカフェスペースでパンとともに楽しめるシャルキュトリーも作りたい…まだまだやりたい事がいっぱいの東川さんに、休日の過ごし方を聞いてみた。

「文献をひっぱり出してきては眺めたりしていることが多いですね。古典や料理にお菓子…パンだけにかかわらず、そのレシピからヒントを得ているんですよ」

と常に頭の中は仕事のことでいっぱいのようだ。



かわいい見た目に隠れたキューピッドの本質。「クピド!」のパンの親しみやすさの裏に見え隠れしているのは、職人・東川さんのパン作りへのこだわりと妥協しない姿勢だ。それを感じ取った者が、また一人「クピド!」の虜となっていくのだろう…。




クピド!
住所 東京都世田谷区奥沢3-45-2-1F
TEL03-5499-1839
営業時間10:00〜商品終了まで
定休日不定休
アクセス東急目黒線奥沢駅より徒歩1分、東急東横線自由が丘駅より徒歩7分