レストランでおいしいバゲットに出会うと嬉しくなる。こんがりと色よく香りよく、パリッと軽やかな食感が楽しいクラスト、シンプルながらきちんと粉の味わいがするクラム。適度な水分を含んでもっちりとした生地はソースとの馴染みも良さそうだ。“こんなにパンがおいしいのだから、料理はさぞ・・・!”否が応でも期待が高まってしまう。つい最近も、そんなパンに巡り合った。

「自分が毎日毎日食べても飽きないようなパンを作りたいと思っていました。食べやすいけれど、軽いだけではなくて味わい深いパン。そのイメージに近かったのが北海道産小麦粉を使ったものだったんです」



深い味わいが魅力の北海道産小麦粉「Type ER」に、軽さを出すためのセモリナ粉をプラスしたバゲット



村田さんは昨年8月、『パネッテリア・ダノイ』のオープンとともにシェフに就任した。西麻布で人気のイタリアンレストラン『リストランテ・ダノイ』に併設されたこの店では、レストランに供するパンを作るのも欠かせない仕事。果たして食事に合うパンとはどんなパンなのだろう。

「食事パンはあくまでも料理をサポートするもの。決して主張しすぎず、奇をてらうこともなく、料理と合わさることで初めてひとつの完成された味になればいいと思っています。とはいえ、存在感のある脇役でいたい。ああ、もうひと切れ食べたいなと思ってもらえるように」

まっすぐな瞳でこう語る。確かに、控えめで、かつ料理を引き立ててくれるパンなら理想的だ。けれども、さりげないおいしさを表現することほど難しいことはないのでは?

「これまで何人もの尊敬するシェフたちの影響を受けてきましたから。きっとそのことが役に立っているんでしょうね」

ダノイといえば、給仕姿のクマがトレードマーク



職人になるきっかけは高校時代にまで遡る。何かものを作る仕事に就きたい、漠然と考えていた時期だった。

「出身地である石川県小松市に『ケーキハウス マルフジ』という人気のケーキ屋があって、そこのケーキを食べた時、高校生ながら“これはうまい!”と感激しちゃって。早速電話を入れてアルバイトさせてもらうことになったんです。実は学校で禁止されていたんですけれど(笑)」

ケーキのおいしさはもちろんのこと、定期的にジャパンケーキショーなどのコンクールに出品するなど意欲溢れる雰囲気も魅力的だった。この店で、村田さんは越栄シェフから多くの職人魂を叩き込まれたそうだ。

「製造の仕事とはどういうものか、また、お客さまにはどう接したらよいのか、プロとしての考え方から実際の対処法まで、いろいろなことを教えてもらいました。越栄シェフに出会っていなかったら、この道には進んでいなかったかもしれません」




高校卒業後は、越栄シェフの紹介で東京の『シェ・リュイ』へ。シェ・リュイといえば、フランスのガストロノミーをベースに、菓子やパン、レストランなどを展開している店。その中で代官山店に入りブーランジェとして歩み始めることになった。実はパティシエへの想いを捨てきれない中でのスタートだったというが、そんな村田さんに、あるとき転機が訪れる。祐天寺店オープンに伴い、パン職人が必要なのだと話を持ちかけられたのだ。

「その時にパンの指導をしてくれたのがフィリップ・ビゴさんでした。すごい方ですよね。とにかく基本が大切、そしてひとつひとつのパンの表情を見ながらきちんと感じてあげることの大切さを徹底的に仕込まれました。生地を雑に扱ったりすると見逃してくれなくて、背中にビゴさんの手形がついちゃう(笑)。でも、それだけではないんです。店は綺麗に片付いているか、そうじを小まめに行ったり、服装も頭髪もきちんと整えたりといった製法以外のところまで細かくチェックされました。自分や店の管理をすることとパンの世話をすること、どちらもとても大切なことだって。おかげで、自分の中でパンに対する考えがガラッと変わりましたよ」

ほどよい酸味のパン・ド・カンパーニュ

しっとりとした角食パンは「Type ER」100%



ビゴさんから学んだことをきっかけにして、村田さんはパンの世界にのめり込んでいく。以前はパティシエになることしか考えられなかったのに、気がつくとパン職人としてやっていこうと決意を固めるまでになっていた。そして村田さんの中で、ある店への想いが芽生えだしたのもこの頃のこと。

「神戸で人気の『レストラン・コム・シノワ』から、新しくブランジェリーがオープンしたんです。西川功晃シェフの作る斬新なパンは、当時、すごく評判になっていまして。食べたことはないのに、衝撃が走りましたね。何故だかわからないけれど、ここしかないって思っちゃったんです」

フランス産チョコレートをたっぷりと包み込んだクロワッサン・チョコラータ

ふんわりと綺麗な層が魅力のクロワッサン



いつかきっと・・・その熱い想いは、シェ・リュイを辞めてから1年半ほどを札幌で過ごした後、とうとう現実のものとなる。西川シェフと面接をする機会を得て、その場で意気投合、そして入社。

「というより、自分が勝手に気が合ってると思っただけかも(笑)。でも、その気持ちは間違っていなかった。西川シェフの職人としての姿を間近にすることで、自分はまだまだなんだと気づかされましたから」

これまでひたすら技術を習得してきて、それなりに自信もついてきた20代後半。“自分はもう一人前”ともすれば自惚れてしまいがちなこの時期に、村田さんはちゃんと地に足がついていた。“これでいいと思ってしまったら、それ以上にはなれないから”と謙虚に受け止めた。その素直さがこれまでも成長の糧になってきたのだろう。

マダガスカル産バニラビーンズをたっぷり使用したクリームパン、ブリオッシュ・クレーマ

フランスパン生地でアンチョビ+グリーンオリーヴを包んだアチューゲ

クロワッサン・チョコラータにチョコレートのアーモンドクリームをトッピングしたチョコラータ・チョコラータ(左)とラム酒風味のカスタードとレーズン入りの パッパターチョ(右)



“パネッテリア・ダノイのシェフとして働いてみてはどうか”
話をもちかけてくれたのは、西川シェフだった。

「オーナーシェフの小野さんからは“イタリアンでなくてもいいけれど、とにかくおいしいパンを作ってほしい”と言われました。レストランに出すものも含めて、普段着感覚のパンを25〜30種類焼いています」

確かに味わいは素直でシンプル、けれどもそこにちょっとした遊び心をプラスするのが村田さん流。例えば三角形のクリームパン「ブリオッシュ・クレーマ」に魚を模ったアンチョビ&オリーヴ入りのパン「アチューゲ」などなど。見ているだけで、なんだか楽しい。

「そう言ってもらえると嬉しいですね。どこから食べてもカスタードがたっぷり入っているクリームパンを作りたい、そうして生まれたのがブリオッシュ・クレーマ。パティスリーで作るように、バニラも入れてリッチに仕上げてあるんです。それから、イタリア語でアンチョビを意味するアチューゲ。アンチョビはカタクチイワシのオイル漬けだから、これは魚の形でやってみたかった。オリーヴの輪切りを目の部分につけたらそれらしくなるでしょう。せっかく職人になったのだから、形を作ることも楽しみたい。丸いパンばかりじゃつまらない、そう教えてくれたのも西川シェフでしたね」



昨年8月のオープンから半年が過ぎた。修業の時期を越えて新たな舞台を得た今、それでもなお、謙虚な気持ちで取り組む姿がある。

「徐々にペースはつかめてきました。でも、まだまだスタート地点にたったばかり。試行錯誤を重ねながら少しでもおいしく進化していければと思っています」
(2007.02)

パネッテリア・ダノイ
住所 東京都港区西麻布4-6-7麻布司研堂ビル1階
TEL03-3498-4288
営業時間10:00〜20:00
定休日月曜
アクセス地下鉄日比谷線広尾駅3番出口より徒歩5分