パリ「ペルティエ」で修業後、アルザスの実家「メゾン・フェルベール」のシェフパティシエールに就任して25年あまり。 “ショーウィンドウを飾るため”にと生み出されたコンフィチュールは多くの人々の琴線に触れ、いまや世界中から注文が舞い込むようになった。
“お客さまの喜ぶ笑顔が見たい”からと、お菓子を作る職人は珍しくはないだろう。
けれども、それを実現するための彼女の意識は尋常ではない。

“どうすればもっと喜んでもらうことができるのか”

コンフィチュールの妖精は澄んだ目で人々の心を捉える。



サロン・ド・ショコラ東京内のメゾン・フェルベールのブース。ギー・ウンタライネ氏のイラストと、その作品から完成したコンフィチュールを共に



先月末、大盛況のうちに幕を閉じたサロン・ド・ショコラ東京。世界13カ国、60近くものブランドが出店している中でも、常に長い列を誇っているブースがあった。

「サインしてもらえますか?」

「いいですよ。あなたのお名前は?」

「写真を一緒にお願いします」

「もちろん!」

ファンのひとりひとりと笑顔で言葉を交わしていたその人こそ、クリスティーヌ・フェルベールさん。セミナーや食事の時以外はほとんど席を外すこともなく、自分のブースを見守り続ける。そうして約1週間の期間内に、いったい何百人、いや何千人を相手にサインをしていたのだろう。ファンを第一に考えるフェルベールさんならではの、職人を超えた姿がそこにはあった。

お客さまひとりひとりに心をこめてお礼とサインを

隣接するジャン=ポール・エヴァンのブース内で取材開始!



「お待たせしてしまってごめんなさい」

とフェルベールさん。今回のサロン・ド・ショコラ開催中に、少しだけパナデリアのために時間を割いていただけることになった。ところが、約束の時間にブースに伺ってみると相変わらず続く人の列。もちろん、そこでファンを置き去りにするようなことは決してしない。結局しばらく席を立つことができず、列が一瞬途切れたところでようやく取材を始めることに。

6種類のフルーツとキャラメルの組み合わせが楽しい
「ショコラアソート」
「パート・ダマンド・オ・クール」
香り高いドイツ産のパートダマンドにバニラ風味とバラ風味のチョコレートをコーティング


「今年の新作のひとつはキャラメルとフルーツを組み合わせたショコラ。フルーツの酸味がバターの脂っこさを取り除いてくれるから、爽やかで食べやすくなるのよ」

ダークチョコレートのカバーの中に潜んでいるのは、とろりと柔かくて滑らかな食感のフルーツキャラメルガナッシュ。甘くてミルキーで、それでいてフルーティーだから後味がさらりとしている。“バターの濃厚な味わいに、フルーツのヴェールをかぶせた”というフェルベールさんの表現がしっくりくるような味わいだ。もちろん、フルーツのおいしさを引き出すことについてはお得意のコンフィチュールで証明済み。それにしても、キャラメルやチョコレートという強い素材と合わせているというのに、こんなにもフルーツらしさを表すことができるなんて。

「キャラメルはソフトな味わいに仕上げたいから、砂糖を煮詰めていく時には早めに火からおろすのが私のスタイル。濃すぎたり苦かったりすることがないようにしています。そしてキャラメルがいい具合に色づいたところで、生クリームの代わりにフルーツのピュレを入れて色止めしてあげればいい。つまり、生クリームを入れていないからフルーツの味が活きてくるんです。でも、何よりも一番大切なのは新鮮でおいしいフルーツを使うこと。今の季節ならレモンやグレープフルーツなどね」

ハートのデザインがキュートな「プチガトー」は、パッション風味のガナッシュを2枚のサブレでサンドし、ダークチョコレートでコーティングしたショコラ

去年に引き続き、バカラとのコラボも実現。フランボワーズとローズのコンフィチュールとローズ色のモダンなハート型のプレートをセットに


このショコラキャラメルに使ったフルーツはフランボワーズ、カシス、グレープフルーツ、パッション、マンゴー、レモンの6種類。なかでもレモンは素材としてとても面白かったのだそう。

「キャラメルと合わせることで独特の程よい酸味に変わり、これが日本の方々にもとても評判が良かったんです。“どうして日本人の好みがわかったの?”と驚かれたくらい(笑)」

どんなフルーツだって、フェルベールさんの魔法にかかれば、その魅力が次々と紡ぎ出されていく。それは、アルザスというフルーツの産地に暮らしていることと無縁ではないだろう。けれども、自分が住む土地の恵みに感謝し、体全体でそれを受け止め、感じたこと全てをお菓子に込めて入るという点も忘れてはならない。

「材料を合わせる時には、ひとつひとつの要素を感じて、心地よいハーモニーを見つけ出します。素材の中に自分を泳がせて、素材と共に感じなければならないのです」



ショコラも魅惑的だが、やはりフェルベールさんといえばコンフィチュール。今回のサロン・ド・ショコラでは、同郷のアーティスト、ギー・ウンタライネ氏とのコラボレーションが実現した。

「ギーさんの描いたイラストからインスピレーションを受けてコンフィチュールを作る、それはとても楽しい作業でした。去年は、アーティストのヴェロさんが、私のコンフィチュールから受けたイメージを作品に込めてくれました。いろいろな人との出会いが合ってそれが次々と繋がっていくのはとても素晴らしいこと」

新しい人との出会い、友人や家族への愛情、子供の頃の思い出、・・・フェルベールさんのコンフィチュールの中にはたくさんの物語が詰められている。初めて体験する味の組み合わせなのに、どこか懐かしく優しい温もりを感じさせてくれる。


ギー氏と、ピンクの壁に飾られたイラストたち、そしてフェルベールさんとギー氏によるレシピ集。

童話の挿絵になりそうな可愛らしさが、おとぎの国のアルザスのイメージともぴったり重なる


会場にずらりと並ぶ色とりどりのコンフィチュールの中から、お薦めをひとつ挙げていただくと、

「エグランティーヌという野バラの実のコンフィチュール。アルザスでは昔から親しまれている野生の植物です。この実を摘んで作ったコンフィチュールは、ねっとりとした舌触りをしていて、バターのようにリッチな味わいや酸味が最高なの」

トゲのついた枝をかきわけながらひとつひとつ実を摘んでいく。手間も時間もかかる地味な作業だ。
「大変ですね」思わずそう言葉をかけると、

「いいものを作ろうと思ったらたくさんの仕事が必要になります。でも、そうすることでお客様にも“おいしい”と言ってもらえたら嬉しいでしょう」

フェルベールさんにとってみたら、おいしいもののために苦労するのは当たり前のこと。おいしさの秘密は全て手作業で丁寧に作っているから。そして驚くほどたくさんのコンフィチュールだって、フェルベールさんが味の確認をしてひとつひとつ手で瓶詰めしている。以前アルザス・ニーデルモルシュヴィルにあるアトリエを訪ねた時も、そう。コーティングしたばかりのボンボン・オ・ショコラがフェルベールさんのもとに運ばれてくると、のショコラに目を配り、丁寧に転写シートをかぶせていく。単純作業だけれど、大切な最終点検。“このお菓子を手にするお客さまのことを考えたら、当たり前のことよ”自分たちの手作業でできる範囲内のことを着実にこなしていく。効率化や機械化なんて言葉を持ち出したら、きっと笑われてしまうに違いない。

人口わずか400人という小さな村、ニーデルモルシュヴィルにあるメゾン・フェルベールは、街で唯一の食料品店 街の可愛らしさはおとぎの国そのもの!
アルザスでは欠かせないクグロフやパンデピスも人気



「今日は4種類のデモンストレーションと6種類の試食を用意しています。たくさんの作業があるから急いでやらないと。伊勢丹さんに怒られないように(笑)」

サロン・ド・ショコラで毎年恒例のセミナーでのひとコマ。フェルベールさんが気にしているのはただひとつ。1時間という限られた時間内に、どうしたらお客さまに喜んでもらえるか―。その結果、年々作るものが増えてしまうのだそうだ。

「去年と同じ顔ぶれの方もいらっしゃいますね。そうやって毎年来てくださるということが私にはとても励みになるんです」

メゾン・フェルベールのお菓子を通して伝えたいこと。それは周りの人々や自然への感謝の気持ちに他ならない。