富山に行ったら、ぜひ訪れてみたいパティスリーがあった。
「パティスリー ジラフ」、地元ではかなりの人気店らしい。

ところが・・・、
「ああ、ジラフね。でも、あの場所は、地元の運転手でもわかる人は少ないよ」
タクシーに乗り、目的の場所を告げると、そんな答えが返ってきた。
人気店のはずなのに・・・と、少し意外な反応だったが、着いてみるとその理由がよくわかった。目印などないひっそりとした通りに、店らしい看板もライティングもなく、ただポツンと建っているからだ。しかも、ショーウィンドウ的なものがないので、一体何のお店なのかがパッと見にはわからない。

隠れ家的な静けさが漂う。
“LA GILAFE”の文字が目印



“いったい、どんなお店なんだろう・・・?”

恐る恐る扉を明けると、シャンデリアのやわらかい光に包まれた。
クラシックとモダン、そして東洋と西洋をミックスしたような独特の雰囲気の中、正面のショーケースには、ショコラやタルト、そして、20種類ほどのケーキ。壁に配したアンティークの棚には、焼菓子がずらりと並んでいる。

左にケーキ類、右にはタルトなどの焼き菓子や
チョコレートが並んでいる



その中で、特に存在感を放っていたのが「ピエジエ」という名のケーキ。“G”のマークがキリッと描かれたチョレートの下に大きなマカロン生地。間からは艶やかなイチジクが顔をのぞかせている。
さっそくいただいてみると、サクッ、ネチッとしたマカロン生地の食感の後に、濃厚なショコラとスパイスの香りが広がった。最後にフワッと薫るのは、熟成させたポルト酒。期待していたよりも、濃厚な味と香りに思わずハッとする。
さらにいくつかケーキをいただいたが、それぞれ、味や食感に新鮮な驚きがあった。
といっても、奇抜なのではない。親しみのある味なのに、どこか新しい感じがするのだ。

ピエジエ \693


そこで、さっそくオーナーシェフの本郷純一郎さんにお話しを伺うことにした。
「私ですか?実は最初、フランス料理のキュイジニエを目指していたんです」
店の雰囲気同様、本郷さんも“いかにも”というパティシエではない。淡いブルーのシャツに真っ白な腰巻エプロンといういでたちには、店の雰囲気同様、独自のスタイルが感じられる。

「調理の専門学校を卒業して、店に入ったのですが、とにかく仕事がハードだったんです。毎日、早朝に始まり夜遅くまで働くという生活を繰り返しているうちに、このままで自分の生活は大丈夫なのかと将来が心配になってきて・・・。とはいえ、両親に学費を出してもらった手前、仕事を移るのも難しい。それで、考えたんです。ひとつのことを専門的にした仕事ならいいんじゃないかと」
確かに料理は幅が広い。それが醍醐味でもあるのだが、本郷さんは専門性の高いものをやる方が自分に合っていると考え、パンやケーキ、デリなど、専門性の高いものを検討し始めたという。 ところで、なぜパティスリーだったのだろうか。

テーブルクロスがかかったテーブル席とソファ席。
こじんまりした雰囲気が心地いい



「フレンチではデセールも出しますし、作業的にも料理に近い。一番身近だったので、フランス菓子にしようと決めたんです」
自分らしい方向性を見出した本郷さんは、せっかくだったら本格的なフランス菓子を基本からしっかり学ぼうと考えた。
だが、当時は今ほどパティスリーがない時代。『フォション』や『ダロワイヨ』、『ペルティエ』といった有名店が候補に挙がったが、どうもピントこなかったという。
「色々見たなかでビビッと来たのが、大阪の『コクラン・エネ』。本場の伝統的なパティスリーを勉強したいと思っていたのですが、それにピッタリだったんです」
「コクラン・エネ」はパリの高級住宅街16区で、100年以上に渡り愛され続けた老舗パティスリー。残念ながら今は姿を消し、大阪に一部その名前を残すのみとなっているが、今もその名を惜しむ声はつきない。

そして、今から14年前に「パティスリー ジラフ」をオープン。今の店舗は、3年前に移転、リニューアルしたものだそうだ。

パウンドなど焼き菓子類も充実。ちょっとしたプレゼントにも


ところで、伝統的なフランス菓子を目指し、「コクラン・エネ」で学んだという本郷さんだが、ショーケースを見ていると、むしろモダンなスタイルや組み合わせの方が多いように感じる。

「そうですね、スタイルというのは時代で変わるものだと思います。でも、おいしさには変えられない方程式があると考えているんです。だから、食べやすいものが好まれるからといって、味や食感を軽くする、ということはしたくない。あくまで、基本はくずさず忠実に。そして、軽さや柔らかさだけでなく、メリハリやパンチを大切にしています」

基礎となる方程式はそのままに、本郷さんらしさを加える。その代表的なケーキが、「タルトバナーヌ」だ。
「これは『コクラン・エネ』のスペシャリテだったピュイダムールをベースにしたものなんです」
通常、ピュイダムールといえば、フィユタージュとクレームパティシエールにキャラメリゼした飴という構成。だが本郷さんはこれにタルトの要素をプラスしている。
ちなみに、ピュイダムールの誕生については諸説あるが、1843年にヒットした喜歌劇「ピュイダムール」にちなんで作られた、「コクラン・エネ」のスペシャリテという説が有力のようだ。

タルト バナーヌ \420


カリッとした飴とサクサクのフィユタージュの食感、そして濃厚なクリームの味わい・・・は、まさにピュイダムールのおいしさ。だが、ここにバナナの酸味、アーモンドのコク、シャンティの軽さが加わると、ぐっと深く、そして新鮮な味わいに変化する。子供っぽくなりがちなバナナが洗練した味わいになっているのは、正直驚きだ。

こんな、ありそうでない発想は、やはりフレンチを志していたことが影響しているのだろうか。
「たしかにそういう部分もあると思います。例えば、料理の場合、お皿の上にメインの肉があったら、それに合わせるソースがあり、風味や食感をプラスするガルニチュールが添えられている。そういう感覚で、すべてを一緒に味わえるケーキを作りたいという気持ちはあります」

ランチのほか、スイーツとワインの会なども開催。
こういった発想も「ジラフ」らしい



そんな本郷さんが、今、一番凝っているのがチョコレートだ。
「産地やメーカーによって味が違う、それに惹かれていろいろなチョコレートを使うようになりました。自然に作るものもチョコ系に傾いていったんですが、同じ品種でも産地によって香りや風味の出方が違うから、バッティングすることがないんですよね」
本郷さんが使うのは、「ヴァローナ」を始め、個性的な風味の「エルレイ」や、キレのあるBIOの「カオカ」など。これからの季節にぴったりなショコラショーには、「ヴァローナ」のエクアトリアルと「カオカ」の84%をブレンドしているという。

はまっている証拠に、店内にはチョコレートを使ったものが本当に多い。
「自分が食べたいものを追求した結果、こうなりました」
と、本郷さんは目を輝かせた。

ボンボン・オ・ショコラ、オランジェット、
マカロンなど充実したラインナップ



取材を終えて、店を出る。
おいしさを導き出す方程式には、本郷さんの魔法がかかっているのだろうか。帰る途中にはまた「ジラフ」に行きたくなっていた。

基本に忠実に。そして、自分らしく。
扉の向こうには、今も本郷さんの作る世界が待ち受けている。




パティスリー ジラフ
住所 富山県富山市黒瀬北町1-8-7
TEL076-491-7050
営業時間11:00〜20:00(サロン〜19:00)
定休日 月曜・第1日曜
駐車場5台




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