スイス、イタリアと国境を接する山間部に位地するフランス・ジュラ地方。その土地で4代続くという歴史あるパティスリーが「イルサンジェ」だ。ジュラ地方はコンテやモルビエールなどのチーズとともに、6年間熟成させるという黄ワイン(※1)でも知られる地方。サロン・ド・ショコラ内に設置された「イルサンジェ」のブースには、自家製オレンジのコンフィを贅沢に使ったタブレットやボンボンの詰め合わせのほかに、地ワインが並んでいるのが目に付く。



現在シェフを務めるのは、エドワール・イルサンジェ氏。控えめでやさしい人柄が伝わってくるような笑顔が印象的だ。
「104年前の1900年に私の曾おじいさんがパティスリーを始めました。30年ごとに世代交代をしていて、1993年の1月1日から私がシェフを務めています。M.O.Fを取得したのは1997年です」
100年以上という長い歴史からは、ここ数年来の日本のショコラやケーキの人気とは違う、圧倒的な重みが感じられる。「イルサンジェ」とはどんなパティスリーなのだろう。

「そうですね、店は高級志向に特化しています。今回販売しているオレンジコンフィのタブレットは、店でコンフィにしたオレンジを刻んで使っています。これは、父の代から始めたものなんですよ。素材となるチョコレートは、フランスのほかベルギーのものも使いますが、フルーツなどは近くで採れるものを使っています。牛乳や生クリームは近くの農場から運んでもらう無殺菌のもの!パック詰めのものは使いません」
その土地で採れた新鮮な素材を使う、その考えは、かのルルー氏からの影響も強いようだ。

「土地のワインは、土地のチーズともとてもよく合うんですよ!」
同じ気候や風土が生み出す自然の味、それは調理法や高級品といった上辺の価値を越えた、豊かなおいしさであることに間違いない。「イルサンジェ」のショコラも、土地の素材を使うことで同じように自然の味と調和しているという。
「オレンジコンフィのショコラ、そしてワインを入れたボンボンショコラは、この土地の黄ワインと合うようにと考えて作ったものなんです」
長年熟成されたワインは、男性的でマールやシェリーにも似た独特の風味を持つ。ショコラはそれだけでも当然おいしいが、ワインと一緒に口にしたときのおいしさは明らかに違う。これにチーズが加わったら・・そんな贅沢な食卓が思い浮かんだ。





「ショコラは毎年、夏と冬に1つずつ新作を考えます。とてもクリエイティブな作業なんですよ」
ショコラの話になると、イルサンジェ氏が販売用のボンボンショコラを私たちのために出してくれた。
「どうぞ、食べてみてください」
これはアーモンド、これは中国茶・・と箱に入ったボンボンを1つずつ説明しながら、嬉しそうに勧めてくれるイルサンジェ氏。ショコラの味は、歴史あるパティスリーというイメージから思い描くものよりもずっと個性的で、斬新だった。例えば「バナナトンカラム」というボンボンは、名前の通りバナナとトンカ豆、そしてラム酒の組み合わせ。甘すぎないバナナの味をベースに桜の葉を思わせるスッとするようなトンカ豆の香りと、ふくよかなラムがしっかりと主張している。ところが、それを包み込むショコラは丸みのあるやわらかい味わい。2つが口の中で溶け合うと、斬新ながら、安心感のある味わいになる。新鮮なクリームのせいか、嫌な重たさがなくいくつでも食べられてしまいそうだ。実際に勧めてくれた1箱は、あっという間に空になってしまった。

「『良いものを作るためには時間を惜しまない』ことが私のポリシーです。それから、常に新しいものを使うこと、素材ひとつひとつを時間をかけて作り、形にするのは本当に最後の最後。それから、独創性というのもとても重要な要素だと思います」
1粒に込められた丁寧な作業や想いが舌を通じて伝わってくるような気がした。
「日本の方にはヴァレンタインだけでなく、普通のときにもショコラを楽しんでほしいです」



ショコラにも、とかく話題性や特別な何かを求めがちな日本人。こだわりの牛乳や、個性的なカカオを使ったショコラ、それもおいしさであることには間違いない。だが、4世代という歴史の上に築かれた、素直なおいしさが「イルサンジェ」にはある。"そのおいしさを上手に楽しめるようになってほしい"、1粒のボンボン・ショコラからそんなメッセージを感じた。
(2005.1)



※1:ジュラ地方では、白、ロゼ、赤ワインの他に黄ワインや藁ワインという特殊なワインも造られています。黄ワインは、完熟したサヴァニャン(ぶどう品種名)を収穫し、最低6年間は樽に貯蔵するという製法が特徴。こうすることで、ワインの表面に酵母による皮膜が形成され、ワインの色が黄色になりのだそうです。