「パティスリー いい天気」、格好よく横文字で店名をつけるケーキ屋の風潮に逆行するようなネーミング。そしてその店名に負けないようなオレンジと白のストライプのペントルーフが店の目印になっている。





「よく言われるんですよね、『なんでこんな名前にしたんだ?』とか。明るい雰囲気となじみやすいムードを出したかったんです。堅苦しいのは好きじゃないので。自分ではこの名前すごく気に入っているんですよ」

と友田 一人さんは、快活な笑顔をみせた。彼は実はフランス菓子ルコントのシェフパティシエを務めた人物。当然ながら、周りからはフランスらしさを前面に出した店を出すことが予想されていた。

「実は雑誌等では経歴を紹介しないようにしてもらっているんです。何だか恥ずかしいし、この店は僕のカラーだけ出すのではなく、スタッフのトータルの力とそれぞれの良さを出せる店にしたい。経歴を出せばたくさんお客様が集まるかもしれませんが、順番が後先になるようでいやなんですよ。食べていくのには仕方ないことかもしれませんが、自分は店を理解してもらえるお客様に来ていただきたかったんです」

その言葉には『どこの誰々がやっているからおいしい』、そんな情報が『食文化』を誘導することに対する静かな抵抗のようなものが感じられた。

無理をお願いして、少しご自身のことを伺った。

「僕自身のことを言えば、本当に小さい5,6才の頃から“食”には興味がありました。ずっと鯛焼き屋さんになりたかったんです。次々に鯛焼きが出来上がるのが面白くてよく見ていましたね。しかもおいしいじゃないですか。子供の自分には魔法みたいに思えて、すごいなーこんな風になりたいなと思っていました」

何でも手作りしてくれたという母親の台所仕事を見たり、手伝ったりして小学校の小さい頃から包丁や火に触れていたという。

「出来るようになるのがうれしくて、リンゴの皮を剥くのに夢中だった時期もありました。食べるより、剥く方が楽しくて。興味のあることをやらせてくれたことにはとても感謝しています」

高校へ進学した友田シェフ、その頃にはパティシエになることを心に決めていた。色々と考えた上で大阪の専門学校へ入学、そして念願のパティシエとしてフランス菓子を選んだ。

「自分の先輩には名立たる名パティシエがたくさんいます。その中で学んできて一番強く言われたことは“ものを無駄にしない。捨てない”こと。無駄がでないように作り、余ったものは再利用する。これは商売には絶対に必要なことで、ものさえ無駄にしなければあとは何とかなります。一般に評価が高い店はしっかりとそれをやっているし、ちゃんとできない人は最後に自分が捨てられることなる。これはずっと守り、また下にも教えていきたいことですね」

ものを大切にする気持ち、それは見えないところにも現われるのではないだろうか。




「素材では基本となる卵と乳製品には特にこだわっています。でも高価である必要はないと思うんですよ。それよりも、いかにその持ち味をいかすかということが大切ですよね。ちょうどよい火の通し方や他の素材との組合せで変わってくるものです」

高くておいしいと言われる素材を選ぶのは簡単だ。でもそれが全てとは限らない。自分の目と舌でそれぞれに合う素材や調理法を見出すのには、やはり経験がものをいう。耳から入ってきた情報で判断をしないことが重要なのだろう。

「といっても、素材を変える場合は何度か食べて判断するようにしています。それから、夏と冬では感じ方も違うので、季節によって微調整をしたり配合を変えることもありますね」

常にお菓子と向合う姿勢を大切にしたいというシェフ、お菓子への深い愛情があってこその言葉だ。




「特注でケーキを頼まれるときに、あれとこれを使ってこんな形にしてくれとことこまかに言われるよりも、チョコレートを使って華やかに、という風に素材と雰囲気を伝えてもらった方が僕自身良いものが作れるんですよ。それと同じで、スタッフにも自分が全部指示をすることはしません。『どうしたらいいと思う?』と意見を求めると、アイデアが出てみんなが考えてくれるようになる。その方がやりがいを持って仕事ができると思うんですよね。実は店作りを依頼した建築業者にも同じように店のコンセプトだけを伝えて後はお任せしたんです。そのせいか意見交換ができ、いろいろと提案もしてもらいました。今もよく遊びにきてくれるんですよ」

シェフがこだわったのはベビーカーや車椅子の方のためのスロープを作るということだけ。扉も内外両開きのものを使い、段差をなくすため足拭きようのマットも置かないなど利用者への配慮がしっかりとなされているのが嬉しい。また、極力スタッフが扉を開けて見送りをするようにしているそうだ。






「自分の考えたケーキが辞めた後もその店に残っているのって、実は嬉しいものなんですよ。この店を出たスタッフの代々のケーキが残る、それがスタッフの目標になればいいなと思っています」

若いスタッフの気持ちを汲み、良いところを引き出していく。それは全てに通ずる友田シェフのスタイルなのだろう。


「今までずっとフランス菓子をやってきたのに、どうしてやらないんだろうと自分でも思いますよ。確かに、昔は格好いいものやフランス語の店名にもあこがれていました。でも自分にはフランス菓子の枠が見えた。自分が師とする方から教わったことは、結局『おいしいものを作る』ということだったんじゃないかという風に今は理解しているんです。こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが・・・。だから、自分が日本のこの場所でケーキを作るんだったらフランス菓子の作り方や素材にしばられずにやりたかった。1つ失敗したな、と思っているのはロゴマークにPatisserieではなくケーキ屋としなかったこと。次の機会には“ケーキ屋”と入れたいですね」

と笑う。フランスと日本では気候も風土も違う、枠に捕われずおいしものを何でもやっていきたいというメッセージは店名に始まり、看板、品揃えなど色々なものにこめられているようだ。

「洋菓子ブームは続いていますが、ケーキをあまり食べない方もまだまだたくさんいます。日本の食文化の中にケーキを取り入れる、そんな風にできたらいいですよね」

フランス菓子の精神を受け継ぎ、それを日本の文化の中で花開かせる。輸入ものではない、日本独自の文化としてケーキが根付く日はそう遠くないかもしれない。 (取材:2004年6月)






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