オープンは2001年4月。都営新宿線曙橋駅近くの靖国通り沿いに、その店はオープンした。間口が広く全面ガラス張りのデザインは、明るく開放的なイメージ。壁面に書かれた大きな「LA VIE DOUCE」の文字は、通りを行き交う人はもちろん、車の中からでも目に留まる。“パティスリーをもっと身近なものに”との想いが込められたお菓子たちは、親しみやすく、子供も大人も大好きな味。そうしたお菓子を、華々しい経歴を持ち受賞暦も多数というシェフが手がけるのだから、見逃せない。ラ・ヴィ・ドゥースはオープン当初から話題を集め、瞬く間に人気店へと上りつめた。中でも、フランスのシャルル・プルースト・コンクールで受賞したケーキ、「ラ・ヴィ・バッカス」は一躍、時のお菓子に。雑誌等でしばしば目にした人も多いだろう。





あれから、8年。その後も店に足を運んではいたけれど、今回、改めて取材をお願いすることに。最近、力を入れていることなど是非伺いたいと思っていた。
「いやあ、特別なことはしてないですよ」
と堀江 新シェフ。そう、堀江さんはいつだってこんな感じなのだ。決して自身のことを多くは語らない。もちろん、声高にアピールしたり自慢したりすることだってない。けれども注意深く見ていれば、親しみやすいお菓子たちも、実はここにしかない個性を放っていることに気づく。例えばケーキなら、特徴的なのは焼き生地の部分。ムースやクリームなど、主役級のパーツを支える脇役として欠かせないのが、このパーツだ。層の一枚一枚まで焼き込んだ香り高いフィユタージュ、水分を含まないように仕上げたサクサクのパート・サブレなど、堀江さんは食感や香りを大切に仕上げている。ラ・ヴィ・バッカス然り、ミルフィーユ然り・・・ひとたび口にすれば、焼き生地がいいアクセントとなって心に響く。



層の1枚1枚を焼きこんだサクサクのミルフィーユ(写真 中)



ミルクチョコレートのムースを主体に、オレンジの香りを効かせたバッカス。タルトのサクサク感がポイント(写真 右)



そんなことを想いながらショーケースを眺めていると、ふと、あるお菓子に目が留まった。ネームカードには「ミゼラブル」とある。素朴だけれど不思議と気になった。生菓子とも焼き菓子ともつかない存在。
「あ、これですか?これはベルギーのお菓子ですね。あちらではどこのお店にも置いてあるほどポピュラーなものです」。
構成はダックワーズ生地の間にバタークリーム・・・?よく見かけるダックワーズと何が違うのだろう?



本場ベルギーで人気のミゼラブル。ケーキ仕立て
にして出しているところも多い




「ビスキュイ・ミゼラブルという生地です。ダックワーズ生地よりもっとアーモンドパウダーが多いですね。それから、バタークリームも普通とは違います。牛乳の代わりに水で炊いたアングレーズとバターを合わせたものなんですよ」。
アングレーズを水で炊く?! つまり、卵黄と砂糖と水とバニラビーンズで作って、最後にバターを?
「はい」。
ということは・・・?



ブルベリークリームとブルベリーガナッシュ入りのミルティーユは、底のガレットがアクセントに(写真 右)



蝶をイメージしたパピヨン。苺のムースとゼリーに、
サクサクとした食感のチョコレートを(写真 中)




「牛乳で作ると細かい気泡ができますが、水なら泡ができないので熱伝導率がよくなります。だから口溶けがいいんですよ」。
早速、ミゼラブルを口にしてみて納得。バニラの香りがついたコクのあるクリームは、スッと滑らかに溶けてしまう。これが本当にバタークリーム?!素直に驚いてしまった。
「僕も初めて見たときには“地味でつまんないお菓子だなあ”なんて思っていました。でも、食べたら“すごい!うまい!”になって」。
それで、このお菓子を置くことに?
「はい。ベルギー人も僕も大好きなんですけれど、日本だとなかなか売れないなあ(笑)。やっぱり地味なんでしょうね」。



ずらりと並ぶ焼き菓子類。これを買わずに帰るなんて・・・!



姿かたちは地味でも、素材の風味を活かし、香りや食感に訴えかけるお菓子がここにはたくさんある。豊富に揃う焼き菓子類も、そのひとつ。バターたっぷりの生地の中にキャラメルナッツを入れたアレンジ版「ガトーバスク」や、リッチなアーモンド生地と軽いダコワーズ・ショコラ生地を組み合わせた「エコセーズ」など、フランスやベルギー、ルクセンブルクなどの修業先で学んだ地方菓子は、堀江さんがもっとも得意とするところだ。しかも、フレンドリーな風合いなのがいい。“ちょっとひとつ・・・”と気軽に試してみたくなる。



ガトー・バスクは、キャラメルとバターのリッチな組み合わせ



ガレット生地にプルーンのジャムをサンドした
フランスの郷土菓子、ブルターニュ




カリカリサクサクのシュクセ生地にヘーゼル
ナッツクリームをサンドした、エキュ




また、堀江さんといえば、ショコラも外せない。フランスの「エコール・ヴァローナ」では、チョコレートのテクニックや理論を徹底的に学び、その魅力にはまった。店内のレジ横には、ボンボンショコラ用の小さなパンフレットが用意されている。その中で、カカオ畑を背に、微笑んでいる堀江さん。・・・え、もしかしてカカオの産地にまで?!
「はい。昨年、エクアドルに行ってきました」。
実際に訪ねた印象はどうだったのだろう。
「カカオ畑を訪ねたり、現地の人と接して地元の食事をいただいたり・・・いい経験になりました。カカオ豆も、なかなかいいものがありましよ。フローラルな香りが特徴的でした。ちなみにエクアドルというとカカオ分が高めのものが多いんですが、ああいうもので、50%台のものができると嬉しいですね。うちは低めのものをベースに使っているので」 と今後の展開に期待を膨らませる。



ボンボンショコラは個包装。普段のおやつにもお薦め



その一方で、厳しい現実も目の当たりにした。
「生産者たちの賃金は低いし、児童労働も当たり前のように行われています。子供たちは教育を受けられないケースも多い。でも、やっぱり全員が学校に行けるようになるといいですよね。だから、せめてフェアトレード商品などを買うことで、少しでもサポートできれば・・・綺麗ごとかもしれませんが」。
使用するのはヴァローナ社やカオカ社などのチョコレート。厳選した質の高い品だが、大きさはきどったショコラトリーに並んでいるショコラの2倍近くはありそう。
「小さいとなんだか食べた気がしないじゃないですか」。
そう、ショコラだって、堀江さんの手にかかれば普段着感覚のものになるから嬉しい。“パティスリーのお菓子を身近なものに”といった精神がここにも活かされているようだ。





ラ・ヴィ・ドゥースには、大人も子供も、男性も女性も、幅広い層の人たちが訪れる。その人気は開店当初から変わらない。けれども、この8年の間に少しずつ変化してきたこともある。
「全体的に軽めの傾向になっていますね」。
例えば新作を作る時に、生地の量を増やしてクリームの量を減らしてみたり、アーモンドパウダーをベースとした生地をジェノワーズに変えてみたり。お客の嗜好の変化に合わせているようだ。では、具体的にどんなケーキが人気なのだろう?



華やかなピティビエはプレゼント用に。
皆で切り分けて楽しみたい




上にキャラメルをたっぷり乗せたパウンドケーキ、
「キャラメル」。イチジクのプチプチ感がアクセント




「人気があるのはシュークリームとかロールケーキとかショートケーキとか。結局、お客さまが求めているのは“普通の”ケーキなんですよね。本当は、もっとアイテムを絞り込んでそういうものをたくさん作れば喜ばれるんでしょうけれど・・・」。
日常のお菓子を目指す堀江さんだから、お客の気持ちは優先したい。それでも、
「例えば、“ロール隊”とか“シュークリーム隊”みたいに、ひたすらスタッフに同じものを作らせ続けるのもどうなのかな。やっぱり違うと思うんです」
と、微妙な表情を見せる。お客が望むケーキ屋さんと、本来のパティスリーとしてあるべき姿と・・・。



スペイン産のアーモンドパウダーを使用した
マカロンは、風味が豊か




「僕、迷走していますから」
と笑う堀江さん。その謙虚な言葉の奥に何が隠されているのだろう―? それはお店を見れば一目瞭然。ここにはお客だけでなく、たくさんのスタッフも訪れる。厨房は若さとエネルギーで満ち溢れていた。
「地方からこの店に働きに来てくれる子も多いですね。お陰で人には恵まれていると思います。幅広いアイテムを扱う中でいろいろなことを吸収してほしい」。



オリジナルのボックスなど、カラフルなラッピングも魅力



スタッフは20代前半がほとんど。その修業スタイルは以前とは様変わりした。レシピは全てマニュアル化され、生地の温度や混ぜる回数など細かく指定されているためブレは少ない。シェフの背中を見て学んだり、勘に頼るというやり方は、すでに過去の話なのだ。ただ、そんな時代だからこそ、
「スタッフにはいつも言い聞かせています。“ひとつひとつを意識してやりなさい”って。それは生地を混ぜている時も掃除をしている時も、お弁当を食べている時も同じ。言われた通りにやっているのと考えながらやるのとでは、10年後、20年後の立ち居地が全く変わってきますから。そうしたことをここで学んで、将来的にオリジナリティーを出してくれたら嬉しいですね」。





幅広いお客が好む雰囲気作りを第一に考える一方で、スタッフを育てる姿勢も貫く。お菓子を愛する全ての人に心地よい空間が、ここにはある。(2009.06)





ラ・ヴィ・ドゥース
住所 東京都新宿区愛住町23-14ベルックス新宿ビル1F
Tel03-5368-1160
Fax03-5368-1162
営業時間10:00〜20:00(日・祝は〜19:00)
定休日
アクセス 都営新宿線曙橋駅A1出口より徒歩3、4分 東京メトロ丸の内線四谷三丁目駅より徒歩5、6分
URL http://www.laviedouce.jp/index.html




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