日曜日に早起きをする理由があるとしたら?
午前8:00。週末の「ラ・ヴィ・エクスキーズ」は平日よりも1時間早く開店する。力強いクープを胸にきらきらと輝くバゲット、凛とした佇まいのイギリスパン、ヴィエノワズリから匂い立つバター。そして、朝一番の焼きたてのパンに「おはよう」がいえる幸せ。それを教えてくれたのは、2006年9月16日に世田谷区船橋にオープンしたブーランジェリー「ラ・ヴィ・エクスキーズ」だ。店作りには、シェフである戸村義洋さんの、ドイツ修業時代の思い出が反映されているという。


経堂駅から徒歩10分。木壁が優しい印象の外観



「自分で店を出す時は、土日や祝日は8時オープンの店にしたいなと思っていたんです」

学校を卒業後、ラ・フーガス、マディなどで経験を積み、その後パンを学びにドイツに渡った。ドイツは戸村さんのお姉さんが暮らしており、紹介で街のパン屋で働くこととなった。

「まず働く時間帯が日本とは全然違うんですよね。働き始めるのが夕方の6時から。で、仕事が終わるのが昼の12時ですよ。慣れないうちは、正直きつかったです(笑)向こうのパン屋は開店時間が早いですからね。でも、朝にはパンがきちんと並んでて、朝食用にパンを買いに来る人がちゃんといて。日曜日には、必ず朝一番でお父さんがパンを買いにくるっていうのが、家庭のスタイルとして定着してるんですよ。そういうのは、すごくいいなと思って」

帰国し、業者を介して知り合った志賀勝栄シェフの紹介で、経堂の「オラン」で働くことに。2年間の勤務の後、オランは会社の都合でクローズしなければならなくなった。

「お客さんの声が大きかったんです。この辺でパン屋やって欲しいっていう。実家が八幡山なので、地の利も良かったですし…それで、この地で開店することになりました」

カウンターのすぐ向こうに望める厨房。手作り・焼きたての臨場感が伝わる


惜しまれつつパン部門を閉めることとなり、今はカフェのみの営業となった「オラン」は、店から、赤堤通りをまっすぐ200mほどの距離。この地での「ラ・ヴィ・エクスキーズ」の開店は、パン好きにとって“待望の”といっても過言ではなかっただろう。駅からは少し離れた立地だが、週末には車でパンを買いにきてくれるお客様も多いという。遠くからでも“わざわざ”買いに行きたくなるこの店の魅力は、なんだろうか?その答えの筆頭になるのは、粉の旨みを活かした長時間発酵のパンだ。



「粉は、10種類程使っています。北海道産の「春よ恋」、それから「南部小麦」も使っています。まだ100%国産小麦のパンというのは作っていなくて、バゲットやイギリスパンなどシンプルなものは、粉をブレンドさせて、味の特徴を出しています。特にバゲットは、自分自身一番好きなパンでもあるので、これからもこだわって作っていきたいですね」

こだわりのバゲットは2種類。シンプルだが粉の旨みを十分にひきだしたプレーンタイプの「バゲット」と、全粒粉やライ麦入りのカンパーニュ生地で作った、香ばしさが特徴の「バゲットカンパーニュ」。生地を変えて食感の違いを出している。

バタールと2種類のバゲット。職人のこだわりが光る自信作だ


「発酵種は、イーストと、天然酵母。低温長時間発酵のパンはリキッドタイプのものを使っています」

取材中も、パンを買いに訪れる客足はひっきりなしだ。平日だと近所のお客様が大半で、ご年配の方も多いというが、反応はどうだろうか?

「結構、ハード系のパンも抵抗無く買っていただいています。カンパーニュを丸ごと購入されるお客様もいらっしゃるので、嬉しいですね」

ハード系のパンだけでなく、食パンにも戸村さんのこだわりを感じることができる。イギリスパンにパン・ド・ミ、月曜日限定の全粒粉を使った角食パンなど、それぞれ粉の配合や、様々な製法を比較して、出来上がるまでにはかなりの試作を要したという。また、惣菜パンもこの店の魅力のひとつである。

惣菜パンのフィリングは全て手作り。思わず食指が動く仕上がりだ


「他には無いものを作りたいなと思っています。でも、あくまで奇抜なものではなく、味付けや食感を少し変えたり、生地をハード系やヴィエノワズリ系のもので合わせたりして、組み合わせで工夫をしています。あとは、クリームパンのクレームパティシエールなど、手作り感のあるものを出したいと考えています」

副素材やフィリングも、隅々まできちんと手間隙をかけている。すっきりとシンプルな内装は、木の素材を活かし温かみのある雰囲気に仕上がっている。平台に美しく並べられたパンが実に心地よさそうなのは、人を優しい気持ちにさせる。店内には有機ジャムやオーガニックのメープルシュガーが品よく並べられている。

「今後はオーガニックの粉を100%使ったパンも作っていきたいんです。パンの方は、まだ試作中なので、ジャムや蜂蜜などから、徐々にオーガニックを提供していこうと」

オーガニックのグロッサリーは、お店のナチュラルな雰囲気とよく合っている


試作や長時間発酵のパンの為に、休日が返上になることも少なくない。1970年生まれの37歳。以前はチームを作っていた趣味のサッカーも、今はお預けだという。

「本当は、ドイツパンもやりたいんですよ。忙しくて今はまだ出来ないんですけどね(笑)」

謙虚で言葉少ない戸村さんだが、パンや店のディテールの全てが本物であることを物語っている。とびきりおいしいドイツパンがこの店に並ぶ日はそう遠くは無いはず・・・そう思った。





取材から1週間、再び店を訪れてみた。

「新しく人が入ったんですよ。少し余裕が出来そうなので、ドイツパン、いよいよ作ってみようかと思います」

いつかドイツで見たあの光景を、戸村さんは着実に実現していくのだろう。晴れやかな表情に、こちらも期待に胸が躍った。



La vie Exquise(ラ・ヴィ・エクスキーズ)。――フランス語で、【おいしい生活】
休日の朝、焼きたてのパンを買いに行くことが“おいしい生活”のはじまりであるならば、そんな日は、どんなに優しい気持ちでいられるだろう。パンのある幸福な生活の為に・・・オーブンの中で休みなく膨らんでいるのは、戸村さん自身の夢なのかも知れない。


日曜日に早起きをする理由があるとしたら?
――それは「ラ・ヴィ・エクスキーズ」のバゲットを齧るため。




La vie Exquise(ラ・ヴィ・エクスキーズ)
住所 東京都世田谷区船橋5-32-7
TEL&FAX03-3304-2771
営業時間平日 9:00〜20:00
土・日・祝日 8:00〜20:00
定休日火曜・第3水曜
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