旬のフルーツをいかしたケーキ、夢のある建物、思わず贈る相手を探してしまう魅力ある焼き菓子・・ リリエンベルグの魅力はおとなり韓国でも有名だそうだ。その秘密はいったいどこにあるのだろう。




「この季節は喫茶の方はお休みにしているんですよ。本当は営業したいのですが、車が渋滞してしまってどうしても無理なんです」

リリエンベルグのある新百合ヶ丘は駅から歩いて15分の場所にある。車を移動手段に使う人が多いエリアということもあり、人気店リリエンベルグ周辺の渋滞は避けられない。ショップの隣にある喫茶のスペースは、そもそも同じ理由から土日などは休んでいるのだが、それにしてもあえて閉めてしまうところがリリエンベルグらしい。

「うちは1月、5月には1週間、8月は17〜18日間、1年にすると95日間お休みをいただいています。オープンして最初の5年間は、8月は1ヶ月間ずっと休みにしていたんですよ。さすがにその時には『あそこはつぶれたんじゃないか』という噂がたっていたみたいですね」


暑い夏、ケーキはあまり売れない。だったら、休んで北海道旅行へ行こう。そんな楽しくも潔いスタイルだ。だが心配はなかったのだろうか?



「さすがに最初は心配でしたよ。9月の営業開始に向けて店の準備をしていると、お客さまが様子を見に来てくださったりして。それを見てホッとしましたね」



24時間営業のコンビニが当たり前になり、利便性が追求される今の時代。しかもリリエンベルグの周りには他にも良いケーキ屋さんがたくさん店を構えている。

「リリエンベルグに来てくださるお客さまは、常にリリエンベルグにだけケーキを買いに来てくださるわけではないと思うんです。昨日はあそこのケーキが食べたかったけれど、今日はリリエンベルグのケーキが食べたいという風に、リリエンベルグは選択肢のひとつになっている。だから、基本的に店を休んだという理由でお客さまが他へ移ってしまうようだったら、休まなくても移ってしまうんじゃないかと思います」

では、いったい何が私たちをリリエンベルグに引き寄せるのだろう。






「私はお金を儲けるためにではなく、楽しく生きるために働いていると思っています。生きるためには仕事をしなくてはいけませんよね。どうせやるんだったら、楽しく仕事をしたい。それがお客様にも伝わるじゃないでしょうか」

リリエンベルグ、そして横溝さんの信念に共感したスタッフが集まる職場からは、おいしいものを創りだす楽しさが端々から感じとれる。ハーブを育てる裏庭、スタッフみんなで作るハロウィンのカボチャ、楽しみながら作れるようにと厨房にも遊び心がある。


  



「お客さんにいただいて嬉しいのは、働いている人が明るく元気ですね、という言葉。もっと高い技術があっても、お店に魅力がなければつぶれてしまうこともあります。ケーキを選ぶ基準には、おいしさ、値段、サービスなどがあると思うんです。おいしさはあくまでその1つ。気持ちが相手に伝わるサービスもとても大切なことです」

横溝さんは、いかにサービスといえどもマニュアル化はしたくないという。自分が相手にして欲しいと感じる対応をする。そして何か問題が起きたときに、その都度みんなで話し合うのだ。

「リリエンベルグの中で一番発言力があるはうちの奥さんなんですよ。販売関係の責任者をやっているのですが、販売はお客様と直接お話しさせていただくところですから、その意見はとても貴重なんです。厨房のスタッフは販売のスタッフからそれを聞くようにしています」

リリエンベルグのラッピングに使われている美しいリボン類は奥様のセレクト。通常は、店舗でのラッピング用には使わないようなグレードの高いものだそうだが、それがプレゼントを贈る側、贈られる側双方の心をくすぐる。女性、そして販売というスタンスならではの視線が上手にいかされている一例かもしれない。





言うまでもないが、素材へのこだわりにも信念がある。使うフルーツは生産者を限定し、おいしいものをおいしい時期にだけケーキに使う。作ることが喜びだからこそ、1日600個も売れるというモンブランも栗の味が落ちれば潔くおしまいにできる。

そう、リリエンベルグの魅力を語るのに忘れてはいけないのが“鮮度”だ。

「焼菓子にはエージレスを入れません。おいしくなくなってしまいますからね。焼菓子類は3日間位で売るようにしています。いくら技術があっても、プロの作った1週間後のものと、家庭で作った焼き立てのものを比べたら、やっぱり焼き立ての方がおいしいと思うんですよ。それから、ケーキの冷凍も一切しません。ケーキを作る人は、いつも作りたてを味見するからおいしく感じて当たり前なんですよね。でも、それを冷凍し、解凍して販売し、さらにお客様が買った翌日に食べたらどうでしょう。私だったらおいしいと感じてもらえる自信がありません」

リリエンベルグではケーキに使うジェノワーズなどもその日の朝焼いたものだけを使う。ケーキ類の冷凍はもちろんだが、クッキー生地さえも冷凍しないというから頭が下がる。

「夏の暇な時期にはね、朝仕込みをするんですよ。開店時に並ぶケーキは少ないけれど、その代りおいしい出来立てを並べることができるでしょう」

そういって横溝さんは笑みを浮かべる。その発想はどれもおいしいものをおいしく食べるためには当然のことばかりだ。しかし、いわゆる経営者のそれとはギャップがあるように感じてしまう。

だが、リリエンベルグのすごいところは実はそこにある。実際に店を訪れるとわかることだが、あれもこれもと思わず買ってしまう魅力がどの商品からも発されているからだ。2人分でいいはずのケーキが4つになったり、贈物を探しに来たはずが自分用にもしっかり確保されていたり・・・。実際にリリエンベルグでは一度に2万円以上購入するというお客様も少なくないというから、これはただの憶測ではない。さらに、これにはリリエンベルグで生ケーキより高いウェイトを占めている焼菓子の効果もある。ケーキなら一度に食べる量には限りがあるが、焼き菓子の場合は用途が幅広いからだ。実際、配送用に受ける注文の量があまりに多いため、まず作れる量の枠を決めておき、それに合わせた販売をするのだそうだ。特に注文が増える12月には、予定の枠をオーバーしてしまい残念ながらお断りすることも多いという。



「売上げですか?そうですね、これからはもっと押さえていこうと考えています。その分、仕事を充実させたいんです」

意外な言葉が戻ってきた。



おいしいものを作る喜びを知る横溝さんの揺るぎない信念。それは一見、成功した経営者に反したものかのようにも感じられる。だが実際は、その楽しさの溢れるケーキや焼菓子を求めてたくさんの人が列をなすことになるのである。

リリエンベルグの魅力、そしてそのおいしさは、これからもきっと変わらない。 その秘密は横溝さん自身の生き方そのものだからだ。


リリエンベルグ
住所神奈川県川崎市麻生区上麻生4−18−17
TEL044-966-7511
営業時間10:00〜18:00
定休日火曜日、第1・3月曜日
その他年末年始、夏期は不定休のためお問い合わせください。