捧(ささげ)さんは、今年の1月より世田谷で人気のパティスリー「プレジール」のシェフを任されることになった。目指したのはフランスの伝統をふまえたお菓子。ショーケースには色鮮やかで端正なフォルムのケーキが並び、テーブルの上にはしっかりと焼きこまれたヴィエノワズリたちの姿が見える。ラックにディスプレイされた焼き菓子も、どこか主張が強そうだ。そこには、かつてのプレジールの面影はほとんどない。


ヴィエノワズリはお洒落なコンソールテーブルの上に


パステル調の色合いがかわいらしい「レヴェイユ」


焼き色も形も美しい焼き菓子類


「初めのうちは生ケーキの一部をそのまま残していましたが、この春に全て入れ替えました。もちろん、常連のお客様のことは考えましたよ。でも、以前からのお菓子を引き継ぐのではなく、せっかくなら“僕の味”を楽しんで欲しかった。そこで、“まずは食べてみてください”って。そんな思いで一新したんです」

とはいえ決して押し付けではないのが捧さんらしいところ。シュークリームやショートケーキ、ロールケーキなど誰もが好きなお菓子はあくまでも食べやすく仕上げた。いっぽうで、エクレールやムース、タルトなどのお菓子は味わいや食感のコントラストをつけてメリハリを。そのバランス感覚が良かった。“お洒落で高級感のある味わい” “わざわざ食べに行きたいおいしさ”などと瞬く間に評判の店に。


生地が自慢の「ロールケーキ」密閉性の高い
石窯で焼き上げるから、しっとりふわふわに



「この辺り(世田谷区代沢)は年配の方やファミリーが多い。そうした方に“おいしそう” “食べてみたい”と興味を持ってもらうのが第一の目標でした。そして“プレジールのお菓子はおいしい”と思ってくれればしめたもの。そこから少しずつ面白いものも出せるようになるからです。でも、まだまだこれから。そろそろ凝った組み合わせのものや、逆にシンプルな地方菓子などのマニアックなものを出していける頃かな」

捧さんの、穏やかながら確固たる話し振りは、妙に安心感がある。ぱっと見は若々しくてかっこいい弱冠33歳のシェフ。けれども、優しく丁寧な接客も申し分なければ、取材中の落ち着きある物腰も好印象。まだ30代とは思えないほど静かな自信に満ち溢れている。その芯の強さはどこからくるのだろう。


「シュー・ア・ラ・クレム」は厚めでザックリ焼けた皮の中になめらかな
クリーム入り。子供の頃から大好きだったから、想い入れもひとしお



「なんといっても『ルコント』で習ったことが大きいですね。日本にいながらあれほどフランスらしさにこだわっているパティスリーは他にないのでは? お菓子のラインナップがフランスそのままなら、甘さを控えたりといった配合の調整もなし。仕事の進め方などもフランスにならっていて、レシピだって当然、フランス語。“フランス菓子とは”というものを一から叩き込まれました」

ルコントは、1968年、アンドレ・ルコント氏が青山に創業した、日本初のフランス人によるパティスリー。“正統派” “伝統的”という言葉がここほど似合う店は、他にないだろう。新潟出身の捧さんがそのルコントに入ったのは、東京・国立の調理師学校「エコール・キュリネール国立(現「エコール辻 東京」)の製菓クラスを卒業してすぐのこと。右も左もわからない状態で、もちろん何の先入観も持たないまま、正統派フランス菓子を目の当たりにできたのがよかったようだ。藤井シェフ、加登シェフ(現「ロワゾー・ド・リヨン」 シェフ)、そして友田シェフ(現「パティスリーいい天気」シェフ)という3人の名だたるシェフのもとで鍛えられ、素直に知識や技術を吸収していった。


ゲランドの塩を効かせたキャラメルクリーム入りの
「エクレール・キャラメル・サレ」



フランス菓子が初体験だったからこそ、ルコントでの修業は“初めから違和感や戸惑いがなかった”と話す捧さん。けれども、そんな捧さんをも驚かせたことがあった。それが、
「洋酒の使い方です。例えば、ルコントで人気のフルーツケーキをご存知ですか?その仕込みがすごいんですよ。お風呂みたいに大きな樽の中に10種類ほどのドライフルーツを入れたら、そこに20!入りのラム酒をドボドボ〜って。その時もすごいと思っていましたが、今考えてもあり得ない贅沢な光景でした(笑)」

ラム酒をたっぷり吸い込んだドライフルーツを詰め込んだルコントのフルーツケーキは、ずっしりと重くてお酒がガツンと効いていて、インパクト大。他にも、忘れられない味として記憶されているお菓子が、ルコントにはたくさんあると言う。

「甘みも強ければお酒もしっかり。初めは驚いても、いつの間にか癖になっているんですよね」


やわらかいミルクチョコレートのムースに酸味がキリリと
爽快なレモンのコンフィを合わせた「コンパレゾン」



「フロマージュ・クリュ」やさしいフロマージュブランの
ムースにライムのクリームでアクセントを



ルコントで4年ほど過ごした捧さんが、次の修業先として選んだのは「オテル・ドゥ・ミクニ」だった。当時のミクニはといえば、デパート展開を始めたり店舗を増やしたりと大いに盛り上がっていた時期。そして、同じ「フランス菓子」とはいえ、全く別の世界を展開していたのが新鮮に映った。

「とにかく全てが違うんですよ。仕事の進め方も配合も、組合わせ方も。“え、そんな混ぜ方をしていいの?”とか“これとこれを合わせるの?”なんて驚きの連続で。例えば細かいことをいうと、フランボワーズの飾り方ひとつとっても、そうです。ルコントでは山になるように飾るのが常識だったのに、ミクニでは裏向きに、穴の方を見せるように飾るんですよ。だから初めは戸惑いましたが、すごく刺激的でしたね」


グラス仕込が涼しげな「ヴェリーヌ・ラフレシール」
ピスタチオ、グレープフルーツ、ライチの組み合わせ



寺井シェフ(現「エーグルドゥース」シェフ)と、それから後任の藤川シェフ(現「ラ・スプランドゥール」シェフ)、2人のシェフの下で修業できたことも大きな財産になった。予想外の使い方で“組合わせの妙”を楽しませたり、ひとつのお菓子に数種類のお酒を使って深みを出したり。絶妙なバランス感覚から生まれる最先端のお菓子を目の当たりにした捧さんは、自身も新しいセンスを吸収していった。また、アシェットデセールを学べたこともいい経験になったという。

「アシェットデセールの醍醐味は、なんといっても“ショーフロワ(熱くて冷たい)”ですよね。例えば熱いチョコレート生地にアイスを乗せたりというのは、デセールだからできること。徐々にアイスが溶けてチョコレートと混ざっていって・・・なんて時間の経過で変化していくのも面白いでしょう。温度や食感の違いをビビッドに表現できるところが楽しいですね」


「フランボワーズ・ピスターシュ」粉を使用しないチョコレート生地に、フランボワーズ風味のチョコレートムースとピスタチオクリームを


続けて入ったイタリアンレストラン『アロマクラシコ』や『アロマフレスカ』では、イタリアンのドルチェという新しいジャンルを開拓することができたし、その次のパティスリー『ロワゾー・ド・リヨン』ではスーシェフを経てシェフパティシエとなり、スタッフの統括や接客など、個人店に必要なノウハウを身につけることができた。そんな捧さんだから、プレジールで作りたいもの、やりたいこと、引き出しはたくさんあるに違いない。

「“五感を刺激する”お菓子作りが僕の理想。食べ手をハッと驚かせたいんです。そして食べた後もしっかりと記憶に残ってほしい。そのために、見た目、味、香り、食感などを意図的に際立たせることが多いですね」

そのひとつが、店名を冠したプレジールだ。

「これは、原点回帰する気持ちで作ったプチガトーなんです」


素材の風味、食感のコントラストが楽しい「プレジール」


コーヒー風味のビスキュイとヘーゼルナッツのバタークリームを重ね、オレンジのコンフィを忍ばせた。上にはヘーゼルナッツのメレンゲをトッピング。確かに、個々のパーツを聞いていると、クラシックなものをイメージしてしまう。

「ベースはルコントで作っていた頃のもの。でも、そこにこれまで自分が得てきたこともプラスして、自分なりの表現ができているかなと」

ナッツの濃厚な風味、コーヒーの深い香りの中から時々弾けるオレンジの清々しい酸味・・・口にすると想像以上に、素材の風味がぐっとやってきた。粗めにカットされたローストナッツはコリコリ、メレンゲはサクサク。食感のザワメキも楽しい。

「バタークリームに使うヘーゼルナッツのプラリネも、オレンジのコンフィも自家製です。それからコーヒーのビスキュイにはインスタントコーヒーに挽き立てのコーヒー豆をプラスしています。そのほうが香りも風味も、断然いいんです。もちろん、手間はかかりますよ。でも、一度自家製のおいしさを知ってしまったら、元には戻れません。手を抜けない部分ですね」


今はまっているのはコンフィチュール作り。「家でお母さんが作るように、季節のフルーツを使って少量ずつ作りたいんです」


そして、甘さもしっかり、お酒も効いているのも特徴だ。食べた後にも心地よく広がるフルーティーで華やかな余韻、これは・・・?

「ビスキュイにブランデーシロップを含ませてあります。オレンジとヘーゼルナッツの組み合わせが、ブランデーの余韻に似ているなあと思って、ブランデーをセレクトしました」

捧さんのお菓子に、洋酒は欠かせない。“このお菓子にはこのお酒でないと”、と使っているからどんどん増えてしまうのだという。


ザックリ焼けた「クロワッサン」やカリカリにキャラメライズされた「クイニアマン」、チョコレートとバナナ入りの「パン・オ・ショコラ・バナーヌ」など、メリハリあるヴィエノワズリや焼き菓子のファンも多い

そんな中、ロールケーキとシュークリームだけは別扱いで、子供にも食べてほしいからとお酒は使わない。けれども、

「クレームパティシエールには強力粉を使います。そして普通より長めに炊いて1日寝かせることで、粉気や卵臭さが飛んでくれるし、味も凝縮されます」

と、ここでもきっちりと個性を主張。

「“あ、これ、捧さんぽいね”って言われるのが一番嬉しい」と目を細める。


小ぶりで上品な姿の「マカロン」は、
キャラメル、パンプルムス、ヴィオレなど



オリジナリティを出すために、プラリネやフルーツコンフィ、コンフィチュールなどもできる限り自家製を心がけている捧さんだが、スタッフは捧さんを含めてわずか3人。よくぞこの人数で、ケーキも焼き菓子もヴィエノワズリも・・・と驚いてしまうが、本人にとっては

「まだまだ」

なのだそう。今後の展開は、と尋ねると、
「目標は100アイテムです!」

と頼もしい答えが返ってきた。


ベルギー産チョコレートを使用した「淡島ショコラ」


「今は60種類ほど。でも、もっと増やしてお客様に選ぶ楽しみを味わってもらいたい。イートインスペースがあるので、アシェットデセールや軽いランチなども出せるといいですね。幸い、人材も環境もそろっているので、あとはやるだけ(笑)。いかに自分を表現して、スタッフ一丸となってどこまで試せるか、考えると楽しみです。それに自分たちが楽しければ、きっとお客様にもそれは伝わるはず」

プレジール(喜び)を訪れる人が心地よい気持ちになれるのは、個性的でいながら不思議と親しみやすいお菓子を食べられるから。そのためにはお客の目線を忘れずに自分らしさをアピールする、バランス感覚が欠かせない。食べ手も作り手も喜ぶお菓子・・・それが“捧さんぽい”味作りの秘訣なのかもしれない。
(2010.06) 









Pâtisserie et café Plaisir
プレジール

住所 東京都世田谷区代沢4-7-3
TEL03-6431-0350
営業時間10:00〜20:00
定休日月曜(祝日の場合は翌日)
アクセス 東急世田谷線西太子堂駅より徒歩10分、東急田園都市線・世田谷線三軒茶屋駅より徒歩12分




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