田園都市線たまプラーザ、ざっと数えても十軒以上はあるというこのパン屋激戦区で、一番の売り上げを誇っているのが「パンステージ・プロローグ」だ。
その人気の秘密はどこにあるのだろうか。それを探るべく山本敬三シェフを訪ねた。




まだのんびりとした雰囲気の残る住宅街を通り「パンステージ・プロローグ」へ到着した。売上げNo.1の人気店と聞くと、さぞ便利な場所にあるのではと思いがちだが、実はそうではない。なんとお客様の95%は車でパンを買いに来るという場所にあり、そのため約9台収容できる駐車場が完備されているほど。さらに店舗の外観も、そのイメージから想像するような派手さはない。
どうやら人気の秘密は『便利さ』や『洒落た雰囲気』といった要素ではないようだ。そんなことを感じながら入り口のドアを開けると、視界に飛び込んできたパンの種類の多さにいつものことながら圧倒される。壁面の棚、平棚、ところ狭しと並べられたパンには、パン好きでなくとも思わず手に取りたくなる魅力がある。

  



「全部で160種類あるんですよ。食事パン、惣菜パン、菓子パン、色々ありますが、どのパンがメインというふうには考えていないんです。どの人が来ても好みのパンがあることがこの店のコンセプト。もちろん、パン生地がおいしいことが大前提ですね。ですから生地は30種類を使い分けています。それから、何といってもパンは焼き立てがおいしいですから、例えば1日に30個お店に出したかったら、10個ずつ3回に分けて焼くというようにして、常に新しいパンが並ぶように心がけています」

店内で圧倒的に多いのは惣菜パン。バラエティ豊かで、カレーやソーセージといった定番ものはもちろん、海草を使っためずらしいものも並んでいる。



「バター、ハム、ベーコンなど生地以外の材料もなるべくグレードの高いものを選ぶようにしています。コロッケなどもここで揚げるし、サラダ類も自家製。今はパン屋でも良い材料を選ばないとダメですね」

B級と思われがちな惣菜パンをおいしい素材できちんと作り、焼き立てを提供する。それは気取ったパンではなく、身近で馴染みのあるものが多い。だからこそ、食欲と直結するおいしさを目で感じ、店に入った時の「あれも、これも食べたい!」という気持ちにつながるのではないだろうか。


「お客さんはパンだけでなく、雰囲気や人を買いに来ているんですよね。よく『店員が元気ですね』という褒め言葉をいただくんです。休日には男性のお客さんも多いんですよ『ここにくると元気をもらえる、これで月曜日からまたがんばれるよ!』なんて言われたりするんですよ」

プロローグでは全員が売り場、厨房の両方を担当する。入って1年目だから洗い物、という発想はない。すぐに現場に出て、パンを作る楽しさ、そしてそれを食べてもらう喜びを体感する。だからこそ、上辺だけでない情熱がお客様にも伝わるのだろう。入り口を開けると聞こえる「いらっしゃいませ!」、「ありがとうございました!」の言葉は、スタッフが勢揃いする週末にはうるさいほどだという。

「うちではユニフォームは自分でお金を出して買ってもらいます。包丁やゴムベラなどの道具も全部自前。それ位、この仕事に誇りを持ってもらいたいんですよ」

山本さんの言葉に熱がこもる。職人にとって道具は何よりも大切なもの。自ら求めた目指す道だからこそ、プライドを大切にして欲しいというメッセージなのだ。





山本さんにはもうひとつ大切にしていることがある。

「閉店前に来たお客さんにも、ある程度の種類からパンを選んで買ってもらいたいんです。もちろん売れ残ったものは処分しなくてはいけないのですが」

プラスアルファの雰囲気を求めてパン屋を訪れるのであれば、パンがほとんど品切れで閑散としているほど悲しいことはない。だからこそ、処分する覚悟でパンを並べる。その量は全体の5%ほどにもなるのだそうだ。当然売り上げに占める原材料費は高くなる。

「例えば、同じ5%でも売り上げの総額が大きい方が店としてはダメージが少ないんですよね。それに量が増えればそれだけ材料も安く手に入るようになる。だから、もともと目標としている売上額を大きく設定しているんです」

売上額が大きいという言葉が意味すること、それは1個の単価が安いパンを売り物にしているパン屋にとっては、相当の労働量を意味するのではないだろうか。

「オープンして3年間は1年間に3回しか休みませんでした(笑)。1年目はスタッフも機械も新しく慣れないので、宣伝は一切しなかったんです。翌年からの宣伝のおかげなのか、2年目の売り上げは1年目の約3倍になりました。一番良かったのは昨年なんですよ。でも、6年目を迎え、もう売り上げ至上主義というのはやめています。今目指しているのは週休2日制、1日12h労働なんですよ」

山本シェフの言葉の裏には、一歩先への野望が見え隠れする。

「うちのスタッフは4人以外は全員女性なんです。業界全体を見ても男性よりも女性の方がやる気のある子が多いんじゃないかな。これから、パン業界の戦力は女性ですよ!でも、現実を見ると結婚した女性がパン屋の仕事を続けるのは難しい。そのためにも、これはどうしてもクリアしたい条件。これからの自分の役目だとも思っているんです」

プロローグの現在の労働時間は現在AM2:30からPM6:00までの約16時間労働。何とか改善をし、それが達成できた暁には2店舗目を出したいと山本シェフは夢を語った。





「パンステージ・プロローグ」のことをこんな風に言った人がいた。

「あそこでは、おじいちゃん、おばあちゃん、そして子供まで家族全員が車からおりてパンを選びに入るんだ。それがプロローグなんだよ!」


パンがそれ以上の喜びを与えてくれる、それを誰よりも知っている山本さんだからこそ、この地位を築くことができたのだろう。
喜びを与えた数だけ、豊かになる。そんなすばらしい定理をプロローグは私たちに教えてくれる。


パンステージ・プロローグ
住所神奈川県横浜市青葉区美しが丘西1−3−10
TEL045-902-7879
営業時間7:00〜20:00
定休日無休
アクセスたまプラーザ駅よりバスで10分