身長2メートル!と迫力満点。それでいて見つめる瞳は穏やか。語り口もやわらかい。きっと優しさに満ちた滋味深いお菓子を作るのだろう・・・そんなことが容易に想像できる。
「今日はお越しいただきありがとうございます」
やさしい笑顔で迎えていただいた後、取材がスタートした。ベルント・ジーフェルト氏は、母国、ドイツでは英雄的存在だ。250年続く歴史あるコンディトライ「カフェ・ジーフェルト」の4代目として腕をふるう。国内外のコンクールで数々の賞を受賞しているかと思えば、書籍も数多く出版。世界各国をとびまわり、セミナーやコンサルタント業も精力的にこなす。日本での肩書きは、マイスター・ユーハイムの製菓アドバイザー。今回は、サロン・デュ・ショコラに合わせての来日となった。

ドイツ中部の町、ミッヒェルシュタットにあるカフェの前で


ミッヒェルシュタットには、中世の
面影を残す木組みの建物がたくさん



ミルクチョコレートに注目
「サロン・デュ・ショコラ限定品として考えたのが、“ジャーマンクラシックとニューエイジ”をテーマにした6種類のトリュフです。それから、バレンタインコレクションとしては、“ミルクチョコレート”にフォーカスをあてた6種類のトリュフを提案しました」


バレンタインコレクション2010
「MILCHSCHOKOLADENミルクチョコレート」



2つのテーマの中で特に興味を引いたのは、ミルクチョコレートのシリーズだ。というのも、ヨーロッパではチョコレートといえばビターというイメージが強い。ハイカカオや産地別などといったビター系のチョコレートが多い中で、何故、ミルクを?
「今、ミルクチョコレートがまた注目されはじめているんです。世界的な流れとしてね。ここ最近、ビターチョコレートがどんどん進化してきました。ワインと同じで奥が深いから、面白いんです。ただ、マニアックでわかりにくい部分が多いのも事実。それに比べると、ミルクチョコレートって、わかりやすくて素直においしいでしょう。気軽に、誰でも楽しめるのがいいところ。日本人もミルクチョコレートが好きですよね?」
ビター系が主流のドイツでさえ、ミルクチョコレートがその地位を追い越しそうな勢いだというから驚く。中でもカカオの割合の高いものが人気とのこと。今回使用しているのは、どんなチョコレートなのだろう。
「フェルクリン社のマラカイボクリオレイト(カカオ分38%)です。これは、塩分が少なくコクがあり、ミルク感が強いのが特徴。ミルクのおいしさをストレートに味わうことができます。適度なビター感を残しつつ、やわらかさがあって・・・ドイツ人ってそういうのが好きなんです。フランス人は口の中に苦味や渋みが残るようなものが好きですけれど(笑)」
ミルクチョコレートのコレクションは、まろやかな乳風味が優しい印象を残す。ドイツならではの、フレンドリーな味わいだ。もちろん、日本人にとっても馴染みやすいものばかり。肩肘張らない、ミルクチョコレート。これなら気軽に楽しめそう。


サロン・デュ・ショコラ限定コレクション「GERMAN CLASSICS
vs. NEW AGE ジャーマンクラシックとニューエイジ」



「どんな素材とも合わせやすいのも、ミルクチョコレートのいいところなんですよ」。 と、言葉を続けるジーフェルト氏。
「例えれば、バニラと同じ。素材同士をうまくまとめてくれるんです。シュナップス(蒸留酒)なんかも合いますよ。ドイツには地域ごとに何千種ものシュナップスがあって、木の実やフルーツ、ハーブを使ったものなど、さまざま。これをたっぷり入れると、最高です。でも、日本でアルコールを強く効かせるのは難しいかな」。
コクの強いミルクチョコレートにアルコール度数の高いシュナップス。確かに、日本では考えにくい組み合わせだが、ミルクのまったり感に香りとキレがプラスされて、深みが出るのだろう。ミルクチョコレートの楽しみ方が広がりそうだ。


革新的なアイデアを形に
 こんな風に、使い勝手のいいミルクチョコレート。とはいえ、やはりビターチョコレートならではの良さもある。
「最近、スパイスをたくさん使ったタブレットがドイツで注目されています。これに関してはビターチョコレートがいい。ミルクだと、脂肪分が邪魔してうまく混ざらないんです。バニラ、トンカ、コショウなど、いろいろなものを出しています。これがなかなか複雑な作業で・・・」。
というと?


「シナモン」(『ミルクチョコレート』より)。キャラメリゼした
ハチミツとシナモンがミルクチョコレートの甘さと調和



「塩キャラメル」(『ミルクチョコレート』より)。
苦味が出ないようにゆっくり煮詰めたキャラメルがポイント



「スパイスが口の中に残らないように、アロマだけを抽出するんです。もちろん、味も残るように抽出するのがコツ。舌で感じる味わいと、鼻で感じるアロマ、どちらも大切な要素ですから。ただ、ひと口に抽出といっても、その方法はいろいろ。煮出すこともあれば、ローストしたり、燻製したり、乾燥させたり、素揚げしたりすることも。どういう香りにしたいか、どれだけ口の中に残したいか、などを考えて、ベストの方法で香り付けしています」
抽出、と聞くと“煮出す”作業をイメージしてしまうが、“素揚げ”というのはなんともユニーク。こんな感じで、ジーフェルト氏は新しいことにもどんどんチャレンジしていく。伝統的な老舗店を受け継ぎつつも、“革新こそが伝統を築く”というのがジーフェルト流なのだ。


「シャンパントリュフ」(『ジャーマンクラシックとニューエイジ』より)。ミルクチョコレートにホワイトチョコレートを合わせ、優しいアロマに


「カフェカシス」(『ジャーマンクラシックとニューエイジ』より)。コーヒーの苦味をカシスのフルーティーさでまろやかに。新しい素材の組み合わせ


「実は、私の店のカフェで、今、話題になっているものがあって・・・」。
と、嬉しそうな顔で「ショコラーデ・アン・ルッフェル」の話が始まった。
「これは、“スプーン状のチョコ”という意味。細長いプラスチックの先にチョコレートをつけたものです。カフェでは、温めた牛乳を入れたカップに、チョコスプーンを添えて提供しています。お客様がカップの中でチョコスプーンをかき混ぜると・・・ホットチョコレートの出来上がり!という楽しいしかけに。皆さん、面白がって注文してくれますよ。え、他のショコラティエで似たようなものが?うーん、おそらく私が初めてだと思うのですが(笑)」。
このチョコレート、ドイツで広く親しまれているココア入り乳飲料(ミロのようなもの)がヒントになった。それをもっとおいしくして、楽しく飲んでもらうには・・・と考えてのこと。残ったチョコスプーンを持ち帰って、なめながら帰るお客様もいるというから、狙い以上だろう。他にも、30種類近くあるビターチョコレートのタブレットや130種類にも上るコンフィチュールのことなど、話はつきることがない。解説も、ひとつひとつ丁寧に。その誠実さは、とても職人らしい。


何種類ものジャムや、ジャムを使ったクッキング
レシピが満載の書籍、「Lady Marmelade」



ドイツ人とチョコレート
さて、ここで少しドイツのお菓子事情について。最近、日本ではフランスのパティスリーが主流だから、ドイツについては意外と知らないことも多いように思う。そこで、ジーフェルト氏に、教えていただくことに。まずは、プラリネ(ボンボンショコラのこと)を見て感じていたこと。フランスのショコラティエでは、四角くカットしたガナッシュにチョコレートをコーティングしたものが主流だけれど、ジーフェルト氏のプラリネは、昔ながらのクーゲル(球状のチョコレートの器)を使ったものが多い。ドイツではどちらが一般的なのだろう?
「両方ありますよ。というのも、クーゲルは25から30年前に始まったもの。それ以前はどこでも四角くカットして使っていました。今はクーゲルをメインでやっている所もあれば、両方置いている店もある。でも、クーゲルは徐々に減ってきているかもしれません」。 クラシックなイメージが強いクーゲルだが、実は歴史が浅いらしい。そうした意外さは、こんなところにも。


1月末に行われたサロン・デュ・ショコラのブース


「ドイツでおいしいプラリネの条件といえば、外側が薄くてカリッと、中はやわらかいもの。口に入れるとトロッとして喉までじわっと広がるものがいいですね」
聞くと、いかにもフレッシュで喉越しも良く、おいしそう。そうした本場のチョコレートの魅力は、まだまだ日本に伝わっていないのが正直なところ。ジーフェルト氏も残念そうだ。また、質実剛健のドイツ人らしく、見た目よりも味を重視。余計なデコレーションを施さず、シンプルなものが好まれるらしい。ということは、バレンタンデーのチョコレートもシンプルなものが多いということ?
「・・・そもそも、ドイツでは、チョコレートをあげることはほとんどありません。日本はチョコレート一色ですが」。
そう、実はバレンタインデー=チョコレートというのは、日本だけのお話。ドイツでチョコレートを楽しむのは、
「イースターの時期ですね」。


頭2つ分は高そうなジーフェルト氏。人、人、人!の
サロン・デュ・ショコラ会場内でもすぐに見つけられるほど



春の訪れを実感させてくれるイースターは、ドイツ人にとってとても大切なイベント。この時期になると、町中のコンディトライ(菓子屋)やスーパーのお菓子売り場はウサギのチョコレートで埋め尽くされるそうだ。ウサギはイースターのシンボル的存在なのである。
「フランスでは卵や魚のチョコレートも多く見かけますが、ドイツでは圧倒的にウサギが多いですね。ドイツでのイースターの祝い方は、キリスト教だけでなく、古代神話の影響も受けているようです」
ウサギのチョコレートは小さいものから大きいものまであって、バリエーションも豊か。中には人の顔よりも大きいものもあるというけれど、いったいどうやって食べるのだろう。割って分けているとか?
「いえ、子供たちが遊んでいて壊してしまうことが多いかも。いつの間にか、食べられていますね(笑)」。


突きつめるから見えてくること
好奇心いっぱいのジーフェルト氏だから、話はつきることがない。チョコレートの話題は、いつしかカカオの原産地のことにまで及んだ。
「昨年はチョコレート旅行と称し、コロンビア各地をまわりました。そして今年の旅行先はエクアドル。有機チョコレートを手がけている友人がいるので、いろいろ案内してもらおうと思っています。それから・・・来年はウガンダかな。実は隠れたカカオの名産地なんですよ」。


サロン・デュ・ショコラ会期中はひたすらサイン!
ひとつひとつ丁寧に応じてくれる姿が印象的



以前、パナデリアもエクアドルを視察したことを伝えると、なんとも嬉しそうな表情に。こちらの話に熱心に耳を傾けている。でも、何故こんなにも産地に思いを寄せているのか。そこには、こんな想いが込められていた。
「お菓子を作っているときにいつも考えていることがあります。それは、“この材料はいったいどこから来ているのか”ということ。私たちは業者から材料を仕入れることができるし、その選択肢もたくさんある。それはとても便利なことですが、改めてルーツをたどっていくことで初めて見えてくることもあるんです」。
と言葉に力を込め、説明するジーフェルト氏。



「前にあるメーカーから、ジャワ産のチョコレートを取り寄せたときのこと。すごく燻製くさかったので聞いてみると、“それがジャワの特徴ですよ”と担当者が言う。でも、私はどうも納得がいかなかった。そこでいろいろ調べ、チョコレートの専門家にも確かめました。すると、ジャワのカカオ農園は、焼き畑をやることがわかりました。どうやら焼いた香りが土から吸収され、その匂いをカカオが吸ってしまうらしいんです。焼き畑栽培は、環境破壊につながるとも聞きます。農業関係者はもちろん、私たちもこうした現実を考えなければならないでしょう」。

“革新こそが伝統を築く”そう考える老舗菓子屋の4代目は、自由でのびやかな発想が持ち味だ。新たな菓子、新たな素材を通して見えてくることはたくさんある。今を知り今を考えることで、伝統はますます生かされるのだろう。
(2010.03) 





ユーハイムグループ
URL http://www.juchheim.co.jp/group/index.html
カフェ・ジーフェルト
URL http://www.cafesiefert.de/








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