毎朝食べる食パンがおいしくて、でもバゲット系やちょっとしたランチになる惣菜パンも充実している。そうそう、おやつにぴったりな甘いパンも欠かせない。
そんなブーランジェリーへの欲望をすべて満たしてくれる、1軒のブーランジェリーが昨年10月にオープンした。
場所は世田谷線・松陰神社前駅のすぐ目の前。住宅街の中をのんびりと走る世田谷線と、商店街の活気の中に、清潔感のあるシンプルな店構えがすっと馴染んでいる。


駅は目と鼻の先という便利な立地。店舗の
デザインは須藤さん自ら行なったという



取材に選んだのは店の定休日。
ご存知の通り、「ブーランジェリー スドウ」は行列ができるほどの人気店だ。シェフもスタッフも早朝から閉店まで休みなく働いているから、なかなか取材の時間は取りにくい。そこで定休日にぜひ取材を、とお願いしたわけだった。


「こんにちは」 ひっそりと静まり返った店の隣にある従業員用の扉をくぐる。数種類の小麦粉やこだわりの野菜がぎっしりと並べられた細い通路を抜けると、明るく広々とした厨房では、3人のスタッフがせっせと作業に取り掛かっていた。今が旬の苺のコンフィチュールを炊いているのだろうか、甘い香りがやさしく厨房を包み込んでいる。傍らには、焼いたばかりのマドレーヌも。定休日とはいえ、やることは山積みのようだ。


今のところ休みはなし。定休日には種つぎや
焼き菓子、コンフィチュール作りに追われる



「こんにちは。今日はよろしくお願いします。どうぞ、こちらへ!」
明るく溌剌とした笑顔が印象的な須藤秀男さんは、現在35歳。「タイユバンロブション」、「ブルディガラ」、そして「マリアージュ・ド・ファリーヌ」ではシェフと、味、センスともに素晴らしい店々で腕を磨いてきた、今もっとも注目のブーランジェのひとりだ。

そんな須藤さんのお店。ちょっと気取ったハード系がメインだろうと想像しがちだが、意外にもソフトな印象のパンが多い。もちろん、店構えやパンの顔つきは洗練されているのだが、あくまで日常の延長上といった親しみやすさを感じさせる。その証拠に、特に人気があるのは食パンやあんパンで、一番人気のあんパンは週末には1日100コ売れるという。客層も遠方のパン好きというよりは、近隣の方が多いそうだ。


奥の厨房が見える、ライブ感のある店内。安心感はもち
ろん、製造スタッフと販売スタッフとの連携にも役立つ



「パン屋には色々なスタイルがあると思いますが、マニア向けのパン屋というのはイメージじゃなくて。目指したのは、子供からお年よりまで楽しめる、素直でおいしい味わいのパン。ですから、味も商品名なんかも、あまり凝らないようにしているんです」
店内で目を引くのは、ふっくらボリュームのあるフォカッチャ生地に野菜やチーズをたっぷり乗せた“ピザ”や、わざわざ栃木の製餡所から取り寄せた餡入りの“あんパン”など、こだわりつつも気軽に楽しめるパン。価格もぐっと抑え目な印象だ。
「おいしいのは当たり前。さらに、毎日買いたくなるような品揃えと価格のパンを作りたいと思っているんです」
確かに、こんなお店が近くにあったら、朝に晩にと立ち寄ってしまうだろう。


具材の取り合わせにもセンスが光るピザ、“本日のカレーピザ(¥400)”、“インカの目覚めとキノコ(¥350)”


ちょっと懐かしい“レモンパン(¥100)”や“シャポー(¥100)”といったアイテムも。手頃な価格が嬉しい


「パン職人になったのは、母の影響が大きいですね。料理やお菓子作りが好きだったので、子供の頃から手伝って一緒に作ったりしていました。作ることが楽しくて、家にあったレシピ集を見ながら、ひとりで1つ1つ作ったこともあります」
母親を通じて、ごく自然に"食"の喜びを知った須藤さん。その気持は成長しても変わらず、より専門的に学びたいと、辻調理師専門学校へ入学した。だが、この時、興味があったのはパンではなかったという。
「そうなんです。この時興味があったのは、お菓子。パンにはぜんぜん興味がなくて(笑)」
そう。意外なことに、パン職人への入口はお菓子からだったのだ。


中央の棚には焼菓子やコンフィチュール、冷蔵ケース
にはプリンやチョコレートとスイーツが充実



卒業後は、当時、焼菓子専門店として人気のあった東京・西馬込「メゾン・ド・プティ・フール」へ。店で作るヴィエノワズリーや、「ビゴの店」から来ていた職場の仲間に影響され、だんだんとパンの面白さに目覚めていったという。
「ヴィエノワズリーを作るうち、パンも面白いな、と思うように。将来、お菓子とパンを1/2くらいの比率で出すお店ができればと考えるようになりました」
お菓子から、一転、パンの道へ。そこで、須藤さんは、当時一番おいしいと思っていたという店の門を叩いた。

「恵比寿の『ラ ブティック ドゥ ジョエル・ロブション』に入りました。当時は、竹内さん(現・北海道 札幌『アンシャンテ』)がシェフになった頃。そこで、約3年半パン作りを学びました」
同じ作るといっても、お菓子とパンとでは必要とされる感覚や技術が違う。ご苦労もあったのでは、と思い質問すると、「いやー、特にないんです。すみません(笑)」と明るい笑顔が返ってきた。


香りのいいバゲットは、カリッとしたクラストと伸びやかなクラムが特徴。風味もしっかりあるが、主張しすぎないので料理との相性も抜群


お菓子からパンへと幅を広げ、わずかに軌道修正した須藤さん、「ブレドール」、「ブルディガラ」、「ペルティエ」といった有名店で、修業を重ねていった。
「店を選んだ基準は、パンだけでなく、お菓子や料理も作っているところ。そして、その最終形が辻口さんの店でした」
パティスリー、ショコラトリー、ブーランジェリーそしてコンフィチュール・・・と、幅広く活躍する辻口さん。パン以外にも色々なことが学べるという点では、これ以上ない場所といえる。


コンフィチュールも、もちろん人気。パンにつける割には、意外にパン屋では作らないアイテム


「そうなんです。ショコラでもコンフィチュールでも、覚えたいという気持があれば何でも教えてくれる。私にとってはすばらしい環境でした」
須藤さんの頭にあったのは、将来パンとお菓子のある店を出すこと。一度に複数のアイテムを習得でき、しかも、シェフとして自由に自分のパンを作ることができる「マリアージュ・ド・ファリーヌ」は、願ってもない環境だった。


「マリアージュ・ド・ファリーヌ」時代を
彷彿させるクロワッサン・ザマンド



そんな華やかな道を歩んできた須藤さんだが、自分の店にかける思いはなかなか堅実だ。
「最初は、夫婦2人で細々とやろうと思っていました。スタッフ1人にパートさん1人というイメージだったんです」
ところが、いざ、ふたを開けてみると、イメージとはほど遠い現実が待っていた。「ブーランジェリー スドウ」のパンを目当てにお客さんが殺到し、あっという間にパン棚が空になってしまうという日が続いたのだ。
「オープン当初は本当に大変でした。今年になってからは、少し落ち着きましたが、今も休み返上で朝4時から夜まで働いています。そのため、定休日が1日増えてしまい、皆さんには申し訳なかったと思っています。でも、お店としては嬉しい悲鳴ですね」
ちなみに、奥様の枝里子さんは、「ペルティエ」時代からの同志。「マリアージュ・ド・ファリーヌ」では、スーシェフを務めたというその腕前で、力強く「「ブーランジェリー スドウ」を支えている。
「独立するといっても、一緒に店をやるパートナーがいないと難しいことだと思うんです。だから、パートナーにめぐり合えたのは本当に大きいですね」
それぞれの得意分野をいかしながら、アイテムは夫婦2人で考える。
「現在、パンは60アイテム、お菓子20アイテム、コンフィチュールは5アイテムくらいです」
シンプルな食事系のパンやヴィエノワズリーに加え、洒落た惣菜系やプリンや生チョコレートといったスイーツまでが並ぶのは、買い手として嬉しい限りだ。


「キリクリームチーズコンテスト」や「ガレット・デ・ロワ コンテスト」など、パティシエ向けの大会で最優秀賞を授賞した経験も。ブーランジェとしては非常に珍しい存在


「店をオープンするに当たっては、スタッフにも業者の方にも恵まれました。そういう感謝の気持を忘れないようにしたいと思っています」
スタッフには、今までの職場の仲間だった人も多く、最初から満足の行く接客ができていたそうだ。そんな信頼感をベースにした楽しげな雰囲気は、店の端々から伝わってくる。

ところで、思わず毎日足を運んでしまう、そのパン作りの秘訣はどこにあるのだろう。
「素材に関しては、特別なこだわりはないんです。というか、今まで経験した店で使っていたものが、どれもかなり質の良いものだったので、そういうものを基準に使うようにしています」
バターは無塩と発酵を使い分けるほか、ヴァローナのチョコレートもあれば、那須の御養卵も・・・と、パティシエも顔負けのクオリティだ。
「小麦粉に関しては、ブランドではなく、最終的に自分が“おいしい”と思うパンになる粉を選ぶようにしています。それから、鮮度の良さと、年間を通して安定していることも重要。そういう粉を使えば、仕上がりもいいし、価格も抑えられますから」


姿、具材の組合せ、そして味。修業した各店の、
まさにいい所取りといった感じのパンが魅力



そして、もうひとつ。大切にしているおいしさの秘訣があるという。
「パンを作る上で一番大切にしているのは“プロセス”です。生地を仕込んで寝かせる際の熟成のさせ方が重要、そこで生まれるおいしさを大切にしています」
確かに、素材や配合自体には大差ないバゲットも、店や作り手によって驚くほど味に差が生まれる。その日の気温や湿度、酵母の状態による微妙なタイミング、そういうことも含めた"プロセス"の部分にこそ、プロたる所以があるということなのだろう。
「実際、今はすべての工程に五感を使って作るようなパンばかりで、自分にしかできないものが多いんですよ」
と苦笑する。ミキシングや発酵の見極めには、どうしても職人の勘が必要になる。ただ、一国の主として人を育てていくためには、任せることもしていかなくては、そんな想いもあるようだ。


当然ながらヴィエノワズリー系も充実。
高さのある美しい姿に思わず手が伸びる



まさに順風満帆の須藤さん。さらなる野望はあるのだろうか?
「野望ですか?ないですよ(笑)。というか、夫婦でしっかり見きれる範囲でしかできないタイプ。だから、店を大きく・・という考えはまったくありません」
すでに催事などのオファーも来ているが、自分で管理できないことはやりたくないため、断っているのだという。
「しいていえば、いつかピザ屋をやってみたい。料理も好きなので、ピザ、スープ、サラダが食べられるような店を、この店のすぐ隣にでも作れるといいですね」
それよりもまずは、自分の店のパンをしっかり作って皆さんに食べてもらうことです、と快活な笑顔を見せた。





「でも、そのうち、子供や家族向けにお菓子教室をやってみたいとは思っているんです」
“食”を通じて地域に貢献したい、そんな気持が強いそうだ。
「母親が食を通して自分を育ててくれた。だから、自分の作るものでたくさんの家族に笑顔をもたらしたいという想いは強いです」
須藤さんが、パン、そして食の先に見ているものは家族だ。食べて感じる幸せはもちろん、パンをきっかけに家族の会話が弾むこともあるだろう。
子供からお年よりまで、毎日おいしいと感じるパンの意味もここにある。


息のぴったり合った須藤さんと奥様の枝里子さん


幸せを運びたい、そんなメッセージがこめられた「ブーランジェリー スドウ」のパン。 家族で食べるもよし、ひとりで思い切り楽しむもよし。 さっそくあなたも、その幸せを感じてみてはいかがだろうか?
(2010.03) 





ブーランジェリー スドウ
住所 東京都世田谷区世田谷4-3-14
TEL&FAX03-5426-0175
営業時間9:00〜19:00
定休日日曜、月曜
URL http://d.hatena.ne.jp/Boulangerie-Sudo/




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