岩シュー。そう聞いただけで「あ、あのごつごつしたシュークリーム!」とピンと来る人は多いだろう。上にクッキー生地をのせて焼き上げた、ル・パティシエ ヨコヤマ自慢のシュークリームだ。なんとオープンから7年目を迎えた今でも、日に1200個売れているという人気もの。しかも、店を開けてからほぼ1時間で完売してしまうのだとか。もちろん“ヨコヤマ神話”はまだまだあって、平日でも500〜600名、週末になるとそれ以上もの来店数があるとか、ロールケーキが日に400本出るとか・・・。この驚異的ともいえる数字はどうだろう。人気の秘密は何なのか、まずは横山知之シェフに単刀直入に聞いてみることにした。

「それね、よく聞かれるんですけれど。うーん、何ででしょう?自分でもわからないですね(笑)」

と、爽やかな笑顔でさらり。しかし、否定されるとますます知りたくなるもので・・・。



横山さんといえば、“テレビ東京「テレビチャンピオンケーキ選手権」三連覇”のイメージをもつひとが多いかもしれない。当時はホテルニューオータニ幕張でシェフパティシエを務めていた。実は横山さんがシェフに就いた途端、ショップの売り上げが3倍以上に急増。すでに名シェフとしてのセンスは開花していたようだ。その辺の事情をうかがってみると、

「実は僕、街のケーキ屋さんを目指したんですよね」

・・・?意外な答えが返ってきた。

「ホテルのお菓子っていうと、お酒が効いていたり香辛料が強かったり。大人向けのものが多いですよね。でもそういうの嫌だったんです」

入り口近くのオーブンの中では、スポンジがみるみる膨らんで・・・?!


目指したのは、子供からお年寄りまでが楽しめるお菓子。例えばアップルパイなら、シナモンを使わないほうがリンゴの香りを素直に活かせるし、和栗のモンブランにしても、あれこれ加えないほうが栗の味を際立たせることができる。ホテルといっても、気取らず、シンプルに。そうした新鮮なスタイルがファンを増やしていったようだ。

「今の店でも基本的には変えていませんよ。材料もラインナップも。ムース系はちょっと減ったかもしれないけれど」

岩シュー、今日はいくつ買おうかな。どうかまだ残っていますように!


というわけで、2001年に千葉県習志野市谷津に自店をオープンしたときも、同じようなスタイルでスタートした。ただし、ホテルよりも価格は控えめに。ぐっと身近な存在になった。そして、ヨコヤマの“顔”ともいえる岩シューの登場、である。

「お菓子屋っていうと、やっぱりシューやスポンジの焼ける香りがしたり、仕上げをしてるところとかが見えるといいですよね。だから売り場から見えるところにオーブンを置きました。それからクリームはお客さまの目の前で詰めたほうがいいかなって。どのみちどこかで詰めてるんですけれど(笑)」

このできたて感が人気に火をつけたのは周知の通り。2005年に2店舗目となる京成大久保店ができると、その人気は更に加速。今では、岩シューだけでも各店舗で600個ずつという売り上げを誇る。


定番の「苺のショートケーキ」はホールでも大人気

カスタードとコーヒークリームのシューを積み上げた「モンターニュ」


もちろん、ヨコヤマの人気は岩シューだけではない。岩シューが普段使いのお菓子とすれば、バースデーケーキはハレの日のもの。バースデー用のデコレーションケーキも、週末になると1日に100台近くは出るという。

「すごいですよね。誕生日のお祝いしている方って、そんなに多いのかな?」

と笑うが、実はちょっとした秘密があった。

「僕自身はムースが好きだし、凝ったケーキもいいと思う。でも、バースデーケーキの主役は、断然ショートケーキですね。日本人にとってはやっぱりスポンジが命。だから、普段からショートケーキには力を入れています。きっと、それがバースデーケーキ人気につながっているんでしょうね」

粒子の細かい上級粉を使用したしっとりふわふわのスポンジに、乳風味が爽やかな生クリーム、そしてジューシーなイチゴが乗ったケーキは、子供からお年寄りまでが安心して食べられるピュアな味わいだ。しかも、カットのショートケーキなら、295円。岩シューにいたっては、たったの135円という安さである。つい、あれもこれもと手が伸びてしまう。

ショートケーキとシュークリームが一度に楽しめる「シュー苺ショート」

「ガトー・エリソン」かわいいハリネズミの正体はミルクチョコとスイートチョコのムース


「そう、うちのお客様は一度にたくさん買われるんです。皆さん、大きい袋を抱えていかれますよ。例えば朝なら、シューと他の何か、という感じかな。中でも谷津ロールを合わせて買っていく方が多いですね」

ヨコヤマで2番人気の谷津ロールは、生クリームをスポンジで包んだシンプルなもの。“ふわふわ系”と“カステラ系”の2種類を用意した。といっても、ほとんどのお客が“ふわふわ系”を選ぶそうだ。空気をたっぷりと含んだキメ細かく軽やかな生地は、口に入れた途端にほどけてしまいそう。やはりこの浮きの良さは「バッケン(気密性の高い南蛮窯)」ならでは?それとも特別な材料のせい?

「うーん、確かにバッケンは密閉性が高いので気泡と水分を保ったまま焼き上げることができます。卵も、ちょっといいものは使っていますよ。鶏にあげる水からこだわってるっていうのがありまして・・・。でも、それより肝心なのは配合や作り方ですよね。仕込みで失敗したらカバーできませんから」

「谷津ロール(ふわふわタイプ)」ふわふわさらり〜の食感、口当たりの良さは病みつきになりそう

「谷津干潟の卵」ころんとした卵の形がかわいいマドレーヌ


いい素材もいい器材も、活かせるか否かは職人しだい。だからスタッフには、マニュアルできっちりと製法を伝えていく。とはいえ、横山さんが最も心配しているのは、

「どんなに作り方が正確でも、“作業”になってしまったら、駄目なんですよね。いかにモチベーションを高く保っていられるか、その微妙な部分をわかってもらわないと」

例えば400本のロール生地を仕込む場合。ミキサーをまわして生地を作っては天板に流してオーブンで焼く、といった一連の作業を、数名のスタッフでこなす。その間、約4〜5時間。ひたすら同じ作業を繰り返すことになる。するとどうなるか。

「400本のうちの1本くらいは完全なものでなくても大丈夫かなって。そういう気持ちが出てくるかもしれない。でも、それを目指していらっしゃるお客様にとっては、大切な1本なんです。そのことを常に意識しながら手を動かしてほしい」

濃厚でなめらかな口当たりが魅力の「牧場のプリン」

ふわふわの生地にチーズクリームを挟んだ「雲ふわわ」


オープン当初は5名ほどだったスタッフも、2店舗合わせると今や総勢80名。ちょっとした組織である。そうした多くのメンバーの気持ちをうまくまとめてくれるのが、オープンキッチンの存在だ。目の前のオーブンでスポンジが膨らんでいるかと思えば、奥ではミキサーをまわしていたり、ケーキの仕上げにとりかかっていたり・・・。売り場からでも厨房の様子は手に取るようにわかる。

「ちょっと見えすぎですよね(笑)。でも、見られることで緊張感が保てるでしょう。それにお客様の表情が見えるほうがスタッフも精が出るし。昔は、お菓子屋さんっていうと厨房が閉ざされていて、BGMが流れていて・・・っていうイメージでしたよね。でも、もっと子供も楽しめるようなカジュアルさがあってもいいんじゃないかな」

「ロールフルーツ」に「苺ロール」に「栗ロール」・・・。ロールケーキだけでも種類がたくさん


肝心の横山さんはといえば、各セクションに気を配り、スタッフのひとりひとりに声をかけることを忘れない。“今日の生地、良くできてるよ”とか、“もう、次の仕事を任せられるね”とか。元々シェフとしての経験は積んでいたとはいえ、自店を持つようになって実感しているのは、

「やっぱり認めてあげるって大事なことですよね。もちろん、失敗したときやできないときに叱るのは当たり前なんですけれど、それだけだと伸びない。タイミングを見計らって褒めてあげると、それがやる気につながるのかなって。でも、そのためには日ごろから深く接して、ひとりひとりを良く見ておかないと。お菓子作りよりずっと難しいですね(笑)」

飄々と答えているけれど、80名に気を配ることを考えただけでも並大抵のことではないだろう。そんな横山さんを慕うスタッフが多いことは、厨房の様子からも見てとれる。皆、忙しく手を動かしながらも、お客にむける笑顔を忘れない。一丸となって横山さんを盛り上げている。そうした熱気が売り場にまで伝わってくるから、不思議と清々しい。


「素材、テクニック、値段、そしてお店の雰囲気・・・。その全てが“おいしさ”につながっているんですよね」

との言葉にも強く納得してしまう。

焼き菓子入りの「こいのぼりボックス」や「こいのぼり巾着」は子供の日の人気もの


オープンから7年目を迎えて、ますます波に乗るル・パティシエ ヨコヤマ。今後どんなふうに展開していくのか、大いに気になるところだ。更なる店舗拡大となるのか、それとも・・・?

「多店舗展開とか、大量生産とか、そういうのは好きじゃないんです。それよりも、今のスタイルをきちんと続けていくことが大切。最初の店を始めて3年ちょっとで2店舗目をオープンしているので、今、ようやく落ち着いてきたところ。これからは店を磨き上げていく時期ですね」

評判がますます高まり、店には次々と新しいお客が訪れる。それでも、これ以上店を広げたり販売量を増やしたりする気がないのは、食べ手の期待を裏切りたくないからだ。自分の目が届く範囲で、というスタイルを貫いているからこそ、今のおいしさを守ることができる。

母の日用にはピンクのラッピングで


「“ホテルの時は高級なイメージだったので月に1度しか買えなかったけれど、今の店なら何度も来れます”って、お客様が言ってくれるんです。それが何よりも嬉しいことですね」

気軽でおいしい“街のケーキ屋さん”は誰もが望んでいた形。今日もまた、オープン前から長い人の列ができていることだろう。ひとつひとつに横山さんの想いがたっぷり詰まった、岩シューを求めて・・・。(2008.05)





ル・パティシエ ヨコヤマ 谷津店
住所 千葉県習志野市谷津4-8-45
TEL&FAX047-453-3888
営業時間10:00〜19:30
定休日 火曜・水曜
アクセス京成電鉄谷津駅から徒歩5分
ル・パティシエ ヨコヤマ 京成大久保店
住所 千葉県習志野市大久保1-1-34 
TEL047-403-8886
営業時間10:00〜19:30
定休日 火曜・水曜
アクセス京成電鉄京成大久保駅から徒歩5分
URLhttp://p-yokoyama.jp



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